Chapter 1 -大地に舞う幾多の翼-
Episode 10 -Cocytus-
 「えっこー、起きて。そろそろ朝ご飯食べて出発しないとね。」
テントのジッパーを開け、ローゼンが顔を覗かせる。最後の見張りが終わり、既に時刻は朝8時となっていた。

二人は急いでリンゴを齧り、テントを片付けると、8時40分頃にはキャンプ地を後にした。Complusの情報を見るに、明日の夕方にはリーア山周辺の広い範囲で雨が降り続く予報が出ている。
それまでに旧気象観測台に辿り着かねば、厄介なことになりかねないと判断し、二人は歩調を速めた。


「これは……。既に上流では雨が降っているみたいです。天候の悪化も時間の問題か……。」
「ありゃりゃ、参ったねこれは……。」

えっことローゼンが見つめる先には轟々と音を立てて流れる濁流があった。かなり流れは速く、水タイプのえっこでも下手をすれば危険といえるかもしれない。


「周りに橋もないし、迂回してる暇はないか……。そうだ、俺があの濁流を渡って、向こう岸のでかい岩を川に落とします。その岩の延長線上……こっち側の岸に突き出た枝がありますよね? あそこから岩に向かって滑空すれば、ローゼンさんも何とか渡れませんか?」
「ナイスアイデアだ、あの岩を落として足場にしてくれれば、何とか届きそうだね。」

ローゼンがえっこの提案に同意する。早速えっこはマントを脱ぎ捨て、濁流を見下ろした。


「うっ……間近で見ると想像以上に流れが……。一歩間違えたら、岩に身体や頭を強打することになるな。」
えっこの呟く通り、もし濁流に飲まれてバランスを崩せば、体重の軽いえっこは岩に叩きつけられ、危険に晒されることとなるだろう。

「でもやるしかない。これは水タイプである俺にしかやれないことだ……!!」
覚悟を決めて飛び込んだえっこ。水の濁りと暴れ狂う奔流で方向感覚を見失いかけてしまう。


「(まずいっ!! 岸の方向が……!!!!)」
「っこ…………かい!?」

微かにローゼンがえっこを心配する叫び声が右横から聞こえた。えっこはローゼンのいた方向を思い出し、一か八か、その逆の方角に全力で泳いで行った。


「ぶはっ!!!! これはっ……岸か……。よしっ、ローゼンさんが反対にいる!! 泳ぎ切った!!」
えっこは岸に這い上がると、岸辺に置かれた大きな岩を川に蹴り落とした。樹上まで跳ね上がるほどの飛沫を上げた岩は濁流に流されることなく、しっかりと止まっていた。

ローゼンは枝の先をしならせて飛び上がると、グライダーのように滑空していく。えっこは岩の上からその様子を見守っていた。


「くっ……!? 距離がっ……!!」
「ローゼンさんっ!!!!」
危うく距離が足りずに濁流に落ちそうになったローゼンを、えっこが間一髪掴み、引き上げた。


「ふー、助かったよえっこ。やっぱり僕ら一人一人じゃあダメだね。力を合わせて困難を乗り越えるのが、戦況攻略の鍵みたいだ。」
「ですね、二人で力を合わせれば百人力です。いや、ポケモンだし百匹力?」

「あはは、そんなジョーク言う余裕があれば、きっとこの先も心配ないね。さ、先を急ごう。」

ローゼンはえっこにマントを手渡し、出発を促す。体を震わせて水を飛ばしたえっこはマントを着込み、山の奥へと進んでいく。









 一方ローレルは、アルバートと昼休みの食堂に来ていた。

「す、凄いですね……。もうこんなに行列が……。」
「ああ、ここは俺たちにとっちゃ戦場だからな……。チャイム鳴ってダッシュで滑り込んでもこのザマなんだぜー、はぁ……。」

アーク高校では弁当の他に、学校に併設された食堂の食事を利用する生徒も多い。アルバートは專らこちらを利用するらしく、えっこがいないために弁当を持って来なかったローレルも、今日は食堂利用の日だ。


「まあここで並ぶっつったら目的は一つ。一日30食限定の、ふわとろオムレツ定食だ!!」
「ふわとろ、ですか?」

ローレルが食堂のメニュー看板に目をやると、350ポケのオムレツ定食が目に飛び込んできた。ご飯に野菜の炒め物にカットフルーツと日替わりスープ、そして半熟のとろけるフワフワのオムレツがメインに鎮座しており、この上なく食欲に訴えかけてくる。

「分かるだろ? ここに並ぶ奴らはみんな手慣れのハンターだ……。オムレツ定食を虎視眈々と狙ってるんだ……。俺たちもありつけるよう、お互い幸運を祈るぞっ!!」
「え、ええ……。」

ローレルは少し戸惑いながらも、大好物の卵料理に大きな期待を寄せていた。










「そろそろ暗くなるな、またテントを張る場所を探さないと……。」
えっこは周りをきょろきょろと見渡しながら歩いていく。小雨がぱらつく中、二人の焦りも一層強くなる。

「インスタント食品も何だか飽きてきたな……。美味いミネストローネでも飲みたいです。」
「辛抱が足りないなぁー、こんなんで音を上げちゃダメだよ。」

「まあ、そりゃ食えるだけマシですけどねー……。で、さっきからジロジロ見てる奴はどうしましょう?」
「ははっ、君も気付いてたんだね。そういう訳で出ておいでよ、久々に壊したいからさ、へへへっ……。」

ローゼンが不気味な笑みを漏らす。リーダー格と思われるハッサムと、何匹かのストライクが木の影から現れ、二人を取り囲んだ。


「そんなにいたのか……。例の山賊って訳だな。」
「まあ何でもいいよ、敵が悶え苦しんで死ぬのを見るの、とっても楽しみだもん。」

ストライクたちが迫る中、ローゼンはとても楽しそうな笑顔を浮かべている。思わず青ざめるえっこ。


「みずてっぽう!!!!」
えっこが先制攻撃を仕掛けるが、ストライクたちはそれを軽々と回避して、えっこに一撃を食らわせた。防御しながらも吹っ飛ばされるえっこ。

「ふーん、雑魚じゃないみたいだね。じゃあこっちもやらせてもらうか、でんきショック!!」
ローゼンの電撃は、電気とだけあって水より素早く辺りに拡散するが、それさえも回避されてしまった。


「その程度の攻撃なら、こちとら簡単にかわせるぜ?」
「やれやれ、面倒なこった。これを使わなきゃならないだなんて。全身濡れちゃうじゃないか。」

えっこはその場から立ち上がると、両手を上に掲げて力を込めた。すると、途端に雨脚が強くなり、土砂降りの大雨となった。そう、えっこはあまごいを使ったのだ。


「雨程度で動きが鈍るだなんて思うなよ? 次こそその首すっ飛ばして、有り金せしめてやるぜ!!」
「やってみなよ、その前に感電するのがオチだろうけど。頼みますよ、ローゼンさん!!」

えっこはストライクたちを一瞥すると、ローゼンに合図を送って高くジャンプした。同時にローゼンは電撃を放出する準備をする。
飛び跳ねたえっこの着地点に陣取るようにして、ストライクたちは集まってきた。


「何度やっても無駄だぜ、お前が着地する瞬間を狙って攻撃しつつ、電撃をかわすことなんて容易いんだよ!!」
「何で俺が跳んだか分からないみたいだな。嫌だからだよ、お前らと一緒に感電するのが!!」

「何っ!? まさかこれはっ!!」
ストライクは足元に目を向ける。雨の強さ故に気づかない内に広範囲に水溜まりができており、ローゼンはその中央で今にも放電を始めようとしている。


「ヤバイっ!! 間に合わ…うぐぁぁぁぁっ!!!!」
「だから言ったろ? それと俺は痺れたくないからこうさせてもらう!!」

水溜まり全体に一瞬で広がる電流をかわせるはずもなく、飛行タイプであるストライクたちは、弱点の電気技を受けて一撃で全滅してしまった。

そしてえっこはComplusから出したロープを木の枝に引っ掛けて、水溜まりへの着地を防いだ。


「よし、上手く行った……!!」
「俺のことを忘れているな?」

えっこが背後からした声に振り向くと、そこにはハッサムが仁王立ちしていた。即座に放たれるバレットパンチをまともに食らったえっこは、地面に倒れ込んでしまう。


「ぐっ……がはっ……!!」
「小賢しい真似をしてくれる奴だ。だか俺の鋼の装甲に、お前たちの水や電気など通用しないぞ。」

「やってみなきゃ……分からない……。ぐっ……!!」

えっこを掴み上げたハッサムは、再び彼の頬を鋼のハサミで殴りつけた。えっこの口から血が飛び散る。


「今度こそその首をねじ切ってくれる!!」
「そういう君こそ、僕のこと忘れてない? 食らえ、スパーク!!!!」

ローゼンが木の上から滑空しながらスパークを放つ。しかし、ハッサムの迎撃がローゼンに命中し、ローゼンもダウンしてしまう。


「とんだ邪魔が入ったが、これでお前ももうおしまいだな。」
「おしまいって誰がかな……? えっこならもう助けたけど……?」
ローゼンがそう呟いた瞬間、何かがハッサムにぶつかり、彼を遠くに吹っ飛ばした。その先は崖となっており、ハッサムは断末魔を上げながら崖下へと真っ逆さまに転落していった。


「あれは……さっきの川にあった岩……!? いつの間にあんなものを?」
「何かに役立ちそうだと思って、Complusに入れといたんだよねー。それに君が出してたロープを結びつけて、丈夫な太い枝に結び付けたら振り子の完成って訳。」

ローゼンの言う通り、大きな岩が太い枝にロープで結びつけてあり、ゆらゆらと大きく揺れている。やがて重みに耐えられなくなったのか、枝が裂けて落ちてしまい、岩がドスンと鈍い音を立てて地面に転がった。


「あの岩を別の脆そうな枝にそっと置いて、自分はハッサムの気を引くために滑空して攻撃、枝が壊れて時間差で飛んできた岩が見事命中するって算段ですか? それより、ストライクたちが見当たりませんね…。逃げたようです。」
「あの罠、よくできてるでしょー!! さてと、ハッサムはどうなったかな? 崖から落ちてぐちゃぐちゃになって死んでるかな? 見てみたいなー!!」

「もう、物騒なこと言わないでくださいよ、早く先を急ぎますよ!!」

不服そうな顔をするローゼンを引張り、えっこは再び歩き出した。野盗と交戦したせいで既に辺りは暗くなっており、テントは張れそうにない状況だ。


「あーあ、仕方ないけど今日はビバークだ。」
「野宿ってことですか……。あー、もうあの野盗共め!! 出るタイミングくらい空気読めーっ!!!!」

えっこは不機嫌そうにそう叫んでみせた。その後も苛立ち紛れにタープを木の枝に張って、その下に寝袋とマットを敷いた。テントがない分夜風がダイレクトに伝わる上、背中に地面のゴツゴツ感が伝わって何とも寝心地が悪そうだ。

「まあまあ、地図を見るに、明日の午前中には旧気象観測台に着くよ。そのまま山脈の裏側に抜ければ村がある。久々に宿屋のベッドでぐっすり眠ってから帰還だね。」
「ですねー……早く任務を終わらせたいですよ。」

えっことローゼンは、快適とはいえない仮眠を途切れ途切れに取りながら、交互に見張り番をして夜を過ごした。










「ううっ……ふわとろオムレツ……。」
「ああ、あれ凄い人気らしいからね……。売り切れちゃうのも無理はないよ。」

夕食の席でローレルが残念そうに呟く。カザネはそんなローレルの肩を優しく叩いていた。どうやらローレル曰く、限定販売のふわとろオムレツ定食は、ローレルとアルバートの数匹前で売り切れてしまったようだ。


「そういえば、えっこ君たち上手くやってるかな……。順調にいけば、もう明日くらいには課題クリアできると思うんだけどなー。」
「連絡はできないのですか?」

「しようと思えばできるけど……試験官としてあまり介入しちゃいけない決まりなの。ごめんね……。」

カイネの返答に対し、ローレルは少し寂しげな表情を見せる。やはりえっこに数日会えないだけでも、彼女にとってはとても心細いらしい。


「大丈夫。きっと彼らなら上手くやれると思う。だってあなたをあのレギオンから守り抜いたポケモンよ? その勇気と知恵があれば、乗り越えられない困難はないと思う。」
「おうよ、レギオンを一般ポケモンがぶっ倒すなんて聞いたことないんだぜ? それをやってのけたえっこなら問題ねぇさ!! 俺が保証する。」

メイとマーキュリーが、ローレルを励ますようにそう続けた。ローレルは少し嬉しそうに、その言葉に対して頷いた。


「そういえば、ニアさんの姿が見当たりませんね……。確かにこの家にやって来る音を聞いたのですが……。」
「ああ……今日は会いに行かない方がいいと思うよ……。」

「どうしてですか?」
「発売日なんだよ、新作のね……。」

カザネは呆れ顔でローレルにそう答えた。ローレルが首を傾げて口を開こうとした瞬間、地下の方から何かを床に叩きつけたような音が聞こえた。

不審に思ったローレルが地下へ向かう階段に向かうと、その入り口で叫び声が聞こえた。


「ああああぁっ!!!! っざけんなーっ!!!! ラグってんじゃねぇよこのボケ!!!! 貧弱な回線でオンライン出てくんなカスがーーっ!!!!!!」

ヒステリックに叫び散らすその暴言の数々は、紛れもなくニアの声だった。あまりのことに硬直してきょとんとするローレル。


「ああなるのよ、ニアは昔から……。ゲームやらせると手が付けられないの。」
「近付かねぇ方がいいぞ……。キレてるニアに喧嘩売ると殺されるぜ……。」

メイとマーキュリーも、柱の影から顔を覗かせて地下の様子を伺っている。ニアの叫びはなおも続いていた。


「クソぉっ……次は必ずぶちのめすっ……。よしっ、マッチした……!!!! よし、いけっ、やった!!!! ……はぁぁぁっ!!!? 切断厨かよ、冗談じゃねぇよマジで!!!!!!」
「あ、あれがニアさんだなんて信じられません……。まるで性格が……。」

「残念ながら本物のニアさんだよ……。あー、というかあれじゃあ今夜は練習できないー!!」

カザネは苛立ちながらそう叫んだ。一方のニアは依然機嫌が最悪なのだろうか、部屋のものに八つ当たりしながら怒鳴り散らしている様子が伺える。








 翌日、山頂付近では朝から空は晴れ渡っているものの、不規則に突風が吹き荒れていた。
いつどの方角から巻き起こるか分からない冷たく強い風は、野宿のせいで疲れが取り去れなかったえっこたちの体力と気力をじわじわと奪っていく。

「ふぅ……あれじゃないかな? ほら、あそこの山頂のとこ!! 小高い展望台みたくなってるよ。」
「本当だ、ついに旧気象観測台に到着したんだ!!」

えっこたちは嬉しそうに観測台へと駆け寄る。山頂の横の開けたところに設けられた15m四方ほどの広場の中央に観測台があり、その上部には古くなって茶色にくすんだ百葉箱が置かれていた。


「あれを撮影するんですね。よしっと。」
えっこは意気揚々と観測台のはしごによじ登り、Complusで百葉箱を写真に収めた。


「これでやっと帰ってゆっくりできますね……。」
ローゼンの方へ振り返ったえっこの動きが止まる。ローゼンは観測台の上に立つえっこを見つめて首を傾げていた。


「どうしたんだい、えっこ? 一体何が……?」
「ローゼンさん、こいつは相当に腹を括らねばならないようです……。横に避けてっ!!!!」

ローゼンが振り返ると、そこには青黒い巨大な物体があった。咄嗟にローゼンは横に飛んで攻撃を回避し、観測台にいたえっこも、観測台から飛び降りてローゼンの隣に着地した。
背後では、観測台が大きな音を立てて倒壊していた。


「こいつ、間違いない……!! レギオン……!!」
「ここにはいないはずなんだけどね、カイネちゃんによると。」

「メイさんたちは、奴らが各地で次々に出現していると言っていた……。もしかしたら、以前よりも地上での活動範囲を拡大しているのかも……!!!!」

えっこたちの退路を塞ぐようにそびえ立つレギオンは、青黒い身体に赤紫のコアを持つ、高さ5m程度の個体だった。
身体には直径70~80cmほどの穴のついた筒がいくつか付いており、さながら銃口のように、その何本かがえっこたちに向けられている。


「あの感じ……何か発射してくる!!!!」
えっこの叫び声に反応するように、筒から氷の塊が高速で吐き出された。

えっこがジャンプで避けると、氷の塊は大砲の弾のようにまっすぐ飛んでいき、崩れた観測台の屋根部分に命中した。
どうやら発射された氷塊は先端が尖っているらしく、空気抵抗を受けずに素早く飛ばせる上、命中した対象を簡単に貫けるようになっているようだ。


「あんなのをまともに受けちゃただでは済みませんね……。」
「けど帰り道の前に陣取っちゃってる。倒さないと生き延びられない、そういうことだね。」

「だとしても、俺は必ずローレルを連れて元の世界に変えると約束した……!! こんなところで終わるわけにはいかない!!!!」

えっこは足を強く前に踏み出して叫ぶ。想定外のレギオンの襲撃にえっこの緊張の糸はキリキリと張りつめ、今にも弾け飛びそうだ。


(To be continued...)

Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/16(土) 14:01 )