第二十四話 帰還
side アビス
ここは、時が止まってしまった未来世界。
光も音も無いはずのここに、何者かの足音が大きく響く。
一つは黄色い鼠のようなポケモン、ピカチュウのアビス。普通のピカチュウならば両手両足を地に着いて走るだろうが、このピカチュウは二足で走っている。その体からは想像出来ないほどの速さで地を蹴り走る。その動きに合わせ、マントのように羽織ったコートがたなびき、とても音を聞けるようには見えない細長い耳が前後左右に揺れる。
一つは兎と猫と犬と狐を足して4で割ったようなポケモン、イーブイのミオ。四足を必死に動かし、前へ前へ走ろうとする。その表情は、焦燥であふれている。
一つは蜥蜴を立たせて大きくし、緑色に染めたようなポケモン、寿婦トルの…失敬、ジュプトルのジャスティス。何時もと変わらない無表情の裏に、心配そうな表情をしている。
理論上足音は立たない者もいるが。
別世界からちょっと訳あって来ている二人。
細長い西洋の龍のような姿をしたポケモン、ハクリューのソフィア。地を滑るように這って移動している。普通のハクリューのような青色ではなく、桃色であるが。
赤と白を基調にした鷲のようなポケモン、ウォーグルのウォルタ。こっちも訳ありで、この姿とは別に本来可愛らしいミズゴロウという種族の姿をしている。彼の羽ばたきが、沈黙の世界で異質に響く。
彼らは今、歴史を変えるために走っている。と言うと聞こえはいいのだが。
実際は、追っ手に捕まりかけて逃げている最中である。
…まさか、とは思うが、最中を「もなか」と呼んだ奴、ちょっとこい。後で話そうぜ。
…とか余裕の話をしたいところだが、残念ながらそんな状況ではない。追っ手の宝石の目のガリガリ悪魔…こう喩えると笑えるのは何故だろうか…ヤミラミ達は、まるで俺らが親の仇であるかのように両手両足を音速で動かししつこく追いかけてくる。勿論親はおろかお友達の親戚の子供すら殺していない。しつこくなきゃ追っ手では無いが、しつこくなければモテたであろう。
…分かっている。今の俺の台詞の間にも、ヤミラミ達が追いかけていることくらい。
「ええい、しつこい!<エレキショット>!」
この動作も何度目か。相手に指で作った銃の先を向け、電気の銃弾を放つ。先頭のヤミラミの顔面にヒットし、そいつは後ろへ吹っ飛ばされるも他の奴らはそれをハードルの如く飛び越えて追ってくる。
これで威嚇射撃にしているのだが、何度もやっていると威嚇というのは効かなくなるものであって怯まなくなっている。
「ジャス、まだなのか?」
こちらの先頭を走る森蜥蜴に向かって怒鳴るように聞く。こちらもPPがあまりないんだ。威嚇射撃どころではない。
「…あと、数キロは…」
まだ、というのは、ジャスティスの話していたセレビィのいる所のことだ。
そろそろ行こうか、とでも思って洞窟を出たわずか2,0秒後、ヤミラミ達に見つかってしまった。出口にいるなんて誰も予測しちゃいなかったんだ。
普通こんなの予測出来るのは、エスパータイプと相場が決まっているが。
俺にチート能力足した最悪作者abyssはこういう時に限ってそういうキャラや能力を用意しない。というかわざと連れてこない。なんとご都合主義。
愚痴ってもしょうがない。走れえええぇぇぇぇぇぇ!
…あれ…この風景…この状況…どこかで…?
俺の一瞬の疑問は、ヤミラミ達の場をぶち壊す「ウィィィィィ!」にかき消された。
ガルーラ像は安心安全。そんな言葉を聞いた気がする。
今はそれに頷ける。ただ、理由は異なるだろう。
ガルーラ像が目の前にぽつりと置かれていた。
その隣には、先も見通せないような真っ暗な森。
「あれだ!」
ジャスティスに言われなくとも分かった。
ガルーラ像があるのならばダンジョンなのだろう。ダンジョンならばやつらを捲ける可能性も高い。
ダンジョンは、誰かが入ったままだと同じ地形のまま固まる。そして、誰もいなくなった後形を変えるらしい。そのタイミングは不明。
だから、はぐれることはない。
問題は奴らも入れるということ。でも、入った時同じタイミングじゃなければバラバラになるらしい。
だから、階段に居座るなんてことが無ければ…なんとか出来るのだ。
「皆、飛び込めえぇぇぇ!」
声を張り上げながら、今までの勢いも加算して飛び込む。
視界が黒に染まった。しかし、それがダンジョンの入り口か死の入り口かは分からない。
<黒の森>
真っ黒の斬霧に覆われた沈黙の森。それが、最初に飛び込んできた景色だった。
「ここは<黒の森>だ。常に黒い霧に覆われているためにそう呼ばれる」
常に、か。不思議だが、ここでそう突っ込んでも仕方ない。
「で、セレビィってのは…?」
聞こうと思ってたことを口に出す。さっきまで走ってたから聞き損ねたんだ。
「セレビィは、俺を過去に送ったポケモンだ」
時渡り、だったか?…俺には出来ない芸当だな。
ともかく、過去に送ったことがあるのなら俺らも行けるはず。戻れる可能性も高い。
でも、ジャスティスの顔は晴れない。なにか心配している。
…そっか。セレビィも、歴史を変えようとしてるから…
「奴ら」にねらわれるのか…
「ジャスティス」
名前を呼んでみる。
驚いたことに、振り向いた。振り向かないと思ったんだが…
そんなことを考えながら、俺は一単語ずつ間違えないよう慎重に絞り出すように話す。
「絶対、あいつらより…先に、セレビィの…とこまで…行こうぜ」
「…ああ」
…気持ちは分かってくれたようで、ぷいと背けた顔に微かな笑みがあった。
さて。何でこんな事になってるかなあ。
俺たちは通路の真ん中で止まっている。
背後にはヤミラミ。いつの間にか追いついてきてる。
先には階段。そしてそれを囲む大量のポケモン。まさかのモンスターハウス。
運が悪い。前門の虎後門の狼。しかもどちらも群れ。
これは切り抜けたくないな…状況的に。
「ジャス、なんか…なさそうだな」
彼のバッグは、見た感じどうやら木の実と種しか入ってなさそう。ふくらみからして…合計10個前後、か。
俺のバッグには今なんにもない。空っぽ。何にも拾ってないから当然だが。都合悪い。
そしてPPが…水平切り一回じゃ突破出来ない。錬金術?あれは攻撃出来ない。コピー?絶不調でなんでか放てない。最悪。
絶対絶命。今の内に神様にでも…俺、神様信じてないけど。
ええい、どうにでもなれ!
投げやり気味に最後の一手…最後の水平切りを放とうと、腰の剣に手をかける。
その刹那。
相手がぴたりと静止する。水を打ったように、時が止まってしまったように動かない。自分の見ていたのは動画でそれが一時停止したのかと錯覚した。
「早く、こっちへ!」
階段側からしたその高めの声の主は、ピンク色の精霊の姿をしていた。
<黒の森>頂上
恩人はツンデレだった。
「もうてっきり捕まったかと思った」
「失礼な。私が捕まるですって?」
真面目な顔を崩し嬉しそうに話すジャスティスと顔を綻ばせ話すピンクの精霊。
「お久しぶり、ジャスティスさん。戻って来たってことは失敗ですか?」
「あ、あはは…ま、まあ、な…」
急に目線を逸らしさまよわせるジャスティス。しかし、からかわれていても気を悪くする様子などない。わずかに口角が上がっている。にやけている、と言ったほうが早いだろうか。
このポケモンって…
「なあ、ジャス。これがセレビィか?」
なんの邪気も含まずに問う。ただ、ちょっと言葉がよろしくなかったようで、
「貴方にこの私が“これ”呼ばわりされる筋合いはなくてよ?」
高飛車な態度で返される。が、俺もそんな素直に「はいそうですか」とは言わない訳で、
「お前にこの俺が“貴方”呼ばわりされる筋合いもないぞ?」
平然と返す。
この問答を見たジャスティスが吹き出す。
「くくっ…お、お前ら…」
「アビス、あんまり怒らせないほうが…」
「…あなた達ホント相変わらずね…」
「あはは…でも、それがアビスらしいんじゃないかな〜」
ため息をつくソフィアにたしなめるウォルタ、そしてオロオロするミオ。
十人十色だな、とか言いたくなる。
「で、セレビィの…名前、あるか?」
「私は“アルカ”ではありません!」
おちょくるように挑発的でからかう口調で返すセレビィ。語尾に音符が付くであろう。
「まあ、まてまて二人とも…名前は知らんがピカチュウ、紹介しよう。セレビィのローズだ」
セレビィ…ローズは、空中でクルリとバレリーナの如く回ってからお辞儀した。
「ご紹介にあずかりました、ローズです。よろしく♪」
あ、今度は音符付いた。
と、自己紹介を終えたローズが急にこちらを向いていきなりまくし立ててきた。
「あなた達命の恩人に感謝の一つもないわけ?これから世話になる相手なんだから礼儀くらいわきまえなさいよ。というか貴方、幻のポケモンに向かってなんという態度ですか!」
…えーと。「というか」のところでビシイッと指を俺に突きつけるローズ。刑事物ドラマでの「犯人はお前だ!」という刑事のようだ。
で、俺も当然反撃する。禁断の一手、読心術を駆使して、
「ローズとジャスは仲良いな。既婚者だったか?そりゃ失礼。夫婦水入らずで仲良くしてな」
これを投げつける。
効果抜群。ジャスティスはのぼせたように(本当にのぼせていたかも知れないが)指先まで真っ赤になり、ローズは桃色の体を朱に染めた。
「図星か?」
「ぜ、全然そんなこと思ってないんだから!何の関係もないんだから!」
必死な自爆。
これで脅しの材料が出来たな。脅すような段階があるかどうかは知らないが。
<森の高台>
さて、ツンデレセレビィのローズに連れられここまで来たんだが…
なんのためここまで来たのやら。
「<時の回廊>が頂上にあるんです」
横からローズが話しかけてきた。なんだお前心読めるのか?と思ったが表情的に違うみたいで、話すタイミングを逃していただけのようだ。
「<時の回廊>?」
「ええ。小さな時渡りなら私だけで出来るけど、時代を大きく超えるとなると<時の回廊>を使わなきゃいけないの」
増幅装置なのかなんなのか、少なくとも信用出来そうだからいいか。
「で、今回は…五名ですね?」
一人一人数えながらローズが聞く。その目線が俺に止まった。
「…そういえば貴方…」
「………」
「………」
「………」
「………」
沈黙。探るような目つきをされても困る。
周りもつられて沈黙。
気まずい。
ついに耐えられなくなったジャスティスが口を開く。
「ローズ。そいつがどうかしたか?」
「…いえ、何でもないです」
明らかに何か心当たりがあるらしい。
もしかしたら、俺に過去会っているかもしれない。人間だったとき。が、今は未だ隠しておかなければ…重要な
切り札かもしれないんだ。
ここで考えても仕方ない、急ごう。
頂上にて
拓けた円い石舞台。灰色の雲に埋もれた空。空気すら灰色のペンキで塗られているような独特の感覚。
正面には青い輪が幾つか地に埋まっている。2014年公開「ピカチュウこれなんの鍵?」のゲートのようだが、生憎鍵穴は無い。
「さて、過去に戻るか…」
そこまで言った俺は、誰かの…俺たちの仲間とはまた違う気配を感じた。
「戻る?貴様らが戻るのはこの世界の牢獄だ」
「…フィスト…」
その大きな体を動かし、フィストが暗がりから姿を現す。そして周りにはヤミラミ達。
「そうか…俺たちを泳がせてローズまで捕まえようってわけか…」
ジャスが歯ぎしりする。
「そういうことだ」
どこまでも冷酷な声。俺が常人だったら声だけで凍り付いている。
「すまない、ローズ…」
「あら?謝るなんてジャスさんらしくありませんよ?それに、私が捕まるとでも?ウフフッ♪」
自信ありげなセレビィ。お得意時渡りでトンズラってわけか。
「…よし、皆。戦う準備はいいな?強行突破するぞ!」
「ああ」
「分かったよ〜」
男のみが応える。まあ、他は緊迫した空気で頷いてる。
そんな「ラスボス相手に背水の陣でやってやる」的勇ましい俺たちとは裏腹に、フィストは薄ら笑い。
「フッ…ジャスティス。ここに来たのが私だけだと思ったか?」
…え?
言葉が耳に届くまで普段の数倍の時間がかかった。
だけ、ではない→誰か…少なくとももう一匹いる
フィストは自信ありげ→相当強い、ジャスティスを打ち破れるのが確定
そんなに強いあいつの味方…ジャスティスから聞いていたアイツしか考えられない。
暗闇に赤い目が光る。血よりも赤く恐ろしいその色はまさに「闇」と言ったところか。
「…闇の…ディアルガ…」
「グオオォォォォォ!」
闇に呑まれた時の神が雄叫びをあげる。やばい。
時の回廊まではたった20メートル。俺らは背中合わせ。そしてフィストその他ヤミラミ達が俺らを囲んでいる。
近くの崖には青く輝くはずの宝石を真っ赤に染めたディアルガ。
とてもじゃないが、太刀打ち出来るものではない。
…否。ちょっと待て。
指先が少し暖かい。錬金術を使うときに、独特の感覚…原子レベルで再構築するときの高揚感が蘇る。
なんか今まで制限されてた力が…錬金術が、使える。
それを悟られないように慎重に相手を見据える。が…
「…降参だ、フィスト」
ええ?ちょい待ち、ジャスティス?
いきなり今まで強気だった蜥蜴が潔く切り出した。その声にはみじんも迷いがない。
「…どうした?お前にしては諦めがいいが…」
フィストの嘲るような口調にも意外という心境が表れる。
「…確かに闇のディアルガが開いてじゃ、勝ち目はない。俺はここで捕まる。が…過去にいっていたのは俺だけじゃない。ローズも知っているが、もう一人いる」
もう…一人、って、俺だよな?既にその答えにはたどり着いた。
そして、あたかも俺がまだ過去にいるかのようにし向けてきていた。が…
俺がここでやられたら、意味が無くなる。ごまかしが仇となる。
クソ…もっと考えるべきだった…
「生憎<時の回廊>に入った後の事故ではぐれてしまったが…」
「それは既に調べている。そして、過去での足取りも掴んでいる。…そいつの名前を言って見ろ」
フィストが試すように言う。
「そいつの名は…アビス・ナレッジ。俺の親友だ」
「フフフ…ハハハハッ…」
笑いが零れる。
「「な…何が可笑しいッ!」」
ジャスティスとフィストがハモる。
その様子にすら、笑いがこみ上げる。
「クククッ…ああ、悪い悪い…」
笑うのを止め、相手をしっかり見据える。と同時にローズに向かってこっそり囁く。
コクリと頷くローズ。それを目の端で確認した俺は、
切り札を繰り出す。
「俺の名は…アビス・ナレッジ。元人間の錬金術師だ!」
その言葉に周りの奴らが固まる。
それが、好機。
「ローズ!」
「は、はい!」
ローズが時渡りを発動させる。胃が引っ張られるようなおかしな感覚。
これでディアルガが干渉してきたら…そんな考えを頭を振ることで振り払う。とにかく帰るんだ…そう考えた瞬間。
バリン!
硝子の割れるイメージ。何重にも重なった時をわたる力が、破られた。
「くっ…」
この程度で騙せる相手でも無かった。が…目的通り<時の回廊>に近づけた。
<時の回廊>まであと5メートル。障害物はナシ。
しかし、強敵が多すぎる。
「出し惜しみ出来ないな…さっさと飛び込め!」
そう叫び、両手を前に突き出す。時間稼ぎ出来ればいい。その一心で、チート能力を解き放つ。
指先が熱くなる。力が流れる道筋が自分の中で生まれる。
「<ダイヤシールド>っ!」
ダイヤの盾が<時の回廊>ごと俺たちを包む。
その間にウォルタ、ソフィア、ジャスティスが<時の回廊>に飛び込む。
それを見たディアルガの胸元の宝石が赤く輝く。ちょっとやばい。
「お得意の<時の咆吼>…それの亜流、闇バージョンか…」
あの威力に耐えるほどの強度かどうかは試した事がない。
こうなりゃ
自棄だ。
「行け!」
まだ入ってなかったローズを<時の回廊>に突き飛ばし、ダイヤの盾に意識を向ける。
その炭素一つ一つに働きかけ、全てを外側へと発散させる。それは、水晶の嵐。
「<ダイヤストーム>!」
拳大の水晶がフィスト達を打ち据える。それに腕をあげて顔を庇うフィストご一行。
ディアルガは咆吼のチャージを中断し顔を背ける。見るからに痛そう。
俺はミオを小脇に抱え、そのゲートに飛び込んだ。
一瞬の閃光。そして、青と黄色の直線的な回廊。
重なった時の中を俺たちはまっすぐ落ちるように進んだ。
この重なった時を壊すために。