Memoir Curtain Raiser
「考えたことはあるだろうか? この世で起こり得る、或いはイメージの中で思い浮かぶ形の最も苦しい償いの形を。首をはねられる、身体を八つ裂きにされる、全身を燃やされる……確かに死をもって償うという刑罰は恐ろしい。ただ、自分に言わせればどれも温すぎるといったところか。業苦に終わりがあるならば、その延長上に救いは必ずやってくる。この世で最も辛く長く続いていく、途切れることのない贖罪、それは………………」
(サン・ミレイユ教会に残された匿名の手記より引用)
「寒い。寒すぎだわ。標高5000mってのは伊達じゃねーわな。まあいいか、俺こんな体質だし。ほいっと!!」
一面の白と黒の景色。目の前をどっかりと塞いでいた急な斜面もやっとこさ視界から消えてくれた。現在午前11時を回っているな、頑丈だけが取り柄な時計だから、時刻の正確さに関しては正直信用ならんのだが、まあいい。風は強いが、日の高い内に稜線を辿って目的地の入り口まで入ることとしよう。その前に、済ませるもん済ませなきゃだけど。
「よし、ここならまあ腰下ろしても大丈夫でしょ。雪と氷と岩ばっかの味気ない景色だが、一応雪を溶かせば座れるくらいに滑らかな岩もあるな。」
今日のお昼は圧縮フリーズドライ製法のキッシュだ。キッシュなのに棒状になってやがる。まあ円形だと持ち運ぶの面倒だからこれで構わない。正直味気なさすぎなんだけど、まあこれで少しは体力も回復するだろう。入口に着いてからが本番だから、こんな山登る程度でムダな体力は削りたくない。
午前11時56分、俺の普段の行いがいいのか知らんが、早速風が弱まってきた。下手すりゃ長時間風待ちするのも覚悟していたが、存外に早く動けそうなので一安心。こんなチンケな身体になってしまったので、風に煽られて吹き飛ばされないように注意しよう。落ちたら最悪だ、岩場をミンチになりながら転げ落ちてくことになる。俺でもそれは流石にヤバい。というか普通の奴よりも『俺だから』マズい。
午後1時37分、快晴だった空が白っぽく霞んできている。これは間違いなく天気が荒れる予兆だろう。幸いにも目的地まで後300m前後、遺跡の中なら風雪も関係ないので先を急ごう。この呪われた身体とやらも、フットワークが軽いのはいい点だ。まあ元々『人間』だった俺から言わせれば、身体が小さすぎて不便ではあるんだけど。
「ふう……ここか目的の『ディンパの古代寺院』ってところは。高山の奥地でひっそりと受け継がれた自然崇拝の秘儀荘…………。そこはかとなくカネの香りがするな、まあ儲けさせてもらいますかー。」
午後1時50分、案の定天気が崩れて小雪が舞い始めている。氷の宮殿とも呼ばれるこのディンパの古代寺院は、外部の者たちが侵入できないように様々な罠が仕掛けられていると聞く。所謂未踏破の遺跡とのことなので、得られる戦果は大きいだろう。特に誰にも漁られず、手付かずの遺産や芸術品は高く売れる。とはいえ、一般人が近付けば99%命を落とす危険地帯じゃないかと俺は推測している。だから俺にしかできないお仕事ってわけだ。この『ヒバニー』とやらの身体がプラスに働くといいんだが。
メモリーログを上書き保存完了。遺跡の内部を詳細に調査開始する。痛い目を見るのは嫌なので、くれぐれも慎重かつ機敏にくぐり抜けよう、俺。
(The memoir proceeds to the next page……)