Memoir 3 Sweet My Town/黒き沼との交点
「うーーんっんーー、やっぱ女遊びはよきですなー!! 可愛い子をムチでしばいてるときが一番生を感じるぜぇー!!」
全く、この間の冒険もエラい目見たが、やはりお宝の数々をトレジャーマーケットに流したらかなりの高値が付いた。それでこうして遊び呆けてるわけだ、宵越しの金は持たねぇからな俺は。
「さーてと、ぼちぼちあのクソ野郎に資金提供と利息の取り立てしに行きますか。本当なら顔も見たくねぇが、これもお仕事なので仕方ないね。はぁ……。」
ネオンの明かりが眩しい繁華街からメトロで数駅、くたびれた雑巾みてぇな駅のホームへと飛び降りる。さっきの繁華街のオシャンティーな駅とは違い、こちらの駅はそこかしこにホームレスの段ボールお布団が転がってやがる。同じ路線でもこんなに変わるもんなんだなと毎度毎度驚くし、俺だってトレジャーハント稼業が上手く行かなきゃあいつらの仲間入りだ。それ程に、この街で生きてくのは難しいんだよなきっと。
そのままシケたゴミ置き場のような地下階を潜り抜けて外へと向かう。改札のムダに頑丈な回転バーをグルッと回し、階段を登っていくとやっと外の世界へ辿り着く。見渡せば暗いスラム街の夜の風景が目に飛び込んでくるが、それ以上にさっき上った階段の麓の方が、黒くて底知れない暗黒に包まれているように思える。歩道を歩けばそこかしこに散乱するゴミ袋と腐臭、それにほとんど用をなしていない薄暗い外灯のかすかな光が感じられるだけ。寂しく静かで、同時に何がどこに潜んでいるかさえ分からないジリジリとした重みとざわめきもやって来る、それがこの界隈の夜道って奴だ。
「あーあ……仮にこんなとこに住んだらガチでメンタルやられちまうわ、本当に身も心も貧しくなっちまう。」
進まない足取りで闇の街の奥深くへと潜り込んでいく。駅の出口から徒歩約9分、そこに例の建物は構えている。
「『サン・ミレイユ教会』へようこそ。ご拝観の方はこちらへ、『夢売り堂』はこちら。へー、じゃあ借金の取り立てはどっちだ? 窓ガラス破壊して侵入してもいいかな?」
今の時間、野郎は『夢売り堂』にいるだろうな。あんな趣味の悪い稼業ばっかしやがって……。どうりでこの界隈の治安がよろしくないわけだ、人間にとってもポケモンにとっても、手軽に得られる快感ってのは一番最悪な代物だ。束の間の夢見心地が過ぎ去ると現実がまた顔を出してくる。結局は逃げても逃げても、問題を先送りにするだけで問題が勝手に解決するわけなんかねぇ。それでも恐ろしい現実に向き合う勇気がないから、問題を忘れて投げ出すためにまた夢の中に落ちていく。もう戻れなくなるまで、あっという間の片道切符だ。
「オラァ!! 借金の取り立てだブタ野郎!! とっとと出てきやがれ!!」
「ふふ……いつもと同じく賑やかな子だ。だがここは教会なのでね、もう少し静かにしてくれると助かるのですが。」
「うるせぇ死ね、てめぇのタマを蹴り潰すぞ!! 早く利息分の240000ポケをよこせこのタコ!!」
目の前に姿を見せたのは、いつもと同じ大きな背丈のふわりとした身体だ。まあ、デカイと言っても俺自身の体格が人間時代と比べて大きく縮んでいるのもそう見える原因ではあるのだが。
「女の子がそんな口を聞いちゃいけないよ、もう少しエレガントな言葉遣いをだね……」
「女って言うな、俺は心は男の子なの!! てめぇ仮にも教会の司祭なのにその程度の教養も見聞も思慮深さもねぇのか、この腐れ頭が。」
みんな気付いてただろうか?
俺は……身体は確かに女なんだ。だけど心は男でありたいって思ってる。それは人間からポケモンに姿を変えた今現在だって同じことだ。それをこの野郎はズケズケと土足で踏み込みやがって、本当にその言動一つ一つに苛つくわクソが。
この凄まじくムカつく野郎が『ミール』。この教会の司祭であり、『夢売り堂』というこの世の地獄の案内人だ。いや、案内ポケなのか?
何せこの世界はポケモンしかいないわけで、コイツもバクフーンとかいう種族だしな。
「で、利息返してくれたし、また追加で500000ポケ借りるのはいいんだがよ……また煮込むのかその鍋で?」
「もちろん。お金というのはポケモンたちの心の醜悪さや汚さが、手垢とともにベッタリと染み付いている代物なんだ。だからこうして『黒の心臓の壷』で煮込んでやると素晴らしい製品が完成する。」
「あの気持ち悪い変な水か、あんなもんよく身に着けようと思うよな。見た目も最悪だし中身も最悪だし、俺なら大金積まれても絶対お断りなんだが。」
「『聖水』の美しさが分からないとは、全くもってトレジャーハンターと思えないセンスだなぁ。その色は宇宙の奥深くから取ってきたかのような漆黒の闇、そして銀河の煌めきのような照り返しがほんの少し入り混じる。見る角度や光の当たり方次第でその色合いは多彩な変化を見せてくれる。」
この野郎のメインの稼業がこれだ。聖職者の表の顔は単なるマスカレードであり、ポケモンの心の奥深くにある闇を引きずり出して破滅させるのを平気でやってやがる。そのためにコイツは借金で資金を作ることをも厭わない。ここで作られた『聖水』を小さなボトルに詰め込んで販売し、顧客……もとい哀れな犠牲者たちに販売している。これが単なる眉唾ものの安い偽物だったらまだ救いがあるんだがよ、悪趣味なことにこの聖水とやらは本物だ。それも奈落の底に通じる究極の呪物と言っていいかも知れん。
「聖水を通じて抜き取られた純度の高い正の感情……特に他者を思いやる気持ちや人を救おうとする志、誰かのために尽くそうとする健気な心、それは最高の肥料になるからね。」
「全く、この薄気味悪い虹色のリンゴ集めて何してるのか知らんが、一応そいつがなきゃ俺も困るんでな。とっとと今月分をよこせ、代金は借金の額から差し引き済みだから、やらねぇとは言わせんぞ。」
「はいはい、これでよろしいですか? 君の身体も所詮これがなくては維持できない……言わば他のポケモンたちの犠牲の上に成り立つ命だということをお忘れなく。」
「やかましいわボケ!! 完全に不本意なんだからな、よりにもよってこの地上最悪の植物から生まれてきた地獄の果実がなけりゃまともに生きてけねぇなんて、本当に情けなくて涙が止まらねぇレベルだ、はぁ……。」
表面にメッキ加工でも施したんじゃないかというくらい、メタリックでテカテカなこの果実、コイツがないと俺は身体を維持できない。これが尽きたら………………そんなのは考えたくもないお話だ。ミールのボケナスに資金を提供するのも本当に渋々って感じなんだが、俺自身とても卑怯でどこまでも自己保身の感情に溺れてて、悪い流れを断ち切ることができない。
俺が野郎に金を貸さなきゃ、全てが破綻してコイツの犠牲になるポケモンも出ないだろう。だがそうなれば俺自身は…………………。だから結局、こうやって今日も金を渡す。借りを作ってるのは、寧ろ俺の方かも知れないな。自分自身を差し出して一括で返せば全て簡単に片付く。でもその代償が恐ろしくて、自分が可愛すぎて、最終的にどこぞの誰かが不幸のどん底に落ちるであろうこの選択肢を選んで、自分はぬくぬく生き延び続ける。まあ、それも一応は長い長い苦しみという贖罪の形なんだろうか。
「『暖簾に腕押し』って言葉の意味はよぉーく知ってる。知ってて言っといてやるが……お前、こんなことさっさとやめろよ本当に。ロクな死に方しねぇぞ、一度死んじまってそこから更に地獄を見てる俺からのありがてぇお言葉だぞ。マジで……マジで考え直せ。」
「ご忠告どうも。だが私もそんなことは百も承知だ。それくらいのことは覚悟してここにいる。君には凡そ分からないだろうけれど、もう地獄は嫌程見てきたし、地獄を見ても何も感じなくなってきた。コキュートスに半身浸かってる辺り、私と君は同類なのかも知れないね。」
「うるせぇ、お前と一緒にすんな死ね!!」
はいはい、期待するだけバカでしたー。コイツには何言っても全くもって意味ないだろうな。そして今日も明日も、いつか壮絶な死に方して後悔するその瞬間まで、どこかの誰かを食い物にし続ける。まあ、そこから生えてきた得体の知れねぇ果実のお得意様である俺が、とやかく言えたことではないとも思うが。
「あーーーー疲れた、あのカス野郎に会うと毎回毎回精神的にやられるわ。そもそもあの界隈クッソ汚えし、治安が悪すぎて片時とも気が抜けねぇし、あんなとこに住む奴の気が知れねぇな。」
新市街のターミナル駅から徒歩15分、俺が住んでいるマンションが見えてきた。駅から少々遠いのが難点ではあるが、この付近はさっきのスラム街より何倍も治安がよく、大通りなら夜に歩いても危険はほぼ感じない。モダンな街並みによく溶け込むような小綺麗な高級マンション、その3階に俺の部屋はある。
「20階とかに住んで何が楽しいんだろうな、別に俺の部屋と高層階とで部屋の面積が変わるわけでもないし、災害とか停電になったらどうすんだあれ?
ま、俺は上級国民のやんごとなき生活には興味ねぇし。早よ帰ってシャワーと酒と睡眠のトリプルコンボ決めますかー。」
俺の生活スタイル的に、家で寝てるかゲームしてるか、冒険に繰り出してるかの3パターンしかないので、正直最低限の清潔で整った設備さえあればそれ以上のことは求めねぇ。この3階の部屋は、同じマンションの他の部屋と比べると本当に格安だった。エレベータが通じてるのが5階からで、3階へはどうあがいても階段を何回も登ったり降りたりしないと辿り着けないからだろうか。俺は階段派なので至極どうでもいいが。
「ただいまー、って誰もおらんがな。……いやいや、君らは俺のことをいい子で待っててくれたんよなー、待っててねー、お水汲んでくるからな。」
どっかの生物兵器研究所みてぇに無機質なシャワートイレキッチン付きの8畳ワンルームは、ヒバニーの身体にとっちゃ十分な広さをしている。この『モントブール』の街は周辺国に比べ、まあまあ物価も地価も安い方だとは思うのだが、それにしてもこの部屋で月々6万ポケの家賃は我ながら秀逸物件だと思う次第。
俺の部屋の窓際にはサトイモ科の植物ちゃんたちがズラリと並べられている。ポトス、フィロデンドロンオキシュカルジューム、スパティフィラム、アグラオネマ、アロカシアアマゾニカ、クワズイモ、モンステラと、どれも俺の殺伐とした心やミールの野郎へのムカつきを落ち着かせてくれるんだ。サトイモ科の何が可愛いかって、そりゃ花弁の集合体に清楚な白いがくが付いてる花の形とか、水を地面から吸い上げると葉っぱの先から露が垂れるとことか、無数にあるってもんだよな。
「あーいけねぇいけねぇ、マニアックな話しすぎても誰にも分かってもらえねぇんだわ。まあもしサトイモ科が好きな人間がいれば、気持ちを共有できるのかも知れんがな、ははは……」
俺は文字通り脱兎の如く素早くバケツに水を汲み、サトイモ科の一同に水を注ぎ込んだ。この子たちは俺が長期間不在にしても、10日くらいなら余裕で耐えちまう。本当に見た目の華やかさに似合わぬ生命力の強さをしてやがる。そういうギャップも萌えるんだよな。
「さーてと、これからシャワー浴びるからちょいカメラ止めてくれる? 覗きはマジで顔面に蹴り入れるからな。あっち行っとけ、ほら。」
Code 3264: 『チトセ』との画面共有が中断されました。端末の電源を切るか、別の周波数帯を設定してください。
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「えーと、何か見られてるのかな? わざわざ他のポケモンの生活を覗き見るとは、君も趣味がいいとは言えませんね。」
チトセが最近誰かに監視されていると言っていたけれど、なるほど君のことでしたか。このミールの視点をジャックしようとするからには、かなりえげつない地獄絵図も見ることになると思いますが……その覚悟がおありで?
「ま、それが私のお仕事なのでね。見たいなら見る、嫌ならやめるで好きにしてくれて構いませんよ。私の稼業はポケモンたちに夢を売ること。特に『悪夢』を売ることですから。」
この世の地獄を垣間見たいわけじゃないなら、単なる物見遊山のつもりなら引き返すことをオススメします。チトセの冒険劇を見ていた方が楽しいと思いますので。そういうことで、ご機嫌よう。
Code 88947: 『ミール』との画面共有が中断されました。再度『ミール』の周波数帯にアクセスしますか?
Y/N _