番外編 クリスマス
sideアビス
そういえば今日はクリスマスイブだったなあ。
と、そんな事を考えながら俺はトレジャータウンの通りを歩いていた。
そう、あの後ウィリフに言われたのだ。準備しておくから、指定した場所に来てって。
それまでにそちらも用意をしておいてくれって。
ウィリフがそう言うのなら恐らく大丈夫で、こちらは準備さえ整えればいい。そう判断した俺たちは、幾つかの班に別れて買い物をしていた。集合場所はパッチールのカフェだ。
他の皆がどこに何を買いに行ったのか、はっきりとは覚えていない。俺とミオがトレジャータウンを彷徨いていた、という漠然とした事実しか、覚えていない。
しかしそれは、ある意味、俺にとって重大な出来事だった。
サメハダ岩は、トレジャータウンの突き当たりにひっそりと存在している。
そこからまっすぐ、途中の小さな橋を渡って進むと、店の群れが途切れ十字路と水飲み場がある。
そのすぐ脇に、地下に延びる穴があり、その先には最近出来たカフェがある。
皆は殆どのお使いを引き受けてくれた。ので、俺がやることといったら懐かしいギルガルドの職人さんと少し会話をしてから道具のスペックを確保することだけだった。
青いのにちゃんと熟しているという、未だよく分からない存在のオレンの実を幾つか買い、それで俺のお使いは終了。俺たちは《希望の深淵》プラスコラボチーム、という特殊なチームなので、持てるアイテムの幅も大きい。しかし、ソフィアは<癒しの波動>を習得している。俺がコピーすればさらに回数は増える。ので、必要な回復アイテムは予備のオレンとPPマックス程度なのだ。
かなりの反則級の力を持つ俺らだが、やはり弱点がある。というかハンデ。
俺は錬金術とその代償のHP減少、コピーとその代償の精神的消耗。ミオは未だ分からない部分が多い。ソフィアは<時空の波動>とその反動、ウォルタは姿の切り替えと技数の制限。アウラとティアラは伝説だが、どちらも過去にちょっとしたダメージを負っている。クオンは<サイコキネシス>しか使えないが、その応用力は半端ではない。ミコは<オービダルサンダー>があるが、<ボルテッカー>の劣化なので使い処が難しい。ナズナは、かなり強いのだがやはり漫才要素が滅茶苦茶に強い。ダイヤは恐らく完全に反動とか無さそうだが、<Vジェネレート>という反動が大きい技を持つために結局は同じ。
このハンデさえどうにか出来れば良い訳で、実際にはそこまで大きいハンデでもないために、やはり道具の必要性は分からない。
ともかく、やる必要性が問われそうなお使いを済ませ、暇なのでカフェにでも寄るか、なんて考えたのだ。
カフェは、何時も通りの賑わいだった。
世界はあと数日です、と言われているのに暢気なものだ。否、言われているからこそここで陽気に振る舞うのだろう。だとしたら、なんと心強い。
とりあえず、パッチールのマスターにリンゴと黄色グミのミックスドリンクを頼んで、一番近かった椅子に座る。最初の頃は珍しい顔だったからか他からの目線が気になったが、今ではすっかり慣れてしまっている。
しばらくしてマスターが薄い黄色のシェイクを持ってきてくれた。お礼とチップを出して、のんびりとシェイクをすする。とても甘く、その中で際立つ僅かな酸味が舌を心地好く痺れさせる。否、痺れたのは比喩だが。
皆との集合場所はここにしておいて正解だった。と、チリン、という音が店内に響いた。
店のドアについている鈴が鳴ったのだ。誰も出ていった様子はない。誰かが来店したのだろう。
「アビス!ここに居たんだね!」
それは、とても馴染みのあるソプラノの声。可愛いイーブイが俺を見て走って来た。
…店内で走るなよ…
それはともかく、薄桃色のスカーフを首に巻いた彼女は、俺の隣の席につく。スカーフに付けられた虹色に輝くオーブが、店内の明かりを反射する。首元から斜めに掛けたバッグが揺れる。
息を切らしたイーブイ…ミオは、俺の顔を見上げてくる。
「探したよ、ホント…」
そう言いながらマスターにグミを渡す彼女。
どうやら俺を探してトレジャータウンを走り回ったらしい。俺を見る嬉しそうな顔に、こちらの頬も自然と緩む。
「手間をかけさせちゃったみたいだな」
そう言い、そっとミオの頭を撫でる。ふさふさした感触が伝わる。
「ううん、大丈夫!」
撫でられながら気丈に笑うミオ。
しばらくして、ミオのドリンクも届いた。暫しの静寂が、俺とミオの間で生まれる。
…そういえば、ミオと二人っきりって何時以来だっけな……
下らない事を考えながら俺はミオを見る。
と、ミオが不意に斜めに掛けたバッグの中を探りだした。
何だろう、いきなり。
と、取り出したのは…
長い、少し細目のまっすぐな剣だった。
……物騒な。
それをミオは、俺に差し出してきた。
「……クリスマスプレゼント」
小さなその声は、俺の耳にしっかり届いた。ミオの頬が紅潮する。
か、可愛い!!
「ありがとな」
自然と出来た微笑みを相手に向け、その剣を受け取った。
大きさは俺の《エクスカリバー》と同じくらい。抜くと好きな長さに伸びる機能も同じだ。しかし、こちらの剣は刃が灰色がかった水色だ。僅かに細め、だろうか。
すらりと抜いてみると、刃に何か彫られている。
ええと…《オートクレール》、か。どこかで聞いた名前だ。確か、清く高らか…とかいう意味を持っていたと思う。
革の鞘に改めて納め、腰に差しておく。これで二刀流だ。錬金術が無くても。
しかし、貰いっぱなしも嫌なので、俺からも渡す物があったのを思い出した。
随分と前に手に入れた宝石。夜の内に少し磨いたら、輝きはさらに増したそれを、ミオに差し出す。
何時だったか、最初の探検で手に入れたもの。ダイヤとムーンストーンの合体している天然の宝石。
「俺からもプレゼント」
それをすっと差し出すと、ミオはさらに赤面して受け取った。
その宝石の裏の方に彫っておいた文字に、彼女が気付くのは何時だろうか。
ふとイタズラをしている気分になり、くすっと笑った。
それに気付いたミオが、怪訝そうな顔をしてこちらをみる。
「何、アビス?」
「ああいや、何でもないよ」
笑って誤魔化す。怪訝そうな顔は緩めたものの、ミオはまだ少し気にしているようだ。
──俺が、ちゃんと守るから──