Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 16 -Tide to tomorrow-
 崖際スレスレに作られた一本道を突き進むシグレたち。すぐ横の磯場では、高波が勢いよく岩にぶつかり、大きな音を響かせていた。

「これ……明らかに雨の水じゃないよね。さっきから横の磯場に当たって砕けた波飛沫が、この高さまで飛んできてる……。」
「ああ……さっきからかなり細かい水の粒が、霧みてぇに顔に吹き付けてきやがる……。かなりの高さがある岩場のはずなんだがな。」

シグレとカムイが見つめる磯場は、海面から6~7mはあるだろうか? 高波が打ち寄せる度に飛沫が舞い上がり、風に乗せられて一行へと吹き付けていたようだ。


「ねぇあれ……!! あそこでこの道が途切れてる!! これじゃあ進めないよ……。」
「でもComplusはこの方向を指してるね。これはどうしたものだろうか……。」

「そこの磯場を行くしかねぇみたいだな。縄梯子や綱を用意してある。それを使って慎重に進むぞ。」


ミハイルが指し示した先は崖に続いており、今まで通ってきた道が行き止まりとなっていた。
シグレはComplusから縄梯子を取り出し、崖に引っ掛けた後、ゆっくりと下の磯場へと下りていった。


「お前らも下りてこい!! 絶対下見るんじゃねぇぞ、お前らなら足がすくみかねないからな!!」

シグレが梯子が緩まないように支える中、カムイとミハイルが一匹ずつそろりと下りてくる。ミハイルは完全に緊張で表情が固まったまま磯場へとやって来た。


「おいおい……これからこの危ねえ磯場を進もうってのに、もうそんな泣き出しそうな面してんじゃねぇぞ……。」
「だってぇ……怖かったんですもん……。足を滑らせたらと思うと気が気でなくて……。」

「全く、ミハイルは心配性なんだから……。落ちること考えてる暇があるんなら、落ちないように気を付ければいいだけなのに……。」

シグレとカムイは揃って呆れ顔を見せている。二人はミハイルが落ち着くのを待ち、荒波の押し寄せる磯場へと踏み出した。










 その頃、昼下がりの旧市街のカフェにローレルとメイの姿があった。インディゴ海域とは打って変わって、アークの旧市街は穏やかな晴れ模様だ。

ローレルたちの座るオープンテラスには爽やかなそよ風が吹き込み、やや霞みがかった空からはマイルドな日光が差し込む。
石畳の道には多くのポケモンが行き交い、近くにあるポップコーンの屋台からは甘いカラメルの香りが立ち込めていた。

「メイさん、お忙しい中お呼びしてしまい、すみません。」
「いやいや、大丈夫よ。どうせ土曜日だから一日暇してるし、ローレルちゃんの頼みなら何だって。」

「ありがとうごさいます。実は……。」

ローレルは、何やら深刻そうな顔をしてメイに相談を持ちかけた。ローレルの話を聞き、メイは思わず持っていたティーカップをソーサーに置いて目を丸くした。


「えっ…!? そ、それは本気なの……!?」
「ええ……。えっこさんに甘えてばかりなどいられません。僕も、僕にできることをしなければならない……。だから決めたんです、僕も戦うと。」

「気持ちは分かるけれど……。えっこ君が心配するんじゃないかしら? 彼はあなたのことをとても大事に思っているようだし。」
「百も承知です。あの人は僕の大切な人、そしてあの人にとっても僕は何より大切な人。でもだからこそ、僕はえっこさんのためになりたい。女だから? 力がないから? 貴族の生まれだから? ……もう縛られるのはたくさんなんです。」

ローレルは紅茶に差し込まれたマドラーをカチカチと揺らしながら、その心の内を呟いた。

常に優秀な兄と比較され、落ちこぼれだから、女だから、名家の家に生まれたから……様々な側面で縛り付けられて生きてきたローレル。
しかしアークという新たな環境で生まれ変わり、彼女の中には自分の意思で進む未来を掴み取ろうとする思いが芽生えていた。


「あなたの考えてること、よく分かった。いいよ、私でよければ喜んで力になる。何だか、妹が出来たみたいで嬉しいんだもの。うちってバカな弟しかいないからさ、はは。」
「メイさん……!! ありがとうごさいます。では早速お願いしたいことがありまして……。」

ローレルは熱い紅茶を可能な限り素早く飲み干すと、バッグから急いで何かを取り出そうとし始めた。










 時に大きな起伏を見せ、時に細い足場の道を生み出し、時に海へと真っ逆さまに落ちかねない断崖で行く手を遮る……そんな厳しい自然の中にある磯場を、シグレたち3匹は力の限りを尽くして乗り越えていく。


基本は身軽で山や岩場での活動経験に富んだシグレが先陣を切って進み、縄梯子や鍵爪ロープなどで進路を作り出し、ミハイルが続いていった。最後にカムイが控えることで、先を進むミハイルをサポートできるようにする狙いがあるようだ。


「ふう……シグレがいてくれて本当に助かるよ。やっぱり、自然の中で生き抜いてきた人は私たちとは大違いだ。」
「どうだかな。ミハイルの奴が特別鈍臭いだけなような気もするが……。」

「もしもしー、聞こえてますけどー…。」
「フッ、そんな口叩く余裕があれば、お前も大丈夫そうだな。時刻は3時過ぎか……。かなり磯場を進んできたことだ、そこの洞穴で少し休憩しようぜ。」

シグレが鍵爪ロープを引っ掛けた先には、崖の中に入り込むようにして洞穴の入り口が見えた。シグレはロープを支えに崖を登り、ミハイルたちのサポートに徹した。
休憩が目前ということで、ミハイルも最後の力を振り絞ったらしく一行はスムーズに洞穴へと辿り着いた。


「やれやれ……やっと雨宿りできたね。水タイプといえど、やっぱり雨に濡れるのは好きじゃないよ……。」
「うーん……まだ洞窟の入り口まで半分も行ってないのかぁ……。先が思いやられるよー。」

「お前が言うなお前が!! しかし、一層天気が荒れてきやがったな……。霧がかかって遠くが見えやしねぇ。」

シグレは入り口からぼんやりと外を眺めていた。黒い海が荒れ狂うずっと先は深く白い霧によって視界が遮られ、まさに五里霧中とでも言わんばかりの形相を見せている。


「もー!! 雨なんかさっさと止めばいいのに!! シグレさんの藁のコートなかったら、本当に風邪引いてるとこだったよ!!」
「明らか君の準備不足のせいじゃん……。ダイバーとしてやり始めたら、もうあんなミス、誰も助けちゃくれないよ。自分のことは自分で備えることだね。」

「(やかましい奴らだが、まあこんなのもたまには悪くはねぇか……。思えば、あの日から俺の周りに仲間と呼べる奴なんていなかったからな……。)」

シグレはカムイとミハイルの様子を見て、思わず小さな微笑みを漏らす。やがてその場から立ち上がると、大きく伸びをしてカムイたちの元へ近寄った。


「さてと、もう10分したら行くぞ。」
「ええーっ、さっき休み始めたばかりじゃないですか!! もう出発するなんて……。」

「つべこべ言うな。ここ以外に洞穴とかがあるとは限らねぇんだし、雨が凌げる洞窟の入り口に、日が落ちるまでに辿り着かねぇとヤバイからな。一刻を争う。」

ミハイルは不満そうな顔をして頬を膨らます。シグレは見てみぬふりをして、再び荒れ狂う外の景色へと目をやった。











 ローレルはメイに連れられ、今度は魔法アカデミーの練習場へと来ていた。広場か運動場のようになったスペースで、今日は休日ということもあり学生の姿はまばらだった。


「本当にすみません、色々とご無理を聞いていただいて……。」
「いいのいいの、気にしないで。それじゃあ、早速始めていくわね。本来私は魔杖を使うんだけど、あなたは魔導書を使うのが一番だと思うから、それに合わせるね。」

メイは地面に置かれた大きめのバッグの中から、一冊の魔導書を拾い上げた。そこには見慣れぬ形の文字が書かれており、ポケモンたちの使う言語でないことは容易に想像できた。


「『キルクイア語』の文字の読み方は、一応学校で習ったのよね?」
「はい、まだ発音と多少の文法だけですが何とか……。魔導書に書かれている言語で、この世界の自然現象を制御・発現させる言霊を宿す言葉なのですよね?」

「そうそう、要するに自然環境や自然現象に対する『circuit(制御回路)』だから、その単語の語源を取って『circuire語』という訳。キルクイア語の呪文ををそのまま読み上げれば通常詠唱ができるの。」

メイは魔導書に書かれた一説を指でなぞると、その部分を読み上げた。


『大自然の大地のエレメントよ、我が詠唱の元に、岩針で敵を貫け!!』
メイがキルクイア語でそのような意味の呪文を読み上げると、地面から高さ2mほどの鋭い岩が現れた。ローレルはその岩の針を高く見上げて驚いている。


「まだ慣れてないし、私ほどの魔力はないからここまでは出来ないと思う。呪文を唱えながら、自分の奥底から沸き起こったエネルギーが、岩の針を地底から呼び起こすイメージを頭に浮かべるの。そうすれば上手く行くわ。」
「分かりました、やってみます……。『大自然の大地のエレメントよ、我が詠唱の元に、岩針で敵を貫け!!』」

すると、高さ60cmほどの岩の針が地面からするりと現れた。メイの出したものと比べ、大きさはもちろんだが形もかなり歪であり、敵を刺し貫く巨大な針とは言い難い風貌だった。


「うーん、上手く行かないかぁ……。呪文の詠み方は問題ないと思う。それにあなたは木・土・白の魔法に適正があるから、その点も大丈夫……。」
「やはりただ読み上げるだけで何とかなるほど、甘くはないのですね……。」

「そうね、どうしても慣れや才能なんかも絡むから、ポケモンによって出来栄えが違ってくるのは必然なの。でもローレルちゃんならきっと上手くやれると思うわ。それじゃあ、まずは魔力を上手く制御して、整った形で出力する練習をしてみようか。」
「はいっ、お願いします、メイさん!!」


ローレルは再び魔導書を構えて呪文を読み上げ、歪ではあるものの先程よりかは整った岩針を呼び出した。
首を傾げるローレルに対し、すかさずメイが手を取ってアドバイスを送る。ローレルの魔法の特訓は、まだまだ先が長くなりそうだ。


(To be continued...)

Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/17(日) 13:56 )