Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 30 -Groundward-
 えっこによる凶行から5日程。通学路に、久々にカザネの姿があった。その身体はあちこちに包帯の跡があったが、カザネ自身はもう何ともないようだ。


「おはよー、ローレル、いるかー!!!、」
「えっ!? カザネさん!? だ、大丈夫なのですか? あれだけの重傷だったのに……。」

「あー、まだ傷は痛むけど大丈夫。だって、ダイバー試験受けなきゃだろ? 幸い試験のときは学校が公欠をくれるから、いつでも出発できるよ。」
「ごめんなさい、カザネさん……。僕があんなこと言い出さなければ……。」

「いえ、えっこさんを信じ切れず、彼に黙って事を進めたのはこの僕です。責任は僕にあります。」
「そんなことを言ったら、それを止めなかった僕だっていけなかったんだよ……。僕もえっこさんにああされて当然の存在だ……。」

3匹の顔は一気に暗く沈んだ。3匹の誰が一番の犯人かなど関係ない。とにかく、えっこに黙って、えっこだけを徹底的に避けてダイバーを目指す計画を進めてしまった。

ルーチェやメイ、ユーグにマーキュリー……他の大人には相談し、時に力を借りたのに、えっこだけはどうしても信じることができなかった。逃げ続けた。問題を先送りにして、まるで円滑に全てが進んでいるかのように越に浸っていた。

だからこそ、あのような冷水を浴びせられる結果となったのだ。3匹は誰もがそのことを理解していた。それ故に心の奥に後悔の念を抱き、責任をみんなで奪い取り合った後に沈黙したのだ。


「やめましょう、こんなこと……。誰が悪いとか悪くないとか、そんなことを考えるのはダイバーの卵として相応しくはありません……。変えられぬ過去を悔やむより、前を向いて進まねば。」
「ローレルの言う通りだ。もうこの話は終わり!! お金も集まったことだし、ダイバー試験に向けて、しっかり対策しないとね。実技試験が一番の肝なんだしさ。」

ローレルとカザネが明るい心で沈黙を照らしたそのとき、一行の前に何者かが立ち塞がった。その姿を認識したとき、カザネは目を見開いて過呼吸を起こし始めた。









 「えっこさん!? 何故こんなところに……!?」
「今朝釈放された。ハリマロンのえっこさんは、俺よりも罪が重いし件数も多いらしくてな。まだ拘置所の中だ……。」

「ああっ……!!!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、僕はもうしません、ローレルを連れ出してごめんなさい、殺さないで、やめてください……あぅぁっ……。」
「ちょっと、カザネさん!!!! 落ち着いてください、大丈夫ですかっ!?」

そう、えっこがローレルたちの前に姿を現したのだ。冷え切った真顔は拘置所に長くいたせいかやつれているように見え、何を考えているかも分からぬ不気味さが伺えた。

カザネは完全にトラウマからパニックを起こし、青ざめた顔でしゃがみ込んだ。そんなカザネをいるかが介抱するが、えっこは表情を変えずにカザネの元に迫る。


「えっこさん……やめてください……。彼は悪くないんです……!!!!」
「…………………。」

えっこはしばしの沈黙の後、勢いよく額を地面に叩き付けた。カザネは突然の出来事に完全に茫然自失の様子だ。ゴツゴツしたアスファルト舗装に頭をぶつけたため、その額には切り傷がたくさんでき、いく筋かの血が流れていた。


「許せなんて厚かましいことは言わない……。取り返しのつかないことをしてしまった……。えっこさんの言う通り、君は彼にとって大事な子供だ。俺にとってローレルが大切なように……。それを、俺は……!!!!」
「えっこさん……。」

「釈放されたら、いの一番に君に謝りたいと思っていた。そればかり考えていた。本当に申し訳なかったよ……。」
「顔、上げてください……。僕はそうやってご自分を傷めつけること……。望んでません……。」

カザネは小さな声で、えっこに向かって呟く。顔を上げたえっこは思いつめた目つきをしており、カザネは意を決してえっこに語りかける。


「悪いのは僕です。ローレルを、あなたの大切な相手を黙って持ち去ろうとした……。ならば、ああして裁きを受けるのは当然でした。僕が撒いた種なのです。」
「だが、それでも俺はとんでもないことを……!!!!」

「丁度彼女たちとも話してたとこなんです。より悪者である僕がこんなこというのも、何とも厚顔無恥というものですけど……やめにしましょう、これ以上は。僕も、もう掘り返したくはないんです……。でももう逃げたりしません。えっこさん、心からのお願いです。どうかローレルやいるかと、ダイバーを目指すことをお許しください!!」
「僕からもお願いです、あなたの力になるため、そして僕自身が自分の手で未来を紡ぐために、自分の足で一歩を踏み出せるように、どうかお願いします!!!!」

そう告げるカザネとローレルに続き、いるかも頭を下げた。えっこは一同の頭を軽く叩くと、穏やかな笑顔を初めて覗かせながらこう呟いた。


「ああ、行っておいで……。君が自分の意思で歩み出すこと、俺は今は誇りに思う。君は強い子だ、あの幻覚から俺を連れ戻す力を秘めていた。それと、カザネ。」
「へっ!? は、はいっ!!!!」

「ローレルを頼む。ちょっと生真面目過ぎるけどとてもいい子だ。勇敢で、優しくて、でも誰にも負けない力強い芯の通った心を持っている。きっと力になってくれる。でもこれだけは言っておく。今までと同じだ、ローレルは俺の大切な想い人だからな。何かあったらただじゃ済まないぞ。」

カザネは一旦深呼吸してから、えっこの差し出した手を握り返した。そしてえっこに向け、今度は堂々とした眼差しを向けて告げる。


「もちろんです……!! 丁度昨日、拘置所にいる父から電話がありました。ローレルを守ってやれと言われました。お前は17になる男なんだ、もし他の誰かの想い人を預かることになったら、自分の命に換えてでも守り抜けと。それができない息子を育てた覚えなんて私にはないからな、信じているぞと、そう言われたんです。」
「そうか……。それからいるかといったな? カザネの件で、君に罪悪感と恐怖を植え付けてすまなかった……。でも、これからもローレルの仲間として、仲良くしてやってくれ。よろしく頼むよ。」

「はっ、はひっ!!!!」

いるかは突然えっこに顔を向けられて緊張したのか、裏返った声でどこか頼りなく、しかし力強く応えた。その間の抜けた声が、緊張に包まれていた一同に笑いをもたらして和ませてくれた。
いるかは少し恥ずかしそうに照れながらも、自らも胸をなで下ろして笑顔を見せる。


「それじゃあな。試験、頑張れよ。君たちなら絶対やれる。俺は信じてる!!」
「ええ、絶対ローレルを守り抜きます!! いるかやローレルと共に、成功させてみせますよ!!」

カザネはえっこの後ろ姿に向かって力強く返事をし、ローレルたちと共に、力強い足取りで学校へと向かっていった。2匹もその後を追って歩み出す。










 「カザネ、君がダイバー目指すって聞いてちょっとびっくりしたよ。でももう17だもんね、やっぱり何だかんだで親きょうだいの道をたどるんだなーって、何か感慨深く思っちゃったよー!!」
「もー、恥ずかしいからやめてよ母さん……。今は僕たちの試験官なんだから……。」

その日の夕方、ダイバー連盟本部にてカザネたちの実技試験説明が行われた。カイネはまるで家に遊びに来た息子の友達に、あれこれ世話を焼くお母さんのように振る舞っており、カザネは顔を赤くしていた。


「ま、とにかくみんなお茶でもどうぞ!! 遠いところ来てもらったんだし。」
「うわーい、ご馳走になりますっ!!」

「待ているか、そいつを飲むな。」

カザネが急に冷静な顔付きでいるかを制止する。いるかは大口を開けたまま、何が何やら分からないといった表情でカザネを見つめる。


「『もし自分が何者かと戦うかも知れない立場にあるなら、知らない相手から渡されたものは口にするな。どこで誰がお前を狙うか分からない。』父さんに何度言われたことか……。」
「うんうんー、やっぱり私たちの教育は間違ってなかったねー!! 今は試験官だからね、君の母親じゃなくて知らない相手だね。よくできましたー!!」

「えっ!? 一体何の話なんですか?」
「気付きませんか? これはアールグレイの紅茶……ベルガモットの柑橘類のような香りはあって当然ですが、洗剤のような人工的な香りがするのは不自然です。」

ローレルはカルスター王国の名家出身とだけあって紅茶は普段から飲み慣れているために、痺れ薬トラップにはいち早く気付いていたようだ。カザネから詳細に指摘されて初めて、いるかはその存在に気付くことができた。


「ひぇぇっ、の、飲んだら大変なことになってた……。ありがとうカザネさん、助かりましたぁ……。」
「でも、今のがダイバーの任務で、しかも君が単独行動してるときだったらどうかな? 薬じゃなくて猛毒だったら? ダイバーとしての自覚が足りないんじゃないかな? 仲間がいつも助けてくれるとは限らないよ?」

「そ、それは……。」
「そういう訳で、残念だけど君は10点減点ね。ごめんね、そういう決まりなんだ……。」

安堵するいるかに対し、カイネは厳しく律するように語りかける。困惑した様子のいるかに、カイネは容赦なく減点を付けた。


「ううっ……そんなぁ……。」
「まあ、そう気を落とさないでよ。まだこれから挽回すればいいんだから。さ、早いとこ今回の試験内容を説明してくれないかな?」

「今回の課題は、3匹で力を合わせて『暁の宝玉』を持ち帰ってくることだよー。」
「暁の宝玉……? 一体それは……!?」

減点に落ち込むいるかをカザネが励ます。一方、ローレルはカイネが口にした暁の宝玉という言葉に首を傾げていた。


「今アークの南西30kmの位置に、『テープライの熱帯雨林』というジャングルがあるの。その中に、『古代の修練場』と呼ばれる遺跡があってね、その奥にあるのが暁の宝玉って訳。」
「古代の修練場……聞いたことがあります。確かはるか昔、人間という生き物がいた時代に作られた遺跡で、その地域で盛んに信仰されていたある宗教の一派の僧侶たちを、鍛えるために作られたとか……。」

「詳しいんだね!! まー私もよく分からないんだけど、中はピカピカして綺麗なのに、侵入者を防ぐ仕掛けとかがいっぱいでね。ただ力が強いだけじゃなく、知恵や勇気も必要になるという噂の遺跡なの。」

いるかは複雑な顔をして、古代の修練場についての情報を思い出す。
どうやら単に敵を倒したり、過酷な環境を生き抜いたりするだけでなく、遺跡内の罠や仕掛けを掻い潜るだけの知力も重要になるらしい。


「そんな遺跡があるなんて初めて聞いたなぁ……。いるかはどこでそんな知識を?」
「僕、昔から歴史とか文化とか、そういうことにとても興味があったんです。勉強はあまり得意じゃないけど、地理とか歴史とかなら誰にも負けないくらい点数がよかったですし。」

いるかはそう告げると、身体に着けたポーチから何かを取り出した。ベージュ色の岩の欠片のようなその物体には、何やら不思議な模様が描かれている。


「何ですかこれは? 単なる石とは思えない代物ですが……。」
「『遺跡の欠片』って呼んでます。僕の生まれ育った田舎町の近くには石切場があって、小さな頃はそこでよく遊んでたんだけど、ある日そこでこれを見つけたんです。」

「へー、しかし本当に変わった模様だね。ぐるぐる巻きの図形から、上下左右に翼みたいなものが伸びてる……。」
「専門家の先生に見てもらったら、恐らくは人間が滅びたずっと後、僕たちポケモンが文明を持ち始めた頃の物らしいんです。放射性同位体測定で800年くらい前のものだと推測ができて、その頃はポケモンが人間に代わる世界の支配者になり始めた時期で、段々知能が発達して文明が起こった時代らしくて……!!」

いるかは目を輝かせ、少し興奮気味に語っている。
その様子だけで、彼がこの小さな石ころ一つから壮大な古代のロマンに思いを馳せ、ポケモンや人間の築いた歴史や文化をこよなく愛していることがひしひしと伝わってくる。


「僕はバリバリの理系だからどっちかというと社会は苦手科目に入るタチなんだけど、何だか君の説明聞いてるととてもワクワクするよ。本当に好きなんだね、そういうの!!」
「はい、ポケモンを救うヒーローとしてのダイバーも憧れるのですが、未踏の遺跡を調査して、新たな発見の足がかりを作ることができる立場としてのダイバー。それも僕が強く憧れを抱くものなんです。」

「前言撤回するよ、君の熱い思い、ダイバーになるのにとても相応しいものだと私は思うんだ。さっき減点しちゃったけど、君ならそれをひっくり返せるくらいの活躍を、その熱意と行動で示してくれると期待してる!!」

いるかにとってのダイバー、それは彼自身が生きてきた中で積み上げてきた興味や経験の延長線が交わる、そんな場所にあるのだろう。

だからこそ彼は、心の底からダイバーとして活躍したいと強く願っており、あれ程までに憧れに心を躍らせ目を輝かせていたのだ。


一行は続けて実技試験詳細やComplusの情報などについてひとしきり説明を受けた後、一旦解散することとなった。公欠がもらえるとはいえなるべく学業や部活に穴を開けないため、出発は2日後の土曜日朝に決定した。









 「おー、ダイバー試験受けるんだってな? 先輩ダイバーとして、心得でも教えてやろうか?」
「遠慮しとくー、兄貴から聞いたアドバイスは役に立たなさそうだしー。」

「んだとコラぁ!? 相変わらず可愛くねぇクソ弟だな!!!!」
「んもう、カザネもマークももう夜の10時なのよ? 近所迷惑でしょ!!」

出発前夜のハリマロンえっこ邸。家の主が未だ拘置所から戻らぬまま、3匹は言葉を交わしていた。
カザネは普段より小さな金色のサックスを入念に磨いており、リードケースのリードを一枚一枚入念にチェックしていた。


「めちゃくちゃ小せぇなそれ……。音鳴るのか?」
「こいつは『カーブドソプラノサックス』っていって、ちょっと特殊な代物なんだ。ほら、そこに真っすぐの奴が一本あるだろ? それを曲げた形にしたのがこれ。」

「何で真っ直ぐのをわざわざ曲げるんだ? 音は変わらねぇんだろ?」
「もちろん、同じソプラノサックスだから音は同じだよ。ただ、他のサックスはどれも曲がった形をしてるだろ? あれと同じ感覚で演奏できるようにしたのがカーブドソプラノなんだ。真っ直ぐだと、どうしても吹き口とかキィの感触が違ってくるからね。」

カザネはクロスで楽器本体を磨きながらマーキュリーに説明する。恐らくは持ち運びに苦労しないカーブドソプラノサックスを使うことで、身軽に行動できるようにと思い、この楽器を持っていくことにしたのだろう。


「カザネはやっぱり魔導書とか魔杖は使わないのね? 私には音楽の魔法はよく分かんないけどさ。」
「ああ、僕は逆に魔導書とかが上手く使えないし、魔奏譜なら使い慣れた楽器で攻撃できるからね。」

「天候魔法使うんだよな? お前は確か。みみっちいな、男らしく直接殴りゃいいのに。」
「僕は兄貴みたいな狂った怪力してねぇっての……。でもまあ、物理攻撃力と防御力は確かに課題だな……。それをカバーできる戦略を身に着けないとだね。さて、風呂入って寝なきゃだ。おやすみ、姉さん、兄貴。」

カザネは楽器を磨き終わり、ケースにしまった。そして大きくあくびをすると、ドアの方へと向かっていった。









 その頃いるかはベッドで悶々とした表情を見せていた。恐らくは明日に備えて早く床に入ったものの、緊張で目が冴えて眠れないのだろう。


「僕のダイバーになる夢が、すぐ手の届くところまで来てる……。ちょっと前までの僕には、予想だにできなかったなぁ……。」

いるかは机の上に置かれていた遺跡の欠片を手に取った。暗がりの中だからこそ、手には岩独特のゴツゴツと硬い感触と、ひんやりとした無機物らしい存在感が一際強く感じられる。

いるかは怪我をしないように少し柔らかめに、しかし力強く、その欠片を握り締めた。その奥底には太古の文明の力と、自然豊かな大地の息吹が封じ込められている気がして、いるかは何だか勇気を与えられたような気分だ。


「そうだ、きっとやれるよね……。僕だけじゃないんだもん。カザネさんやローレルさんも付いてる。独りぼっちじゃあないんだ。」

いるかは窓から差し込む月明かりに遺跡の欠片を煌めかせ、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


「お父様やお母様がいたら……。何と言われるやら……。今はどうしているのでしょうか?」
「気になるのか? 少なくとも、俺が現世にいた頃は君のことは心配してた……。でも、心の底からかと言われると確証は持てない……。」

「……僕はグリーンウッド家のお荷物ですから。お父様やお母様も、僕は所詮出来損ないだって……。死んで清々したと思っているのかは分かりませんが、きっと肩の荷が下りたとは思っているんでしょうね。」
「悲しいよ、そんなこと言うなって……。ローレルのことは何だかんだで悲しんでくれてると思う。俺はそう信じてる。」

俯いて低い声で呟くローレルに、えっこが背後から答える。ローレルは夜遅くなせいもあってか、昔の辛い記憶がフラッシュバックしているようだ。


「でもいいです。僕もあんな家族、もうまっぴらごめんです。今はえっこさんが傍にいる。学校と部活では、アルバートさんやカザネさんやいるかさんやセレスさんも待ってる。メイさんとユーグさんがいなかったら魔法も上達しなかったし、ルーチェさんのお店にもとてもお世話になりました。ああ、それからマーキュリーさんと、カザネさんたちのご両親もよくしてくださいました!!」
「じゃあ、君を待つ者のためにも実技試験を無事に終えて、一人前のダイバーにならないとな。」

「はい、もう独りぼっちは嫌ですから。あの暗闇の地獄の中でだって、君を独りぼっちにしないし僕も独りぼっちにならないと誓った。守り通した。今回だって同じです。それに、えっこさんだけでなく、他の大好きなお友達や仲間のためにも!!」

ローレルは立ち上がって微かな笑顔を見せる。そう、今のローレルには現世にいた頃とは違い、彼女を想うたくさんのポケモンたちがいる。天空に浮かぶ島・アークに来て初めて手にした自由の翼。

ローレルはその翼を携えて、これから試練のために地上へと赴くこととなる……。


(To be continued...)



Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/21(木) 21:16 )