Chapter 2 -まだ見ぬ蒼天の雲の行方-
Episode 47 -Destructive echoes-
 ファイと同じく赤きヘラルジックを操ってレギオンを呼び出すアシレーヌ・プサイ。彼女の呼び出したレギオン・ローレライを前に、えっこたちは身動きが取れずにいた。


「でも幸いだね。僕自身がカウンター戦法の使い手だから分かる。カウンターアタックを主軸にして戦うということは、自分から攻め込むのは苦手ということ……!! つまり、こちらから踏み込まない限りは、打開策を探る時間も十分に取れるはず!!」
「いや、残念ながらそれはなさそうだぜ、ユーグ……。直感で分かる。奴が再び水中に潜ったということは、アクションを向こうから起こしたということは、何かしらの攻め込む手段も持ち合わせてるってことじゃねぇのか?」

トレの目の前で、ローレライは再び水中へと姿を消したのだ。吐き出すあぶくでどの辺りにいるのかは大体察しが付くが、果たして何を仕掛けてくるつもりなのかは、地上からでは見当がつかない。


「何か聞こえた、避けっ……!!」
「えっこ!! 大丈夫か!?」

えっこが何かの音に気付いてユーグたちの方を振り返った瞬間、何か鋭い槍のようなものがえっこの肩を掠めた。
えっこの肩からは血が流れているが、幸い大事には至っていないらしい。


「俺は大丈夫です……それにしても、一体何が……!? 何かを撃ってきたのなら、飛来物がどこかに落ちているはず……。でもそれすら確認できない……。」
「まさかとは思うけど、水なんじゃないかな? 音とは物理学上の定義では、空気の振動により発生する波だ。その波の形によって、様々な音が発生し得る。あれだけの音をカウンターで放つことができるんだ、多少の破壊音波なら、自発的に出せるのかも……!!」

「なるほどな、振動の波で水を矢か槍みたくして飛ばし、えっこの肩を貫いた……。地上で勢いを失った水の刃は、形を維持することなく消滅する。」

ユーグの推測は恐らく正しいのだろう。敵の能力特性と、水中に潜って初めて使ってきた技だという事実を鑑みれば、そんな技を使ってきたとしても何ら不自然でない。


「攻撃すればジ・エンド、相手の出方を伺えば、水中からタイミングの掴めない一撃を食らう……。」
「厄介ですね……地の利があるこの海上を、わざわざ選んで襲っただけのことはあるという訳か。」

状況はえっこたちが一方的に不利だ。受動的な反撃手段と自発的な攻撃手段。その両方を巧みに操るローレライに、えっこたちはじわじわと追い込まれていく。











 「終わったわよー、2匹ともお疲れ様ー!!」
「あーん、もう死ぬかと思いましたぁーっ!!!! 痛いなんてもんじゃなかったです!!!!」

ヴェルデが手術室から鼻歌を歌いながら出てきた。既に術後十分な時間が経っているいるかは、すっかり落ち着いて問題なく自分の足で歩行している。だがカザネは……。


「だずげでっ……。あ、足がぁぁっ……。」
「大丈夫ですか、カザネさん!? ほら、掴まってください、歩けますか?」

「ぐぬぁっ……もう……ダメぇ……。」

ローレルとメイが肩を貸すが、カザネは生まれたてのポニータのように脚をぷるぷると震わせながら、地を這いつくばる形で呼吸を荒げていた。

仕方がないのでバイト帰りのマーキュリーを呼び、背中におぶってもらって帰ることとなったカザネ。兄の到着を待つその両腕には、世にも珍しい楽器のヘラルジックが刻まれていた。


「トレさん……どちらにしても猶予はそう長くは残されてはいないみたいです……。」
「どういうことだ? 何か分かったのか?」

「ああ、僕も今しがた不思議に思って調べたところだ。そしたらビンゴだった。いや、むしろファンブルというべきかな。よりによって大潮なんだよ今日は……!!!!」
「マジかよ……じゃあこの足場もその内……!!」

大潮とは満月か新月の日のことを指し、その2日間は潮の満ち引きの変動が一ヶ月の中で最大となる。トレたちはつつがなく任務が完了するものと想定し、水深が浅くなって潮の流れも止まる干潮の時間帯を狙い、岩礁を訪れていた。
少なくとも、帰る手段がなくなるということまでは想定していなかった。


「さっきの一撃でボートのエンジンがやられてるみたいだ。逃げることさえもできない。もっとも船が動いたとして、こんなレギオンを野放しにして逃げる訳にもいかないけどさ。」
「後1時間もすりゃあ夕方か……。そろそろ満潮に向かって潮が動き始める頃だぜ。現にこの岩場が段々海中に沈んできてやがる。」

「水に潜ったまま、相手も動きがない……。やはり、相手も潮の満ち引きを理解しているのか? 俺たちを追い込んで、一気に仕留めるつもりか……!!」

えっこが目で追う先には、ぶくぶくと小さな泡が立ち上っている。水中からこちらを牽制しつつも追撃する構えを見せないローレライは、潮が満ちて逃げ場がなくなったえっこたちを、後でゆっくりその牙にかけるつもりなのだ。

一度止まっていた潮が動き出すとその満ち引きはとても速く、十数分しか立っていないのに、海面が10cm近くも上がっていたりするものだ。


「やべぇな……船は動かねえが、いざとなったらその上に乗ることは可能だ。だがそんな好機を奴が逃すとは思えねぇ。」
「ええ……さっきの音波の刃で沈没させられる……。そして一度水中に落とされれば勝ち目はない……!!」

「おまけにこいつがいる限り、助けを呼ぶこともできない。他の船が来たところで、こいつを倒しておかないと転覆させられるのがオチだ。全く、厄介なことしてくれるね。」

3匹は追い詰められていくプレッシャーと必死に抗いながら、ローレライを目で追っていく。やはり相手はえっこたちが完全に八方塞がりの状態になるまで、焦らずじっくりと待つつもりらしい。


「おわっ!! もうこんなとこまで波しぶきが飛んできやがるのかよ!! 俺は泳げねぇんだよ、勘弁してくれっつーの!!!!」
「落ち着いてください、こっちなら少し高くなってますから、少しでも時間が稼げるかと。」

「海中に落とされたら、一か八か一撃で仕留められねぇか試すしかないか……。空気がないからどのみち溺れちまうしな。どうせ死ぬなら、一撃打ち込んで死んでくれる!!」
「…………いや、その必要はないね。」

ユーグが突然一歩前へと踏み出した。その声色は自信を感じさせる感じが伺える。












 「おい、どういうことだユーグ? まさか、奴を倒す方法でも……!?」
「そのまさかだよ。もっとも、上手く行くかは分からないし、僕一匹の力じゃ難しい……。えっこ、トレ、君たちの助けが必要になりそうだ。どうか、僕を信じてくれないか?」

「ええ、もちろんです。俺でよければ力になります!!」
「俺もだぜ、奴をぶちのめせるならお安いご用だ。」

えっことトレがユーグに歩み寄る。ユーグはゆっくりと頷いて2匹の目を交互に見た。


「トレ、まずはあそこにある船を陸地に打ち上げて、船底に僕が出入りできるくらいの横穴を開けてくれ。君のスピードの乗った体当たりなら何とかならないかな?」
「ああ、任せときな!! それしきのこと、水に浸からずともあっさりやれるだろうよ!!」

「そしてえっこ、君は敵の注意を惹いておいて欲しい。僕が詠唱を終えるには少し時間がかかるからね。そして、準備できたら奴を船の中におびき寄せるんだ。水タイプの君だからこそ、お願いしたい。」
「分かりました、何とかやってみます。」

3匹は水中を泳ぎ回るローレライを睨みつけた。やがて3匹は、それぞれ分かれて行動を開始する。


「どらよっと!!!! こんなもんなら入れるか、ユーグ?」
「ばっちりだ、助かるよ!!」

トレの電撃をまとった体当たりで、船は底に横穴が開いたと同時に、陸地へと打ち上げられた。ユーグはそこから中へと潜り込み、魔導書を構える。


「ぐっ!! やっぱり相当素早いっ!! だけど、ユーグさんが見つかって横槍を入れられないよう、俺が上手く誘導しとかないと!!」
「えっこ、背後7時の方向に構えやがった!!」

「助かります、トレさん!!!!」

トレが敵の動向を陸上から探る中、えっこは水面付近で音波による攻撃を回避していく。ユーグはなおも詠唱を続けているようだ。


「(先生ならいざ知らず、僕に上手く制御できるだろうか……? だがやり遂げなければ、僕のこの作戦だけが、現状の頼みの綱なのだから!!)」

ユーグはそんなことを頭で考えながら魔法を詠唱していく。やがて呪文を唱え終わって魔力を十分に練ることができた頃、外にいるえっこへと声を上げた。


「お待たせ、こっちに飛び込んでくれ!!!!」
「了解です!!!!」

えっこは一直線にユーグの元へと泳いで飛び込んだ。ローレライの一撃が足元を掠め、顔を歪めるえっこ。しかし、幸いにも脚を少し切っただけで問題ではなさそうだ。


「よし、奴が中に入った!! 行けっ、『ブラックホール』!!!!!!」
ユーグはリボンのような触手でえっこをキャッチし、そのまま遠心力を利用してぐるりと反対側を向くと、背中から海に飛び込みながら魔導書を空中に展開した。

ユーグとえっこが水しぶきを上げて海に落下すると同時に、船の横穴を塞ぐように重力の渦が発生し、周りのものを吸い込み始めた。


「うわっ!? 吸い込まれちまうじゃねぇか!? ……仕方ねぇ、後は野となれ山となれだ!!!!」

トレはそう叫ぶと、ブラックホールに吸い込まれないように水中へと飛び込んだ。その先には予備ボンベを持ったえっことユーグがおり、3匹はボンベの酸素を代わる代わる補給しながら、水中で待機する。

やがて数分が経った頃、ユーグは懐から何かを取り出す。えっことトレが目を見張って確認すると、それは爆薬の起爆スイッチだった。
ローレライを閉じ込めて爆破するつもりなのだろうか? えっことトレは青ざめてユーグを制止しようとするが、ユーグは構わずスイッチを押してしまった。











 数秒後には大きな爆発音が聞こえ、えっことトレは水中で耳を強く塞ぐ。しかし、待てど暮らせどそれ以上の音は聞こえず、ただ傾きかけた日を、水面の波が反射するきらめきだけが一同を包み込んでいる。

ユーグが合図をしたため、えっこたちは揃って水面へと浮上していった。


「はぁっ、はぁっ……野郎どもと間接キスしちまった……おぇぇ……。」
「贅沢言わないでよ、溺れるよりマシでしょ? それより、無事奴を倒せたみたいだ。見なよ、赤い体液の飛沫が散ってる。」

ユーグが指さす方向には、爆薬で吹っ飛んだ船の残骸に血のような赤い体液がべっとりと付着していた。ローレライの姿はどこにもなく、先程の爆発でバラバラに爆散したのだと思われる。


「奴を爆破できた!? でもどうやって……? あんな衝撃与えたら、凄まじい音波で……。」
「そう、音ってのがポイントだ。音というのは、物体が振動することにより起こる波。それが空気だったり、水だったり、何かしらの媒体を介して僕らの元へと伝わってくる。けど、もしその媒体がなかったら?」

「そうか、あのブラックホール……!! お前、真空空間をあの中に作りやがったのか!!」
「正解。まあ船の強度や密閉性があるから、実際問題完全な真空は無理だったけどね。」

ユーグは船の壁を利用して即席の密閉空間を作り、そこにローレライを閉じ込めて空気を抜いたのだ。

そうすると空気が存在しない空間、即ち真空ができあがり、そこでは大気中とは大きく異なる物理現象が発生する。


「爆発により奴の身体に凄まじい衝撃が加わる。通常ならそれを空気の振動に変えて、音波として外部に逃がすんだけど、その空気がないとしたら? 逃げ場を塞がれた衝撃は奴の身体に留まり、カウンターアタックは成立しないまま、全身がバラバラになるって訳さ。」
「でも、爆薬で壁が吹っ飛んだら真空空間が崩れるのでは? 恐らく爆薬は、ブラックホールに吸い込まれないように壁に強く固定してあったはず……。それなら敵より先に、壁が壊れてしまいます。」

「だから船の壁と床にコイツを使った。この魔導書、どっかで見覚えない?」

そう言ってユーグが取り出した一冊の魔導書。その表紙には溶けた懐中時計のような絵が描かれている。えっこはその絵を見てあることを思い出し、はっとした表情を見せる。


「それって、あの地下水脈で使った呪いの魔導書!!!!」
「うん、『クロノカース』の魔導書だ。対象の動きを、大幅に遅くすることができる。」

そう、その魔導書は『クロノカース』。地下水脈でテッカニンの動きを止め、ヌケニンを撃破するためにえっこが自ら術中に落ちた、あの魔法だ。


まずユーグは壁と天井にクロノカースを発動した後にブラックホールを詠唱し、ローレライを中に誘い込んだ。
そのままユーグはえっこを連れて船内から脱出する際、床に詠唱済のクロノカースの魔導書を投げつけて発動すると同時に、ブラックホールでトレが開けた穴を塞ぎ、6面をスロー化した壁とブラックホールに囲まれた、完全な密閉空間を生み出した。


「通常詠唱で魔力を高めたクロノカースの影響下にあるから、爆風を受けても壁や床や天井はすぐには崩れない。そして爆風もゆっくりにはなるけど、そのエネルギー量や炎の温度などは変わらないし、あの小さな敵を仕留めるには十分だ。」
「それとあの爆薬だ。確かあれは、低温環境や酸素が少ないところでも発火して爆発する特殊な奴だったな……。水温が低く、湿気があって水圧も高まる海中でも使えるようにと用意されたものだ。だから真空でも爆発できた。」

「そして、敵は真空のせいで爆風のエネルギーを逃がすことができずに木っ端微塵。今に至るってわけさ。」

ユーグが得意気にウィンクする。海の上の八方塞がりの空間の中、敵の包囲網を見事に突破してみせた彼の頭脳は、やはりチームの一同にとってなくてはならない存在といえるだろう。


船がバラバラになってしまったために助けの船を無線で呼ぶユーグ。そんなユーグを尻目に、トレは深く溜め息をついていた。


「あーあー……。保険に入ってるとはいえ、借り物のボートぶっ壊しちまったら実費での弁償も出てくるぜ……。仕方ないとはいえ、今回の報酬はなしだなこりゃ。」
「……。」

「あん? どうしたんだえっこ、浮かねぇ顔しやがって。やはり奴のことか? あのレギオンを呼んだプサイとかいうアシレーヌの女……。」
「トレさん……俺……。」

トレの言葉を受けて、えっこは真剣な面持ちをトレに向ける。その低くシリアスでのしかかるような声を聞き、トレも自然と息を呑み、表情が強張る。

やはりファイ以外にもヘラルジックでレギオンを召喚する者がいた。そして彼らはある共通の目的の元で人間を探しており、恐らくは今後もえっこたちと何度も衝突する運命にある。

避けられぬ戦いの予感に、えっこはその決意を固めているのだろうか? やがて、その強く噛み締められた口がゆっくりと開く。


「やっぱり嫌ですー!!!! 船に乗りたくないですー!!!! 泳いで帰ります!!!!!!」
「もぎゃあっ!!」

トレは妙な声を上げてひっくり返り、頭を岩場に強打した。一方のえっこは、おもちゃを買ってもらえない子供の如くジタバタと暴れている。


「あのねえっこ、もう夕方だし海の中は危ないって……。それにいくら君でも、海流のある中1km以上も泳ぐのは……。」
「船に乗るよりマシですっ!!!! こうなったらやったもん勝ちだ……それじゃ、お先でーす!!!!」

えっこはそう叫ぶと、トレたちが止める間もなく海に飛び込んだ。……かに思えたが。


「ふふふ、僕から逃げられると思ったかい? 勝手な行動はチームの規範を乱す行為だ、たっぷりお仕置きしないとね。」
「うげっ!? な、何で!? 確かに飛び込んだのに!!」

「慌てすぎてて気付かなかったみてぇだな。お前は飛び込む寸前、その魔導書を思い切り踏んでったぞ。」
「うわっ!? さっきの奴だ!!!!」

そう、えっこはクロノカースの魔導書に触れたせいで動きがスローになっていた。目の前にはユーグが移動してきており、えっこに触れることなく石化魔法で手足を封じてしまった。


「助けてー!!!! 船はダメー、死ぬー!!!!」
「大げさだなぁ、それより僕からのお仕置きの方を心配したらどうかな? 君みたいな可愛い男の子、虐め甲斐がありそうで楽しみだよ。ねぇ、ドキドキしてこない? えっこ?」

「ユーグの奴、また始まりやがった……。アイツ、本当にサディスティックな野郎だぜ……。」

ユーグが恍惚の目つきを見せる中、えっこは身体だけをもじもじと捩って必死の抵抗を見せていた。トレは何も見なかったことにし、黒い海へと沈みゆく明るい夕日を眺めるのだった。


(To be continued...)


Aiccaud(えっこ) ( 2019/04/20(土) 12:53 )