第二十九話 急がば真っ直ぐ もしくは世界観の転換
side アビス
大空サイコー!
おっと、失敬。
今俺とミオはラティアスのティアラに乗って<世界のへそ>まで行く途中だ。
低空飛行で何かにぶつかるのは避けたいため、しばらくは高い所を飛ばなきゃならない。
という事で。
遙か下には森や林、海や氷河、砂漠に崖等があり、ミニチュアのような街やポケモンが点在している。
自分が大きくなったか、世界が小さくなった感じで面白い。
上空というのもあってか、少し強めの風が顔をうつ。それすらも新鮮で心地よい。
雲が足下を走っていく。時々足でそれを裂いてみるのもまた面白い。
太陽は丁度真上から今まで以上に強く照っている。肌がじりじり言いそうだが、やはり爽快だからか不快さを感じない。
不快さといえば、ミオの後ろからしがみつく温もりも心地がよい。
暑苦しくなく、風で冷え切ったからだをほんのり暖める太陽と違った温もりに、今はすがりたかった。
ああ、空ってサイコー。ずっと飛んでいたい。
広くなにもない空間。自由を感じさせる空間。降りたくない。
けど、今はこの世界が先決だ。自分を叱って、ティアラに指示する。
「そろそろ降下して」
「うん、わかった」
しばらくして、「ゆっくり」という語句を入れ忘れたことに気づいた。
いきなり落下。ほぼ90°。顔の周りを風と雲が後ろへ翔び上がっていく。
「ーーーーーーーーーーーー!」
声が置いてきぼりだよ!うぎゃーって叫べないよ!否、うぎゃーは冗談だけど。
そして急停止。…停止ではないか。がくんと衝撃を受けたと思ったら、再び地面と平行に飛んでいた。
舌噛むよ……
超高速で流れる景色。そこに一つの川が見えた。
「これを辿れば十字路に着く。ティアラ、もう一息だ」
「う、うん!」
実際は飛び足りないのかも知れないが、やはり疲れているのか素直に頷く。
川に沿って目線を動かした俺は、山の向こう側に何かを見た。
それに気づいたらしいミオがぽつりと呟いた。
「氷の………城……………」
そう、まさに氷の城だ。
土星の輪のような、ギギギアルの輪のような周囲の輪はゆっくりと回転している。
土星なら星、ギギギアルなら本体がある部位には、漢字の「山」のような形の氷の塊。
美しさと形状、そしてここからでもかなり大きく見えるために城と呼んだ。
が、その大きさと迫力たるや、山や城の類で表せるものではない。
これを見ていたら、伝わるはずのない冷気が首筋を撫でるのを感じた。ふと頬に触れると、冷や汗でぐっしょり濡れていた。
この時俺は、言いようのない不安と寒気に駆られた。
今にあの城で嫌な事が起こる、そんな嫌な予感がした。
ティアラが着地したのは、洞窟の前だった。
若干暑い。熱気が俺たちを襲う。
「うぐう…暑いっつうか、熱いな…」
そう、「熱い」。入り口に立つだけで凄まじい熱気だ。
コートを腕に掛けながら俺はぼやく。
その体中から汗が出てきそうだ。残念な事にこれは
ゲーム、HPしか減らない。汗は出ない。
…残念ながら、俺のこの台詞は数行後に覆されるのだが。最悪な形で。
まあ、メタい発言はともかく。
今は歯車の回収のために頑張らなきゃ。
でも、やっぱり弱い気持ちがある。
「あのさ。入る?」
し、しまったあ!!
しまりましたっ!!
うっかり言葉が乱れるほどにやってしまったあ!
入るか、なんて聞くのは帰れるんだよ、っていう悪魔の誘惑も含んでる。
この熱気を突き進むのに悪魔の誘惑は相性最悪。
俺の頬を、額を、汗が流れ落ちる。
しかし、熱気のせいなのか寒気のせいなのかはわからない。
どっちもかもしれない。
非情に残酷な問い。こう言われると帰りたくなる。
でも、ここにいる女性陣は強かった。
「世界が滅びるくらいなら、こんな熱気我慢するよ」
「こんなとこでへばる訳にもいかないしね」
これを聞いて、安心した。こいつらは大丈夫。
さあ、クソ熱いダンジョンに向かおう。
「よし…行くぞ!」
熱い。
それだけで体力が減りそうだ。否、減っているかもしれない。
この
ゲームの中の俺らは、HPゲージを見られない。感覚だけで判断するしかない。
と、次の瞬間。
いきなりとびかかって来たドクロッグを避け、すれ違い様剣で斬り伏せる。
ここまでは、何時もの光景。
しかし、その後ろが問題だった。
幼いグレッグルが、こちらを睨んでいる。憎悪に満ちたその目…それは、強くこう語っている。
「よくも…母さんをっ……殺したなァ!!」
殺した?
俺が?
見ればドクロッグは血の水溜まりの中で動かない。
でも。
まさか。
本家で言えば瀕死ってだけだろ?
ゲームだから倒しても大丈夫だろ?
ただのデータだろ?
ただのNPCだろ?
倒すべき敵キャラだろ?
…否、分かっていた。
頭の隅では、分かっていた。
この世界は、今の俺にとって現実だ。
紛れもない、
現実。
この世界では、今までのようなオーバーキルは死に直結する。
今まで俺は、殺していた。
命を的にして、殺していた。
何故やってしまったのだろう。
何故やり過ぎてしまったのだろう。
何故。
何故。
答えなど、出るはずがなかった。
「アビス!危ない!」
っ、しまった。
俺を睨み続けていたグレッグルが、動いた。
その手が紫に染まる。
<毒突き>。
咄嗟に避け、先程と同じ動きをしようとして…躊躇った。
一瞬の躊躇。それは、反撃するには最高のタイミング。
動きを止めた俺に、グレッグルが襲いかかる。丁度ミオとティアラは別の敵団体客のお世話で忙しそうだ。
「え、<エレキショット>っ!」
咄嗟に相手を指差し、普段より弱めの電気を撃つ。
グレッグルが吹っ飛ぶが、倒れる様子はない。
でも、倒しちゃ不味い。どうすれば…
とりあえず《エクスカリバー》は鞘に納める。と、相手がまた捨て身でとびかかって来た。
屈むようにして避ける。相手が頭の上を通過する。
すかさず立ち上がると、相手の首筋が見えた。
「<スタンガン>」
咄嗟の判断で、そこに人差し指と中指を当てて電流を流す。
バチィ、という音が響いた。
どさっと音をたて、相手は倒れた。
殺さずに、済んだのだ。
その後、まあ色々あって、中間地点も過ぎ、雰囲気からするに最後の階だな、という場面で。
お馴染みモンスターハウスに遭遇した。階段は、その一番奥。ハウス一歩前の通路で立ち止まり、ミオ達にとりあえず告げておく。
「ミオ、ティアラ。倒すなよ。進む事最優先だ」
「…?わ、分かったよ…」
「え…?わ、分かりました…」
変化に困惑しているのだろう二人はそれでも、俺を信用してくれている。
さて。モンスターハウスだが。
少し狭い、弟子部屋程度の大きさの広場。この世界ではありふれている。
そこに「何で全員入れるんだよ!満員電車も真っ青だよ!」って程のポケモンご一行。
具体的?ムシャーナが三体、ドリュウズが二体、ムンナとドクロッグは五体。ゴルーグまで四体もいる。
合計で十四体。多い。この部屋には多すぎる。
そして、ハウスお約束の罠。絶対、床全体にあるパターンだ。勘だけど。
この中を突き進まねばいけない。
よし、覚悟は決まった。
「よし。行くぞ」
そう言い、駆け出す。慌てて付いてくるミオの足音とティアラの風を切る音を捉える。
「ティアラ、ミオを乗せてくれ」
その指示に従ってくれたらしい、何かが地を蹴って飛ぶ音がした。準備完了。
部屋に入った瞬間ジャンプ。バッグの中の<石の礫>を2つ取りだし、一つを奥にいるゴルーグの足元に投げる。
カチッ。スイッチに礫が命中、トラップが大爆発を起こす。
その爆風たるや、ウルガモスの熱風の如し。
すかさず<ダイヤシールド>を展開し、爆発と第二波を迎え撃つ準備。
予測通り、ムンナ達から超能力の刃が。
爆風と<サイコカッター>をシールドで凌ぎ、使用済みダイヤを解体して二酸化炭素にしておく。この行為は、まあ後で地球愛護団体にお詫びしてから二酸化炭素を炭素と酸素に戻しておくことでチャラとしておこう。
と、シカトされていたドクロッグご一行が襲いかかってきた。
その脇をすり抜けるようにして走る。サッカーならば五人抜きの大歓声。勿論、ボールなど持っていない。
代わりに、超速で駆け抜ける事が出来るように足に微弱な電流を流しておいた。
駆け抜けた場所から罠が発動するが、俺にとびかかって来たドクロッグご一行に被害が行く。俺の速さに罠が追い付けないのだろう。
泥まみれになったり、他のポケモンに恨みの目で見られたり、混乱したり、道具から変化したポケモンに追われたりしている。
そこにさらに混乱の一手。ゴルーグが足を踏みならした。
大きな振動。舞い上がる砂埃。いつの間に潜っていたドリュウズ達が炙り出される。罠が次々作動する。
しかし、その前に階段にたどり着いた俺には、被害は来なかった。
勿論、俺と同時に階段を降りたティアラ達も。
階段を降りたら星空だった。
洞窟を降りてきたから地下。普通は星どころか太陽すら拝めない。
なのに、満天の星空。
足元は岩の塊のようだ。その周りには、何故か石が浮いている。複数。ストーンズ。
正直、何なのか分からなかった。
しばらくして、気がついた。予言だか暗号だかの一文。
「最後の一つは世界の中央…小さな宇宙がある丘に…」
世界の中央は、この<世界のへそ>だろう。ゲス君の情報では、ここは<宇宙律の丘>ということになる。
ここに歯車がある。
Mrゲスの情報その弐からは、ここには願いを叶える事が出来るらしいって事がわかった。
最初は神社みたいなポジションかと思ったが、どうやらこの気配的に違いそうだ。
安全ならば百パーセント叶える、そんな感じ。
それはそうとして。
岩の先端のほうに、群青の歯車があった。
しかし。
「どうやって取ろうか」
そう、先端。地味に宙に浮いている。
絶対に落ちるって。
「ええと、これでいいのかな?」
気付いたら、ティアラが持っていた。ラティアスだったら出来るしな。って、なんかもっと捻らないの?ミオがニンフィアになるとか、俺が<サイコキネシス>やるとか。
って、言ってる間にあの現象が。
じわじわと時が止まっていく。上空の星が光を失う。
「そ、それでいいから脱出だ!」
バッジを出して起動。
光が俺たちを包み、その場から離脱。こんなショートカットでいいのだろうか…