Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 13 -Glow after the battle-
「モノノケの体液を使うって……!? そ、そんなことが……。」
「奴らの体液、魔力伝導率がとんでもなく高いらしい。それでその体液をインク代わりにしてヘラルジックの技術が確立されたって訳。」

「モノノケは獰猛で危険な存在とえっこさんから聞いていますが、そんな生物の体液を身体に入れて危なくはないのですか?」
「そこなんだよねー、どうもアタイたちポケモンと奴らでは体質が違うらしく、体液を入れ墨に注入すると、全身の神経に激痛が走る。同時に、徐々に赤い色をしたモノノケの体液のインクが黒ずんでいき、完全に馴染むと痛みが消えてこの通り、黒色になるのさ。」

ルーチェはそう語ると、今度は脛の入れ墨をえっこたちに見せた。そこには大型拳銃とワイヤーの紋章が描かれている。


「ヘラルジックで描かれるのは紋章と決まってる。名家の家紋なんてあるだろ? あれと似たようなもんさ。」
「なるほど、それで『エスカッシャン(小紋章)』と『コートオブアームズ(中紋章)』を組み合わせたような形をしていると。」

「ローレルちゃん、アンタ詳しいね。その通りだよ、エスカッシャン、つまり中央の模様にはメインウェポンが、コートオブアームズ、つまり周辺模様にはサブウェポンが格納されてんのさ。」
「ローレルはかなりの名家に生まれてますからね。もちろん彼女の家の家紋もありますし、紋章学に関しても一通り知っているはずです。でも、その紋章にそんな武器の格納方法を当てはめるとは……。」

続いてルーチェは、懐から何かの壺のようなものを取り出した。茶色い陶器でできた高さ15cmほどの壺は、ルーチェたちがモノノケを退治した際に使っていたあの壺だ。


「確かそれって、モノノケを倒した後に使ってたよね? モノノケの体液がひとりでにその中に吸い込まれていったのを覚えてるよ。」
「ああ、コイツは『グリフポット』といってね、モノノケの体液を感知すると吸収してくれるようになってるのさ。倒したモノノケの体液を使って新たな入れ墨を入れたり、今あるヘラルジックを強化したり、ヘラルジック職人に売って金にしたり、いろんな使い道があるからね。」

「ヘラルジックを強化するとは?」
「モノノケの体液をヘラルジック内に注射すると、そのヘラルジックの魔力が強化されるんだ。ああ、注射するときは痛くないから安心してね。激痛を伴うのは最初だけ。ほんとほんと!!」

ルーチェはそう告げると、グリフポットの側面ポケットに入っていた使い捨て注射器を取り出した。どこにでもあるような医療用注射器であり、注射が大嫌いなえっこは少し引いた顔をしている。









 竹林の中を素早く逃げ回るシグレ。竹林の奥深くへと身を隠し、より鬱蒼としたエリアへと逃げ込んだ。

「おかしい……さっきまで執拗に追いかけ回してきやがったのに、しばらく襲撃が止んだ。あいつの言動からして、そう簡単に追跡を諦めそうにないが。何かヤバイ予感がするぜ!!」

シグレが足を止めた瞬間、目の前に巨大な脚が振り下ろされた。シグレが停止したことにより攻撃は空を切り、土煙が辺りに巻き上がった。


「中々勘のいい奴だね……今の待ち伏せの一撃を回避するなんて。」
「生憎、流血沙汰の戦いは日常茶飯事だったんでな。悲しいがな、攻撃の気配はこの肌が簡単に感じ取るようになっちまった。」

「私はこの竹林の地形ならよく把握してる。気付いてないかしら、さっきから私はあんたを泳がせてた。竹林の奥へと誘い込むためにね。」

竹の影から出てきたカムイは、シグレの背後に陣取っていた。周りは既に、怪物の攻撃で竹が何本か薙ぎ倒されているようだ。
倒された竹は他の竹に引っかかる形となっており、完全には地面には付かず、シグレの逃げ道を塞ぐ壁のようになっていた。


「フッ、ククッ……。」
「もう諦めの境地って奴かしら? 今なら今後手出しはしないと約束してくれるなら、あんたに危害を加えたりしないよ。早く降参しな。」

「降参? 誰がそんなみっともないことするか。せっかく、相手をぶっ倒せるとこだってのによ。」
「何だって……!? そんな世迷事を……!!」

次の瞬間、シグレはあらぬ方向に羽根の矢を飛ばした。当然カムイには当たることはなく、矢は竹林の奥へと消えていった。


「何をするかと思えば……今のがとどめの一撃とでも? 笑ってしまいそうだよ。」
「ああ、大正解だ。お前は既に負けた。」

シグレがそう告げた瞬間、何かがブチブチと切れるような音がした。刹那、大量の羽根の矢がカムイの元に降り注ぐ。カムイは咄嗟に手で頭や身体を守ったが、手の甲と脚に無数の矢が刺さり、負傷してしまった。


「うぐっ……!! そんなっ……これじゃあ……!!」
「身体に命中するのを、咄嗟に防ごうと思えばそうなるよな? だが俺の狙いはこれだ、お前の手を負傷させて封じること。既に両手とも、指一本一本にまで矢が刺さり、怪我でまともに動かせまい。」

カムイは激痛に顔を歪ませて膝を付いた。フルートは既に手から滑り落ちて地面に転がっており、それを拾うことすらも困難な様子だ。
もちろん、演奏などできる指の状態ではなくなり、怪物も消滅してしまった。


「あのときか……!!」
「ああ、俺から目を離して先回りしたのが間違いだったな。お前の視線を感じなくなった後、弾力性のある竹に糸を巻き付けて弓のようにし、羽根の矢をつがえた罠を作った。今お前がいる地点に向けてな。」

シグレはそう説明すると、弓を背中に背負い、カムイの前に立ちはだかった。


「さてと、見た目から判断するにこいつは水タイプだな。あの小僧が言っていた、俺の草の技は、水タイプ相手には効果が高いと。」
「なっ……!!」

「その脚の怪我ではかわせまい。お前にリーフストームを叩き込んでケリを付けてやる。」

カムイは必死に逃げようとするが、脚に深々と刺さった矢が邪魔をして、その場に転んでしまった。


「弱り果てた相手にとどめを刺すのはいい気分じゃねぇが、悪く思うなよ。」
シグレは強力なエネルギーを身体の前に集中させて構える。その草のエネルギーを解き放とうとした瞬間、何者かの叫ぶ声が聞こえた。


「『アクトブレイカー』!!!!」

その瞬間、シグレの身体に電流のようなものがバチッと走るのを感じ、彼の身体が動かなくなった。シグレはその場にうつ伏せに倒れ込んだまま、指一本動かせない身体を必死に起こそうとしている。

「悪いけど、その子はボクの大切な相棒なんだ……。傷付けないで欲しい。」

そんな穏やかに語りかけるような口調に、シグレはどこか敵意のない信用できる感覚を覚えた。









 「君は『ミハイル』じゃないか!! 私を助けに来てくれたんだね?」
「うん、竹の採取に行ってからかなり時間が経っても戻ってこないから、心配になってさ。」

「そこのジュナイパーが私を襲撃してね。悪いが、こんなザマじゃ私は何も抵抗できない……。奴に早くとどめを……!!!!」
「ダメ、それはできない。」

ミハイルと呼ばれたポケモンはそう答えると、シグレの眼前へと歩み寄り、顔を覗き込んだ。


「あなた、この間ボクを助けてくれたジュナイパーさんですよね? ボク、ミハイルっていいます。ほら、ナタで木材を切ってたポケモンです。」
「なっ……!! あんときの……おめぇか……。何故こんな真似を……。」

ミハイルと名乗ったポケモンは、黄色い瞳を持つツタージャだった。黒く長いマフラーを身に着け、濃い緑の魔杖を持っている。


「手荒な真似をしてごめんなさい……。でも彼女は、カムイは悪いポケモンじゃないんです。信じてやってください!! ボクの大切な相棒なんです!!」
「相棒……だと……!?」

ミハイルは訴えかけるような眼差しでシグレにそう頼み込んだ。その目つきは、不思議とシグレの怒りや闘争心を鎮め、癒やしてくれるかのような不思議な力を感じさせるものだった。


「ねぇカムイ。一体何があったっていうの? そのフルート、隠しても無駄だよ。一般のポケモン相手に無闇に魔法使うなって言ったよね? まさか彼に召喚魔法使って、本気で殺そうとしたんじゃ……。」
「そ、それは……。奴が私を攻撃して……。だから正当防衛のために……。」

「それで、説得しようとさえせずに戦闘したってこと? いつも相手の言うこと聞かずに手が出るの、君の悪い癖だって言ってるでしょ? 約束して、もう攻撃しないって。」

カムイはまさにたじたじといった様子で、黙ってミハイルに対し頷いた。ミハイルは地面に落ちたフルートを取り上げると、今度はシグレの元へやって来た。

「あなたも誓ってください。カムイを傷付けないって。せめて、ちょっとお話だけでもさせて欲しいんだ。お互い誤解してるだけかもしれない……。」
「どうせそうしねぇと……この拘束解いてくれねぇんだろ……。勝手にしろ……。」

ミハイルはその言葉を聞くと、シグレに何かの薬を飲ませた。すると、徐々に身体に感覚が戻り、やがて何とか立つことができるようになった。シグレはため息混じりに弓の弦を切った。


「ほれ、この通りだ。もう攻撃はしねぇ。俺はこう見えて個人的に、一度した約束は守ることに決めている。俺の名はシグレという。その手、治療が必要だろう? ついて来い。」
シグレはそう告げると、竹林をゆっくりと歩いていった。カムイとミハイルもそれに続く。








 竹林の中に建てられたシグレの家に通されたカムイとミハイル。中は台所のある土間と、8畳ほどの竹でできた床の敷かれた居間があり、居間の壁には素朴な床の間と掛け軸が設けられ、中央には囲炉裏も備えてあった。

シグレは襖を開けて箱を取り出すと、何かを綿に染み込ませてカムイの手を取った。


「あっ……ぐぁっ……痛ぁっ!!!!」
「喚くな、高濃度の焼酎で消毒してるんだからじっとしてな。」

「あんたがこんな手にしたんでしょ!!」
「お前の化け物も俺の身体に傷を入れやがったぞ。お互い恨みっこなしだ。」

カムイは痛みにジタバタしながらも何とか耐え、シグレは包帯を手に丁寧に巻き付けた。


「これじゃあ演奏も楽器の修理もできないよ……。」
「ボクの回復魔法を定期的にかければ、数日で動くようになるよ。」

「取り敢えず、礼を言っておくよ。私たちは街で『葉桜楽器店』という楽器屋を営んでいるんだ。楽器に使うリードの材料として、ここの竹が最適でね。誰の持ち物でもないことを役所に確認して、竹を採らせてもらってたんだ。」
「それで、あなたに出会って交戦したみたい。ごめんなさい、うちのカムイが……。」

「……。いいや、俺もたまたま縄張りに入っただけの奴を見境なく襲うもんじゃなかったな。悪かったよ。」

珍しくシグレが謝る言動を見せた。ミハイルの、どこか相手を穏やかな気持ちにさせる雰囲気故だろうか?


「あんた、いい奴かもね。ミハイルの目に間違いはないよ。私にも何となく分かるさ。」
「どうだかな。お前を襲った手癖の悪い奴だし、これでも元山賊だ。一体どれだけの人間を殺したものか……。」

「に、人間!? 今人間って……!!」
「あ? 口が滑っちまったな……。そうだ、俺は元々ポケモンなんぞじゃない。上総国の山中に住んでいた人間だ。」

その言葉を聞いたカムイは、深刻な面持ちでミハイルと顔を見合わせた。そして、ミハイルがこのように切り出した。


「信じられないかもしれないけど……。カムイもそうなんです。彼女も人間の世界からやってきた。理由や目的は分からないみたいです。けれど、自分が人間だったことと、多くの人々と悲しい別れを告げ、ここはやって来たことだけはぼんやりと覚えているって……。」
「何だと……!? 俺やあの小僧やローレルや優男以外に人間が……!?」

カムイを見つめて驚くシグレ。その細い目は目一杯見開かれ、とても嘘など言っているとは思えない表情のカムイを捉えていた。


「待って、あんた以外にもまだ元人間がいるっていうの!?」
「ああ、青蛙と黄色いネズミと黒いモモンガみてぇな奴らがこのアークに俺と共に来た。そいつらは全員人間だ。創世主とか抜かす奴に、生き返って元の世界へ戻るため、このポケモンの世界で、各々が失った何かを探し出す試練をやり遂げろと言われてな。」

「あんたたち、人間の世界では死んでいるってことなの?」
「ああ。ローレルという女が死に、それを自分のせいだと悲しんだえっこというガキが後を追った。そして二人はポケモンとなり、この世界で再会した。ローゼンという優男は爆弾抱えて敵に突っ込んだらしいぜ。」

シグレは崩した座り方に変えると、そのようにカムイたちに説明した。カムイは目を丸くして驚いている。


「私は……何も思い出せない。けど、聞いてる限りみんな何かやるべきことがあって、生き返りたいとかそんな感じだよね?」
「その通りだ、えっことローレルは元の世界へ揃って帰りたがってるし、ローゼンも生き返ってまた、国のために戦うつもりでいる。俺も山賊行為で取っ捕まって処刑されちまった訳だが、必ず復讐しなきゃならねぇ奴がいる……。だから俺はそれまで死んでも死に切れねぇ……!!!!」

「そっか……。みんな大変なんだね。でも私は人間の世に未練があったようには思えない。何となくだけど、ここに来ることとここで生きることを、まるで自ら望んだような……。」

カムイは困り果てた表情でそう呟いた。どうやら彼女は記憶が戻らない以上、自分の正体を解き明かせず悩んでいるようだ。

囲炉裏にかけていた鉄製の黒いやかんがコツコツと音を立てる。シグレは沸かしたての熱湯を柄杓ですくい上げると、お椀に粉末を入れ、そこにお湯を注いでかき混ぜた。


「まあ飲みな。そう悩み続けてもいいことはなかろう。」
「ありがとう、いただきまーす!! うぇっ、何これ苦い……。」

「ミハイル、これは抹茶というお茶だよ。君がいつも飲んでる砂糖とミルク入りの紅茶とは訳が違う。それにせっかくシグレが立ててくれたお茶にそんなことを言ったら失礼極まりないし、もてなしに対して礼をいうのがマナーだ。」
「お前、詳しいんだな。俺の住んでいた国の者か?」

「ごめんなさい、それすらも分からない……。でもそうなのかもね、あんたと私の世界の共通点なのかも知れない。ありがとう、美味しくいただかせてもらうよ。」

カムイはそう伝えると、両手でお椀を持ち、ゆっくりと抹茶をすすった。ミハイルもカムイの動作を見様見真似で追いかけ、苦そうな表情を必死でこらえながら、お椀を置いて少し回した。


「結構なお手前で。美味しかったよ。」
「いやいや、お粗末様だ。」

「ところで、話は変わるけど……。実はあんたと手合わせして一つ思ったことがある。バカバカしいと言われるかも知れないけど、もう少し、付き合ってくれないかな?」
「何だ改まって? 一体何を言うつもりだ?」

カムイはシグレの目をしっかりと見据えながら、覚悟を決めたような表情を見せた。


「私やミハイルと組んで、ダイバーになって欲しい。この通りだよ、お願い!!」
「なっ、何だと!?」

カムイは深々と頭を下げ、シグレにそのように告げた。シグレは突然の一言に驚きを隠せず、しばし硬直していた。


(To be continued...)

Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/17(日) 13:52 )