Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 26 -Resolution-
 「畜生……コイツは厄介なところに閉じ込められちまった……狭いのは嫌いなんだよ、クソ……。」

トレは自分が閉じ込められている通路をきょろきょろと見渡して舌打ちをした。通路は幅2m、高さ3m程になっており、非常に細長く身動きが取り辛い構造になっている。

トレは確かに電光石火のスピードを誇るが、小回りが効かないために、このような場所では本来のスピードが思うように出せないのだ。


「自分の置かれた状況はよく分かっているようだな……。そして俺の姿を見れば、自分が手詰まりなことも分かるだろうぜ。」
「何者だてめぇ!?」

トレが声のした方を振り向くと、そこには半透明の蝉の抜け殻のようなポケモン・ヌケニンが漂っていた。そのぼんやりと暗闇に浮かぶ姿を見て、トレは焦りを見せる。


「マジかよ……一番相手したくねぇ相手が出やがった……!!!!」
「トレ、何があった!? 敵が現れたのかい?」

「ああ、敵は一匹のみ。しかしヌケニンだ。奴を倒すことは俺にはできない……。」

トレはComplusを通じてユーグに状況を報告した。その内容を聞いて、ユーグの額にも汗が光り始める。


「これはかなりまずい……ヌケニンは体力こそほぼないに等しいけど、代わりに効果が抜群で、相性のいいタイプの技しか受け付けない……。」
「トレさん、かみつく、かみくだく、ほのおのキバ辺りは使えませんか? それなら奴の弱点を突ける!!」

「その技を持ってねぇから詰んでんだよ!!!! とにかく、早く瓦礫をどかして加勢してくれ!! 何とか俺は持ちこたえてみせる。オーバー!!」

トレは通信を切り、ヌケニンの攻撃に対して備えることに集中し始めた。一方のユーグはリボンのような触手で積もった岩や瓦礫を動かそうとするが、思うようにどかすことができない。


「くっ……この岩、下手に動かすと雪崩のように崩れ落ちてくる可能性がある……!! 動かせるとして、今の僕らにはごく一部、隙間を開けられる程度の範囲が限界か……。」
「こんなときにマーキュリーさんがいれば……。」

積み重なった木のブロックを引き抜くゲームをしたことがあるだろうか? 
えっことユーグの前にうず高く積もった瓦礫は、まさにあの積み木のように複雑に積み重なり、下手に引き抜けそうなところから手を付けてばかりいると、崩落してえっこたち自身に危害が及ぶ可能性があった。


「僕の持つ黒魔法では、この岩を粉砕することも難しい……仮にできたとして、やはり衝撃で岩が崩れかねないか……。」
「そうだ、魔法!! 岩の向こうにいるヌケニンに、さっきの呪いを使えませんか? 奴は守りこそ固いけれど体力はこの上なく低いはず。だから魔法で生命力を奪えば……!!」

「ダメだ、あれは僕が対象を直接視認できなければ発動できない……!! クソっ、一体どうしたら……!!」

普段は余裕綽々な表情をしているユーグが目に見えて焦っている。仲間が岩の向こうで危険と背中合わせになっている状況で、自分が何もしてやれないのがいかに歯痒いことだろうか。えっこにはその思いがひしひしと感じられた。










 「なるほどな、最初から仕組まれてた訳か。俺のみがここに燻り出されて逃げられない状況になるのを待ってたってこった。」
「そうとも。ドッコラーたちが俺たちの退治のために、ダイバーを探していることはとうに察知していた。そしてお前たちチーム・テンペストを選んでいた。その時点でお前さんは厄介だと思っていたよ、トレ。」

「ご指名に預かり嬉しい限りだな。もっとも、こんなクソ野郎じゃなくてかわい子ちゃんに名前を覚えられたかったが。」
「随分と余裕ぶっているな、まあいい。お前のスピードは、俺の相棒でもちとヤバイ相手だと思ったんでね。代わりに俺がこうして直接やり合えば解決する、そう思ったのさ。」

ヌケニンはそう告げると、シャドーボールをトレに向かって放つ。トレは一瞬の内に、一筋の電流に姿を変えてその攻撃を回避した。


「おいおい、いくら狭い洞窟内で機動性が落ちると言っても、今のじゃ永遠に当たらねえぞ。顔洗って出直してきな。」
「ならばこれはどうかな?」

ヌケニンは再びシャドーボールを放つ。ところが発言内容の割に、先程と全く変わらない小細工なしの攻撃に思えた。


「だから同じだっての、しつけーな!!」
「果たしてそうかな?」

「うわっ!? てめぇまさかっ!!!! ヤベぇっ!!!!」

トレは急に軌道を変えて壁に激突した。そのまま地面に何とか着地すると、土を被った顔をプルプルと左右に振ってホコリを払う。


「ユーグがスローにしたテッカニンか……。奴が上空を旋回してる。お前の攻撃をかわそうものなら、上空で奴にぶつかって呪いが伝染する、そう言いたいんだな?」
「ご名答。回避に専念すれば、この狭い空間でいつか相棒にぶつかり、お前も動きが鈍くなる。仲間に魔法を解除させれば、本来のスピードを取り戻した相棒と俺の2体を同時に捌かねばならない。お前はもう終わっているのだ、どのみちな。」

「フン、バカじゃねぇのか? それならお前の相棒を先にブチのめせばいいだけだよなぁ!? 直接触らなきゃ呪われることはねぇんだよ!!」

トレはかみなりでテッカニンを攻撃しようと試みるが、何故かその電流がヌケニンの元に吸い寄せられていく。慌てて技の発動を中止すると、ヌケニンの手元に針のようなものが見えた。


「忘れていないか? 俺たちはお前らのことを事前にリサーチできたんだぜ? お前が電気タイプの遠距離技を持つことくらい、予想の範囲内だ。」
「クソ……魔力避雷針か……。そいつがあると、電気は全て吸い寄せられちまう……!! そしてお前の特性で電気タイプ技は無効化されちまうのか……。」

ヌケニンは追い詰められていくトレを見下ろしてほくそ笑む。しかし、トレはそんな危機的状況でも落ち着いた態度を維持していた。

「まだそうして冷静でいられる余裕があるか、それに関しては恐れ入ったよ。」
「そいつぁどうも。だが俺は信じてるからな、ユーグは必ず助けに来る。今までもそうだった。俺たちはどんな困難も、チームの力で乗り越えてきた。だから、こんなチンケなところで終わる訳はねぇんだよ。」

トレはそのように答えると、ヌケニンとテッカニンに囲まれた絶望的状況を前にして、必死の抵抗を始めるのだった。












 「そうか……。分かったよ、なるべく早く頼む。僕らも出来ることを探してみる。何、トレなら大丈夫。あんな強くてバカな奴が、ここで負ける訳がない。じゃあ、また後で。」
「やはり来るのに時間が掛かるのですね……。」

「早くても2時間程度だそうだ。何とか持ちこたえてくれ、トレ……。」

ユーグは神妙な面持ちでトレの無事を願う。しかし、えっこはトレの無事を願いつつも、もっと別のことを必死に考え込んでいた。


「(確かあの黒魔法は……。そうか、そうじゃないか!! こうしてやればいい。この方法なら奴を必ず倒せる!!)」
えっこは何かを閃くと、瓦礫の山の方へと駆け出し、端の方にある岩を引き抜こうとし始めた。


「一体何をするつもりだい、えっこ……!? そんな小さな岩を取り除いても、中に入るなんて……。」
「ええ、ユーグさんは身体のサイズ的には無理でしょうね……。でも俺なら何とか入れる。それでいい、それで敵を倒せます。」

「待てよ、君もヌケニンに対して有利なタイプの技は持っていない!! ここは僕の黒魔法か、マークの炎タイプ技でもなければ……。」
「誰が俺の技で倒すと言ったんです? あなたは中に入れない。でも倒すのはあなたの力ですよ!!」

えっこはなおも岩を引き抜こうと必死に力を入れる。ユーグはえっこの考えていることに合点がいったらしく、えっこの元に駆け寄った。


「まさか君は……!!!! やるつもりなのか、本当に……!?」
「分かってくれたみたいですね。大丈夫、奴を倒せる確証も、トレさんを助け出せる確証も十二分にあります。じゃなきゃそんなことしませんよ、さすがにね。」

「分かった、でも心して中に入ることだね。僕も手伝おう。」

ユーグがえっこに力を貸して岩を引っ張ると、程なく小さな隙間が瓦礫の中にできた。
これなら何とかえっこも入ることができそうだが、ユーグには顔を押し当て、真正面を覗くくらいが精一杯だ。


「この狭い可視範囲と暗さ……。仮に敵の姿がここから見えたとしても、やはり直接魔法をかけるのは不可能だ……。」
「だからこそ、この作戦には価値がある……。さあ、行きますよ。」

えっこはそのまま身体を隙間に押し込め、何とか中に入り込もうと身を何度も必死に捩った。ユーグもそんなえっこを後ろから必死に押さえつけて中に詰め込もうとする。


「(クソ……奴の攻撃は大したことねぇが、上空をウロウロしてるテッカニンが厄介だ……。上手く目を凝らさねぇと暗くてどこにいるか分からねぇし、ヌケニンに集中して目を離すと、どこに行ったのか分からなくなる……。)」
「もう4回くらいは上に飛んでかわしたな。後何回、相棒に接触せずに俺の攻撃を回避するだけの運がお前には残っているかな?」

トレはしたり顔を見せるヌケニンを横目にしながら、テッカニンの行方を見失わないように、同時に半分暗がりに消えつつある上空付近の動向も目で追っていた。
そんな膠着した危機的状況をがらりと変えるかのように、えっこの叫び声が暗がりの向こうから聞こえた。









 「うわぁぁぁっ!!!! あがぁっ!!!!!!」
「まさか、あのバカ新入り……!!!!」

「ほう、援軍が来たのか……? はははっ、こいつは傑作だ、ケロマツじゃないか!! これでは恐らく俺を倒す技は持っていないだろうな。お前のお友達が無駄死にしに来たという訳だ。」
「おい新入り、早くここから逃げろ!! お前じゃ無理だ、手に負えねぇぞ!!!!」

えっこは徐ろによろよろと立ち上がる。落下した際に怪我をしたのだろうか、マントで身をくるんで隠し、何やら痛そうな表情を見せている。


「決めたぜ、まずお前の方から始末してやる!! 確かこのチームのリーダーだもんな、トレさんよぉ? この間抜けなチームメイトのケロマツを始末して、お前に仲間を失った絶望をくれてやるよ!!」
「ヤバイ!! 俺とあいつの間にヌケニンがいる状態……!! 一直線上にいるからすっ飛んで守りに行くことさえ……!!」

ヌケニンはトレの目の届かない通路の奥へと消えていく。トレが急いで後を追うと、通路入り口付近に落ちていたえっこに対し、ヌケニンのシャドークローが深々と突き刺さるのが見えた。


「てめぇ、よくも……!!!!!!」
「はははぁーっ!!!! おいトレよぉ、お前の間抜けな仲間がくたばっちまったぜ!!!! ……あれ? 何かおかしい……。相棒が速く飛び回ってるだと……!? いや、まさかこれは……!!!!」

「やっと気付いたな。そう、ひったくり野郎と俺が等倍速に見えるなら、もうお前は終わりだ。」

えっこは何事もなかったかのようにその身を起こして立ち上がる。ヌケニンは思わずその姿に驚きたじろいだ。
しかし、えっこの姿はトレにはスローモーションに感じられる。そして、ヌケニンの動きもだ。


「あの新入り、まさかっ……!!!!」
「分かってるよな? あの呪い、近寄って触ると『伝染』するんだぞ? 俺は既に呪われてる。お前はそんな俺に触ってしまった。」

「バカなっ!? こいつの動き、スローモーションではなかったはず……!!!! それに何故攻撃を受けてピンピンしてやがるんだ……!?」
「さすがに重力による自由落下のスピードまではスローにできないらしくてね。落ちてくる俺の姿は普通に見えたはずだ。」

えっこはそう呟くと、身を覆っていたマントを広げた。かなりの速さで何かが落下したようにヌケニンには感じられる。
実際は普通に自由落下スピードで落ちただけのそれは、分厚い魔導書だった。


「こいつをお腹に仕込んでた。落下の際の衝撃を防ぐ目的と、お前からの攻撃を防ぐ目的でね。トレさんを小賢しいやり方で閉じ込めてネチネチと倒そうとする輩だ、落ちてきた俺を見たら、見せしめに迷わず優先して攻撃してくると思った。それも直接攻撃でね。」
「あの新入り、そこまで先を読んで……!?」

「あー、そうだ言い忘れてたな。その呪い、しばらくすると生命力が吸い取られていくぞ。俺もさっきから身体がだるい。そろそろ、じゃないのかな?」
「なっ、生命力だと……!? やめろ、それはまずいっ!!!! うぐぁっ……。」

ヌケニンは突然真っ青になり、その場にポトリと落下した。トレはヌケニンの手から避雷針を奪い取ると、えっこを睨んで呟いた。


「てめぇ……狂ってやがるぜ……。とんでもねぇことしてくれやがって……。」
「こうでもしないと、トレさんを救えないと思って……。バカですみません。」

「ケッ、全くもってその通りだ。意味分かんねぇよもう。まあとにかく、後はあのセミ野郎だけだな。」

トレは避雷針をテッカニンに投げつけた。スローになっている上に生命力が落ちて動きが鈍っていたテッカニンに、何とか針が命中して突き刺さった。


「これで目を瞑っても当たるぜ? 何ならそこの新入りに向けて放電してみるか?」
「全く、おふざけが過ぎますよ。」

目を瞑って微かに笑いを見せたえっこに向けて、トレは10まんボルトを放つ。その電流は大きく軌道を変えて上空のテッカニンへと向かっていき、身体の避雷針に直撃した。
飛行タイプのテッカニンにとってトレの超一流の電気タイプ技は致命的だ。テッカニンは蚊取り線香の煙に巻かれたかのように地面へと落下していった。









 「よし、これで一件落着ですね。…………うあっ……。」
えっこは敵を全滅させた安心感で力が抜けたのか、その場に崩れ落ちた。それに魔導書で防いだとはいえ、恐らくヌケニンの攻撃によるダメージも多少なりともあっただろう。

「おい、しっかりしろ!!!!」
「すみません……。安心したら急に身体が……。財布、取り返してくれました……?」

「ああ、バッチリな。ったくてめぇはよ、上手く行ったからいいものの、それで死んじまったらどうするつもりだったんだ!?」
「あー、すみません、考えてなかったっす……。ははは……。」

既にユーグは術を解いており、トレはえっこを介抱する。えっこは少し虚ろな眼差しを見せながら、何とかトレに微笑んでみせた。


「はぁ……。お前もチーム・テンペストの一員なら自覚持てよ、チームメイトが死んだら、リーダーの俺がどんな責任取らされるか分かったもんじゃねぇんだぞ?」
「えっ、今チームメイトって……。」

「あ? 文句あんのかよ? お前は俺たちの仲間だろうが。しゃあねぇ、あの状況を打開したその手腕、一応認めてやるよ。まあ、今回の活躍で図に乗らず謙虚に精進しやがれよな、えっこ。」
「はい、ありがとうございます……!!!!」

程なくしてマーキュリーとドッコラーたちが合流して瓦礫を撤去し、ヌケニンとテッカニンの盗賊コンビは御用となった。

えっこは聖水を飲まされたことで呪いによるダメージを回復し、無事に元気となった後、チームの仲間たちと共にアークへと帰還するのだった。


(To be continued...)




Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/17(日) 20:47 )