第五話 初依頼
目を開けると、黒く染まった丸窓が目の前にあった。
趣味悪いな、黒塗りのガラスとは……とか思いながら起き上がり、目を擦る。
欠伸を噛み殺しながら窓に近付くと、特有の冷たい空気が毛をなびかせた。
毛……?
腕を見る。短めのそれは、黄色い毛皮に覆われている。
そこでやっと、今までのことを思い出した。いや、思い出すと言っても一日分の記憶しか無いが。
何故か記憶を失ってポケモンになって、意味不明な世界に寝転がってたんだっけ。
しかし、よく寝た。欠伸は多少出るが、しかし寝不足といった感覚はない。
ポケモンになったのに熟睡とは、気楽なものだ。
……夢の中で眠れるはずはない、ということはこれは……現実?まさか。
でもまあ、夢から覚めたと思ったら実はそれも夢で、というくだらないジョークもある。
んな馬鹿な。お気楽企画にも程があるな。
鼻で笑い、窓に手をかける。毛に覆われているはずの手が凍りそうなほど、冷気ですっかり冷えているガラス窓を開け放つ。
がたりと窓が外に向かって開き、夜の内にチャージされた寒い空気が部屋に雪崩れ込む。
「ううっ、さむ……毛皮はあっても、寒いのは変わらないんだな……というか、風邪引きそうだ……」
言いながら外を覗く。と、予想もしてなかった景色が、視界に飛び込んできた。
真っ黒。黒塗りの窓を開けたのに、黒のまま。
いや、もしかしてこれって……
空を扇ぐと、小さな消えかけの光点が幾つか、空に浮かんでいた。
……星?
じゃあまだ、夜?
…もしかして、窓が黒塗りだったからじゃなく……
外が暗かったから、外が真っ黒に見えたのか?
何気無く部屋を見回すと、窓とは逆の壁に時計が掛かっていた。
この世界にも時計はあるのか……旧式の振り子時計だが。
なんとなく時刻を見ようと、文字盤を見やる。
長い針は、まっすぐ天を指している。
短い針は、真っ直ぐに横を指していた。つまりは右を。三本分、横に引っ掛かれたような線がある場所を。
文字盤を見ては窓の外を見て、再び文字盤に目を向ける。もう一度外を覗き込み、そしてまた文字盤を見る。
……まさかの午前三時、起床。
しかし、余りにも暇な時間が多い。
うろうろと部屋を歩き回る。どこかの探偵は歩きながら推理ショーを披露すると聞くが、俺が今推理すべきは自分の生い立ちだろう。しかも、探偵とは違ってノーヒント。
やっと、短針が真下を指した。ミオを起こしにかかる。
「ミオ、朝だぞ」
そっと耳元に囁きかける。確か、俺が幼い頃、こういうので起こしてもらった気がする。
「う、うん………!?ア、アビス………」
こそこそっと顔を動かし、くすぐったそうにしながら起きてきたミオは、俺を見るなり真っ赤になった。
ええと……その。赤くなられても、こっちが恥ずかしいんだが……
何故赤くなったか、少々考える。直感的な読みではなく、敢えて時間をかけて無限ループで考える。面倒な方法で考えてみる。
……ええ、はいはい読みましたよ!うっかり最初の一瞬で読んじゃったよ!
しかし、流石に…ちょっと…………………分かるだろ?しかも、それが自分の好みだったら?
……とりあえず考えない。決して恋とか愛とか考えない。
ゲームにありがちな恋愛フラグかな、なんて思わないからな!
「昨日もらったバッグでも開くか」
話題を変える。いきなりだったためか、露骨超無理矢理感が漂う空気が精製された。
……またやってしまった……
「うん」
あり得ないほどにあっさり、顔色まであっさりと元に戻しながら、彼女は頷く。
…素直でアバウトな副主人公をありがとう、神様。
ついでにこの世界からの脱出手段を頼む。
そんなことを念じながら、部屋の隅に放置されていたバッグを拾い上げる。
中を探ると、古ぼけた地図と奇妙な卵型のバッヂが入っていた。
そしてトリセツも。準備はいいらしい。
さっさとトリセツを拾い上げたミオは、こほんと咳払いした。
「説明書読むね。『道具の説明だよ♪まずは探険隊バッジ。探険隊の証で、ギルドや決めた場所に帰れるよ♪次に、不思議な地図。とっても便利な地図だよ♪最後にトレジャーバッグ。いろいろ入れておける便利なバッグだよ♪実力が上がると入る容量も増えるよ♪』…………だって」
流石知らない世界。訳わからんシステムだ。なんだよ実力あがると容量増えるバッグって。
四次元ポケットか?ハゲた狸が未来から来たのか?
しかも、だ。とっても便利ってだけの説明はどうかと思う。
どう便利なんだ。
現在地が分かるとかじゃないよな。なんせ、古ぼけた地図に書かれているのは雲とトレジャータウン、そしてこの間の洞窟だけだった。しかも縮小されている。中々の広範囲が示せそうだ。……今まで行ったことのある場所オンリー。地図の意味はあるのか?
「あ、まだあった。『トレジャーバッグの中にプレゼントがあるよ♪』……プレゼント?」
ミオは早速、バッグの奥底を探っている。…君は探求心や不思議に思う心が欠けてはいないかね?
慣れっこ、ということなら仕方が……いや、待て。理不尽じゃないか何か。
「わ〜、波動スカーフだ〜!貴重品だよ」
俺の考えを他所に、ミオは歓声を上げた。
引っ張り出された、ハンカチのような代物。つまりは真っ白なスカーフ。ポケモンサイズなのは当然、そしてメンバー分なのか二つ。それを中心にぐるぐると回りながらはしゃぐミオ。……メリーゴーラウンド?
とりあえず、目の邪魔だな。
相手を宥めるように、手を前に出す。
「落ち着け」
「はぎゃあ!?」
部屋を横切る閃光、ぶっ倒れるミオ。
何が起きたのか、一瞬分からなかった。少し考えて、先程の電流が自分のものだ、と思い出す。
しまった、〈電気ショック〉やってしまった…何故か、まだコントロールが効かない。
昨日使いまくったのに、暴発ってこともあるのか……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
慌てて近付き、手を差し出す。
赤子のようにふらふらしながらも自分の足で立ち、スカーフまで近づくミオ。
行き場所を失った俺の手が、迷ったように開閉される。いや、現に迷ってるけど。困ってるけど。
仕方なく、手を引っ込めながら聞いてみる。
「…貴重品っていうが、どんな代物なんだ?」
「触れると自分の波動の色になるらしいよ」
極めてあっさりした返事が返ってくる。
さっきから端的すぎる。もしかして嫌われてる?
探究心で、俺はミオの観察を始めた。
……動悸、表情、態度、目線……どれをとっても、興奮してるようにしか見えない。
目の前のグッズにしか目がいってない。
俺はアウトオブ眼中。
……あ、もしかして俺が人間だったって事、忘れてます?説明は丁寧にお願い出来ますか?
しかし、だ。
俺の波動?波動なんてルカリオやリオルにしか無いと思っていたが…普通の奴にもあるのか?
若干の疑問を抱きつつも、俺はスカーフに手を伸ばした。
途端に、ミオの慌てた声。
「い、一緒にやろうよそこはっ」
お、仰せの通りに。
つい、びしっと起立して直立不動の状態に。
俺は軍人か。
仕切り直して、スカーフの前に立つ。
二人でシンクロして深呼吸、空気を吸って吐く。
深呼吸を終えると、どちらからともなく顔を見合わせ、頷き合う。
慎重に手を伸ばす。
ミオと同時にそおっとスカーフに触れた。
魔法のように、さぁっとスカーフが色付く。
ミオの触れていたスカーフは、春の桜のような儚い薄めの桃色。
俺の手にあるスカーフは、夏の夜空のような透き通った藍色だ。
「………これは……」
「綺麗……」
俺の呟きを次ぐように、ミオが感嘆の声をあげる。
……しかし、これは。
こんなにも美しい色が、自分の波動?
……中々にユーモアがあるじゃないか、この世界を作った奴は。
そんな皮肉を思い浮かべながら、スカーフを手のひらでなんとなく裏返したりする。
何となく隣を見ると、ミオは既にスカーフを首に巻いていた。中々に似合う。
……いつの間に。四足のくせに器用だな……
自分の短い腕を首元に回そうとしたが、残念ながら難しそうだ。
妥協して、スカーフを長く畳み、首に巻いてマフラーにする。
もし夏だったら季節外れだが、外は秋の夜特有の寒い空気だったから、多分これからの季節にはいいはず。
そこまで考えて、俺は苦笑した。自分がここに冬までいると、誰が断定出来よう。それなのに、その気になっている自分が滑稽だった。
……しかしまあ、すぐに出ていける訳でもない。言語くらいは覚えておかねば。
……言語?
「っと、ミオ!昨日の約束っ!」
「昨日?えーと……皆を笑顔にさせてあげなさいってアレ?」
「いやいや、それ違うから!誰の言葉だよそれ!」
「……んー、じゃあ、お母さんをよろしく頼むって奴?」
「それも違うよ!誰のお母さんを頼むんだよ俺が!昨日の、この世界の通貨と読み書きを教えてほしいってやつだよ」
「あーあー、あれね。そっかそっか、思い出せないや」
「お前の頭はザルなのか!?」
「失敬な、私をマンキーなんかと一緒にしないでよ」
「猿じゃねえ!」
朝っぱらから漫才を繰り広げる二匹の姿が、そこにあった。いや、俺らだが。
一通りやり取りを終えると、ミオはやっとレクチャーの姿勢に入った。
何やら硬貨が入った袋と、羊皮紙らしき紙。果たしてこの世界が、羊の皮から紙を作る技術を活用しているかは疑問だが。
最後に、部屋の隅にあったインクの壺とペンを持ってきて、羊皮紙に何かさらさらと書く。
「まずはお金だったっけ?……この世界では、《ポケ》って呼ばれるお金が使われてるんだけど……単位はそのまま、一ポケ、二ポケって感じかな」
言いながら、袋をひっくり返すミオ。ちゃりんと涼しげな音を立て、幾つかの金の硬貨が床に落ちた。
「これが《ポケ》金貨。といっても、全部金貨で、銀貨や銅貨は無いんだけどね……こっちのが百ポケ金貨、こっちのは……」
こんな感じの、懇切丁寧なミオ先生のレクチャーがしばらく続いた。
「……で、その大昔の足形文字っていうのが……」
ミオの声が続く中、俺の耳に微かな足音が届いた。
やけにうるさく響く。脚力が強く、尚且つ今の時刻でも元気が良くなければ出来ない芸当だ。
時計を仰ぐと、長い針は床を指していた。六時半。
そろそろ、誰かが目覚ましに来たのだろう。この足音からして、絶対に大声で起こされる。
俺の耳に、昨日の入り口の穴から聞こえたダミ声が甦る。
……あの声が、フルパワーで?冗談じゃない。
素早く周りを見渡す。足元には藁のベッド。いや、こんなのじゃ音は防げそうにない。
入り口のドアから入って右の壁には、古時計。いやいや、こんなのでどうやって止めるんだよ。
古時計と反対の壁にある、開け放たれた窓を見てみた。ついでに近寄り、下を覗いた……アウトだ。地面は遥か下、いや地面ではなく海面だ。しかも、どうやらこのギルドは崖の上の存在らしい。この弟子部屋は、そこから張り出した……つまり、床を突き破れば海にまっ逆さまなゾーン。
窓の下には、尖った幾つもの岩と激しく打ち寄せる荒波。
……駄目だ、他を……
再び見ると、窓の右隣に洗面台が。水が出てくるであろうホースと、水が貯めておけるシンク。そして、その下には……タライ。
日本家屋や、銭湯に置いてそうな……ヒノキのアレだ。
「これっきゃない……」
内開きのドアをそおっと半開きにして、そのうえにタライを乗せる。落ちれば大音量、成功するかはわからないが、驚かせるくらいの役には。
約十秒後、扉が勢いよく開かれた。
「はぐふっっ!?」
珍妙な音とともに倒れたのは、年輩のドゴームだった。
ええと。
扉が開かれた勢いが良すぎて……タライが一瞬宙に浮き、そのまま万有引力に従って落ち……前にずかずか出てきたドゴームの頭にクリーンヒット……ってこと、だよな。
……目覚まし係さん、ごめん。悪気はなかった。
口が裂けても、悪意ならあったとか言えないけど。
「ふぅん……お前らが、親方様の言ってた新入りだな。オレはドーム・ラック。ここで二番目に長くいる」
復帰したドゴーム、もといドームに、歩きながら自己紹介をして貰う。ドームか。大聖堂なんかにいそうだ、とか思ったが口にはしない。
などと考えてる間に短い廊下を抜け、先日の広場に出た。
既に何人かが寝ぼけ眼で集まっている。六時半集合か……眠くはないな、というか何故皆は眠そうなんだ。
部屋にいる面子を見てみる。
風鈴にザリガニ、向日葵にビーバー……あとは…前の方にいる、膨らんだり縮んだりしてるピンクの風船…あれ、あの風船って…
「お前たち、前に出なさい」
パルダが呼んでいる。お前って誰ですか。
俺とミオしかいないけど。
「さて、皆。昨日入った新入りだ」
俺たちを翼で示すパルダ。そのまま、ぐっと皆の前を翼で指す。
催促された。
仕方なく皆の前に出て名乗る。
自己紹介の心得、端的に適当に、当たり障り無く。
「《深淵の希望》のリーダー、アビス・ナレッジだ」
「ミオ・ホープ・トゥルースです」
自己紹介して、下がる。
訂正。逃げる。皆の興味津々な視線が怖かったんだよ……
「挨拶も済んだし、親方様。お言葉を」
前の方にいる風船…ウィリフに声を掛けるパルダ。
おい、それで終わりか。何か連絡とか無いのか。楽でいいけど。
しかし。
これで終わり、ではなかった。
「………………」
……え。
「………………ぐぅ」
……まさかこれは。
「ぐぅ………ぐーぐー………」
寝てる。目、開けたまま。というか、目乾くよ?
目薬紹介しようか?
と、弟子の皆さんからヒソヒソ声が。ちょっと耳をすませてみよう。
「親方様、すげーよな……」
「ああ。ああ見えて、朝会の間………」
「寝てるんだもんな………ずっと……」
「すごい人だよ……色々と」
いつものことなのか?
ずっと立ったまま寝てるのか?毎日?
ウィリフの考えは読めない……全くもって読めない。
「親方様、有難いお言葉です」
「り、理解したのか!?」
心の読めない奴の寝言を理解…………恐るべし、パルダ。
こいつが真のラスボスか……来るべき戦いのために、ギルドを手懐けているのか…
「ち、違うと思うよ?」
……はい。分かってますとも。
「それじゃあ、朝の号令!」
そこで、勢いよくパルダが声を上げた。
何だ?号令が何なのか分からない俺は、後ろに下がるついでに壁に寄り掛かったりして観察モード。
『ひとーつ!仕事は絶対サボらない!』
『ふたーつ!脱走したらお仕置きだ!』
『みーっつ!皆笑顔で明るいギルド!』
……それって。
ブラック企業じゃねーか!
「さあ、皆。仕事にかかるよっ!」
パルダがパンと翼を打ち合わせると、皆が散り散りに去っていく。…あれ、ウィリフもちゃんと動いてる。まさか、朝会終わるのと同時に?
疑問に思ったが、そこは追わせてくれないらしく背後から声が。
「おい、お前達はこっちだよ」
パルダが呼んでる。いったいなんだろう…親方様に関すること、ではなさそうだが。
橋子を上ってすぐ右の掲示板に来た。
周りには他の探険隊がいる。一部は、顔色が悪かったり表情が悪かったりしている。
掲示板には何やら紙が貼ってある。どれも、何やら頼み事が書かれている。
落とし物を拾ってきて、とか、アイテムを取ってきて、とか。
「パルダ。これって」
「依頼だよ。今回はこれかな」
ミオの問いに答え、パルダは依頼とやらを一枚とった。これまた羊皮紙。……紙の製法、どっかで教われないかな。
羊皮紙っぽい何かを取ったオウムは、ずいっと俺に差し出した。押し付けられる感覚で受けとる。
そのまま押し付けられた紙を読み上げた。
「えっと、バネブーからの依頼で、真珠を取ってくる、か。お使いか?」
軽く不満を洩らす。つまりはお使いクエで、初期のチュートリアルのような奴だ。
つまらないに決まっている、と口を尖らせると、本当に尖った口、もとい嘴の持ち主はマシンガンのように捲し立てた。
「弟子は下積みから!!言っとくけど、不思議のダンジョンは油断大敵!じゃ、行ってきな」
おいおい。強引かよ。けしからんなあ、上司は部下を誉めて伸ばすんだぜ?
しかし、逆らうのも馬鹿らしいためにさっさと歩き出す。
《湿った岩場》
カット。
堂々の編集による切り取り。
何?手抜きだって?
何もなかったから仕方があるまい。
じめっと湿った薄暗い洞窟を延々と歩き、時々出てくる敵を電気流したりぶつかったりして倒し、そして再び延々と歩きの繰り返し。こんなのをずぅっと描写したら、そこの君、絶対に飽きるだろう?というかうんざりして、聞くのを放置すらするだろう?
あったことと言えば、オレンの実とかいう青い実を二つほど拾ったのと、お金を少し拾ったこと、そして少し慣れたためか、微弱ながら強くなったことだ。
これは、レベルアップ……というやつか。ますますゲームだな。
まあ、文句は言わないけど。単純でいいだろ。
……そのレベルって、どうやって見るんだよ。
というかHPゲージどこよ。
何となく、感覚で判断するしかないのだろうか。
「次で到着だよね」
ミオがポツンと呟く。
そう。B7Fにある真珠を取ってきて、という依頼。あっという間だった。
不思議のダンジョンとは、入る度地形が変わり、落ちてるアイテムも変わる不思議な所らしい。なんとも訳の分からん世界だ。
次回のためにヘンゼルとグレーテルの石を置いておく戦法は、こうしてあっさりと砕けた。
……勿論、成功してもポケモンに蹴飛ばされるだろう。
「あ、階段だ!」
暗闇の中、スポットライトを当てられたように光る一角に、石の階段が。
話している間に、着いたらしい。
「そういえば、この世界って寒くないか?」
階段を降りながら何気無く、道中で感じていた感覚を口にする。と、ミオは怪訝そうな顔をしながら答えた。
「確かに秋の終わりだけど、そんなに寒くないよ?」
……秋なのに少々肌寒い、というか寒すぎる気がするが、まあその基準すら忘れてるため当てにはなるまい。
……意外な発見。俺、寒がり。マフラーのように巻いたスカーフにすがるように、首元のスカーフを握りしめる。
……まあ、この巻き方で正解だったかな。
「あ、あれかな?」
ミオの声に前を向くと、薄暗い洞窟の中に小さく光る宝玉が。いや、かなり小さな真珠が。
とりあえず目的達成。
「………ええと。またあの道を九フロア下がるんだっけか?」
「アビス。バッヂバッヂ」
「へ?俺は手持ちぶさたで缶バッヂはおろか、ピンバッヂすら持ってないぞ?」
「チームバッヂは持ってるでしょうが!」
鋭いツッコミに、やっと思い出した。
昨日、ウィリフから貰ったものの中のひとつ、チームバッヂを。
確か、決めた場所に戻るとかなんとか。ってことはテレポートが出来るのか。
バッヂをごそごそと取り出して、しげしげと眺める。
訳が分からないが、とりあえず雰囲気で。
びしっとバッヂを構え、厳かに唱えた。
「転移、トレジャータウン!」
唐突に、バッヂが光った。
視界が、真っ白に染まっていく。
目を開けたら、そこは街だった。
正確にはトレジャータウン、十字路。
賑わう街の住民は、誰も俺たちの唐突な出現に驚かない。
……科学の力ってスゲー……
ギルドに戻り、終了の連絡をし、数分後。
灰色の豚鼻で、足の代わりにバネがあるポケモン…バネブーが来た。
「ありがとうございました!これが無くて、昨夜は落ち着かず跳ねまくり!体全体アザだらけでした…」
やれやれ、といった雰囲気で溜め息を漏らすバネブー。
跳ねるのは種族柄じゃないんだ?ちょっと意外。
「でも、やっと落ち着いて寝られます!ありがとうございました!」
そう言うなり、バネブーは何かの袋を置いて、ぴょいんぴょいんと跳ねながら去っていった。
やっぱ種族柄、だよな?
そこら辺は置いておいて、俺は皮袋に近づいた。
丈夫そうなそれには、幾つかの薬瓶っぽいものと、お金が入っていた。
いち、じゅう、ひゃく……2.000ポケ。
ええと、リンゴやオレンが百と幾らかだったから……あれ、かなりの金額?
人間の頃の通貨にいまいち当てはまらず混乱していると、横からパルダが手を伸ばしてきた。
「では、Pのうち、この分預かっておこう」
そして、九割ほど鷲掴み。すっとパルダの懐に入れられた。
マジかよ。
パルダに約1.800P抜かれた。しかも雑に。
お金は大事だよ?
……じゃなくて。
「い、一割…」
「九割もってかれたよ……」
二人して不平を呟く。
ブラック企業どころじゃねーよ、ここ。
ジュンサーさんも真っ青だよ。
せめて依頼を受ける前に忠告してくれよ。
愚痴を連ねると、音符鳥は悪びれずに言った。いや、悪くはないんだろう。当然の事をしたんだから。
だから、彼は当然のように言ったのだ。
「まあ、これもしきたりだ。我慢してくれ」
………ふざけんな、美味しく焼くぞ。
さりげなく殺意を抱いた俺は、今後の焼き鳥パーティーの計画を立て始めた。…実行する余裕は、最後まで来なかったが。
こうして一連の仕事を終え、何もすることがないために広場を出ようと、自分達の部屋に体を向けた、そのとき。
「みなさーん、ご飯の用意が出来ましたよー♪」
ちりりん、と優しげな鈴の音と共に、そんな声が聞こえてきた。
ご飯……?
ということは、食事はあるのか。
音のした方向を見ると、弟子部屋棟(命名アビス)とは反対側の廊下の前に、夏の風鈴のようなポケモンが浮いていた。
ふわふわと浮いているが、場には馴染んでいる。
声的に女性だと思われる彼女は、不思議そうな顔をしている俺達を見ると、ちょいちょい、と小さな手で手招きした。
「アビスさんもミオさんも、ご飯にしましょう?」
「名乗り遅れましたが、私はパリム・エコー。主に、ギルドの探検隊の編成や、この通り、食事の用意等を担当しています」
鈴の鳴るような声で、チリーンの彼女は言った。
「…此方が食堂です。食費は、ギルドから出していますのでご安心を」
…成る程、先程取られた、もとい回収されたポケは、こうやって使われるのか。
何となく納得。
…いや、駄目だろ納得しちゃ!
ブラック企業のやり口を垣間見た気がした俺であった…
食堂は、巨大な長テーブルがどでんと置かれている、その一言だった。
俺達は、出来るだけ部屋の奥に向かった。そこが、数人分の空きになっていたから。
既に、他のメンバーであろうポケモン達は、切り株状の席に座っている。
目が飢えている。怖い。
シュールだった。
まあそれはともかく、テーブルの上には、幾つもの皿や篭が置かれている。
どれも、彩に満ちた木の実が詰まっている。食べ放題だ。
どうやら自分で取って食べるシステムらしく、それぞれの席の前に、取り皿とおぼしき皿が置かれていた。
自分達の席に座ると、パリムと名乗った彼女が、祈りの文句を述べた。
「祝辞。ええと……」
ええと、待て。待て待て待て。
いきなり祝辞って、此処は卒業式か入学式か!?
『いただきます!!』
ガツガツムシャムシャ!!
皆良く食うな。取り放題といえ…すごい。あまり腹が空いてないし、この光景だけで満腹になりそうだ。……寒がりで少食……絶対インドア派だったんだろうな。
『ごちそうさま!!』
「じゃあ、寝るか!」
『お休み〜』
side アビス 自分の部屋
「まさか、9割持ってかれるとは」
「でも、アビスと行けて嬉しかったよ」
(深読みすべきか?…………野暮ってもんか)
ちょっと迷ったが、この世には謎のままにしておくべきこともあるだろうと考える。
「おやすみ」
「おやすみ〜」
我は今、トレジャータウンを見ている。
我は、ぶっちゃけ、神様である。
ぶっちゃけまくれば、暇人だ。神と言えども暇なのだよ。
のほほんと欠伸でもしながら、賑やかな街を見ている。
正直、あの妙なピカチュウが気になっている。何やら、可笑しな気配を纏っていたからな。
しかし、そやつの寝顔を見ても、何も分からなかった。透視を使ってわざわざ見てやったのに。……いや、もしかしたら使えるかもしれぬな。この寝顔ネタは。
そんなことを考えていると、トレジャータウンの外、海岸に何やら不穏な気配が。
見えたのは、虹色の円冠。いや、魔法陣とでも言うのか?それとも穴、か?
形容がちと難しいそれが、はっきりと、我の目に飛び込んできた。
妙だ。アレは、別世界への入り口とか言う奴じゃないか?
そんなのが何故。
そこから、誰かが出てきた。
ありゃ、異世界、他の物語の奴等じゃ?
待て待て。こういった場合、神様マニュアルにはなんと書いてあったっけ?ええと……ふむ、無傷で元の世界に戻れるように死力を尽くせ?
ちょっとまて、死亡フラグ建設してないか、このマニュアルは。いや、彼らが死んだって我のせいではなくて、その……
……こほん。ともかく、波乱が有りそうだ…
続く。と、思う。