Memoir 1 The Palace of Ice
さて、『ディンパの古代寺院』の入り口に足を踏み入れたわけだが、どうにも歓迎ムードではないな。玄関は約長さ5m程度、屋根と扉は付いているので風雪に晒されることがないのがありがたいが、固く閉ざされて鍵がかかったドアが鎮座していて、そのすぐ上の壁には大きな目の模様が書かれている。確か、真実を見通す眼なんだっけか?
「やれやれ…………またドア開けるとこからスタートか。防犯意識の高いこった、関心関心。」
そう呟くと溜め息が自然に漏れてきた。このタイプの寺院であれば、幸いにもやり方は大体予想が付く。
「愚かな未熟者なら必死で鍵を探すんだろうが……俺をナメてもらっちゃ困るな。あのこれみよがしに開いてる鍵穴はミスリードさせるためのものだ、恐らく何か他の仕掛けでドアを開けるのが正解だな。」
周囲を見渡すと、何本かの丸みがある柱が等間隔で建てられている。赤色の漆塗りのような質感の柱に、金箔などで精緻な模様が描き込まれた美麗な柱だ。こいつを持って行けたなら高く売れそうだが、今の俺にそんなもん必要はない。もっと奥に秘宝が転がってるだろうからな。
柱を舐め回すようにじっくり観察する…………。右端の柱にスイッチのような仕掛けがある。扉を開く鍵になっているかも知れない。ここは臆せず押してやろう。
「あっ、痛ぇっ!! やってくれるじゃねぇの、謎解きしてるときに罠の一撃か……。大した怪我じゃないけど、毒矢だったらちとマズイ。早く『メディックチャート』に判断してもらうかな」
迂闊だった。スイッチを押した数秒後に、尻の辺りに突き刺すような痛みが走る。どうやらスイッチを押すと矢が放たれる仕組みになっていたらしく、俺の尻と太ももの境目辺りに、3cm程度の尖った穂先が刺さってしまった。ひとまず冷静に、生体スキャン機器を患部に押し当てる。
「毒成分の類は探知されない、か。恐らく侵入者を退けさせるコケ脅し用途の罠だろうな。」
だがお生憎、俺はそんなしょーもない脅しに気負けするタチじゃない。『死なないだけマシ』だ、侵入経路の探索を続けよう。
「あった、ここを進むんじゃないかな? 何か水中に通じてるが…………。俺この身体なんだから勘弁して欲しい。」
玄関スペースの少し縁がかけたタイルを持ち上げると、まるでマンホールのようにその先にトンネルが隠されていた。その先は水中洞窟となっており、ヒバニーである俺の体質にとって最悪と言える道のりになっている。とはいえ覚悟を決めて進むしかないな、水に入ったくらいでは『死なない』から安い安い。
幸いにも水質は綺麗で、十分なくらいに先が見通せる。立方体の岩レンガで作られた細い水路を3m程潜ると、鉄格子とレバーが見えてきた。しかしあれは怪しすぎるな、先に進むには引っ張るしか選択肢はなさそうだけれど。1秒程空白を置いてから、レバーを力いっぱい引っ張って作動させる。鈍い音を立てながら錆びた鉄格子が開いてくれたのはよかったが……。
またしても一杯食わされた。背後で何かが崩れる大きな音がしたかと思うと、背後からこちらを照らしていた地上の光が途絶えた。慌ててヘッドライトを点けるものの、退路は崩れ去り、目の前には一定間隔で槍が突き出す水路が続いていた。戻る道も留まる時間も与えられず、槍を上手くかわしながら突き進むしかない。最悪だ、俺のこのヒバニーの身体は水中での酸素消費量が多いので、全身運動をしつつ息が続くのは後1分程度だろうか。
覚悟を決めて水路を泳いでいく。眼の前に見える槍は6本。ボヤボヤして立ち止まっていると、どのみち窒息しちまう。一気にタイミングを見て通過するしかない。1本、また1本…………順調に槍を紙一重で回避していく。だが残り2本の突き出す間隔が非常に短い。おまけにその2本は絶妙なタイミングで周期がズレており、動きのパターンから考えるにチャンスはこの一回だけ、約5.5秒後に突っ切るしかない!!
「…………ぐ、あがっ!!」
マズい、槍が身体を掠めていった。視界が悪く怪我の程度は確認できないが、鉄のような臭いが水中に立ち込める。幸いにも身体は動くが、水面まで体力がもってくれるかどうか…………。
「ぶぁはっ!! クソっ……炎タイプにこの上ない嫌がらせしやがって…………!! 傷はあまり深くはないが…………。救急医療セットを使うしかねぇなこりゃ、あのボロい槍にやられた傷を放置すると、病原体への感染の可能性も出てきちまう。」
切り傷が右脇腹に6cm程度、比較的浅くはあるが放置するのはよろしくない。現在手持ちの救急医療セットを消費し、残りは2つとなった。まあ『死なずに』突破できたからよしとしようか。しばらくその場で呼吸を整えつつ、宮殿の遺跡内部へと足を進めることとした。
「やれやれ、何でこんなに身体張って遺跡探索しなきゃならんのかね俺は……。まあいいや、『ミール』の野郎にまた月利20%で金を回してやる、金こそが俺の生き甲斐、金こそお友達、はぁ……。」
そう、何の権力も力もない、呪われた身体というマイナス資産だけを背負って歩いていく俺には金という燃料が必要だ。金さえあれば、『ミール』の野郎とも銃を突きつけ合うような取り引きができる。逆に言えば、金の切れ目が命の切れ目とも。
通路をひた進むと、目の前には直径2m、高さ10m程度の柱が立ち並ぶ大広間が現れた。その更に奥に繋がる通路の中程には、何か黄金色に輝く物体が見える。俺は大広間には目もくれず、奥へと通じる通路へと駆け寄った。
「あー、こりゃご愁傷様だ。そりゃそこにそんなもんあったら、ついつい手に取ろうとしちゃうよね、分かる分かる。俺も慣れるまでそうだったよ。こういうことになるんだけどな。」
地面には黄金色の小型地球儀が置かれていた。恐らくは純金で作られた代物で、持ち帰って売れば相当の金になるはずだ。とはいえ、このような露骨に置かれたオブジェに心を許しちゃならない。俺は地球儀の裏側に回り込み、地球儀から2m程度距離を置いたところから小石を地面に投げつけた。
「正面からあの地球儀に近付けば、こうして床に跳ね飛ばされちまうんだよな。そしてその先には棘付きの天井という最悪コンボ。その速度であそこに刺されば、磔になって身動きも取れずに死ぬことになるな。」
そう、地球儀を正面から取ろうとすれば、強力なバネで留められていた床が解除され、一気に天井方向に打ち上げられる罠が張られていたのだ。欲に目がくらむと、ああして痛い目見ながら死ぬことになる。俺はそんなこと百も承知なのでああいうアホな真似はしない。風化して棘に刺さった僅かばかりの骨しかないから、どこのどいつかは知らんが、遺跡探索をするトレジャーハンターなら、致命的な罠を回避するくらいの腕前がないとやってけないぞ、来世では頑張りな。
それと裏側から地球儀を取ろうとするのもダメだ、恐らく二重に何かしらの罠が張られているし、1つの罠を突破できて気が緩んだところを奴らは絶対に見逃さないから、怪しいものには迂闊に手を出さないのが得策だったりする。さっき尻に矢が刺さった俺が言っても、説得力に欠けるかも知らんが。
他に罠はないか、慎重に周囲を観察しながら進んでいくと、鍾乳洞の吹き抜けを丸ごと使ったような大広間に辿り着いた。他の扉へと進む石レンガの道は半ば崩落しており、その上には薄い氷の膜が張っている。その周囲は奈落の底となっており、下にライトを当ててみると無数の槍のような鍾乳石と骸骨がいくつか。足を滑らせたら奴らの仲間入りを果たしてしまうので注意せねば。
「まあ普通なら恐怖の綱渡りになるってとこだが……俺のこの体質なら楽に突破できるな。」
そう、先程はこの体質のせいで水中でえらい目見たが、このシチュエーションなら俺の独壇場ってもんだ。何せこのヒバニーの身体は炎や熱を放つことができる。凍った路面でも足を滑らせることなく行けるって算段だ。しかし、そんな算段が軽々通る程には甘くはなかったようだ。
「クソっ、足場が脆すぎて氷が溶けたら崩落しちまうのか!? 建物のメンテナンスくらいしろっての!!」
どうやらこの石レンガの細道は経年劣化で虫の息だったらしく、俺が悠長に足を乗せて熱を溶かすと、氷と共にボロボロと解けて崩れようとしていた。道が間一髪崩れずにいたのは氷で固められていたお陰、それを俺は壊してしまったという構図だ。
「まあいい。それならそれで、俺には別の特技ってもんがあるからな。よっしょっと!!」
詰め将棋は俺のヒバニーボディーに軍配が上がったようだ。何せこの身体は、非常に身軽でジャンプ力にも優れている。足場が崩落する前に華麗にジャンプを決めて、何とか向こう岸まで辿り着くことができた。足場は潰えてしまったが、元々後戻りするつもりなんかない。金のために前進あるのみだ。
扉を開けると、目の前に下り坂の細い通路が現れた。後ろから転がり落ちてくる岩とかないかチェックしてみたが、俺は冒険モノの漫画やら小説の読み過ぎだったのだろうか?
そんな上手いこと罠が待ち構えてるシチュエーションなど、フィクションの世界くらいにしかないだろう。ここは現実だ、そんな見え透いた罠が転がってきたりはしない。
とはいえ、こういう見通しの悪い狭い通路には何があるのか分からない。しっかりと用心に用心を重ねて進んでいこう。通路の天井の氷からヒタヒタと水が滴る音だけが響き、その静けさの中に溶け込んで足を進めていく。そのまま蛇の内臓のように曲がりくねった細い通路を3分程歩き続けると、通路の途中に落とし穴が設けられた場所に辿り着いた。穴は全部で3ヶ所、特に一番奥に見える穴は直径が大きいため、最初の2つをホップステップで飛び越えつつ助走を付け、そのまま全力で大ジャンプを決める。それしか道はあるまい。
「さてと……ヒバニーでもこれは少しキツいかな。だが逃げ道はない、気合い入れてジャンプしますかー。」
呼吸を整えて1つ目の小さな穴を飛び越える。次の穴までは約2m、短い距離の区間で全身全霊の加速を付ける。2つ目の穴もクリア、最後の穴までは3m程度の道のりが残されている。2つの穴を飛び越えた勢いを更に強め、ギリギリの距離から一気に地面を蹴り込む。
「うわぁーーっ!!!! っおりゃっ!!」
飛距離が足りない、そう直感した俺は必死に手を伸ばして崖を掴む。真下には泥沼と深い深い縦穴が広がる。あそこに落ちたら飢え死にするか沼に沈むまで、暗闇の中で孤独と絶望を味わいながら待つ羽目になる。そんなのは真っ平ゴメンなので、手に力を込めて崖を這い上がった。
「やれやれ…………本当にヒヤヒヤしたわ……。さてと先に、あ」
気が付いた時には既に上半身が下半身から少し離れた位置にボトッと鈍い音を立てて落下していた。すっぱりと切断された俺の下半身が前のめりに倒れるのを、普段の身長の約半分くらいの目線の高さで目の当たりにした。
「これダメ……死ぬ……ね」
ダメだ目が霞んできた。これマジだ、死んじゃったな。
Error Code 158: 『チトセ』の生体反応が消滅しました。生命活動及び機能を修復することはできません。プログラムを強制終了します。
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