学び舎のひととき
遅れてすいません、資料を職員室に置き忘れていました。
では、授業を始めましょう。ああ、挨拶は結構。ノートと、教科書の…ええと、535ページを開いて。
この見開きのポケモンをご存知ですか?…では、ソウカさん、どうぞ。
はい、正解です。ラプラスですね。
ではみなさん、ラプラスについて知っていることはありますか?…ええ、何でも構いませんよ。近所のおじいさんが使っていたとか、そういったことでも構いません。
…では、ミラウくん。
………ククイ博士が研究所近くの海で、《ぜったいれいど》を受け止めていたあ?
そんなバカな……いえ、………あの博士ですから、ありえないと言えないのが何とも……
…ん、こほん。いえ、何でもありません。皆さんはくれぐれも、博士の真似はしないように。
受け止めるのはポケモンからの愛情だけで、愛の鞭まで受け止めるのはスクールを卒業してからです。いいですね?
…よし。では、続けましょう。他に知っていることがあるひと、どうぞ?
じゃあ、ミウさん、お願いします。
あ、ちょっと待ってください。板書しますから。
ええっと、チョークチョーク……あれ、切らしていましたっけ。
替えってどこに置いてあります?…左の棚?……ああ、あったあった。ありがとうございます。
お待たせしました、ミウさんどうぞ。
人の話す言葉がわかる、…っと。
お見事です。よく知っていましたね。
ミウさんが言ってくれたように、ラプラスは高い知能を持っていて、ヒトの言葉がわかるそうです。時々歌を歌ったりもするそうですよ。ひょっとしたら、海育ちのうちの誰かは、ラプラスの歌を子守唄にしたかもしれませんね。
ほかには誰かいますか?
はい、じゃあユーくん、どうぞ。
氷、水タイプで、草と岩、電気に弱い……タイプ相性まで答えてくれるとは、よく勉強していますね。ですが、実はもうひとつ、弱点があります。
岩、電気、それともうひとつ…さて、なんでしょうか。
…すいません、少し意地悪でしたね。まだ、格闘タイプのことは教えていませんでした。
格闘タイプとエスパータイプ、ゴーストタイプ、悪タイプ、フェアリータイプの五つは、少々複雑なので来年の授業で扱います。分類とか、相性とか、成り立ちとか、発見までの経緯とか、ちょっとややこしいので。先生も覚えきれていません。
今は、名前だけ覚えておけば大丈夫です。
っと、授業が脇道に逸れていましたね……もとの話題に戻しましょう。どこまで行きましたっけ。
…私の婚約者ですか?
ええ、優しくて気遣いがうまくて、って違うでしょう。
なんで雑談に誘導するんですか。
そのまま惚気の雑談でもいい?………だ、ダメです。今は授業に集中してください。
で、ええと…そうそう、ラプラスの話でしたね。
教科書を……開いてる?…これはすいません、ええっと…はい、じゃあ教科書を読みますね。
『第四章、ポケモンの生態系と乱獲』。
………これ、二年生には重たいと思うんですよね…でも、三年ではこれを踏まえたポケモンとの付き合い方を学びますし、ここで必要と言えば必要で…うう、私も苦手なジャンルなのですが…。
……まず、あらかじめ言っておきますが、これは実際にあったことです。
フィクションとかじゃありません。
…で、では。
『近年見かけるトレーナーとポケモンの関係は、最近になってようやくできたものだ。
それ以前は、いったいどんな関係が築かれてきたのか。
数千年前、人間はポケモンを狩って生活していたという。今もなお食べられているコイキングやバスラオは、狩猟生活時代から主菜として食べられていたことが、当時の貝塚などから判明している。
それからしばらくして、人間と共に暮らし、狩りをするポケモンが現れる。今のポケモントレーナーとポケモンのような関係は、当時の互いに利用し合う関係とは異なるが、協力し合う体制はこのときのものが原型とされている。
数百年前、人が農業を覚え、暮らしが安定し、土地争いも落ち着いてくると、人間は娯楽のためにポケモンを狩り始めた。この時、利用し合うものとも必要数狩るものとも違う、「必要以上に狩り尽くし、一方的に狩られる」関係が生まれた。俗にいうポケモンハンターは、この時代に起因する。
この章では、主にポケモンハンターたちによる乱獲と、それによる被害の一例を主軸に、今後の課題や対処法などを勉強する。
一節、ラプラス乱獲事件。
かつてラプラスは、その背中の殻と角、そして知能の高さと歌声、個体の希少性により、非常に高値で売られていた。
そのため、ポケモンハンター、ポケモンバイヤーから密猟の対象になっていた。
ラプラス密猟により、元より少なかった個体がさらに減少。今では絶滅危惧種とされ、アローラでも保護されている。
そんなラプラス密猟の中でも、最も皮肉な事件とされるのが、「するどいキバ」騒動である。
ラプラスにはキバはない。
だが、シンオウにてとある野生のラプラスの口元から《するどいキバ》が発見された時、界隈は大騒ぎになったという。
《するどいキバ》とは、ポケモンが身に着けて戦うと、稀に相手を怯ませることが出来る道具である。
だがその効果は芳しくなく、また野生のポケモンが所持していることも少なく、入手方法が限られているため、トレーナー間では人気ではない。使い道としても、グライガーを進化させるために使用する以外の用途は発見されておらず、需要もごく少ない。
この道具が人気なのは富裕層。それも、豪邸を持っているような富豪ほどのものが、《するどいキバ》を買い求める。
それ故に、ハンターやバイヤーは富裕層に高く売りつける恒久的な《するどいキバ》の入手法を探していた。
野生のラプラスの口から《するどいキバ》が発見されたということは、今後ラプラスを狩り続ければ《キバ》も入手でき、ラプラスも売りさばくことが出来る。ハンターたちはそう考え、乱獲を一層苛烈にした。
これにより、様々な地方でラプラスの目撃情報が格段に減り、ある一時は絶滅の一歩手前まで追い詰められた。
この時からリーグチャンピオンと研究者たちによる保護活動が開始されたが、一度加速した狩猟は収まることを知らなかった。
増やした傍から乱獲されるいたちごっこが、十数年続いたときの事。
ある生物学者がこう発表した。
「野生のラプラスは《するどいキバ》を所持することはない」
詳細によると、どうやら数百頭近いラプラスを観察したところ《するどいキバ》を持つ個体はいなかったらしい。念のため天寿を迎えた個体を解剖して調べたが、牙はおろか爪のひとかけすら出てこなかったという。
念のため食事も調べてみたが、《するどいキバ》を持つポケモンを餌とした形跡はなかったらしい。また、同じ学者の研究結果より、《するどいキバ》を持っていると判明しているポケモンはハギギシリのみで、これは当時アローラにしか生息していなかったことも明記されていた。
シンオウに《するどいキバ》を持つラプラスが野生でいたことはおかしい。
保護活動により活動も困難になり、ぴたりと音沙汰もなくなったハンター業界とは裏腹に、トレーナー業界は大騒ぎになった。
野生ではなく、逃がされたポケモンなのではないか。
持ちえない道具を持っていたのは、当時のトレーナーが持たせたまま逃がしたからではないだろうか。
この事件により、かねて問題だった「ポケモンの密猟問題による生態系の崩壊」に続き、今まで黙認されてきた「トレーナーが逃がしたポケモンによる生態系の崩壊」が間接的に提示された。
たったひとつの持ち物を持たせたまま逃がしたポケモンが、その種族を追い詰めるなど、誰が予想しただろうか。
管理協会は絶滅に瀕したポケモンの保護と共に、ポケモンを逃がす際の注意点などをまとめることを提案しているが、後者は未だ承認されていない』
現在、アローラではラプラスの保護が積極的に行われた結果、ラプラスが増え過ぎ、海のポケモンたち…中でもラプラスが主食とするさかなポケモンが大幅に減っているとのことです。
……ああもう、長い…おまけに文字ばっかりで目が疲れます…
さて、ポケモンの生態系については自然系のタイプを教える際に少し触れましたが…あ、あれ。
チャイム、鳴ってしまいましたね…資料読むときっていっつもこうなんですから…
はい、起立!…ありがとうございました。
じゃあ、宿題…そうですね、資料の続きを一通り読んでくることと…ポケモンの生態系について、忘れかけている人は復習してきてください。
それじゃあまた、明日の授業で。
………え、なに、ちょっと?
…あ、しまった、出席表忘れてたっ!?
すとっぷすとっぷ皆、出席だけ取らせてっ!
「…先生って大変そうだよな」
「わふぅ」
「……聞いたことあったか、今の。つい立ち聞きしちゃったけど」
「がう?」
「…そっか。…トレーナーズスクール、履修しておくべきだったかな…」
「…ぁうっ!」
「いった!?刺さってる、牙刺さってる!……わかってる。ロトム、次の場所は?」
『ハウオリシティだロト。リーリエたちも待ってるロト、早く行くロト!」
「わかってるって、急かすなよ。じゃあ、行こうか」