Memoir 2 Stone Cistern
「…………………あがっ!?」
えっと……ああそうだ、穴を飛び越えた先で刃物の罠があって、胴体チョンパされて死んだんだった俺…………。畜生、本当に性格悪いなあの仕掛け作った野郎はよ。
「だが問題ない、俺の残りライフは98!! まだまだ何度でも蘇るぞ……俺の貴重なライフをよくも……って違う、残機は無限仕様なんだよな。」
そう、薄々勘付いてた奴もいるんじゃないと思うが、俺の身体は不死身だ。いや、正確に言えば死んでも何度でも際限なく、時間が巻き戻って復活できる。この俺の体質、凄く便利だと思うか?
「最っっっっ悪なんだよな、死ぬのは死ぬ程痛えんだぞ、実際死んでく感覚や痛みや恐怖は全部感じるんだからな、マジであの罠作った奴地獄に堕ちろ!!」
これが俺の呪われた身体と命だ。何をしても死に切ることなどできない。何度だって、いつだって、俺が望んでいなくたって、強制的に直前からやり直しだ。だからこそ、一瞬の判断ミスで死に繋がりかねないこの仕事は向いているのかも知れないが。
さてと、こうしてボヤいていても何も解決はしない。どこかに罠を突破する糸口はないだろうか?
死んで攻略法を探るのは絶対に嫌だからな、死ぬのは本当にキツいんだ。さっきみたく即死ならまだしも、穴の底にある底なし沼に落ちた場合や、さっきの地球儀の罠で天井に磔にされた場合を考えてみてくれ。普通の奴らと同じように、助かる見込みのない絶望の中、じわじわと生命を削ってゆっくりと死んで朽ちていく。それで終わると思ったら、また直前のセーブポイントから復活してやり直しだ。
こんなダンジョンの中だと怖くなって引き返そうとしても、逃げ道なんて残ってないのが普通だ。また死ぬかも知れないという恐怖、死んだあのときの苦しみと痛みと絶望、それらがフラッシュバックして頭の中で反響する中で、前に進むことを余儀なくされる。俺だって最初は慣れなかったよ。その場でグズグズ泣き崩れて恐怖で失禁しても、誰が助けてくれるわけでもない。もし俺自身の力では何ともならない罠の前で閉じ込められたら、進めば死ぬし、戻る道もないし、その場で待っていても餓死するまでは果てしなく長く苦しく、死んだところでまた同じ場所に時間が巻き戻った上で復活する。終わらない絶望の出来上がりだ。
おっと、またボヤきすぎたなこりゃ。真面目に打開策を考えなくちゃならないな…………。
「使えそうなものは……他の仕掛けは…………他のルートは……全部なさそうだな。つまりはあそこにジャンプして身を移した上で、さっきの壁から飛び出る刃物を回避しなくちゃならねぇ。崖から這い上がって速攻でジャンプして間に合うか……。確かめることはできるが、死ぬの嫌だしな。」
今持ってるものも確認しよう、冒険用の軽量リュックの中には、非常食のクラッカーの箱と水筒、小鍋、インスタント麺とパスポート、救急医療セットとスマホと充電器、4mのロープ。単体で何とかしてくれるような魔法の道具はないんだな、これが。考えられる最善の手があるとすれば……
「かなり痛手を食らう可能性が高いが、コイツで突破できるか試すしかないな。はぁ……これ以上死ぬの嫌だな、涙が出そうだ。」
俺は溜め息と共に体勢を整えて地を蹴り、思い切り駆け出した。ホップ・ステップ、ラストジャンプも上手く行っている。手は崖を掴み、先程と同じ要領で地上に這い上がり、先程の位置より若干前に身を寄せる。来るはずだ、例の刃物の罠が。
「ぐえっ!!!? 痛え、腕の骨が折れるわ!! だが身体を切断はされなかったな、これなら何とかやれる。」
俺は小鍋をロープで右腕に縛り付けて即席の盾を作っていた。鍋の表面にはクラッカーの箱とインスタント麺の袋とパスポート、あらゆるものを緩衝材代わりに結わえ付けることで、刃に切られるリスクを最小限に抑えていたのだ。腕がビリビリするし、パスポートにインスタント麺の臭いがこびり付いちまったがどうでもいい。あの罠を今度こそ再起不能にしてやる。
「食らえコラァッ、『ニトロチャージ』!!」
高くジャンプし、足元の刃の側面に炎の踏み付けキックを叩き込む。熱と衝撃でV字に変形した刃は、もうこれ以上俺を切り刻もうと動くことはできないだろう。これにて一件落着だ。
「全く……パスポートがデロンデロンになっちまった……えーと、写真付きページは無事、か。」
『桜音千歳』か………………。我ながら可愛らしいヒバニーの姿に不釣り合いな不器用なジト目にダルそうな面持ち、こりゃ収監前の犯罪者みてぇな顔つきだ。今ではこの名前だけが唯一、変わらぬ姿で人間としての俺を写す鏡なのかも知れない。もう4年程前だったかな、俺がこの身体に転生したのも、あの『ミール』のクソ野郎と契約する羽目になっちまったのも。まあ、今の俺から言わせればこうなったのも因果応報なのかも知れんが。
「あーあ、さっさとこの遺跡踏破してシャワーでも浴びてぇな。これ以上ここのダンジョンで死にませんようにっと。」
炎タイプにとって水は有害らしいんだが、俺は風呂やシャワー抜きで暮らす方がずっと不快だわ、そもそも俺は人間だから炎タイプとかポケモンとか知らんし。
「うわ……風呂にでも入りたいなと思った矢先にこれですか。一体何リットル入るんだこれ?」
眼下に広がるのは、部屋全体が円柱型となった吹き抜け空間だった。まるで小さくなってタンブラーの中に入ったような壁面の光景に、足元に広がる奈落という組み合わせ。ざっと俺がいる足場から底までは15m、天井までは5mってとこか。大きな円形の部屋の内壁は磨かれた大理石でできていて、ロッククライミングのように張り付くのも難しそうだ。その癖中央部分の小さな足場には、橋一つすら設けられていなかった。向こう岸に渡るには、何かしらの仕掛けでも作動させてやらないといけないのではないか、というのが俺の導き出した推測だ。
「多分水だな、この部屋自体が巨大な水瓶のようになっていて、水を注ぎ入れることで道が開ける可能性が出てくるって寸法だろ。」
とは言ったものの、こんな巨大な空間を満たすような大量の水はどこから用意すりゃいいんだ?
取り敢えず下方向へ向かう足場が点々と設置されているのに気付いた俺は、奈落の方へと下降していった。
壁から飛び出る針の仕掛けを見切ってかわしながら、下へ下へと移動し続ける。暗い地の底に足を踏み入れたのでヘッドライトをスイッチオン。周りにはドアが2ヶ所、それから哀れな犠牲者諸君の朽ち果てた骨たち。結構冒険家や盗賊なんかが出入りしてるんだろうな、そして間抜けやらかして死んじまったのか、ちょっと親近感湧いてきたな。それじゃ、あっちのドアから攻めてみようか。
「またレバーがポツンと置かれてやがる……ありゃ一番タチの悪い代物なんだよな、誰がどっからどう考えても怪しすぎる。だが引きに行くしかねぇ。」
部屋の5m程奥に置かれたレバーに何の警戒心もなく近付くアホはどこにもいやしないだろう。ただあのレバーを操作することで何かしらの変化が起こるのは間違いなく、それがどんな結果をもたらすのかは全くもって未知数なのだが、先に進みたい以上引きに行くしかない。だが取り敢えずその前にだな…………
「ほいよ。うわっ、やっぱり仕掛けてやがったな。本当に趣味悪すぎだろあれ、何つーサイコパスが設計したんだこの寺院は?」
さっき潰れたインスタント麺の袋をひょいと放り投げると、ギロチンのような刃が壁から飛び出し、あっという間に麺の塊を半分に切断しちまった。あれがもし俺の身体だとすると、100%助からないな。これ以上死ぬのは本当に嫌すぎるので、インスタント麺に反応して一定間隔で動き始めた刃の隙間を縫って奥へと進む。タネが分かっちまえば簡単なことだ。
それじゃあ、例のヤバそうなレバーでも引いてみようか。見た目の割にやたら軽い手応えで動くこのレバー、まるでどうぞ引っ張ってくださいと言わんばかりの素直さだ。一周回ってそこまで正直だと好感が持てる……わけねぇだろ。
「…………何も起こらんな。一回外に出てみるべ。」
帰りのギロチン君にも注意しつつ、部屋の戸口へと舞い戻り、用心深く引き戸を引っ張って開けていく。さっきみてぇに矢が飛んできたりはしないな、それとドアの先にギロチンもねぇ。刃が出てくる仕掛けもねぇ。これなら行けるかな、俺は警戒しつつも吹き抜け水槽の底部分を横断し、ギロチンレバー部屋の反対側にあるドアへと向かっていく。部屋の側面はトゲの仕掛けがウゴウゴしてやがるし、さっさともう一個のドアの向こうに飛び込んでしまおう。
「よーし、ぼちぼち探索も大詰めだろ。この先の罠にも気を……あげぇっ!? ……あぁぁっ……痛い熱い熱いあがぁぁぁっ!!!!!! いやぁあぁあぁ……うぎぇっ」
やっちまった、あのトゲの罠を避けるために大広間の真ん中を通る、それはまんまとサイコパスクソ設計者の手の上で転がされることに等しかったわけだ。一瞬で目が見えなくなったから詳しくは分からんが、多分部屋の中央に設けられた落とし穴にはまり、強い酸性の液体の中に転落したのだろう。全身を一気に焼き尽くすような激痛にのたうち回る暇もなく、我ながら何とも虚しく間の抜けた断末魔を最後に漏らし、俺の意識は消失していった。
「はあぁぁぁっ!! あーもう嫌っ、ふざけんなマジで……!! クソっ……キレたら注意力を欠いちまう。いかんいかん、落ち着け俺…………こんなときは好きなものを思い出せ、落ち着け落ち着け……。」
えーと、街に戻ったら取り敢えずオンラインカジノのバカラに金ぶっ込んで、タルト・フロマージュをたらふく食って、可愛くて従順な女の子買って虐めて遊ぶか……。まあ、ここのお宝がどれだけの価値で買い取られるかにもよるんだが…………。よし、もうパニックは収まった。今度こそ落下しないように先に進もう。
反対側のドアまで到達した俺は、何か罠がないか警戒しながらその向こう側へと足を踏み入れた。ひとまず罠と呼べる代物はないか。だがしかし悲しいがな、罠じゃない代物なら大ありなんだけどさ。
「うーん……こりゃタイミングよく向こう側にジャンプしなきゃだ。坂の長さは大体10m、その先に酸性の液体の海、跳べなきゃイカロスみてぇに下へ墜落して、またグロいことになっちまうな。」
目の前に構える下り坂は傾斜角約50度、細心の注意を払ってバランスを保たないとすっ転んで傷まみれになっちまう。それより問題なのは、向こう岸と坂の終点を隔てて設置されている酸の海だ。あの激痛で全身が埋め尽くされる死に方はもう嫌だ、坂を滑って勢いをつけて、一気に向こう岸までジャンプして崖を掴む。それしか生き残る術はあるまい。
「さて……こういうのってタイミングをしっかり見極めなきゃならんのよな、勢いづくために何も考えずに突っ込むのは、あづっ!!」
本当の本当に最悪だ。酸が天井からぽとりと垂れてきて、俺の腕に溶けたような火傷を作っていった。もう後ろを見てる余裕なんてもうない、不本意なタイミングだがもう滑り降りるしかなかった。振り返れば恐らく、さっきまで俺のいた位置に注ぎ込まれた酸の液体が、坂を伝って流しそうめんみたく迫って来てるだろうしな。
「よぉぉし、このまま重心をしっかり低めてバランス取って……今だ、あいきゃんふらーーい!!」
ヒバニーに出せる限りのパワーを両足に集中して一気に前転しながら宙を舞う。俺の身体はほんの2秒弱空中をふわりと対空したかと思うと、鮮やかな放物線を描きながら向こう岸へと吸い込まれていった。……っ危ねえ!!
何とかジャンプは大成功だ。向こう岸の崖際3cmくらいのところに無事に着地した俺は、崖が崩れて落っこちたりしないかと心配しながらゆっくりと崖から距離を取った。もっとも、そんなことは要らぬ心配だったみたいだが。
「コイツはバルブか何かか? 取り敢えず動かしてみるしかねぇよな、もうあっち側には戻れないし。よっしょっと。」
見上げた向こう岸には、さっきまで俺が滑っていた巨大な坂が見えている。我ながらあんなとこをよくぶっつけ本番で飛び越えられたもんだ。拍手喝采でよくできましたスタンプでも押してくれ。冗談はさておき、俺は壁に設置された直径50cm程度の巨大バルブを捻ってみた。大きさに違わぬ硬さをしたバルブだったが、体重をかけて思い切り引っ張ってみると、夜中に俺が立ててる歯ぎしりみたいな鈍い摩擦音と共にバルブが回転した。
「ちょい待てー!!!! 何か水が降ってるんですけど、さっきの酸の海の水かさが上がってる!! ヤバい、避難しないと!!」
本日何回目か覚えとらんが、最悪だ。最悪の最悪を更新し続けるこの寺院のスタイルは称賛に値する。バルブを戻すことはできず、どんどんドボドボと水が注がれていき、やがて崖の上にまで酸の海が浸水してきた。水で薄まったとしてまだ殺傷能力はあるかも知れないし、そうでなくとも部屋が水で満たされて脱出できなくなっちまう。俺はバルブにしがみついて少しでも酸に触れないようにと必死で粘ったが……ダメだ、もうこれ以上上に行けない。俺は万策尽きて酸の海へ転落した。
…………………あれ?
何か全然大丈夫っぽいな、普通の真水みたいに何も痛みは感じない。ふとバルブの方を見ると、バルブに結晶のようなものがくっついているのが見えた。まあ取り敢えず水面に浮上しよう、丁度水位が上って向こう岸にも戻れるようになっている。
「ぶはっ!! 死ぬかと思ったわ、本日3回目の死亡確定しちまうとこだった。それにしてもあの結晶、まさか塩基性の液体が注ぎ込まれたか? 酸と反応して何らかの結晶成分を生み出しながら、酸の海が中和されて中性になった。それで助かったっぽいな。」
ともかく、これで吹き抜け空間も攻略できそうだ。水が吹き抜けを満たすまで約1時間待つ羽目になったが、幸い吹き抜けのトゲの罠も停止しており、足場を登って吹き抜けの上部分まで戻り、お昼寝をしながら待つことすらできた。水で吹き抜けが満たされると、後は部屋の中心部分にある黄金の部屋に一直線だ。
「おっしゃー、この金の羽細工は高く売れるな、これでしばらく飯には困らんかな。それに黄金のマニ車までありやがる、コイツも寺に売りつけたら金になんだろうな。」
黄金の部屋は宝物庫になっており、そこには金で作られた装飾品の数々が保管されていた。特に傷や曇りもなく、これはトレジャーマーケットに流せば高く売れそうだ。大歓喜の俺様だったが、部屋の隅に妙なものを発見した。
「何じゃこりゃ、星見表か何かか? それにしちゃ見たことないような意味分からん星が描かれてるな。星座なんか元々ミジンコをエビフライって言い張るレベルに、無理やりな形のこじつけ方するんだが……。これに関しては星座自体のイラストもよく分からんぞ。」
その星見表には、普段眺める星空とは違う夜空の図が描かれていた。いや、本当は空を正しく描いてあるのかも知れんが。5等星とか6等星なんか肉眼じゃまともに見えないし、仮に暗い星ばかり描写したのなら、絵面がこうなってもおかしくはない。それにしても、星を繋いで作った星座のモチーフのイラストも奇妙すぎる。例えば何というか、ワニの頭にゴリラみたいな身体で、足は6本ある生き物が描いてある。何やねんこいつは。虫なのか哺乳類なのか爬虫類なのか……
まあ、初めて見る代物だから鑑定士にも見てもらっか。そうして今回も俺の冒険は大成功に終わった。だが山麓まで雪山の崖見てぇな斜面と稜線を突っ切らなきゃならねぇ。帰るまでが冒険なので、引き続き安全第一で行くのだぞ、俺。
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