ポケモン不思議のダンジョン New Arkc - Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 33 -Guardian-
 えっこはこの日釈放後、初めてチームの元へ赴くこととなる。無論、トレたちチームメイトにも例の一件は伝わっており、えっこは合わせる顔がないというような思い詰めた表情で、鉛のような足を懸命に動かす。


「……。今日はえっこの奴が復帰する日か。」
「分かってるな? 奴がしたことは許されねぇことだ。だが、それはそれ、俺たちチームの活動にまで話を持ち込むべきじゃねぇ。アイツの処分は連盟が決めた通りに粛々とやるだけだ。俺たちが首を突っ込むべきことじゃない。」

「分かってるさ……。でもえっこが心配だね。彼、きっと思い詰めてると思う。特にマークはカザネ君の肉親だ。合わせる顔がないと思ってるだろう。」
「アイツのしたことは許すつもりはねぇ。クソ可愛くない弟だが、それでも家族は家族。それを危うく殺しかけたんだ。だが、それでアイツを恨み続けるのは違う気がする……。俺がやるべきことじゃねぇ……。」

トレとマーキュリーとユーグは、深刻な面持ちで応接ソファに腰掛けて相談していた。沈んだ気持ちを無理にでも動かそうとするかのように、トレはタバコを灰皿にグリグリと押し付けた。


「とにかく、今回のことで奴を無意味に差別することは、リーダーである俺が許さねぇ。以前と同じように接するのはお互い難しいかも知れない……。俺だって正直自信ねぇよ……。でも、ちょっとでもアイツが戻りやすいようにしてやるのが、今の俺たちにできることだ。」
「そうだね、トレの言う通り。悲しすぎるからね、こんなことでチームがバラバラになっちゃ……。」

思わず顔を俯き気味にするトレ。しかし、すぐに自分に言い聞かせるように前を向き直してそのように告げた。ユーグやマーキュリーも、それに賛同した。











 一方、古代の修練場内部では、いるかが絶体絶命のピンチにあった。いるかは必死に流れに抗って泳ぐが、着実にその小さな身体は、トゲ付き丸太が待ち構える水門へと近付いていた。


「天からの助けの糸……。真実を透かす鏡……。答えはあるはずなんだ……。どこかに必ず……。」
カザネはローレルの持つ鏡と、吸い込まれていくいるかを交互に眺めながら呟いた。決して焦ってはならないが、かといって一刻の猶予すらもない。カザネの額に緊張の汗が光る。

「いるかさんっ!!!! 危ない、避けてください!!!!」
「(ローレルさんが避けろって叫んだ!? よく聞こえなかったけど……。って、おうわぁっ!!!!)」

ローレルが水中のいるかに向かって叫びながら、背後を振り返る動作を繰り返し見せた。後ろを見ろと言いたいのだと理解したいるかが振り返ると、水流に吸い込まれた蓮の葉がいくつもいるかめがけて飛んでくるのが見えた。

鋭いトゲ付きの葉を何とか回避するが、無駄な体力を消耗し、いるかは先程より早く流れに吸い込まれ始めた。


「くそっ……!!!! どういうことなんだよ……!!!! 天からの糸、真実を透かす鏡……。」
「カザネさん、どうして『真実を透かす鏡』なのでしょう? 鏡が真実を写すのなら自然ですが……。」

「透かす……。あれっ、その鏡って……。まっ、まさか!!!! ローレル、それ貸して!!!!!!」

カザネはローレルの持つ鏡を見る。その鏡面の先には、赤い光が天井からの微かな光を反射して地面に投影されていた。
カザネは何かを理解したらしく、突然鏡をローレルから受け取り、光が強く差し込む場所へと全力疾走し始めた。










「やっぱり……!! この鏡、ダイクロイックミラー!!!! いるか、そこに何か見えるかーーー!!!!!?」
「(なっ、これって!!!!)」

カザネは強い光を鏡で反射しているかへ向ける。その光は明るい日光を受けたにも関わらず、赤い光をいるかへと反射していた。
その赤い光に照らされ、いるかの近くの壁に何か光るものが見えた。いるかはその糸のようなものを必死で掴んだ。


「よしっ!! そのワイヤーみたいのを離すな!!!! 水が引くまで耐えるんだ、いるか!!!!」
「鏡の赤い光を受けてワイヤーが視認できたということですか……!? そんなものが隠されていたなんて……。」

やがて数分後、水が完全に吸い出されたことで、いるかは無事に生還することができた。カザネの降ろしたロープに掴まるいるかを、ローレルとカザネが引き上げる。


「うわぁぁぁんっ!!!! 怖かったぁぁぁっ!!!! 死ぬかと思いました!!!!!!!!」
「うわわっ!? だ、抱きつかないでよー、僕は父さんと違って、男好きの趣味してないーっ!!!!」

「しかしその鏡……。一体何なんですか? 日光を受けたのに赤い光が……。」
「ああ、こいつはダイクロイックミラーだよ。自然光、つまり白い光は赤と青と緑、光の三原色が混じっているために白く見える。けど、この鏡はその中の特定の色だけを透過して、特定の色だけを反射したり隔離したりできるんだ。」

「そうか、それでその鏡は赤い光を反射していたのですね……!!」
「恐らくは青と緑を透過して、赤い光と赤外線を反射するように作られているんだと思う。波長が長いと色は赤くなって、やがて目に見えなあ赤外線になるんだ。さっきいるかが掴まったワイヤーは、赤外線にのみ反応して見えるようになってるって訳さ。」

カザネは手に持ったダイクロイックミラーを構えて説明する。天井からの白い光は鏡に反射すると、少し弱まった赤い光に見えていた。
カザネの言う通り、この鏡は波長の長い光線を跳ね返し、短い光線は透過する性質を持つようだ。


「でもお陰でハンドルは手に入りました。先を急ぎましょう!!」
「うん、確かあの先は金色の塔になってるはず。そこに暁の宝玉があるんじゃないかと思う。一番目立つ塔で、しかも内部構造的にも最奥にあるからね。」

カザネはいるかからハンドルを受け取ると、穴にその柄を差し込んでクルクルと回し始めた。
案の定滑車が音を立てて鎖を巻き取り出し、3匹は塔の内部、2階方面へと登っていった。










 その頃、ダイバー連盟本部ビルでは、カイネが執務室で書類仕事を片付けていた。マイスターランクの現役ダイバーを単独でこなしつつ、ダイバー実技試験や戦闘技術講座の教官も務めるカイネは、やることだらけで大忙しの様子だ。


「はーー、座り仕事はやだぁーっ!! ダンジョン潜って探検してる方が何十倍もいいよー……。」

カイネはふと机に置かれた据え置き型Complus端末を見る。そのモニタには実技試験を受けるカザネたちの行動ログがリアルタイムで反映され、次々に点数が変動していた。


「ありゃりゃ……カザネとローレルちゃんはいい調子だけど、いるか君がかなりまずいなぁ……。あのお茶トラップの減点も痛かったし、道中でパニックになったり弱音を吐いたり、ダイバーにあるまじき行動をしてたみたいだね……。これじゃあ合格はかなり危ういか……。うーん……。」

カイネはモニタをスクロールさせているかの行動ログを追跡する。そこには幾度となく減点事項が挙げられており、いるかの情けない振る舞いの数々が、彼を着実に不合格へ近づけているのだ。


 時を同じくして、午後のオフィスのドアを力なく叩く音がした。そんな軽く消え入るような音でさえ響き渡るほど、トレたちのいるこの場所では、重たい空気が全てを押さえつけるような沈黙を作り出していた。

「ああ……そのっ……。」
「入りな。別に取って食おうって訳じゃねぇよ……。」

物々しい雰囲気に押されて思わず言葉が出ずに狼狽えるえっこ。トレはそんなえっこに対し、抑揚のない声でぼそりと呟いた。


「マーキュリーさん、本当に申し訳ありませんでした!!!! あなたの大切な弟さんに、俺は……。」
「……。」

マーキュリーはえっこの前に立つと、顔面を一発だけ平手で殴った。かなり手加減していたと思われるが、えっこは衝撃で床に叩きつけられてしまった。


「自分のしたことはちゃんと分かってるみてぇだな。なら、今ので終わりだ。親父からも言われてんだろ? てめぇのことは許さねぇが、恨みもしねぇ。これ以上は、いちいち蒸し返してくんじゃねぇぞ。これで借りは返した……。」
「……。はい…………。」

「それより、トレとカイネさんに感謝することだね。上層部の会議で君の除名処分が持ち出されたけど、トレとカイネさんだけは意地でも反対してくれた。だから最低限の処分だけで済んでる。カザネ君や先生が立件しないからいいものの、君はポケモン殺害未遂の前科持ちだということは忘れないように。もう、二度とあんなバカな真似はするなよ。」

ユーグは床に倒れたえっこに寄り添いながらも、どこか辛辣な態度を取った。いくらチームメイトとはいえ、正義感の強い彼にとって、えっこのカザネに対する行いは反吐が出る程のものだったに違いない。
しかし、ユーグはそれを必死に飲み込んで、えっこに冷たく当たりながらも自分の本心を抑えていた。


「お前の処分は、2ヶ月の減給と無償奉仕活動参加だそうだ。給料に関しては満額の25%になるし、無償ボランティアは、まあ色々あるわな。そのときにならねぇと分からねぇ。」
「分かりました……。異論はありません……。」

「ただ、給料減らされたら生活できねぇだろ? 俺たち3匹で必要分は一時貸し付けしてやるよ。もちろん利子なんて取らねぇから心配すんな。それから、ボランティアは俺たちもやる。」
「えっ!? そ、そんなこと……!!」

「そこのバカがお前にバイトのことバラしたのも問題だし、ユーグの奴もローレルちゃんがダイバー目指してることを知ってた。そして部下の不始末は、リーダーである俺の不始末だ。だから一緒に罪を洗い流す。文句あっか?」

トレの言葉を聞いて、沈んでいたえっこの顔が一瞬にして緩み、大粒の涙が頬を伝った。涙でぐにゃぐにゃに歪んだ視界に、トレとユーグとマーキュリーのシルエットがぼんやりと見える。


「なーに泣いてんだか……。やっぱケツの穴の青いガキだなー、お前。」
「だってぇ……俺、本当に取り返しのつかないことを……なのに、みんなまで巻き込んで、迷惑ばっかで……!!」

「いつ迷惑だなんて言った? 僕らはみんな君を助けたくて当たり前のことしただけなんだけど。チームメイトでしょ?」
「あー……大の男がピーピー泣くんじゃねぇよ!!!! 俺が殴って泣かせたみてぇじゃねぇか……。」

その場に泣き崩れるえっこを、3匹が取り囲んで優しく寄り添う。事態が事態だけに、表面上は辛辣で冷たい態度を取らざるを得ないが、トレたちはえっこのことをできる限り思いやっていたのだ。


「とにかく、よく戻ってきたな……。次バカなことやったら、さすがに助けられねぇからな。程々にしろよ。」
「ホント、本気出した先生と相対してよく生きて帰ってこられたもんだよ……。想像するだけで恐ろしい。」

「うわーっ、お前鼻水まみれの顔で俺に抱きつこうとすんなよ!! 汚えだろ!!」

思い思いの形で、えっこにおかえりと告げる3匹。えっこの心の内をさらけ出した涙は、長らく止まることを知らなかった。









 エレベータのさらに先、上へと続く螺旋階段を駆け上がると、頂上に扉が現れた。物々しい雰囲気のその小さな扉を前に、カザネたちは互いに顔を見合わせる。
しかし一瞬の後には覚悟を決め、扉を開けて中に突入した。

床に蜘蛛の巣のような模様が描かれた正八角形の部屋の真ん中には、鳥の頭に8本の人の腕、そして大きな丸い胴体を持つ、金色の奇妙な巨像が置かれていた。


「うわぁっ!? 何これ、閉じ込められた!?」
「それよりあれを見てください、あの像の胴体です!!」

「あれだろうね、暁の宝玉とやらは……。そしてこの状況、あの宝玉を手に入れないと出られないってことだろうか?」

突然、背後の出入り口の扉にガチッという音が鳴った。いるかたちの姿を鏡のように写す銀色の扉は、押しても引いてもびくともしなくなっている。


同時に、ローレルとカザネは像の胴体部分に目を向ける。胴体にある空洞部分には、濃い紫とオレンジのグラデーションが美しい、直径20cm程の暗く輝く玉があった。

その控えめな煌めきを見せる玉は夜明け時の空を閉じ込めたようであり、それが暁の宝玉と呼ばれる理由は、遠目でもはっきりと理解できた。


「何か凄くヤバそうな雰囲気だけど……ひとまずアタックしてみるしかないな。」
カザネはそう呟くと、慎重に宝玉の元へと向かって行った。

ところが、宝玉まで後10mの距離にまで近づいたとき、ローレルは何かに気づいて叫んだ。

「カザネさん、腕です!! 危ない!!」

カザネが咄嗟に上を見上げると、像の巨大な腕が振り下ろされ、カザネの元へと叩きつけられようとしているところだった。


(To be continued...)



Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/24(日) 00:13 )