ポケモン不思議のダンジョン New Arkc - Chapter 2 -まだ見ぬ蒼天の雲の行方-
Episode 42 -Burnt Spirit-
 えっこの活躍から数日、今度はローレルに桜が咲いた。

「えっこさんっ!! やりました、僕も今日からダイバーの仲間入りです!! 僕はギュールズランクで合格とのことです!!」
「やったじゃないか、さすがローレルだ。何でも、遺跡探索でみんなのピンチを見事解決したらしいしな。」

「ローレルお姉ちゃん、おめでとうなのです!!」

合格通知を誇らしげに見せるローレルの元に、えっことセレーネが駆けつける。二匹とも、ローレルの合格を心から祝福している様子だ。


「無事ローレルもセレーネも新たな一歩が踏み出せてよかったよ……。俺も頑張らないとだな。」
「ダイバーになれたからには、僕たちだって負けていられません。今は見習いレベルかも知れませんが、いつかえっこさんたちとともに、レギオンに立ち向かえるように強くなります!!」

「それならボクも、しっかり勉強していい成績取るのです。魔法の力をもっともっと付けて、何かえっこお兄ちゃんたちのお手伝いができるようになりたいのです!!」

えっこ、ローレル、そして真新しい制服に身を包んだセレーネの3匹は、それぞれ職場と学校に向かって家を出発した。


「おはよー、ローレル!! 僕はギュールズランクに合格したよ!! 君はどうだった?」
「おはようございます、僕もギュールズランクでした。お互い頑張りましょうね。」

セレーネを連れて通学路を歩くローレルの元に、カザネが姿を見せる。彼も今日からダイバーの一員となるようだ。
セレーネはカザネの姿を見ると、少し不安そうな顔をしながらローレルの陰に隠れた。


「セレーネ、彼はカザネさんです。僕の同級生ですよ、怖い方ではありませんから、前へ出て挨拶してください。」
「あっ……ボクはセレーネなのです……よろしくなのです。」

「ああ、君が例の子かぁ。うちの姉貴から話は聞いてるよ、魔法の天才だってね。だからアカデミー付属に通う訳だね? 僕はカザネ、よろしくね。」

カザネがセレーネに微笑みかけたそのとき、後ろから何者かが現れる。それはいるかだった。


「ううっ……カザネさぁん……ローレルさぁんっ…………。」
「うわっ!? いるかかぁ、驚かせるなよ!! というかどうしたの君、まさか試験に……!?」

カザネが心配するのも無理はない。いるかは泣き腫らしたのか目尻を真っ赤にして、なお目を潤ませた状態で一行を見つめていたのだ。
やがているかは涙を溢れさせるとともに、カザネに抱きついた。


「僕、やりましたぁぁっ、ギリギリだけどアジュールランクで合格でしたぁっ!! ゆ、夢が遂に現実になってあぁあっ、うわぁぁぁっ!!!!」
「受かったのかよ!? 心配して損したよ!! というかやめろー、抱きつくな離せっ!!」

いるかは溢れ出る感涙に後押しされるように、顔面をぐちゃぐちゃに歪ませながらカザネに抱きついた。カザネはそれを引き剥がそうとジタバタしている。


ローレルはそんな2匹を前に、ふと思い出したように語りかける。

「そうだ、確かチームを組むに当たって、誰かダイバー経験者か現役ダイバーがいなくてはならないのですよね? でなければ、僕たちは別々のチームになってしまいます……。」
「あ、ああ、それなら大丈夫……目星は付けてあるから……ああ、もうくっつくなーーっ!!!!」

ローレルの言う通り、初心者だけでチームを組むことはできない。澪標がチームを組んだ際もミササギというダイバー経験者が必要だったように、彼らも同じチームになるには経験者が必要なはずなのだ。

そのことについて心配は要らないと告げるカザネは、いるかが泣き止むまで、自分にしがみつこうとするいるかと格闘する羽目になった。











 「んーと、ここだよ、ここ!! 何ヶ月かぶりだなぁ、元気にしてるといいんだけど。」
「こんな寂れた裏路地にお住まいの方なのですか? 新市街の街中にこんなところがあったとは……。」

その日の午後、一同はカザネに連れられて新市街の一角を訪ねる。ビル街の隙間にある寂れた裏通りに当たるその場所は、昼間でも物静かで薄暗く、くたびれた新聞紙や空き缶などのゴミが散乱しており、何とも居心地の悪い場所だった。


「何か気味悪いとこですね……悪いポケモンとかいそう……。」
「んまあ間違っちゃいないね、今から会うポケモンも、ある意味悪いっちゃ悪いから。」

「ええっ、それ大丈夫なんですか!? もしかして犯罪者とか裏社会の住人とか……。」

いるかが顔を青くする中、カザネは一軒の家の扉を叩く。そこは路地裏のボロい石造りのアパートの玄関であり、外にある錆びかけの鉄製の階段で、カザネが訪ねた地上階以外の階に行けるようになっていた。


「んだぁ? こんな昼間から……。ああ、カザネじゃねぇか。相変わらずって感じで何よりだ。」
「こっちこそ、お元気な顔が見られて何よりですよ。ローレル、いるか、この方が僕たちのチームの保護者役をやってくれるポケモンだ。」

「あー、お前らカザネのダチか。俺は『アントノフ』、普段は『アントン』って呼ばれてる。まあ入れよ、カザネの仲間なら歓迎するぜ。」

アントノフと名乗るそのポケモンは、筋骨隆々とした身体が特徴的なヒールポケモンのガオガエンだった。
とはいっても、さながら悪役レスラーのように豪快で熱血で力強いイメージのある普通のガオガエンとは違い、どこか飄々とした態度の、気だるげな雰囲気を漂わせる目つきをしているのが、彼に特有な点だ。


建物の中に入ると、そこは裏路地の薄暗さに輪をかけた暗さであり、雨の日の夕方を思わせるほどの沈んだ空気だった。

床にはビールやワインの瓶が散乱しており、木でできたフローリングは老朽化が進んでいるのか、踏みしめる度にキィキィ軋む音を鳴らしていた。

部屋の片隅のソファーからは中身のバネが飛び出し、その奥にある小さなブラウン管のテレビには、少し色褪せた色彩のニュース映像が映されている。一体いつの時代に作られたテレビなのだろうか?


「カザネは何にするんだ? ビールか? ウォッカにするか?」
「もう、僕はまだ未成年ですってばー!!」

「そうだっけ? まあ何でもいいや。そこの嬢ちゃんとおチビ君も未成年か?」
「はい、僕はカザネさんと同じ17歳、いるかさんは15歳ですので、申し訳ないですがアルコールの類は遠慮させていただきます。」

アントノフは冷蔵庫をガサガサと漁り、カザネにコーラの缶を3本投げ渡した。ほとんど後ろを見ていないにも関わらず、その缶は吸い込まれるようにカザネの胸元辺りに投げられた。


「カザネさん……もしかしてアントノフさんの右腕、あれは……。」
「ああ、気付いちゃったか……。そうさ、アントンさんは右腕が麻痺してしまってる。もう全く動かせないらしい。」

「カザネ、悪いがコイツも開けといてくれ。歯でこじ開けんのは面倒でな。」

アントノフの右腕は、左腕に対して異常に痩せ細っていた。恐らく麻痺して使えなくなってしまったがために、筋肉量が著しく落ちて左腕よりも縮小してしまったのだろう。

カザネはそんな彼のために、栓抜きで渡されたビールの瓶を開けて渡した。アントノフは一気にその瓶の中身を飲み干すと、最後の一滴まで口に入れようと瓶を逆さにして、上を向いた顔の上で振った。


「んで、今日は何の用なんだカザネ?」
「この間、電話で約束してもらったことありますよね? 僕たちがダイバーとして合格できたら、そのチームの保護者役をやってくれるって。」

「あー、それな。まさか本当に合格したんじゃねぇだろうな?」
「この通り、3匹とも無事合格ですよ。」

カザネは3匹の合格通知をアントノフに突きつけた。彼はしばらくその紙をボーッと眺めると、カザネに向かって語りかけた。


「あー、別に構わねぇよ。だが約束した通り、依頼はお前らで勝手にやれよ。俺は単にケツ持ちだけだかんな。」
「ええ、それでも構いません。とにかく、3匹が同じチームにいられるならば大丈夫です。」

そのとき、いるかが何かを思い出したように声を上げた。既にソファーに腰掛けてテレビを見つめていたアントノフの後ろ姿を見て、いるかはあることに気が付いたのだ。











 「ボ、ボクはセレーネというのです……。地上にある小さな村からやって来ました。よ、よろしくお願いします、なのです……。」

セレーネは編入することになった3年生のとあるクラスで、他の子供たちに向かって挨拶をしていた。


「セレーネ君、編入で大変かも知れないけど、早くこのクラスに慣れることができるよう、きっとクラスのみんなが力になってくれるわ。困ったことがあったら、この担任の『フィアンマ』に言ってちょうだいね。」
「はい……ありがとうございます、フィアンマ先生。」

セレーネは担任のバクフーンのマダム・フィアンマにそう告げると、教室の自分の席に着いた。


「君、地上から来たんだ。地上ってどんなとこ? 私、行ったことないから気になる!!」
「えっと……ボクのいた村は、真っ青な海と、深い青の屋根に白い壁の家がたくさんあって、風車がカラカラと回ってるのです。」

「海って、アークの下にすごく小さく見える、水がたくさんあるところ?」
「地上からなら、海はとても広く見えるのです。夏になったら、暖かいから砂浜で泳ぐこともできるのです。」

セレーネは少しもじもじしながらも、隣の席にいるわたたまポケモンのモンメンの少女にそう答えた。
モンメンは、とても興味ありげにセレーネに質問責めをする。恐らくアークで生まれ育って地上に行ったことがないために、地上の住民だったセレーネのことが気になるのだろう。


「ねー、そうだそれから……。」
「『ヴィント』さん、そんなに質問ばかりして、セレーネ君が困っているでしょう? それに算数の授業を始めたいのだけれど?」

「ご、ごめんなさい……。セレーネ君、よかったらまたお話聞かせて? 私はヴィント、よろしくね。」

フィアンマに注意されて小さくなるヴィント。彼女は明るい笑顔を振りまきながら、セレーネにそう語りかけた。


「あーっ!!!! 分かったぞ、何か引っかかると思ったらそういうことか!!」
「突然どうしたのですか、いるかさん? 何か不審な点でも?」

「アントノフさん、あなたもしかして『クラスナヤ・スタイ』じゃないですか!? 僕、小さい頃にあなたの試合よく見てました!! 僕の生まれ故郷の村でも、とても人気者でしたよ!!」

突然アントノフに詰め寄るいるか。その目つきは、どこか期待に満ちたような様相を見せていた。一方のアントノフは顔をしかめる。


「やれやれ……んなこと知ってるガキがいたか……。参っちまうな。」
「やっぱりそうなんだ……!! でもどうしてアークなんかに?」

「いるかさん、そのクラス……何とかとは一体何ですか?」
「クラスナヤ・スタイ、赤き鋼という意味です。僕が生まれ育った北方の大陸に『ノルディーリーグ』と呼ばれる格闘リーグがあったんです。そこでは格闘技術や単純なパワーの強さ、そして肉弾戦のみを使って行われる屈強なポケモンたちの試合が行われていて、僕たちも小さい頃はよくテレビで試合を見ていました。」

いるかは少し興奮気味にローレルに説明し始めた。カザネは何故かバツの悪そうな表情をしている。


「そこで大活躍していたのが、クラスナヤ・スタイというある一匹の選手でした。彼はヒールだったけれど、強靭な肉体と圧倒的なパワーで、どんな相手にも逃げずに真っ向からぶつかり、正面からねじ伏せて撃破していく豪傑だったんです。悪役ながら、その豪快で熱血な試合展開は多くのポケモンを熱狂させて、僕たちみたいな子供にとっても憧れの選手だったんです。でも……。」
「チャンピオン戦を控えたある日、俺は突如姿を消しちまった。そうだろ?」

「一体、何があったのですか? いつも勝者インタビューで言ってた、頂点に登り詰める野望まで後一歩だったのに……。本当に子供たちの憧れと人気の的だったのに……。それに、その右腕……それじゃあ得意技だった、右拳で叩き込む必殺のアックスキャノンはもう……。」
「いるか、聞くもんじゃないよ……。想定外だった、君がアントンさんの正体に気付くなんてさ……。でも、約束して欲しいんだ、どうかそのことについては触れないでくれ。もう、死んだんだ。クラスナヤ・スタイはもういないんだ。分かってよ……。」

突然カザネがそう呟く。アントノフはソファーに座って背を向けたまま、黙ってぴくりとも動こうとはしない。
カザネのいつもよりずっと低くて重く、のしかかるようなトーンの声に制止されたいるかは、思わずしまったという目をしながら口をつぐむ。しばらくの沈黙の後、アントノフはやっとその口を開いた。


「まあ、用事が済んだなら今日はもう帰りな。この辺りは夜になるとあまり治安がよろしくないんでな。あんまり遅くなっちゃ、野郎どもはまだしも、そこの嬢ちゃんが気の毒だろ?」
「そうですね……じゃあ、また依頼のときにお会いしましょうね。」

カザネはいるかたちを連れて、アントノフに別れを告げた。アントノフは今は動かなくなり、痩せ細った右腕をじっと見つめる。その細い目つきはまるでこの世を嫌い、何もかもを諦めているかのような冷たさを感じさせる。


「死んじまった、か。そうだな……9年前のあのとき、奴はもう死んだ。そして、俺というクソの役にも立たねぇクズが生まれた。そんだけのお話だ。」

アントノフはそう呟くと、その厭世観に溢れた目をそっと閉じ、テレビの電源を落としてソファーに寝転ぶのだった……。


(To be continued...)



Aiccaud(えっこ) ( 2019/04/08(月) 12:30 )