Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 31 -Shangri-La-
 「やったあ!!!! やったよーっ!!!! ボクたち、遂にダイバーになったんだ!!!!」
「ったく、喜び過ぎだぜ……。でもまあ、これでようやく第一歩を踏み出せた訳か。

「みんなよう頑張ったんやねぇ。ちゃんと約束通り、私があなたたちのチームに加入するさかい、駆け出しダイバーやからってバラバラのチームにならんで済むからねぇ。」

ミササギの料亭に姿を見せたシグレとミハイルとカムイ。3匹は無事に試験を突破し、揃ってギュールズランクのダイバーとなることができた。

一方のミササギもその知らせを聞いてすぐに連盟本部へ飛んで行き、ダイバーとしての活動を再開する手続きを済ませたようだ。


「ミササギ、褒めるならミハイルの奴を褒めてやってくれ。こいつがいなけりゃ、俺は水底に引きずり込まれて溺れ死ぬとこだったんだ。」
「そっ、そんな照れちゃいますよ……!! それなら、シグレさんだって道中の岩場を進むときにとても頼りになったし……。それにカムイだって、最後のブーバーンをトリックプレイで一撃必殺したんですよ!!」

「まあ、それならみんな健闘したいうことでよろしいやないの。さて、活動を始める前にチームの名前を決めなアカンねぇ……。何か案はあるかしら?」

ミササギがそのように話を切り出すと、互いの健闘を称え合っていた一行が静かになり、各々頭を捻って考えを巡らせ始めた。


「えーと、『チーム・パラダイス』とかは?」
「な、何か頭がボケっとしてそう……。どうにもやだなそれ……。」

「『四面修羅』なんてどうだ?」
「あらま、大層なセンスしてはるわねぇ、そんなチーム名を依頼の度に目にして平気な神経の太さが羨ましいわぁ。」

「んだとコラぁ!? 喧嘩売ってんのかてめぇ!!!!」
「もー!! ちよっとー、ストップ!! 落ち着いてー!!」

カウンターから身を乗り出してミササギを睨みつけるシグレを、ミハイルが慌てて制止する。カムイはそんな中、ただ黙々とチーム名を頭の中で考え続けていた。









「そういやお前は何か考えはあるのか? さっきから黙ってばかりじゃねぇか。」
「うーん……そうだ、『澪標』ってどうかしら?」

「『みおつくし』? それって何、カムイ?」
「澪標(みおつくし)ってのは、川や海などの水辺に立ってる道標のことだな。ほらよ、こんな奴だ。」

シグレは近くにあった包み紙に、ペンで澪標の絵を書いた。4の字を傾け、丁度逆三角形ができるような角度にしたものから、下方向に棒が伸びている、そんな風貌の絵だ。


「澪標……。よく使われる掛詞やねぇ。」
「そう、それなの!! まさにその掛詞としての意味がぴったりだなって思ったんです!!」

「どうせ知らねぇだろ? 掛詞ってのは、俳句や短歌で使われる技法だ。一つの言葉に二つ以上の意味を掛けて表現することで、内容に深みが出る。まあ、その分言葉選びが難しくなるだろうがな。」

ミハイルは、シグレの説明を聞いてぽかんとしていた。この辺りの文化の教養を持つシグレ、カムイ、ミササギに対し、ミハイルはどうにも外野感が拭えない。


「えっと……。それで、その澪標にはどういう意味があるの?」
「一つは船の道標となる『澪標』。そしてもう一つ、『身を尽くし』、つまりは例えこの身を捧げてもという意味合いも持つの。」

「遠くに見える澪標の情景を描いたり、自分の心を惹く愛しの相手を澪標と例えたりして、あなたのためなら身を捧げても構わない。そんな強くも儚い恋心を詠むときに便利なんよ。」
「けれど、私の意味するところはそこじゃない。私たちの抱く目標や想いにぴったりだと思ったから、この言葉を選んだの。」

カムイは3匹をじっと見つめ、彼女が意味するところを語ろうとしていた。










 ところ変わって、ここは地上にあるテープライの熱帯雨林。雲の上にあるためにカラッとした心地よい暖かさのアークとは違い、この地域一帯の暑さは多くの湿気を含み、肌にまとわりつく重たさを感じさせる。

熱帯雨林の中は幸いにも木陰になっているため気温自体はさほど高くならないのだが、90%近い湿度が身体の火照りを内側に閉じ込めて逃してくれず、悪路を進むにつれて徐々に体力が消耗していってしまう。


「暑いよぉ……。き、休憩しません……?」
「さっき休憩したじゃないかー。そんなにたくさん荷物持ってくるから……。」

「だって備えあれば憂いなしっていいますし、不安だったんですもんー!!」
「それだけ物がたくさんあると、Complusの管理も煩雑になりそうですからね……。持って歩くのは仕方なしです。道中、消耗品や食料などはいるかさんのものを積極的に使って軽くしましょう。」

着々と歩みを進めるカザネとローレルに対し、いるかは疲労の色を全身から溢れさせながらトボトボと後ろについてくる。

その背中には大きめのザックが背負われており、その中には恐らく使うことはないであろう無駄なものも数多く入っていた。それらを全てComplusに入れると整理や管理が大変なため、物理的手段で運搬する他ないのだ。


「あー……またこのブロックみたいな奴か……。これを登らないと、向こう側には行けなさそうだね。さて、登るか。」
「えーーっ!? ま、またですか!? さっきあれだけ苦労したのに……。」

「仕方ないだろ? 道はこの先にあるみたいだし、迂回すると数km余計に遠回りする羽目になる。ここでサクッと突っ切る方が楽だよ。」
「僕でも登れるのだから、いるかさんも問題ないはずですよ。僕とカザネさんが先に行って手を貸しますから。」

一行の目の前に、積み重なった2m四方ほどの石のブロックが現れる。遺跡などの壁の一部だと思われるそれは、木と木の間を隙間なく塞ぐように積み重なっており、上を乗り越えていかねば相当な回り道を強いられるようだ。


結局いるかは文句を言いながらもローレルとカザネに引き上げられ、ブロックの先にまだまだ続いていくジャングルの道なき道に閉口しながら再び歩き出した。


やがて夕方となり、3匹は川の近くにキャンプを張ることにした。いるかが川の水質を確認したところ、熱帯のジャングルにありがちな濁った薄茶色の泥水だったため、そこで身体の汗と泥を流すことは諦めた。


「いるかの大量の水が思わぬところで役に立つかもねー、本来は飲料水だけど、汗を流すのに使えるか。丁度荷物を軽くしなきゃだし。」
「うーん、でも3匹が満足に浴びられるだけの量はないかぁ……。どうしましょう?」

「決まってんだろ、ローレルの分だからそれ。」
「えー、僕らは水浴びなしです!?」

「当たり前だろ、僕らは水を含んだタオルで汗を拭うくらいでも構わないけど、ローレルは女の子だぞ? ちゃんと優先してあげないとだろう。」
「ううっ……辛い……。」

いるかは几帳面で綺麗好きな性格なため、風呂や水浴びができない状況はかなり堪えるようだ。とはいえ、ダイバーとして色々な場所での任務に赴くならばこれも洗礼といったところ。

遠慮するローレルに水を譲り、カザネといるかは最低限の衛生管理に留めた。


「すみません……そんなに気を使って頂かなくても構わないのに……。」
「気にしないでよ。えっこさんと約束したんだ、君は必ず守り通すと。君に不便な思いはなるべくさせたくない。僕らのことなら大丈夫だから、ローレルはまたいつか、今度は僕らが手に負えないときに助けてくれると嬉しいな。それがチームってもんだよ。」

「そうですね、きっとご恩は返しますよ。さあ、おやすみなさい。」
「おやすみー!! いるかも先にテント入ってな。しばらくは僕で見張りをする。その後君とローレルで見張りを頼む。3時間半ごとの交代制にしよう。」

そうして無事に3匹の夜は明け、またジャングルの果てしない道を突き進む旅路が顔を覗かせた。









 2日目の午後過ぎ、一行の前に突然開けた地点が現れた。そして目の前に、一際目を引く建物が鎮座している。


「間違いない……。あれが古代の修練場だな……。」
「あれが修練場……ですか? 何だかイメージよりも随分と華美に見えますが……。」

3匹が見つめる先にあったのは、立派な金色の塔が屋根に付けられた、白塗りの巨大寺院だった。

白いシンプルな直方体をした本殿には、至るところに人間が残したと思われるレリーフが刻みつけられている。
その四方からは空に向かって金色の丸みを帯びた尖塔が伸び、中央には一際巨大で、ドームがいくつも積み重なったような塔がそそり立って見えた。その巨大な塔の内部は、本殿から続く上階になっているのだろうか?

寺院の周りには見慣れぬ石像がずらりと並び、建物を取り囲むように大きな池がある。その池にはたくさんの蓮の葉が浮かび、ところどころに鮮やかなピンクの花を付けながら、その水面を覆い尽くしていた。


「確かここに住む人間たちが信仰していた宗教では、己の徳を高める修行を積むことで、輪廻転生のカルマから解き放たれ、この世というしがらみと決別できるのだと信じられていたと聞きます。」
「徳を高める、かぁ……。でもこんな金ピカなとこで修行積んで、徳なんか積めるの? 何か逆に贅沢三昧な印象受けるんだけど……。」

「この寺院は、この世から離れた先にある極楽や理想郷を表しているんです。蓮の葉が浮かぶ清らかな水の上に作られた、金と白の美しい理想郷……。それを地上に再現し、自らを理想郷の住人に近付けようという願掛けなのかも知れませんね。」

いるかは目の前に広がる巨大な遺跡を前に、自らが知る太古の人間の宗教と文化を説明した。どうやら人間たちはポケモンにはない死生観や宗教の世界観を持っていたらしく、そこから生まれた理想郷の姿は、当然カザネたちには見慣れない存在だった。

いや、人間だったローレルとて、こんな文化は見たことも聞いたこともない。彼女もただただ、自分の目に映る美しく華やかな景色に言葉を失い、口をぽかんと開けていた。


「とにかく、ここが目的の場所なのは確かみたいです。気を引き締めていきましょう!! ……って、僕が言うと何か締まりないですけど……。」
「そんなことはないってー!! いるかの言う通り、何が待ち受けているか分からないけどみんなで頑張ろう。そして、揃ってダイバー試験に合格するんだ!!」

カザネがそう告げると、ローレルといるかも深く頷いて真剣な眼差しで応えた。
蓮の葉に溜まった水に太陽の光が反射し、煌めく灼熱の時間。そんな中、カザネたちは陽炎が揺らめく遺跡への一本道を通り抜け、いよいよ遺跡の中へと足を踏み入れるのだった。


(To be continued...)




Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/21(木) 21:17 )