narrative.3 誰かに必要とされるように
「…私の名前はイリア。イリアって言うの。…不安もあるけど、一緒に頑張ろう!」
イリアと名乗った、元人間のピカチュウは、ニッコリと笑い、そう言った。
「…イリア、イリアかぁ…素敵な名前だね!僕…一人じゃ怖いけど、君と一緒なら…強くなれそうだよ!」
ミジュマルは、はっきりと、さっきとは違う、強い表情でそう言った。
「うん!よろしくね……………」
そうイリアは答えたすぐ後に、なぜかふと思ったように下を向いた。
「?ど、どうしたの?何かやっぱり問題でもあったの…?」
「ああ、いや…そういうんじゃなくって、君の名前は何て言うのかな?ごめんね、まだ聞いていなくって…」
イリアはそう言ってミジュマルに名前を聞いた。
ミジュマルの顔を見ると、何故か悲しげな顔を浮かべた。
「……僕、名前が無いんだ」
「だから、名前を持ってる君が羨ましいよ。…それに僕、初めてなんだ、君みたいに僕の話を聞いてくれたの」
そう言うとミジュマルは少し悲しげな、儚い表情で笑った。その表情には、何か内に深い思いがあるかのようだった。
イリアはその言葉を聞いて、また何かを考え出した。そして少し経って、「うん」と小さく頷き、
「…私が君の名前、付けるのはどうかな」
「…え?」
イリアはそう言って、
「名前欲しいんでしょ?だったら、私が付けるよ!君の名前!それに私が君を呼ぶときに、ずっと「君君」って言ってたら色々とあれだと思うし、不便でしょ?」
イリアはそう言い終わるとニコッと笑った。
「………い、いいの?」
ミジュマルはわたわたとそう聞いて、「僕なんか…その…名前付けるようなぱっとしたポケモンじゃあないし…その…えっと…」と突然言われて頭が付いて行かないのかぶつぶつとそんなことを言い始めた。しかし、顔を見ると、目は輝き、何かを期待したかのような表情をしているため、言葉と正反対になっている。
「大丈夫だよ、頑張って素敵な名前考えるから!」
イリアはそう言ってうんうん唸りだした。
「あ、ええ!?あの!?いいのっ!?えっ本当に名前考えてっ!?くれてるの!??うわわわ…ほ、本当にっ!?ええええええっっととと突然…そんな…」
ミジュマルは何故か突如叫び始めて、動揺しまくっている。
「あわわわわわ…あああ…あの…そんな無理に考えなくて…」
「『
みなづき』…なんて…どうかな?」
「はへ?」
ミジュマルは急にイリアが声を上げたので、思わず変な声が出てしまった。
「…あ、ここの世界じゃあこの言葉は知らないかな、う〜ん…ああ、そうだ、ここの世界にも日付を表す…っていうか時間を表すものなんてあるかな…」
「う、うん…日付ならあるよ、月日…みたいに言うけど…」
「この世界にもやっぱり月日はあるんだ…月と日っていつまであるかな?」
「えっと…1から12まで月があって、日は365日…月の中で言うとその月によって違うけど、30日か31日だよ」
ミジュマルはイリアが一体どういう意味で月日のことを質問しているのか、理解できなかった。
「そうなんだ…そういう所まで私みたいな人間の世界とそっくりなんだ…うん、これで説明しやすいかな」
「ね、ねえ…それってどういう…?」
「さっき言った名前。『みなづき』の意味だよ。みなづきっていうのは、私の世界では、昔の6月の事を言ってたんだよね。みなづきは、「
水が無い月」っていう、私の世界の6月は、特に水が無かったんだよね、昔。そこからなんだけどね」
「6月の事をそんな呼び方してたんだ…」
「でも、逆に言い換えると、「
水が必要な月」でもあるの」
「えっと…そうか、「水が無いから」?」
ミジュマルはイリアの言葉を理解し、答えた。
「うん、その通り!だから、君も水タイプだから、そこから思いついたの」
「…でも、それだけじゃなくて、水が必要とされる6月…水無月だから、「6月が水を必要とするよう」に、
君も、誰かに「必要」とされるような…「大切」にされるように、君に、「みなづき」って…似合うと思ったんだけど…」
イリアは一通り説明し終え、「どうかな」と言った。
「…とても素敵な名前だね!」
ミジュマルはすぐにそう返答した。
「…僕が…誰かに、「必要」とされる…なんて…「みなづき」!とっても…素敵だなあ!…ありがとう!!」
『みなづき』は目を潤ませながら、非常に嬉しそうに、そう言った。
「良かった…これで、やっと言えるね、よろしくね!『
みなづき』!」
「…!うん、僕も…よろしくね!『
イリア』!」
「
…僕も、誰かに必要とされるような…ポケモンになるよ!」
「何言ってるの?」
「え?」
「
私はもうみなづきのこと必要な存在だと思ってるよ?」
「…!イリア…!」
まだ出逢ってばかりの二人。
だが、その中にはもう既に、「絆」が芽生えていた。
この二人が、やがて世界を大きく変えるとは、まだ、二人も、誰も、知らない。