Chapter 0 -新たなる脈動-
Prologue -Reincarnation-
 「ローレルが死んだ」そのたった数文字の事実が、言葉が、心の奥に突き刺さる。青い髪と青い目に古外套姿の少年は、その覆せない現実を背負ったまま、どこへ向かうかも知れずひたひたと歩みを進める。

カルスター王国の王都のレンガの街並みには夜闇が落ち、月明かりを微塵も漏らすまいとするような分厚い雲が冷たい雨を降らしている。少年は雑踏の中、ただ一人だけ異質な存在感を出していた。まるで、色とりどりの花畑に冷たい泉が湧いているような、砂漠の中にただ一つの氷塊が紛れ込んだような。

労働者階級の少年である自分と、上層階級の少女であるローレル。身分も育ちも考えも違うのに、いつだって彼らは共にいた。だが、再会はもう果たされることはないのだろう。少年が歩みを止めたその目の前には、一つの小さな池があった。既に空を覆う雲は晴れ、月明かりがその水鏡に差し込んでいる。

「1年前……。俺が君にあの景色を見せようとしなければ……。君を巻き込まなければ……。ごめんよ、ローレル。俺もそっちに行く。必ず、君を見つけ出すんだ……!!!!」
少年は涙をこらえた深き蒼の瞳で、微かに揺れる水面を覗き込んで呟いた。








 「この者、千波時雨の処刑を執り行う!!」
ところ変わって、ざわつく野次馬たちの中、一人の着物姿の役人の男が声を張り上げる。中肉中背の男が、役人たちに縛り上げられた状態で首をもたげて恨めしそうな表情を見せる。野次馬たちはその鋭い視線に、思わず一斉にたじろいだ。

「うわぁ……。こりゃあ相当なワルの顔してやがるぜ……。さすが、上総国の山中の強奪をやってたってだけのこたぁあるもんだ。」
「ま、これで安心してあの辺りも通れるってもんよ!!」
野次馬にいた男二人組が、互いを見つめ合いながらそう呟いた。役人たちが罪人を突き出した先には巨大な鉄鍋があり、並々と注がれた油が轟々と音を立てていた。

「言い残すことはあるか?」
「……。これで終わると思うな……!! 俺は必ず戻ってくる、やるべきことをやり果せるまではな……!!!!」
罪人は槍の穂先を思わせるような鋭く、しかし消え入るような声で叫んだ。







 「少佐!!!! 既に最終防衛網を突破されました!! 状況は壊滅的です!! 我が軍はほぼ全滅、ここは撤退を!!!!」
「あっそ、壊されちゃったんだ。んじゃ、やるしかないね、僕らがさ。」

黒い軍服に見を包んだ栗色の髪の男は、部下からの提案に聞く耳を持たない様子でコートと帽子を乱暴に掴んで身に着けた。


「ありゃぁ、ホントだ。いっぱい壊されちゃったね、ははっ。」
「なっ、何てことを……!!!! 噂には聞いてましたが、アンタ、人間がこれだけ死んでるのにそんな……!!!!」
「モノも人間も一緒だ。別に痛くなければどれだけ壊れようが消えようが構わない。それが勝つための必要経費ならね。」

男は何食わぬ顔で淡々と部下にそう告げた。もっとも、部下はその言葉が終わる頃には、戦線から逃亡してしまっていたのだが。

「使いものにならないなぁ、消耗品が少し減っちゃった。まあいいや、僕が消耗品になればいいね。」
男はにやりと笑うと、トラックに乗り込んで敵軍が迫っている地帯へと急いだ。

「あれは敵の兵か!? 止まれ!! 我々は既に防衛網を突破している!! すぐに車を止めて降伏せよ!!!!」
「やだね。これからが本番なのにさ。僕は何も怖くないし痛くない。でも、君たちはどうだろうかね?」
軍服の男はまるで子供が積み木の城を壊すときのような、楽しげな笑顔を浮かべていた。次の瞬間、トラックから放たれた凄まじい閃光と高熱が辺りを包み込み、相手の兵士は身体がいくつにも裂け、黒く焼け焦げ、それでも死ぬことができずに血の叫びを上げながらのた打ち回っていた。軍服の男の姿はもう影一つない。







 「目覚めるのです、えっこ。」
何者かの声が優しく耳を撫でる。少年はまるで心地よい夢から醒めるように身体を起こした。その視線の先には、天使のような輝きを思わせる、白い髪の女性が立っていた。

「あなたがここへ来ることを選んだということは、その命に代えても、その身を危険に晒してでも叶えたい願望があるということ。そうでしょう?」
「願望……。そうだ、俺はあの夜、『月の井戸』に……。藁にもすがる思いで……。」

「そうです。あなた方の住むカルスター王国に伝わる言い伝えの池……。月の井戸……。月光の元そこに身を捧ぐ者の願いを、その者へ与えられる試練と引き換えに叶えるという自然の井戸……。」
「でも、その試練に敗れれば、即ち現実世界でも死を意味する……。」
えっこと呼ばれた青髪の少年は、自らに言い聞かせるように呟いた。


「あなたはそれでもやるというのですね?」
「俺はローレルを助けたい……。必ず、俺が守り抜く……。助け出す……。この命に代えてでも……!!!!」
えっこは何一つ躊躇うことなくそう答えた。同時に、彼は近くに二人の男が倒れていることに気が付く。


「千波時雨、あなたは人を無差別に殺害する凶行の後捕らえられて処刑された。しかし、その凶行には訳があった。それを果たすまでは死ぬことなどできないと、そう言うのですね?」
「何故知ってやがる? アンタは何者だ?」

「『創世主』と名乗っておきましょう。」
「下らん奴だ。だがアンタの言うことは正しい。俺には帰る理由がある。まだくたばる訳にはいかないな。」
時雨と呼ばれた先程の罪人は、穏やかながら強い口調で創世主に答える。


「今度は僕の番?」
「ええ。ローゼン=フィッツジェラルド、あなたは人の命をも顧みぬ戦略の果て、自らを自爆特攻させることで敵兵を殲滅させてここへやって来た。」

「君は地獄の悪魔様?」
「いいえ、たった一つだけチャンスを与えるつもりです。試練に打ち勝てば、あなたは再び祖国の地を踏み、その手腕を祖国の発展のため振るうことができるでしょう。どうしますか?」
「やるよ。面白そうだし。」

ローゼンと呼ばれた軍服の男は、混じりけのない笑みを見せながら創世神に返事をした。創世神は、3人全員を見渡すようにして話を続けた。






 「えっこ、時雨、ローゼン。あなた方3人はこれから各々の願いを叶えるべく、ある世界に赴くこととなります。ただし、あなた方は既に肉体の死を迎えて魂だけとなっている状態。新たな肉体の器を受け取ることとなるでしょう。」
「肉体の器……?」

「ええ。それは人間ではないある生命体の身体。その肉体を操り、異世界であなた方それぞれが失った物を見つけ出す。それが最終目的です。」
「その生命体とやらは何なんだよ、とっとと教えな。」
「現地でのお楽しみ、ということにしておきましょう。少なくとも人間よりかは快適かとは思いますよ。」

えっこと時雨の質問に対し、創世主はどこかはぐらかしたような曖昧な答えを告げる。創世主はそのまま話を続けた。


「失った物って何なんですか? それを見つけるにはどうすれば……?」
「私が答えるのは簡単なこと……。しかし大事なのは、あなた方それぞれが自力で気づき、見つけ出すことなのです。」

「手がかりなしってか? ケチな女だな。」
「申し訳ない限りです。どうかご容赦を。」

「で、もしそっちの世界でも死んだらどうなるの?」
「無論、二度と人間の世界へは戻ることは叶いません。それだけの危険がある世界なのです。そんな危険な場所に赴くからこそ、得られるものは大きいとお考えください。」
「わーっ、死なないように気を付けようっと。」

ローゼンがあっけらかんとした様子で軽いリアクションをした。どこか拍子抜けするえっこと時雨。

「お喋りはここまでとしましょう。私は陰ながら見守っています、いつもあなた方と共にいます。どうかご武運を。」
創世主が初めて一向に笑みを向けた瞬間、辺りが白い光に満ち溢れ、自分の手足さえも見えない状態になった。やがて全ての感覚が消え、まるで気を失ったかのように意識さえもどこか遠いところへ飛ばされる感覚があった。







 えっこが意識を取り戻したとき、その身体は既に消滅しているようだった。意識だけが何かの中を伝うのを感じる。周りに立ち上る何か……。そして上っていった何かは、やがて弾けるような音とイメージを感じさせる。

とはいえ、今のえっこにはそれが何かを確かめる術はない。視覚も聴覚も、何もかもが失われているのだ。

やがてそれが水の中を上る泡だと分かり始めたとき、えっこの魂を何かが覆う感覚があった。やがてその感覚がより確固とした何かへと変えていったとき、意識が暗転したようだった。


「んっ……? さっきのは夢……?」
えっこはどこかに立ち尽くしている自分に気が付いた。森の中だろうか、木々に囲まれた地面は少しひんやりと涼しく、木漏れ日の間を縫うようにして風が吹き抜ける。

だが、そんなことなど吹き飛ぶある一つの事実がえっこに襲いかかる。

「なっ、何だよこの手…………!!!! 人間じゃない!!!! まさか、あの創世主の言ってた肉体って!!!!」
えっこはすぐに近くにあった水溜まりを覗き込む。木陰になっているお陰か、その水面はえっこの姿を如実に映し出し、彼に自分の変貌した姿を見せつけてくれた。

「えっ……!? これってケロマツ……!? ポケモン……!? 俺たちの世界にもいたあの不思議な生物……!? 俺がポケモンに、ケロマツになったのか……!!?」
えっこは完全に混乱した状態で、ケロマツらしい黄色い大きな目を見開いた。


えっこたちの失われた物を探す長い旅路は、今ここに混乱と波乱の幕開けを迎えようとしている。


(Continued to Episode 1...)

Aiccaud(えっこ) ( 2019/03/16(土) 13:50 )