第四話 ギルド弟子入り
今、私達はギルドの入り口にいる。
「………趣味疑いたくなる」
開口一番、それですか。アビス。
しかし確かに、ピンクの風船、プクリンを模しているテントは、趣味がいいとは言えない。どピンクって。
テントの入り口には鉄格子がある。その少し前、私の目の前に鉄ではないが格子がかかっている穴がある。多分、蔓。
これが落とし穴でないことは最初の頃分かった。が………
怖いです、とても。
どうしても躊躇してしまう。
足が滑って落ちたらとか、ついつい考えてしまうのはいけないのでしょうか…
「怖がってないで、乗らないと探検隊になれないぞ」
核心を突く、低い声。
な、なかなかに意地悪だね、アビス…
「う、うん……」
恐る恐る前足を乗せる。仕方なく。アビスに言われたからとかではない、と思う。
蔦の編み目に足が触れる瞬間、緊張して体が硬直する。
私の重みに、蔦の格子が小さくしなる小さな音。
「ポケモン発見!!ポケモン発見!!」
小さく少し高い声。
「誰の足形?誰の足形?」
大きいダミ声。何時もと変わらないこのやりとりは空で言えるほど聞いたけど、やっぱり怖い。というかダミ声……怖い以外のコメントはありません。
「ううっ………」
「あと少しだ、頑張れ」
さらっと、何の根拠もなくそう励ます声。
若干投げやりでも心配してくれてありがとう、アビス。
「足形はイーブイ!」
「や、やったー」
編み目からふらふらと離れ、近くの地べたにヘナヘナと崩れるように座り込む。
「おい、隣にもいるだろ!さっさと乗れ!」
声で気付いたのか、アビスを呼ぶ。聴力視力ともに優秀だなあ。
「ああ」
アビスが乗る。アビスの重みで、私のときより大きくしなる蔦製の格子。
グラードンとかには耐えるのかなあ…
「ポケモン発見!!ポケモン発見!!」
再びやり取り再開。あれ……
え、また最初から?
それって非効率なんじゃ…
「誰の足形?」
「足形は・・・・・・多分ピカチュウ!」
少し声が揺らいだ。
多分って…見た感じは普通のピカチュウだよ?
まあ、アビスは不思議なとこがあるけど……
「多分?足形を当てるのがお前の仕事だろ?」
ダミ声の方も疑問に思ったのか、怒ったような声を上げる。
アマチュアなのかプロなのか…
「だ、だって・・・」
「おい、合ってるから開けてくれ」
鉄格子が開いた。凍り付いた声に圧されるように。
不機嫌そうな声のアビス。待たされるのは好きじゃないのかも。
雑だと思うのは私だけでしょうか?セキュリティ甘い気がする…
下に降りると、音符ポケモンのペラップが話しかけてきた。
「おや、アンケートや勧誘はお断りだよ!帰った帰った!」
開口からやかましい。…静かなペラップにはお目にかかったこと無いが。
…そもそもペラップには
今日まで出会ったこと無かったが。
……アンケート?勧誘?
というか、ギルドに何のアンケートや勧誘をかけてくるのか、相手は誰なのか凄く気になる。
…ああ、分かってる。勿論ここに来た目的は弟子入りだ。
テンションが低い?いや、足形の件で苛立ってるだけだ。
「あの、私達弟子入りしに来たんですけど………」
ミオが代表で話しかける。口調が恐る恐るなのは仕方ないのだろう。
「え?ええ〜〜〜!?」
ペラップ、あごが外れるほど驚くことか?
というか鳥のあごって外れるんだ。
「この頃、修行が死ぬほど辛いと逃げ出す奴が多くなってきたのに………」
「えっ、修行って、地獄を5往復するより辛いんですか?」
「い、いや、そんなことないよ!?修行はとぉ〜〜〜っても楽チン♪なんだ、早く言ってくれれば良かったのに」
………何処から突っ込もうか………ツッコミ所満載な、自然発生した漫才を前に、俺は溜め息をついた。
ペラップに連れられてB2F、とあるドアの前にいる。
かなり豪華で大きく立派。そして重そう。精神的にも物理的にも。
「いいか、お前たち」
きゅうにペラップが立ち止まり、振り向いた。あまりにも急だったために若干こけそうになりながらも、こちらも立ち止まる。
「なんだ?」
仕方なく聞くと、ペラップはぐいっと迫ってきて、低い声で告げた。
「親方様は怒らせるととても恐ろしい。くれぐれも無礼のないように」
そう言われたのだが、しかし。
具体例があれば無礼の度合いが分かるんだが…
「具体的に表現してくれ」
「っ!?そんな、死ねと言っているような事だぞ!?」
表現方法・死亡かよ………
泡食った様子のペラップは、ぶんぶんと首を振ってから、重そうな扉に向かった。
「親方様〜?パルダです。入りますよ?」
ペラップ……パルダというらしい、がドアを開け、入った。俺達も後に続く。
「親方様、弟子入り志望者です」
まるで死刑希望者みたいなニュアンスだが。
奥に、向こうを向いたポケモンがいる。まん丸ピンクの風船だ。テントのモデルだろうか…
「………………」
あれ……?
パルダの呼び掛けに反応しない……?
人形のように止まっている。いや、肩が微かに上下してる。
「あ、あの?」
「親方様?」
「………………」
寝てないよな?
ミオ、パルダが話しかけても反応無し。目の前で手を振ろうか……
手をそおっと伸ばしながら、一歩踏み出す。
と、唐突に。
くるり、と風船が振り返って来た。
「やあ、ボクがここの親方、プクリンのウィリフ・カルフだよ♪君達は?」
うっわあ!?
神速で手を引っ込める。驚いた……
「アビス・ナレッジだ」
「ミオ・ホープ・トゥルースです」
とりあえず自己紹介。冷静に冷静に。
「探険隊の登録だね?じゃあ、チーム名教えてくれる?」
冷静でいられない!そんな話題振るな!
「チ、チーム名?いきなりだから考えてないよ………アビスは?」
慌てた顔で、ミオが俺にヘルプの視線を向ける。
え、いきなり言われても………あれ?
『希望…深淵…』
耳の遠くから誰かの声がした。聞き覚えのある、どこか懐かしい…
思い出せないが、頼りになる声…
俺の名前、それを思い出した時と似ている。
…それでいっか。
適当に良さそうな接続詞を入れて、完成。
「即席だけど、ひとつ思いついた。《希望の深淵》」
ラーメン作るよりは早めの即席だけど。即答だったけど。
「《希望の深淵》?良いね、それにしよう!」
にっこり笑い、あっさりと重みも無く言うミオ。
ああ、あっさりと承諾してくれた。なんとアバウトな副主人公。
本気で三分考えてもいいんだが…
「うん。わかった。リーダーはアビスで良いね?」
「ああ」
勢いに乗せられ、あっさり頷いてしまった。
ハイペースだな。ついて行きづらい。なに、このテンション。
そしてリーダーって何の?
「それじゃあ、登録、登録………」
「お、お前達、耳を塞げ!」
咄嗟に従う。何だよいきなり…
というかリーダーって何?
「たぁ〜〜〜〜〜♪」
何か口を出す前に、口を開ける前に、ウィリフは凄まじい威力の《声》を出した。
ギルドが震撼する。ぱらぱらっと、天井から埃が舞う。
何、今の!?鼓膜破れる!!
「登録完了♪これで、《希望の深淵》は正式な探険隊だよ♪」
さっきの行為の意味は何なんだ?もし無いとか言ったら……意味もなくギルド半壊させる奴なのかこいつは?
「「は、はい……」」
「あ、それと、新探険隊にプレゼント♪部屋で開けてね♪」
「「は、はぁ」」
聞いたって答えてくれない。そう確信した瞬間だった。
「改めて、一番弟子兼副親方のパルダ・チャットだ。お前達の部屋はここ。明日の朝礼に遅れないように。おやすみ」
一息に言うと、さっさと部屋から出て行く音符鳥。
部屋から出た瞬間奴の足取りが軽くなるのを、俺は見逃さなかった。
「「はーい」」
投げやりに答えると、ウィリフからもらったバッグを床に置く。
部屋の隅には、相当の量の藁が重なっていた。ありがたく少し拝借。
早速藁のベッドを敷き、寝転がる。ちなみに、ミオは俺のすぐ隣まで来た。
藁といえども嘗めてはいけない。意外に柔らかく心地良いのだ。
敷き方間違えるとチクチクして痛いけど。
即席藁ベットに寝転がると、あまりにもいろいろあったせいか、疲れがいまさらのように襲ってきた。
「疲れた………」
「私も。でも、すごく嬉しい。憧れだったんだ、ギルド」
嬉しそうな声。充実した日を思い浮かべる感嘆の声。そこに変な響きが混じる。
確かめてやるか。
「十か月ウロウロしてたろ」
「な、なんでそれを!?」
「鎌掛けただけ」
「あっ………」
口を前足で押さえても遅い。
分かりやすいな、やっぱ。いや、俺の察しが良いのか?
でも、分からない事もある。ざっと脳内に挙げてみた。
・自分は何者か?
・何故ポケモンになったのか?
・カラナクシの泥かけを防いだ壁は?
箇条書きの適当なのでも3つか…
ま、その内分かるか。
「そういえば、アビス笑わないよね」
「は?」
いきなり何だ?頭の中は真っ白。
そんな俺にお構いなしにミオは、前足を俺の頬に当てる。
「ほら、笑ってみなって」
そう言いながら頬を上に押し上げようとする。
残念なことに、頬はおろか口角一ミリすら上がらない。
そもそも、笑い方が分からない。筋肉が動かない。
…え?
忘れているんじゃない……『知らない』?
可笑しい。
今まで俺は…人間だった時も…笑っていない?
そういえば、嬉しいとかの感情も単語は知ってるのに感覚が分からない。
覚えている感覚は…
悲しみ、怒り、憎しみ…そんなものだけ。楽しみも、嬉しさも、思い出せない。
何故…
それはともかくとして、今度からは意識して笑うようにしようかな、などと本気で考えてみる。心配させるのは、悪い気がした。
「おやすみ、アビス」
俺を笑わせることに諦めたのか、ミオの寝ぼけた声が。
「ああ。・・・って、何故俺のベッドに入る!?」
何故か俺の背中に…俺は悪いと思っていたから、寝顔を見ないように背中を向けて寝ようとしていた…しがみついている。
ひしとくっついて離れそうにない。
聞いたが、時既に遅し。寝てしまった。
………ま、いいや。このまま寝よう……
「おやすみ、ミオ」
ミオの寝顔の破壊力で、アビスがPM11:00まで寝られなかったのは別の話。