第三十話 さあ、バトルスタートだ
side アビス
ギルドの入り口では「彼ら」が待っていた。
アウラ・ウァールス、ソフィア・レイシア・フィルシリー、ウォルタ、ミコ、クオン・リッケンドルフ、ナズナ、ダイヤ・ウィスプ。それぞれが三つずつ群青に輝く歯車を抱えたり背負ったりしている。
どうやら、自分たちの世界に入れたらしい。
と、彼らの横の方に見慣れない二人がいた。二又に分かれた尾を持つポケモン、エーフィと額に黄色く光る輪が目立つ黒いポケモン、ブラッキーだ。
「アウラ、この方達は?」
「他の世界の抜け道を提示してくれた方だ」
俺の問いに答えたのは、なんとパルダだった。
「答えろオウム。お前が何故知ってる?」
「たまには頑張れという作者様からのありがたいお気遣いだ」
スルーすべきと判断。ちょーしにのりやがってー。
で、名前は…
「イオタ・ハートよ」
「カイ・ハートだ」
エーフィとブラッキーがそれぞれ名乗る。ソプラノボイスとやや低めのテノールボイスだ。兄妹、だろうか。というか先回りされた…
名乗り返すのが礼儀、と思い、話しかける。否、話しかけようとする。
「俺は…」
「アビス・ナレッジだろ?良く知ってる。君のやった事、これからやる事、それらを俺たちは知ってる。希望の深淵のリーダー、俺らの誇り。っと、言っちゃあダメだったね」
カイと名乗ったブラッキーが途中で遮り、意味深な台詞を投げてきた。一体…こいつらは…?
でも、それを言及する前に。
「で、他の世界…って?」
まずはそっちから片付けなきゃな。一応は知っとくべきだろ。
と、好奇心旺盛な俺が考えたら…
「…いや、企業秘密」
「ごめんね。決まりだから…兄さん、そろそろ行こう?時間だよ」
「ああ。そうだな。…という事で、失礼するよ。また会おう」
謎多き兄妹は階段を降りて行った。説明放棄ですか!?
と、いきなり光の束が天を貫いた。
「!?」
何が何だか分からずに階段まで駆けた。追いかけた。するとそこには、光の渦があった。
イオタとカイは、その光の渦に入っていく。二人が入った、と思ったら、その渦は逆再生でもしているかの如くしゅばっと窄み、消えた。
後には、渦が消える際に起きたのであろう風の痕跡…渦のような形になった砂しか残らなかった。
何がどうなってこうなったんだ?
謎が謎を呼ぶ。
今現在の謎の数、総勢186(推定)。どれもなかなかに解決しそうにないな。
「ふぅ、アビス!戻ったぞ!」
その時、軽快な足音と共に懐かしい声が。ジャスティスとローズが戻ってきた。
階段を駆け上がる彼ら。ジャスティスの腕には見覚えのある歯車が。
「集めたのか。良かった。後はウィリフだな」
「ああ。<幻の大地>の場所だな」
ピースは揃ってきた。あとすこし、あとすこしだ。
「そうだ。あとすこしでキサマらの命運も尽きる…」
?
「ここでキサマラを倒せば…私が倒され、未来が消えるあの未来も取り消される…」
え?
どなたですか?
ぎぎぎっと音をたてそうな振り向き方をした俺の目には、ギルドテントの後ろから出てきた中年ゴーストの姿が。心なしかボロボロで痩せてる。
……………………………………………………………………………………。
マジですか。
何故かボロボロ度200%増し(当社比)のフィストを前に、全員が固まった。
「ぐっ……」
「っ……………」
「〜〜〜〜〜っ…」
「「うぐ……………」」
「……………」
「「っっ!!」」
アウラが、ソフィアが、ウォルタが、ミコとダイヤが、クオンが、ナズナとティアラが、言葉を失う。
アウラは身を屈めて戦闘体勢に。ソフィアは眉をきゅっと寄せつつ後退り。ウォルタはウォーグルとなって羽を広げて威嚇。ミコは頬から火花を散らせて警戒体勢。ダイヤは既に波動弾でお馴染みの両の手を腰元にぐっと下げるモーションで炎の塊をチャージ中。クオンは両手を前に突きだし戦闘の構え。ナズナは多少慌てるものの、素早く手を畳み相手を殴るために構える。ティアラは…兄の後ろまで行ってから臨戦体勢に。
ジャスは後ろに跳躍しながら草の剣を抜いて相手を睨み付ける。ローズは身を強ばらせ時を止めるためのモーションの準備。
パルダは…どこ行った、アイツ?
俺は腰を微かに屈めて刀に手をかける。しかし、峰打ちか柄での攻撃以外は使えそうにない。精神的に。
ミオはじり、とソフィアに寄るように後退りした。歯を喰い縛るその顔をみて萌えた。
可愛い!
持って帰りたい!
残念な事に、持って
帰ったらフィストに背を向けてサメハダ岩に向かうかフィストに突撃してギルドに入るかの二択になるんだが。どっちにしろフィストは相手にしなきゃいけないらしい。
最悪だ。フルボッコにしてやらんと。
つるみさんからのリクエストにお答えして。
この物語の最大の被害者とまでは行かずとも。
この物語で最も悲しい奴とまでは行かずとも。
この物語で最高のフルボッコにしてやろう。
覚悟だ、メタボゴースト・フィスト。
先陣を切ったのはダブルラティ。その音速級の速さに沸き上がった砂煙が視界を妨げる。
砂漠でもないのに、砂嵐状態。どこから持ってきた、この砂?
目に入らないように右腕で目を庇う。コートやスカーフに覆われていない顔に砂が当たって地味に痛い。
砂とすぐ近くの者しか見えない中で、ぐぎゃあとかうがっとかの悲鳴が聞こえた。
砂の乱舞の中で薄紫の光が走り、二つの流線型の影が大きく太った影の周りを舞い踊る。
<ラスターパージ>。ラティオス・ラティアスの専用技。光を放出し敵を攻撃する、はずなのだが…彼らはそれを腕に纏い、剣か何かのように扱っている。
薄紫の光…<ラスターパージ>の腕装備版は、着実にヨノワールの巨体にヒットしている。
ここで指をくわえて彼らの活躍を見ている訳にもいかない。否、はっきりとは見えないけど。
「<水平斬り>!」
未だ舞う砂を切り開く斬撃。地面と水平に砂の床が完成し、刹那、風圧で砂煙が吹き飛ぶ。
その向こう側で、アウラとティアラがフィストと闘っている。二対一では分が悪いだろう。しかし、フィストも実力者。闇の塊をラティアスラティオスの急所を的確に狙って撃っている。フィストの<冷凍パンチ>を避けたティアラの胸元に<シャドーボール>がヒット。吹っ飛ぶ妹に気をとられたアウラの顔面にまたもフィストの<冷凍パンチ>が炸裂。吹き飛ぶはずのアウラ、しかし拳の冷気によってパキパキと氷に覆われ、フィストの拳丸ごと凍り付く。フィストが手を開くと、拳が氷から解放された。飛び散った小さな氷が光を反射してキラキラと光る。
まさかの瞬殺。ティアラは地面に叩きつけられてピクリとも動かず、アウラは一つの氷の塊と化してごとりと地に落ちる。ティアラの苦しそうな表情とアウラの氷越しの悔しそうな表情に胸が痛む。
「く…ウォルタ、ダイヤ、ミコ、ナズナ、ジャス、突っ込んでくれ!ミオとソフィア、ローズは援護を!チャンスは作る!」
半ば叫ぶような、怒鳴るような口調になりながらも、どうにか指示して駆け出す。
得物を持ち、尚且つ錬金術による盾の形成が出来る俺なら、近づける。
そう考え、フィストの懐に潜り込む。
一瞬の動揺というのは危険だ。フィストは、その一瞬のために彼らから目を離してしまっていた。
そのまま素早くフィストの脇を潜り、若干斜め上に跳んだ所を。
ダイヤが全身を燃え上がらせて突っ込む。ウォルタが翼で斬りつける。ミコが体全体から超高圧電流を放ちタックルする。ナズナが爆弾化した種を投げつけ、ジャスティスが草の剣を振り抜く。ブラッキーとなったミオの放った悪意の塊が味方の間を潜るようにしてフィストに迫り、そこに追い付いたソフィアの蒼い波動が合体する。さらにはローズの深緑のエネルギーの塊が合わさる。
<Vジェネレート>が、<エアスラッシュ>が、<スパーク>が、<種爆弾>が、<リーフブレード>が、<悪の波動>と<水の波動>、<エナジーボール>の合体技・<暗黒水葉波>(命名アビス、厨二ではなく見たままに)が、フィストの体を、体力を、奪っていく。
今なら。
しゅたっと着地し、素早く駆け出す。着地地点はつるみコラボ組の隣。
「ミコ!ナズナ!お前の作者さんの要望だ、お前も協力しろ!」
「う、うん!」
「わ、わかった!」
俺の怒鳴り声にひきづられるように駆け出す二匹。その位置が、条件が、満ちた。
行くぜ!
「<キノコの胞子>!そして<マッハパンチ>!」
「「<W・オービダルサンダー>!!」」
日の光を受けて白くうかびあがる胞子を俺とミコに纏わせるナズナ。勿論作戦だ。
微かに動きが鈍る俺らを押し出すようにして背中を全力パンチ。…かなり痛かったが、激励と捉えておこう。
その勢いのまま、凄まじい電気と共にフィストに突っ込む。その途中で俺は地を蹴って跳躍。上と正面から、超超高圧電流の突進がフィストに牙を剥く。
命中した瞬間、辺りが<フラッシュ>でも使ったかのように光った。その眩しさに、全員が腕を使って目を覆う。腕が無い者は前足。
「ぎゃー!!ぎゃー!!」
…例外其の一。ナズナ。手が短すぎた。目に向かってジャブは無理だったようだ。
いや、伸びるはずか。でも何故…
まあ、彼女の性格だ。忘れていたのだろう。
「ぎゃー!!ぎゃー!!」
……例外其の二。パルダ。心配になって戻ってきたらしい。まあ、不意だったしな。どちらの事が心配だったかはパルダの名誉のために黙っておこう。
光の残像が薄れてくると、俺とミコの足元にヨノワールが転がっていた。両手を掲げた降伏の姿勢で、ピクピク痙攣している。<キノコの胞子>の麻痺効果だろう。もしかしたら特性の<静電気>かもしれないが。
地のカラーで分かりづらいが、体は真っ黒焦げ。惨敗にしては酷いが、表面上の火傷だろう。酷く見えるが、敗因どころか体力の僅かな減少程度だ。
いや、手加減出来てよかった。ミコのオリジナル
工具技、<オービダルサンダー>は<スパーク>の強化版、<ボルテッカー>の劣化版。その火力は<ワイルドボルト>をも上回る。しかも、追加効果で麻痺の可能性もある。それを二回も同時に受けて無事で立っていられるというのも奇跡的だ。
突進する際にブレーキをかけたのも幸運だった。予想外な事に、重力の影響を僅かに受けて僅かであるが加速したのだ。あのまま貫通なんて洒落にならない。
結果として、ぶつかる際にエネルギーの三分の一ほどを光エネルギーに変え、フィストのHPジャストまで削ったのだ。変えた光エネルギーでナズナやパルダが失明していたら土下座しなければな。
そんなくだらない事を考えながら、ギルドの入り口側に振り返る。
そこに仁王立ちしている親方から、最後のピースを貰うために。