Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 38 -Abyss-
 追い詰められたシグレたちの前に姿を現したのは、ハリマロンえっこ・カイネ・ニアの3匹だった。攻撃を遮られて怒りの叫びを上げるレギオンに対し、カイネが先陣を切って仕掛けた。

「あのデカさならこいつでどうかしら? えいやぁぁぁぁっ!!!!!!」
叫び声と共にカイネは口に咥えた宝石付きの枝を振る。すると、レギオンの片足がひとりでに圧し折れ、敵はその場に倒れ込んでしまった。


「何だ!? あの小狐、一体何を……!?」
「サイコキネシスやね……恐らくはあの枝に付いた宝石で増幅した念力で、力任せに脚を捻り折ったんやと思う……。けど、そうやとしたら何て破壊力……!?」

ミササギは完全に驚きで固まっていた。あのレギオンの巨大な身体を支え、高く空に舞い上がる際の衝撃にも耐える脚だけに、相当強靭な代物だっただろう。
それをたやすく破壊してのけたカイネの一撃は、どれだけの力を持っていたのか見当も付かない程だ。


「おい、またあの口だ……!! 水圧の刃が来るぞ!!」
「ほう、さっきの放水か。まるで消防車だな、芸のない奴め。」

倒れながらも顔を上げて水を吐き出す体勢を取るレギオン。そんなレギオンを一瞥すると、ハリマロンえっこはキルクイア語の呪文を詠唱し始めた。


「さてと、その水圧で自分の身体を叩き斬ってもらおうか?」
ハリマロンえっこが詠唱を終えてそう呟き、背中を向けると、シグレたちを取り囲むように分厚い闇のドームが形成された。

そのドームは水圧のカッターをそっくりそのまま レギオンに跳ね返し、クチバシを完全に真っ二つに切り裂いてしまった。


「『リフレクト・アビス』の呪文を通常詠唱で使わせてもらった。これなら大概の飛び道具は跳ね返せる。私相手にそんな放水なんぞ使ったのが運の尽きだったな。」
「私も負けてらんないんだからっ!! 食らえーっ!!!!」

ニアがバリアの外へ飛び出してヘラルジックを発動する。すると、両腕に紫の炎のようなものが宿るとともに、ニアの周囲を囲むように8本のミサイルが展開された。

そのままミサイルは8本一気にレギオンに向かって放たれ、ニアの両手からは、真っ直ぐに2本の淡い紫色のレーザーが撃ち出された。
レギオンの全身を覆うほどの大爆発と耳をつんざく衝撃音に混じり、レギオンのか細い断末魔が聞こえる。ミハイルはつい先程まで自分たちが大苦戦を強いられた相手が一方的に捻じ伏せられる様に、ただただ唖然としていた。


「こ、これがマイスターランク3匹の実力……。かつて地上の名門・ワイワイタウンのポケモン調査団のエース団員の本気……。」
「なるほど、私たちの過去を知っていたのか。もっとも、そいつは10年以上も前の話だ。私はすっかり腕がなまっちまったよ。」

「それともう一つ勘違いしてるかな。本気なんて出しちゃいないよ。これくらい余裕なんだから!!」

カイネはミハイルに目配せをしてみせた。どうやら、カイネたちのことは地上では非常に有名な存在らしく、ミハイルはその名を何度も耳にしたことがあるらしい。

そのとき、爆炎の中から焼け焦げてところどころが潰れながらも、首だけになって飛びかかってくる敵のレギオンの姿が見えた。


「ひぇぇ、恐ろしい執念だね……。まだやる気だよ、えっこー。」
「哀れな……そんな姿で私たちに敵うと思うのか? 近接戦闘なら何とかなると考えたのかも知れんが、私が魔法しか能のない頭でっかちと思うなよ?」

ハリマロンのえっこは、コートオブアームズに仕込んだ突剣を手に持つと、飛びかかってくるレギオンの首を斜め下から刺し貫く。レギオンの開かれた口はえっこの目前で止まり、そのまま力なくうなだれて動きを止めた。











 「次に来るときはその口臭を何とかしてこい、そうしたらもう少し近付かせてやる。もっとも、その様子じゃ次はなさそうだがな。」
「さ、後はモノノケを倒すだけ……!!」

カイネとニアが攻撃の準備を整える。しかし、レギオンが消滅した跡には大量の血のような体液以外何も残らず、モノノケたちが飛び出す気配は一向に感じられなかった。


「おかしい…………!!!! どうしてレギオンからモノノケたちが出て来ないの!?」
「考えられる可能性は一つ……このレギオンを構成するモノノケが一匹だけだった、つまりはさっきえっこがとどめを刺したレギオンイコールモノノケだったってこと……!!」

「そ、そんなことが……!? そんな話、聞いたことないよ!!!!」

事態が飲み込めず困惑するカイネ。ニアはそんな現状を冷静に分析して呟く。
どうやら、ある一匹のモノノケそれ自体がそのままレギオン化したのが先程の個体であり、これ以上分離できないためにモノノケが飛び出すお約束の展開が訪れないようだ。


「それだけやないよ、さっきのレギオン、どないして出てきたと思う? ポケモンが召喚しよったんよ、うちらの目の前でね。」
「なっ……そんなことが……!? ポケモンがレギオンを呼び出すなど……!!!!」

「あり得ない話だと思いました……。けど、4人とも実際にこの目で見たんです、ファイと名乗るピジョットの全身に展開された赤いインクのヘラルジック……そして、そこから呼び出された巨大なレギオン……。」

ハリマロンえっこたちは、ミササギとカムイの話を聞いて硬直している。調査団やダイバーとしてのキャリアが長い彼らにとってもそんな例は聞いたことがないものであり、とても信じられるようなことではなかった。

しかし、現に巨大なレギオンが突如現れて暴れ回った。澪標の4匹も口を揃えて同じ証言をしている。この現実を信じる以外に、ハリマロンえっこたちには選択肢はなかった。


そのとき、シグレが廃屋の物陰に何かの気配を感じ取った。

「……!! 何者だ、隠れて聞いていやがるな!?」
「ちょっ、シグレ!! あんたいきなりどうしたの!?」

「ぴぃぇぇぇっ!!!!」

シグレの羽根の矢が廃屋の壁に突き刺さると、何もない空間の一部が陽炎のように揺らめき、そこから3匹のポケモンが飛び出てきた。


「敵……じゃあねぇみてぇだな。このガキ、村の生き残りか?」
「生存者がいたんだね!! よかった、もう大丈夫だよ。」

カムイが尻もちをついていた3匹のポケモンに近付くと、その内の一匹のこねずみポケモン・ピチューが持っていた木の棒のようなものを構えてこちらに向けた。
そのピチューは栗色のベストにピンク色の大きなアスコットタイを着けており、瞳の色は夕闇のように深い青紫をしていた。


「ち、近付いたらただじゃおかないのです!! こうなったら、ボクが戦うしかっ……!!!!」
「ちょっと、落ち着いて!! 私たちは君たちを攻撃しようとしてる訳じゃ……!!」

「この感じ……カムイ、避けてっ!!!!」

ミハイルが叫んだ瞬間、ピチューの持っていた棒の先から白い光の刃のようなものが飛び出した。カムイはミハイルのお陰で一瞬早く身を引いたため、その一撃をギリギリのところで回避していた。


「うわぁっ!? あ、危ないじゃない!!!!」
「なるほどね、それならこうさせてもらう……!!!!」

ミハイルは魔杖をピチューに向ける。すると、光の刃がミハイルの魔杖に吸い込まれていくようにして消滅し、ミハイルの手に白いオーラが宿った。
ミハイルはそのオーラを、Complusに入れてあったメモ帳に押し当てた。


「『ホーリースピア』の魔法か、子供なのにそんなものを使ってくるなんてね……。でもお生憎様、ボクも高レベルの白魔法を使える身だからね。例え詠唱しても、こうして吸収できちゃうよ。」
「ひぃぃっ……あぁっ……。」

ピチューはその場に座り込み、今にも泣き出しそうな表情をしていた。ミハイルはそんなピチューに近付き、優しく微笑みかけた。


「そこにずっと隠れてたんだね? 大丈夫、ボクらは敵じゃない。君たちを助けに来たんだ。とても怖い思いしてて難しいかもだけど、ボクらのこと、信じてくれないかなぁ?」

ミハイルがそっと語りかけると、ピチューは黙って頷き、立ち上がった。それを見た残りの2匹も、隠れていた物陰から姿を見せてピチューの後ろに立った。
やはり、ミハイルの眼差しにはどこか相手を落ち着かせるような不思議な力があるらしい。


「君、名前は? さっきの奴、『ファントムホール』の魔法だよね? どうやってそんなものを……!?」
「ボクは『セレーネ』というのです……。そこのフシデが『コルナ』、チュリネが『ヴァーティ』……。」

「そっか、ボクの名前はミハイル。よろしくね、セレーネ。」
「魔法は……この杖で使えるのです……。ボクの大事な宝物……。」

セレーネと名乗るピチューは、未だ警戒心を見せながらも、持っていた太い棒切れのようなものをミハイルに差し出した。
恐らくはその棒切れはその辺に生えている木の根から作ったものであり、美しい青い宝石がはめ込まれていた。


「なるほど、そいつが君の白魔法の力の源か……。『マナプリズム』と呼ばれる宝石でな、さっき妻が使っていた杖の先端にもあったものだ。精密に磨かれたマナプリズムは、念動や魔力を増幅させつつ安定した出力形式にする。どれ、ちょっとよく見せてくれ……。」
「やぁ……っ!!!! 触らないでくださいっ!!」

「えっこさん、無闇に触ってはならないみたいです。さっき大事な宝物って言ってたの、お忘れですか?」
「ああ……すまなかったな……。だが見たところかなり雑な研磨とカットをされている……。そんなものであんな高度な魔法を……!?」

ハリマロンえっこは子供が苦手らしく、セレーネの反応に戸惑っている。同時に、マナプリズムの形を見て驚いた表情をするハリマロンえっこ。
一方のセレーネはハリマロンえっこのせいで、再びこちらに背を向けてしゃがみ込んでしまった。










 「おい、俺たち強面の男はお呼びじゃあないぜ。特にアンタみたいなオッサンはな。アンタや俺がいると話が拗れそうだ、ミハイルたちに任せるとするか。」
「やれやれ……君ももう中年に片足突っ込んでいると思うが。まあいい、彼ならセレーネ君も口を聞いてくれそうだ、後は任せるとしよう。」

ハリマロンえっことシグレはそう呟くと、セレーネたちの元から遠ざかっていった。ミハイルは彼らが十分距離を置くのを確認し、自らもしゃがんでから再びセレーネに話しかけた。


「凄いね君、ただでさえ白魔法は使い手が少ない難しい魔法なのに、小さな子供が魔杖で軽々と使いこなせるなんて。歳はいくつ?」
「9歳なのです……。村の学校に通ってるのです。でも学校が……。それにお家も影も形も見当たらなくて……。」

「そっかぁ……そこの二匹は学校のお友達かな? こんな大変な中よく耐えてくれたね、怖かったでしょ? でももう大丈夫、化け物たちはあそこのみんながやっつけてくれたから。」
「けど、お父さんやお母さんは……。お家にいたはずなのです、でもボクやコルナやヴァーティのお家はもうどこにも……。」

セレーネがそう口に出した途端、思わず口ごもる一行。生存者が他にいないことなど、誰がどう考えても明らかな状況だ。
そんな重たい沈黙を破るように、カムイが口を開いた。


「あっ……そのっ……。きっと、安全な場所に避難してるよ、いつか戻ってくると思う。だから私たちと一緒に、ひとまず……。」
「ダメだ、カムイ。子供相手だからってそんなこと言っちゃ、この子たちに失礼だろ?」

ミハイルは俯き気味にそう呟いた。普段の彼とはかけ離れた声色に、カムイは心の奥を鋭利な槍で一突きにされたような感覚を覚えた。










 「セレーネ……それから他の2匹も、落ち着いて聞いてね。君たちのお父さんやお母さんは、もうここにはいないんだ。」
「それって、どういう……。」

「きっと君たちも分かってると思う、天国に旅立ってしまった。ボクもこうして告げるのは辛い…………。でも、それが事実なんだよ。」
「ううっ……うわぁっ…………。あぁぁぁぁんっ!!!!!!」

ミハイルの口から家族の死という現実を突きつけられ、セレーネたち3匹は堰を切ったように泣き出した。そんな様子を見て、カムイがミハイルに掴みかかる。


「ミハイルっ!!!! あんた、何てこと……!! その子たちの気持ち、分かってそんな口が聞けた訳!?」
「カムイこそ何様のつもりなんだよ、ボクたちなんかが、彼らの事実を知る権利を踏み躙っていいっていうの? いつか悲しみを乗り越えて、前に進む日がやってくるはずなのに、そのスタートラインにすら立たせないの? 問題を先延ばしにしても何にもならない。それくらい分かってよ!!!!」

カムイの手が思わず力を失う。ミハイル自身、自分の母を早くに亡くした身だ。自分と違い、セレーネたちの境遇や思いをよりひしひしと感じているはずの彼から突きつけられた一言。

その一言は、カムイの心の奥にこだまして鳴り響き、取り払えない罪悪感を植え付けていった。


「ごめん……。その通りだね……何も分からないのに、私なんかが口出しして悪かったよ……。」
「いや、こっちこそ。言い過ぎちゃった、気にしないでよ…………。」

「何にしても、これがダイバーの仕事なんよ。うちもこんな現場嫌になる程見てきた。言うたやろ? 何も今回のケースは特別やないって。こんなんでいちいち気を荒くしてたら身体も心ももたへん。悪いことは言わへんわ、早よダイバーなんて辞めてしまいなはれ。」

ミササギは背中を向けたまま、カムイとミハイルに厳しい一言を投げかける。ダイバーとしての経験量がまるで違う彼女から放たれた一言は、カムイやミハイルの心にさらにのしかかるようだった。


「それでも……。私は続けます。だって悲しすぎますもの、ミササギさんにとっては『特別なことはない』かも知れない。けど今ここで悲しみに沈んでるこの子たちにとっては、今日という日は、人生が大きく変わった絶望の一日なんですよ? 私、そんな目に遭うポケモンなんてこれ以上生み出したくない……。モノノケはこの手で倒し続ける……!!!!」 

カムイは込み上げる涙を必死で抑えて飲み込み、ミササギに対してそう力強く答えた。ミササギは、ただただ背中を向けたまま無言で佇んでいた。


「おい、人生の先輩として何か言ってやったらどうだ? さすがに見ててあんまり気分のいいもんじゃないんでな。」
「さあね、私には何とも結論付けがたい問題だ。目先の幸福のために真実から目を背けるか、絶望から新たな一歩を踏み出すために真実に逃げずに挑むか。敢えて言うならどちらも正しいし、どちらも間違っているのだろう。」

「はっきりしねぇ奴だな。ミハイルの方がちゃんと意見を持ってるだけ立派なもんだ。」
「世の中、簡単に割り切れないことも多いのだよ。私はもう老い過ぎた、何事にもすっぱりと線引きをして結論付けていくにはね。もっとも、カムイ君がダイバーを続けていくと言ってくれたことに関しては個人的に同意するし、応援したい。」

ハリマロンえっこは顔色一つ変えずにそう答えた。ドライな死生観を持つ2人にとっては、セレーネたちの心情を汲み取ってともに悲しむことは難しいらしい。
それでも、2人はあの世へ旅立った犠牲者たちに対し、心の中で祈りを捧げる。現世という場所で苦痛を味わって清算したカルマの分、あちらでは救われるようにと。

そして、セレーネたちの悲しみの涙は尽きることなく、晴れやかな夕日が水平線に沈む海辺の村の地面へと流れ落ち続けていた。


(To be continued...)



Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/31(日) 20:55 )