第三十二話 仇と過去
side アビス
蟹とオウム貝を目前に、俺は剣を下段に構える。
さあ、守るために、戦わなきゃ。あいつらも含めて、全員を救うために。
《ドクローズ》とパルダは……ミオとローズが治療してくれるだろう。カブトプスは、俺とジャス、シークで攻撃を止めれば抑止出来そうだな……あれ、オウム貝は?
ギルドの連中と戦わせて……どうにか互角、かな。
という事で、どうにか戦えそうだ。
「ジャス、シーク。蟹の相手するぞ」
「「誰が蟹じゃあ!!」」
「「「お前らだろ」」」
綺麗にハモって突っ込む。
さあ、緊迫感ゼロ戦闘、略して零戦の始まりだ。……いや、緊迫感くらいはあると思うけど。
相手の動きを観察し、先を読む。戦闘ではこれが大きく関係する。
最初のドロウ戦で、俺はどうやらそれをやっていたらしいが……無意識で慣れなかったために、相手の先の動きが『見える』と錯覚したようだ。
今ではそんな事でもなく、相手の動きを予測出来るようになった。なった、のだが……
この蟹は、予備動作が無いらしい。つまり、何の前触れも無く攻撃出来るのだ。
観察の仕様が無い。攻撃に入りだしたその一瞬を狙いたいのだが……そんなに上手く行くのか。だって、コンマ一秒の単位で見なければいけない。
案の定、敵は何の前触れも無く両鎌を降ろした。予測も何もあったもんじゃない。
どうにか体をずらして避けると、切断された体毛がはらはらと地面に落ちた。
危ない……洒落にならない。今避けたのはほぼ勘だ。見えたとして、回避に移ろうとしたとしたら、足に力を入れた瞬間に頭から一刀両断されていた。
怖ぇー………こっからは冗談抜きで、直感と感覚だけの勝負になる……
蟹Aの降ろした鎌は地面に深々と突き刺さっている。その蟹Aを跳び箱のように飛び越えてきた蟹Bの片鎌は、地面と水平に俺を襲う。
とっさに右手の《エクスカリバー》で上に弾く。その残像が鈍く灰色に光る。しかし、もう片方の鎌は既に喉元に迫って来ている。まさかの突き。
即座に《オートクレール》の刀身を喉までひいて、防御に当てる。ギリギリのタイミングで群青の剣の刀身が鎌を受け止める。
突如、泥の塊が目の前を掠める。横からのシークの援助だ。泥の塊は蟹Bの鎌に命中。そして爆発。<泥爆弾>だろうか。ちょっと俺に当たりそうだったんだが……
泥が跳ね、視界が封じられる。勿論それは敵も同じで、蟹Bは一瞬動きを止めた。
だが、やはり予想外というか予想したくない事態は起こってしまう。先ほどまで地面を串刺しにしていた蟹Aが、またもや鎌を振り上げている。現在俺は両腕を使って蟹Bの攻撃を防いでいるのだが、体勢的にもちょっとこの攻撃は防げない。尻尾で受け止めたくても、そんなに長い尻尾でもない。
と、そこに緑の閃光が。ジャスが相手の鎌を上に弾いたのだ。その早さで、ジャスの姿は残像によって増えて見え、蟹Aは上に吹き飛ばされた。
「ふえー、助かった……さんきゅ、ジャス!」
「礼は戦闘の後に、形で返せ!」
「形?」
「具体的には、そうだな、今度どっかでおごってくれ!」
「そっちの形か!まあいい、了解!」
呑気なやり取りの間にも、蟹Bを追い詰める俺とジャス。二人のリンクした剣撃は止まる事を知らない。
洞窟の暗闇の中に、鈍い閃光が走る。
あっという間に敵を壁まで追い詰める俺達、だが蟹Bの体力は見た感じ90%は残っている。この数の剣撃でたったこれである、一体終わりは何時なのか。
天井を刺していた蟹Aが床に降り立つと、そこをシークの遠距離技が妨害する。転がった蟹Aをジャスと二人で追い詰めると、蟹Bが背後を狙ってくる。それをシークが妨害し、のエンドレス。此方の体力は毎回がくんと減っていくのに、向こうの体力は減らない。
無理ゲーキター!
攻撃にもそろそろ限界が来る。頼む、ギルドの皆…早く……
唐突に、後方で炎が弾けた。
次いで、雷が。
最後に悲鳴が。
………悲鳴?
後ろを向くと、忘れ去られていた彼らが
英雄の如く格好良く立っていた。
「ウィン、ナズナ、ミコ!どうしてこ……こ………………に………」
今更だが。
こいつら、
何時から居なかった?
ヤバい。こいつらを忘れてた。
という事で、
たった今思い出して貰えた可哀想な三人組だった。久しぶりに感じるけど、ちゃんと前話でも登場してたよ。
「アビス、誰に向かってそんなメタい発言を放ってるの?」
「視聴者の方々に決まってるだろ」
「視聴者!?何時から私たちはテレビに出てたの!?」
「間違えた閲覧者だ」
「ネット関係は別の作品で十分だからね!?」
「読者?」
「うん、それが一番妥当かな……」
勿論、現在命懸けの戦いの最中だ。忘れてはいない。
忘れないのは遊び心もですが。
しかし残念ながら、戦闘に遊び心は不要だったりする。
つまりは敵に吹き飛ばされた。「蟹どっちだか知らないけど号」が鎌で振り払って来たのだ。易々と俺の小柄な体は宙を飛び、天井に一直線。
「っ!?待て、楽しいお喋りタイムは邪魔しないのがお約束だろ!?」
「「「いやその発想可笑しい」」」
すかさずジャスとソフィア、ウォルタからツッコミが入る。
まあ、今の言葉はちょっとした場の和ませに…
空中で下らない事を考えながらも姿勢を変え、天井を蹴って床に着地。相当のダメージが入ったのを見ながら、俺は肩掛けバッグを探る。
オレンの実を早速見つけ、口に放り込んで強引に飲み込む。喉が詰まるとかは、回復しつつある体力を少々使って発動した錬金術でどうにかした。つまり、解体した。
実際、こんな事やって意味があるのか疑問に思う。オレンで回復しておいて、早速体力を消費しているのだから。まあ、時間短縮の代わりに回復体力が減った、というだけなのだろう。
ゆっくり食べさせてくれないかなあ、等とぼやきながら、俺は敵の攻撃を避ける。右に左に体をずらし、迫り来る鎌を避け続ける。避けながらオレンを食べる。少食だから、普通は一日三個が限界なのだが……錬金術で解体してるからか、回復以上の効果は無さそうだ。満腹になるとか。
そこで俺、痛恨のミス。
「の、喉詰まったっ……み、水っ…」
解体が遅れたため、オレンの実が、見事に喉に、詰まったのだ。
そのために、一瞬タイムロスを食らう。慌てて解体する。鎌が、振り上げられる。
時間が、止まった。そう錯覚した。
音が、消えた。
「ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
大音量。耳が潰れる。
何かの技だろうか、仲間も耳を押さえている。
向こう側、俺たちが進もうとしていた先の通路から、ピンクの風船が現れた。
ギルドの親方様にして、最高の探検家(らしい)……ウィリフ・カルフ。
「ウィリフ!」
「親方!」
「親方様!!」
「ウィリフさん!!」
彼は言い放った。何時もながらに読み取りづらい表情で。
「友達傷つけるなら、ボクが許さないよ……特に二度目はね!!」
その声が、蟹と貝に届いたかは分からない。いきなりの<ハイパーボイス>に、目を回して倒れていたから。
ウィリフさん強ぇ!