第二話 救世主は世界を越える
《世惑いの迷宮》、現在B8F。
何の苦すら感じることなく、アビスとミオはすいすいと奥へ奥へ潜っていった。
その道中、いよいよやることが無くなった2匹は、暇を持て余して雑談を始めた。
「しかし、手がかり探しの旅って言っても…世界を越えないことには、どうにもならないんだよなあ」
「まあ、仕方ないよ。ランダムに向かうよりは、何かしら関係のありそうなものに当たった方が確実だもん。…アビスの元いた世界と微妙に違う世界で、アビスのそっくりさんと出会ったらやりづらい…って、こないだ言ってたじゃない」
不満そうにため息をつくアビスに、ミオが苦笑で返す。
そう、この2匹は、この洞窟にアビスの手がかりを探しに来たのだ。
異世界に通じている。その話が本当ならば、彼の出身である世界の手がかりがあるかもしれない。
正直なところ、異世界へ通じるマグナゲートをその場で開き、世界を虱潰しに探すのがいいと思っていた。が、それだとパラレルワールドばかり引き当てて何も成果を得られずに終わるかもしれない。
そのことを指摘した神々は、「元から異世界に繋がるゲートが存在する場所」を探すことを提案。
昔から繋がっている場所を探れば、確率は跳ね上がるとのこと。
「…つまり、大量のコインの山に向けてコインを投げて、どの年代のコインを投げたか探そうとしてる訳だが…元から手のひらの上に置かれてたコインから探してみろ、って訳だ。適当に拾い上げて確認するよりは正攻法だな」
感心したように呟くピカチュウ。神様なんて大抵あほかと思ってた、と言わんばかりの表情である。
別に神様が無能という訳ではないが、このピカチュウは神ですらあざ笑い、運命にすら抗ってしまう恐るべき思考回路を持っているため、こんな顔になるのも無理はない。
まあそれはともかく、異世界…で、ある。
なんともお気楽にその言葉を告げるものだ。
そんなに日常的に異世界に行けると言われても、まあおかしな奴だと笑われて終了だろう。本来。
勘のいい読者だったり、かつて僕と話し合った友人だったり、戦友だったりしたらわかるだろうが、まあその説明は後にとっておこう。
とにもかくにも、役に立つのか立たないのかわからん神様たちのありがたいような要らないような助言を受けて、アビスとミオはこの神隠し伝説のある岩屋まで来て…内側になにかあると勘を働かせ、剣撃による破壊までやらかしてここまで来たのだった。
何やってんだという感じだが、昔のアビスの二つ名に、「
迷宮破壊者」なるものがある。今では随分と柔らかくなったが、まあそういうことだ。
それだけのやんちゃする奴なんだから、昔のように「じゃあ世界を隔てる壁をぶっ壊せばいいじゃん」なんて言い出して実現しなかっただけ、いい方である。
なんて言うと、彼の性格を誤解されてしまいそうだが。
「…しっかし、これが現実なんて言われて、何度も信じられない思いをしてきたけどさ…」
感慨深げに呟く声が反響する、《世惑いの迷宮》、現在B50F。
どこぞのホラーゲームにありそうな縦穴も利用しショートカットを重ね、罠やら仕掛けやらを苦もなく解除し進んできた訳だが。
そこには、神秘的な光景があった。
渦を巻く、虹色の魔法陣。文字通りの魔法陣だった。
同心円の中に六芒星が描かれ、三重の円には判読不可能の文字列がびっしり描かれている。
いや、ちょっとだけ訂正。
本来、この世界の住民にとっては判読不可能な文字だ。
つまり。
「……日本語版の魔方陣ってあるんだな」
「バリバリ日本語だね……」
純和風の達筆で書かれた、日本語。
しかも。
「………んで、書かれてる内容が…《希望の深淵なる者らを、彼らが望む異界へ誘う》、か。…それはいいんだよ、それは」
「…なんでそのあとに、『ギャグ担当:鶴田』って書かれてるの…」
意味はわかるのだが意図が全くわからない、というかわかりたくない。
もしかしなくてもこれって意味不明だ。
一言だけ物申すなら、「こんなとこまで来てギャグやらかす奴があるか」。
ミオが何故日本語を読めるかは、当然アビスの恩恵だ。
特殊能力とかじゃなく、単に、初日に頼んだだけだが。
この世界の言語や文字を教えてくれ、代わりと言っては何だが自分の元居た世界の文字も教える、と。
…それさえ無ければ、ミオは神秘的な空気をぶち壊されずに済んだだろうに。つくづく運のないイーブイである。このピカチュウに巻き込まれたこと然り。
まあ彼女ならば、それすらも+に捉えそうだが…こればかりは流石に許容範囲を超えていたらしい。
「……なんつーか、脱力」
「…何これ、シリアスぶち壊し過ぎでしょ……」
つか、鶴田って誰だよ。
怪訝そうな表情で、二人は慎重に和風折中魔法陣に近寄る。
運命は、加速した。
ポケモンだけが暮らす世界の一角に、一匹のケルディオがたどり着いた。
人とポケモンが共存する世界で、三人一組のキャラバンが商売を開始した。
ポケモンだけが行き交う賑やかな街に、一匹のエーフィと一匹のラティアスが迷い込んだ。
だだっぴろく人の子一人見かけない草原で、一人の少年が仲間達とはぐれていた。
小さな迷宮の奥地に、常識外のリグレーらしき誰かが転がり込んだ。
広大な都市に、とある女の子を追い、白い傘の女性が入った。
ポケモンだけが暮らす小さな宿場町で、博士らしくない白衣の博士が介抱されていた。
ぼろぼろの建物と枯れ草が目立つ廃墟で、それぞれが楽器を抱えたブイゼルとピカチュウが周囲を見回していた。
小さな洞窟から、やけにテンションの高いツタージャが出てきた。
昼でも暗い森の中で、ヨノワールとおぼしき影が舞うように拳を振るった。
奇妙なテントの前で、一匹のミズゴロウが怪訝そうな顔つきをしていた。
某ショッピングモールに、小柄な少女と、男か女か分かりづらい顔つきの蒼い眼の少年と、空と琥珀のオッドアイの少女が駆け込んだ。
何処かの世界の博物館で、一人の少年が目を輝かせた。
その博物館の外で、赤毛に群青の目の少年がため息をついた。
崩れかけた洋館で、あちこち緑色の少年が必死に走っていた。
姉を追い、空と琥珀の眼の少女が、空港を奔った。
薄暗い洞窟の中で、やけに長髪で女性と見間違えるほどの少年が壁に背を預けていた。
どこかの道路で、やけに露出度高めな少女が、チンピラらしき者どもの繰り出すポケモンと拳を交わしていた。
火山の火口付近で、金髪碧眼のポケモンレンジャーが唖然としていた。
埃だらけのビルの倉庫で、三つ編みの少女が、一人困り顔を浮かべていた。
その少女のいる部屋とはまた隣で、アホ毛をなびかせる目つきの悪い少年が、壁を蹴っていた。
そしてさらにその隣の部屋で、赤がかった茶髪のタレ目少女が、暢気に欠伸をしていた。
海に沈みかけた船の上で、巨体をぼろぼろのポンチョに包んだ青年が舌打ちした。
霧に包まれた奇妙な森の中で、ピカチュウ、イーブイ、ニャスパー、リオル、ツタージャの五匹が背中合わせになっていた。
ポケモンが闊歩する街の一角で、フタチマル、キュウコン、デンリュウ、ルカリオ、ナエトル、ラティオス、ピカチュウ、フライゴンが、必死に街を守っていた。
リーダーを追い、金色の目に炎を映す少女が、小さな洞窟に駆け込んだ。
どこかの都市で、ハンチングに眼鏡を掛けた少年と、中性的な顔立ちの少女が空を見上げた。
敵は、すぐそこまで迫っていた。
心無き少年は、その目を伏せる。
我関せずと目を背ける。
彼らの運命は、破滅に転がる。
最も迎えてはならない最悪の、バッドエンドに。