第二十六話 受け入れられるかよ
side アビス
心地よい風が鼻をくすぐる。潮のにおいだ。
背中の布と毛皮越しに砂のざらざらした感触。腕には多少の砂粒が付いているだろう。
そして、冷たい何かが頬に触れる。
「…え?」
それに触れてみると、それはさっと消えた。後には水滴が。
「……雪?」
目を開けると、そこには灰色の空の中で舞い踊る雪が。視界いっぱいにあった。
重い体を起こすと、既に周りには白い絨毯が被さっていた。
ミオと出会った海岸。その風景は一変していた。
岩が全て上からシナモンをふりかけたチョコスイーツのようになり。
砂浜は既に真っ白に模様替えされている。
今は…日が出ていないが、朝だろう。広場が下準備に忙しくなる声がする。
「ひくしゅっ…」
かなり可愛いと形容出来るくしゃみ。もっとも、俺自身そんなの嫌だけどな。可愛いとか言われるのは…
ここまで考えていて寒さを忘れていた。ゆっくり立ち上がり、肩に羽織るだけだったコートの首もとをしっかり握る。
えーと…俺は…
<時の回廊>に飛び込んで…
そこまで思い出して気づいた。仲間は?
慌てて周りを見渡す。右に海、背中側5,6メートルに崖。前回と寸分違わぬ場所。
ミオは俺から1メートルと離れていない位置。ジャスティスとローズは砂浜の中央の方。ウォルタとソフィアは…既に起きあがってこちらを見ている。ジャスティス達の向こう側だ。
「メリークリスマス、アビス」
「ホワイトクリスマスだなんて、洒落てるね〜。こういうのって良いよね〜」
そこまで聞いて俺の頭がやっと動き出した。
そうだ、今日は…ローズの言うとおりに時間を超えていれば、クリスマスイブだ。
ローズ曰く、「時間を超えた時に自分が二人いちゃいけないから…手っ取り早く行動するなら、貴方達が時間を超えた翌日に行くはず」だそうだ。
「うう…っくしゅん」
足下から声。可愛らしいくしゃみ。
忘れていた…
自分のコートを脱ぎ、そっと今目覚めたミオに着せる。
「あ…ありがと…アビス、寒くないの…?」
少し大きめのコートに埋もれるような格好で立ち上がりながらミオが聞く。
「心配しなくても大丈夫だ。寒くない」
…嘘です。凄く寒いです。ミオがいなかったら全速力でお家に帰ります。
でも、ここで帰ったらどうなるか…それがあるから帰らない。震えも見せない。
歯を食いしばる。念じると、体が仄かに暖かくなる。錬金術で体を保温してる。が…
体力減るんだよ…
この状況が終わって欲しいと思ってから数時間後。
「あれ?アビスじゃん。お帰りー」
気軽な声。見覚えのある白と水色のリスが駆けてきた。
久しぶりだな。えーと…
「…どちら様でしょうか?」
俺の言葉に、何もないところでそのパチリスはずっこけ、顔面から雪にダイブした。
「何で忘れてたの!」
「分かったから怒るなって。ミコ」
「絶対わざとでしょうがっ!」
「俺は技の<ど忘れ>は使ってない」
不毛なやりとりをしながら歩く。ジャスティスとローズは出迎えてくれたアウラとティアラが乗せてくれた。
俺たちはギルドまで来た。来た、んだが…
パルダが玄関で待っていてくれた。
「パルダ、出迎えか?」
「お帰り、よく帰ってきたね。…まあ、それもあるが…」
パルダの声には凄く微妙な響き。
顔…苦虫を10000単位で噛んだ表情。親方関連+探険家関係だな。
仕草…落ち着きがない。今も焦っているようだ。
そして滅多にない「パルダが外にいる」理由…ジャスティスを見ても驚かない理由…
「…パルダ、中は…」
まさかとは思うが、といった感じで恐る恐る切り出すウォルタ。
「探検家で溢れてるよ。皆、必死で色々探してる」
何を?…そこまで考えて思い出した。彼らは、アウラやミコ達は現代に残っていたことと真実を知っていたこと。
「アウラ、ティアラ。お疲れ」
精一杯の敬意を込める。勿論、ミコはわざとはずした。食いつくだろうな、と考えて。
「何を今更…」
「どういたしまして」
「ちょい、絶対わざと外してるでしょ!」
照れる兄妹の竜と怒るリス。
「ミコもありがとう」
ここで“も”を敢えて強調する。
「“も”って何よ“も”って!」
そう怒りながらもまんざらでもなさそうなミコ。
「…で、クオンは…?」
「…中だ。呼んでくる」
そう言ったアウラの表情は複雑だった。
「空いている場所を探す、っつったって…」
「…ギルドは混んでるから…」
クオンは茶色い大きめのコートに身を包んでいる。
寒いだろうな。
ここはカクレオン商店他様々な建物が林立する商店街。
どうやら、何か手がかりを見つけて…話し合いたいのだがギルドは混んでいて入ることすら難しい状態、と。アウラが渋るわけだ。クオンは中にいて、中に入るのは難しかったから。
それでどこかはなせる場所…俺はこの世界に関しては疎いからな…
「…………岩なら」
ミオが何か呟いた。岩?海岸にたくさん転がってたが…
「ミオ、サメハダ岩って?」
ソフィアは聞いていたらしく、ミオに質問する。
「この商店街、真っ直ぐ行くと海が見える崖があるでしょ?そこの近くに隠し部屋があるの」
隠し部屋…
「ミオ、そこに暮らしてたとか?」
「えっ、何で分かるの?」
隠してあることを当たり前のように言う場合、そこに住んでいたパターンがあるんだが…敢えて口には出さない。
「まあ、いいや。ともかく、そこなら大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか分からないが…ミオの案内で、隠れ家《サメハダ岩》へと向かった。
《サメハダ岩》は五つ星クラスの隠れ家だった。
崖周辺の草むらの中、地下へと通じる通路があった。
サメハダーの様な形をした、崖からそり出した岩。その中の空間が隠れ家となっていた。
通路を降りると、まず目に入るのが大きな窓。サメハダーの口にあたるであろうその窓からは、水平線までくっきり見えた。
サメハダーの背びれがあるであろう場所が入り口。背びれ側は幾つかの個室に繋がるドア。
入って左側には設備の整ったキッチン。シンクの隣には大きな冷蔵庫まである。
入って右側にはテレビや座布団などがあるリビング。まだかなり何もないスペースがある。
テレビの隣には藁のベッドが複数重ねてある。予備にしては多い。
それとも、ここまで大人数で来ることを予測していたのだろうか。
それはともかくとして、ここは何故か暖房が効いていた。
そこそこ暖かく…風呂の丁度良いぬるま湯のような感覚だ。
それでもコートは脱がず、リビングに当たる場所まで歩く。
他の皆も、リビングの円いテーブルに集まる。
それぞれが周りにベッドを用意し、そこに座っての報告会が始まった。
「まずは俺だっけ?」
一応リーダーの俺が切り出す。
「まず、第一に。俺の推測というか読みというかは当たってた。第二に、時の歯車を然るべき場所…つまり<時限の塔>に納めなきゃいけない。第三に、フィストらご一行に俺の正体…元人間かつ未来出身の<時空の叫び>使える者だってのをばらした。これでこっちの手札も少なくなっちまった」
ここまで言い終えると、ベッドにあぐらをかいていたジャスティスが腕を組む。
「…信じられないな…俺の知っているアビスは人間。ここのアビスはピカチュウ。だが…性格とこの思考回路は全く同じだ。他に証明出来ることは?」
証明、か。
「残念なことに俺は記憶喪失。名前と元人間って情報しか無かったんだ。ただ…<時空の叫び>を使える。それと…あの<黒の森>、あそこで前に…俺が人間だった頃にもああいう風に追われたろ?それに水晶の洞窟やらも行ってきた。既視感、デジャヴだ」
証拠かどうかは別として、ジャスティスは信用したようだ。
「で、収穫。ここのW草タイプとフィスト御一行の恨み。あと、事実の一部分。ジャスティス、<時限の塔>に行くには?」
蜥蜴は素早く応える。
「<幻の大地>を見つけよう。そこから<時限の塔>に向かう事が出来る。が…問題点が二つ。一つは、通行許可証が無いと入れないこと。もう一つは…幻であるが故に未来では伝承が残っていなかったということだ」
うむむ…面倒だな。まあ、どうにかするしかないな。
「で、アウラ。そっちは?」
まずは報告全部終える必要があると見て、青い竜に顔を向ける。
「ああ。とりあえず、こっちでは真実が広まってる。今、時の歯車の伝承と星の停止の際の避難、そして時間の停止からの救助の依頼でギルドは一杯だ。避難先は既に時の止まった場所。あと、この時間の停止は技で一時的に止まるから全国から色々集まってる。サイン貰うなら今だな」
俺、ここの有名人知らないんだけど。
「サインは置いておいて。で、収穫の方は…」
「ああ。<幻の大地>に関しては長老と呼ばれるコータスが詳しいらしい。既にギルドが使いを出した。それと、時の歯車なんだが…」
ちょっと濁った。一体なんだ?
と、クオンがコートのポケットから古い紙を出した。茶色くくすんでいるが、文字はかろうじて識別出来る。
それを細い手でテーブルに滑らせる。テーブルの中心でそれは止まる。
皆が顔を寄せ合って見てみた。クオンとアウラは普通に立っている(もしくは浮いている)が。
急すぎて、皆で頭をぶつけた。痛い…
それぞれが頭を押さえながら座り直し、紙をのぞき込む。
紙には、足形文字で「時の時計」と書かれている。
そしてその先には…
人間の世界の数字やら外国語やらが書き連ねてあった。時折アンノーン文字が混じるが…修正すると…
こんな感じである。
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訳分からない。ついでに文字化けではない。
後、小さくこんな文字が。
α=01=わ
λ=11=あ
δ=04=゛
訳が分からない…
俺たちはこれと数時間睨めっこしていた。読めるのは俺とウォルタだけだったが。
これが解けたとき、俺は叫んでいた。
「巫山戯るな!」