第二話 海岸の洞窟
「あの、ちょっと、君、待って…!」
寒いです暗いです割と怖いです狭いです苦しいです腕が痛いです。
妙に寒い洞窟の中に入ってから数百歩。俺は目を白黒させながら、聞いた。
「…あの、…ちょっと、話、聞いて…!」
残念ながら、走ることに必死な彼女には聞こえていない様子。
都合の悪いことに、その彼女の進行方向にはウミウシっぽい生き物が。
青くて、結構大きい。
カラナクシ、東の海の姿。タイプは…水と、多分地面。
すさまじくリアリティに溢れるグラフィックなそれは、イーブイを見ると攻撃を仕掛けてきた。
具体的には、泥を投げてきた。
鮮やかに避けるイーブイ。当然その後ろにいる俺に、泥の砲弾が迫る。
「…っ!?」
必死の身体逸らしで回避。すれすれをすさまじい勢いで泥団子が通過し、後ろの床にめり込む。怖い。
幸いどうやら俺は、反射神経はいいらしい。
…あれ、なんで反射神経がいい、と、『今』気づいた…?
日常では結構気にする内容のはずだぞ?
こう、「俺って反射神経悪いから球とか避けられないんだよなー」みたいな。
「…せいっ!」
気づけば、イーブイの少女は素早い動きでカラナクシを吹き飛ばしていた。
そのまま数歩駆け、数歩歩き、やっと止まる。
息が切れているようだ。肩…に当たる部分(多分)が、上下している。
「…あの、イーブイさん…いきなり連行しないで…」
やっと、言いたいこと、聞きたいことを聞けそうだ。
言葉がどうにか届いたのか、少女らしきイーブイは目をぱちくりさせ、そして慌てて謝り出した。
「あ、あの、すいません、その、私臆病で、一人だと何もできない根性なしで、ここに入るのも怖くて、正直泣きたくて、お守りも取られちゃってダンジョンにも入られちゃって動転してて…」
「あー待った待ったごめん、待って!ステイ!…煽った俺も悪かったから、チャラにしよう、チャラに」
どうどう、と諫めると、イーブイはようやく落ち着いた。
そこで早速、問題点を切り出す。
「…話はそっちじゃなく、…君に害があるほうの話なんだが…」
「はい?」
きょとんと瞬きする、イーブイ。
そこに俺は、ずっと言えなかったことを言う。
「…あの、俺、…元人間で、この世界のポケモンじゃないから…戦力にならないと思うぞ…?」
案の定というか、彼女は不思議そうに何度も瞬きし、しばらくしてようやく、
「……………今なんと?」
予想は出来ていたけれど。
流石に、こんなカミングアウトは想定外だろう。
ごめんなさい、イーブイさん。軽く煽っただけでこうなるとは思わなかったのです。
閑話休題。
「…えっと、つまりあなたは、元はニンゲン…で、何故かわからないけどポケモン、しかもピカチュウになってて、…ニンゲンだった頃の記憶がない、…と?」
「…俺も言いながら気づいたんだけど、凄まじく胡散臭いよな」
わかりみが深すぎる。いや他人事じゃないっての。
目の前のイーブイは、不思議そうな表情で此方を見ている。
何だか居心地が悪いので、慌てて言葉を続けた。
「だ、だから、その、…信じなくてもいいから、説明が欲しいんだ」
「説明?」
「そう、説明だ」
疑わしそうな目線じゃない上に、少しだけ和らいだので安心する。
この好奇心満載、奇妙奇天烈なものを見る目線が少しだけ辛いんだ。
話は聞いてくれそうなので、言葉を足す。
「俺は、この世界についても、この体についても、何も知らない。だから、教えてくれ」
どうだろうか、と探るような視線を入れると、彼女は考えこみ…
すらせず、あっさりと頷いた。
「わかった、…私に、教えられることなら」
おい。それでいいのか、えっと、その、…その。
名前、聞いてない。
「じゃあ、まず初めに。…名前を、教えてくれ」
どこかのラノベでは、報酬に名前を教えてもらった奴が居たっけ。
僕はどうやら、質問事項の一つとして教えてもらうらしい。
「えっと、私はミオ。気軽にミオ、って呼んで。…あの、あなたは?」
名前を聞かれて、硬直する。
思い出せない。
元の世界で人間だった時、俺の名前は何だったんだろうか?
覚えてる知識から、日本出身なのはわかる。わかるけど、実感がない。
どんな名前だったんだ。適当に「山田です」とか「田中といいます」って名乗るのが元の名前に最も近いやり方なんだろうけど、それはちょっと困るし。
ピカチュウの山田(仮)です。
嫌だぞそんな名乗り。世界が滅びるか山田(仮)を名乗るかって聞かれるまでは絶対に名乗りたくない。
ただ、別の名前を覚えているわけでもない。
どうしようか。
『…あんたの、名前は?』
名前を、聞かれた。
『俺の名前は、 』
『そうか、 か。宜しくな。オレは 。気軽にジャスと呼んでくれ』
耳の奥で、誰かと誰かが話している。
片方は俺か。もう片方、…ジャス?…ってのと、話している。
名前の部分は、よく聞き取れない。
ここさえわかればいいんだ。ここさえ、わかれば。
『しかし奇妙な名前だな、■■■ってのも』
『こらジャス、人の名前で笑わない!』
『笑ってねえさ、ローズ。聞きなれないって思っただけ』
『はは、まあ気持ちは分かる。こっちの世界に合わせた偽名みたいなもんだよ』
偽名。
ローズ、ジャス、そして俺。
ジャスの声は、青年めいた少し低めの声。ローズの声は、落ち着いた少し高い女性の声。
何の記憶なんだろう。
誰の記憶なんだろう。
いつの記憶、なんだろう。
真っ暗で、何も見えない。
緑と桃色、黒。それがちらつくだけ。
『ジャス!ローズ!…わりぃ、頼んだ!』
たまらなく、懐かしい気がするのに。
思い出せない。わからない。
たまらなく泣けてくるのに、思い出せない。
『待て、行かせるものか!そんなことをしたら貴様も…』
『黙ってろフィスト!お前に邪魔はさせねえ!』
誰なんだ、君たちは。
俺を知っているのか。これから会うのか。もう会ったのか。
『早く行け!少しなら食い止めてやる!』
『早く行きなさい!扉が開いてるうちに、早く!』
声と名前しかわからない君たちは、いったい誰なんだ。何なんだ。
頼む、何か教えてくれ。なんでもいい、何か一つでいい。
直後、怨嗟に満ちた怒号が耳を貫いた。
『待つのだ!くっ、…待て、アビス・ナレッジぃぃぃぃぃ!』
「…大丈夫?…その、聞こえます?」
声で、我に返った。
狭苦しい壁、重苦しい天井。視界は暗く、足元は硬く冷たい石の塊。
奇妙なくらいまっすぐな通路。不安そうに此方を見つめる、茶色い犬っぽくて猫っぽくて狐っぽい生き物。
ちらちらと視界に入る黄色い毛。違和感だらけの体。寒すぎる空気。
何が起きたかわからず、何度も瞬きする。
「聞こえてますか?………もしもーし?…どうしよう、えっと」
「大丈夫、立ちくらみしただけだから」
「ひゃっ!?」
慌てだしたイーブイの少女に声をかけると、なかなかのリアクションで驚きつまづく。
その様子に少しだけ頬が緩んだ。
名乗る名前も思い出せた。というか、呼ばれた。
記憶がどうした。一種のイベントだと思えばいい。
白昼夢の中で聞こえた、妙に聞きなれたけど言い慣れない単語を口になぞる。
「俺は、……アビス。アビス・ナレッジ、だ」
多分、だけど。
今はそれが、俺の名前なんだろう。
控えめに言うと、洞窟だと思ってた場所は地獄だった。
いわゆるダンジョン。
俺の記憶が正しければ、「ポケットモンスター」というコンテンツの中でも結構妙なジャンルのモノだったはず。
えっと、人間だった主人公がポケモンになって、パートナーと旅するお話だったはず。
はずはずだらけだが、曖昧な記憶の中で『一般常識』として備わっているだけのものなので、どうしても確信が持てない。
自分がプレイしたかどうかすらわからない。
ただ、どうやらゲームの一種らしい。
そのゲームの世界と、この世界はそっくりだ。
ダンジョンの形状も、記憶にあるもののまま。
やたら一直線な道が無数に交差し、時に行き止まり、時に広間と気まぐれな配置になっている。
ミオ曰く、入るたびに地形が変わって地図も作れないそうな。
おまけに2Dゲームと違い、屋根がある閉塞感は尋常じゃない。
この小さな体が幸いしてそこそこ大きく感じるが、閉所恐怖症にはおすすめしがたい場所なのは確かだ。ポケモンの中でもでかいのもいるだろうし、なかなか不便だと思う。
ただし。
そういうところを住処にする、酔狂なポケモンもいるんだとか。
「シャアアアアアアア!」
「え、えいっ!」
ミオが体当たりでカラナクシを倒す。
序盤と言えば一撃で倒せる敵。なるほど、わかりやすい構図だ。
言葉らしい言葉を聞けないが、どうやら正気を失っているとのこと。
ならば、多少どつくのに抵抗はない。
「……で、どうすればいいんだ」
そうだった。俺はそもそも、体当たりすら覚えていないレベルゼロ的ポケモンだった。
なので、後衛支援しようにも何もできない。というか何もしようがない。
ミオに話しかけたくても、すっごいへっぴり腰の体当たりで必死。…俺を引きずってきたときの電光石火のごとき駆け足はなんだったんだ。おい。
敵にご教授願いたくても、見事に狂ったような咆哮ばかり。論外すぎる。
「…独学、かなあ…」
幸い、妄想と想像なら人間だれしも割とできる。
想像する。今、俺の姿はピカチュウだ。ならば、どう電撃を使う。
俺自身の記憶は思い出さなくていい。『知識』としての電撃は…
頬袋で電気をチャージし、的を見て、撃つ。
的、的は…
都合のいいところに、スターミーがいる。紫の六芒星っぽいのが二枚重なった、宇宙人めいたポケモン。
あれの真ん中、赤い『コア』を狙って…
…駄目だ、狙う、の感覚が分からない。意識がぶれる。
なら、照準を合わせよう。人差し指を立て、ピストルのように。
あの真ん中、コアめがけて…
「撃つ!!!」
すとん、と。
まるであっさりと、雷が奔った。見事にコアのど真ん中へ。
スターミーは一瞬縮みあがり、消えた。………どこへ行ったのやら。
まさか小さくなって急襲、と構えるも、出てくる様子はない。
拍子抜けだ。確かスターミーといえば、強いキャラ筆頭みたいなイメージがあったのだが…案山子役とは。
もやもやする。こう、理不尽というか、…何かが引っかかるというか。
「アビス、大丈夫…!?」
「…大丈夫。ただ、…ちょっと、…………驚いただけだ」
指から雷が出る感覚。頬から腕に、電気が伝う感覚。
知らないのに、この体はあっさりと実現させた。
…全く、記憶を失う前の僕は何をしていたんだ。
電撃少年だったのか。学園都市もびっくりだな。
そこから先は、下り坂だった。
といってもダンジョンが、ではない。ずっと平坦で、フロアを上がる階段以外に上下の移動は無い。
下り坂なのは、俺たちの進行度合いだった。
ミオは確かに一人ではここは攻略できないだろう。体当たりと電光石火、砂かけの三つに頼りきりだ。おまけに、臆病が災いして攻撃もしっかり当て切れていない。どうしても引き気味で、サポートに徹しやすく、逃げやすい。
雷のとき、間違いなく隠れるタイプだ。
幸い、俺は後ろから電撃の支援を送ったり、咄嗟に前衛に出て軽く蹴りを入れたり、割と体が動く方だった。…人間だった頃は、間違いなく動かない方だったがするのだが。
ともかくこのタッグなら、ある程度楽に前線を保てる。
毎秒毎秒で違和感を感じつつ、お互いのサポート、つまりダブルサポーター状態で、俺たちは進んでいた。
ピカチュウが電気タイプで、この洞窟が全体的に水タイプだったのも進む速度を挙げさせた。
段々と余裕が出てきた俺たちは、少しずつ雑談をし始める。
慢心プレイってやつだ。
「なあ、ミオ」
「なに?」
「階段って、人工物じゃん」
「んー、…確かにそうだね」
「ダンジョンに生成されないパターンって、あるのか?」
「どうだろう、少なくとも私は聞いた事…アビス、前!!」
引き裂くような悲鳴があがった。
貫くような雄たけびが上がった。
どちらも、俺の耳に入る頃には遅かった。
また、カラナクシ。地面タイプが入ってるせいで、俺が嫌な相手。
電気の入りが微妙に弱い気がするのだ。一撃で倒せなかったりするし。
そんな苦手な奴が、目の前で、苦手な技を放った直後の恰好で、嗤っていた。
泥の、砲弾。
どんな技の名前かさっぱりだけど、間違いなくそれは痛い。
ダンジョンにめり込んでたし。あんなの受け止めたら体に穴が開く。
ピカチュウが防御力で有名だったとか、そういう話は聞かない。雰囲気的に、攻撃や素早さが高く、防御系は低い種族だろう。
つまり、どんな一撃でも重い可能性がある。
いや、それ以前にダンジョンにめり込む泥なんて絶対に受け止めたくもない。
この体がどの程度頑丈なのかなんて、知りたくもない。怪我は避けたいし、致命傷も避けたい。というか痛いのは嫌だ。
ずっと攻撃を受けないようにしてきたが、これでは避けられない。
受け止めるか?…却下だ。今までの泥の砲弾と違って、速度も大きさも妙に大きい。
こいつは、強い。間違いなく、こいつだけは強い。
なら、この技は受けたくない。受けたくないけど、避けられない。
相殺は、弱い砲弾すら電撃では足りなかった。
…どう、すれば。
反射的に、腕を上げる。
こんなのじゃ、足りないってのに。
これで防げるほど、甘くないだろうに。
ガキン、と。
何かが、青ウミウシの技を防いだ。
「……は?」
鉄の壁、らしきもの。
鉄色だった。壁だった。ほどよい厚みだった。ほどよい面積だった。
それが、迫る泥と俺の間にじわりと滲むように出てきて、凝り固まり、砲弾を受け止めきり、霧消した。
カラナクシの顎が外れる。
ウミウシって顎あるのか。初めて知った。アビスの知っトクコラムに追加だな。
なんてボケかましてる場合じゃない。
何があったのかわからないが、好機。きっとミオだな。泥をいでもらったのに、これを逃して顔に泥を塗るとかシャレにならない。いや、シャレではあるけど。
素早く指を構え、二度、三度打ち込む。見るも鮮やかに決まった電撃が、一瞬だけカラナクシを硬直させた。
咄嗟に近づき、一発グーパンチ。カラナクシが崩れ落ちる。
そのまま拳を構えて、三十秒数える。…起き上がらない。KOだ。
気絶させたカラナクシをほっぽりだし、振り向く。
「ミオ、サポートさんきゅ」
「…今の、なに?」
「必殺の対ウミウシ絶対沈める拳」
「…そうじゃなくて、…今の、壁」
「…え、ミオじゃねーの?」
お互いに、幽霊でも見たような表情に。
顔面蒼白。何があったのか、両者ともにわかってなかった。
わかるかこんなの。
結局、そのフロアは言葉を何も交わさなかった。というか、ずっと考えこんでいた。
両者が、この奇妙なピカチュウの謎を。
最後の段をくだると、小さなオアシスがあった。
日差しが差している。一本だけ、ヤシの木が生えている。
周囲にちょろちょろと流れる水は、潮の香りがしない。ひょっとして真水だろうか。
久しぶりの開けた空間。踏み出すと、砂が足元で微細な音を立てる。
まるで、ビーチが落ちてきたみたいな場所だ。
「やっと、抜けたあ…」
気が抜けたような、すごく弱い声。
彼女からすれば、これも慣れない大冒険だったんだろう。
いや、自分からすればもっと慣れない大冒険ですが。異能力に目覚めて戦う少年の気持ちを知った気がする。
慣れれば超電磁砲とか撃って、最強の敵や最弱の味方と戦うんだろうか。それとも量産されて奇妙な口調でうろつくのか。
それとも仲間を探して次の町へ進み、時々映画一本分の冒険をしたり死んで蘇ったりするのか。
嫌だな、それ。
くだらない妄想でどんよりしていると、向こう側から声がかかった。
ドガ―スとズバット。言い分からしてストーカーの気質在り、通報するに値します。
あの時のイーブイへの追突、どう見ても狙ってた角度だし。
そんな角度、知らないはずだけど。
「げげ…おい冗談だろ、来んのかよここまで…」
「聞いてねえっつの…俺たちも結構苦労したってのに…」
知ったこっちゃない。
どう見ても悪いことしてる人相手に、気づかいするほど優しさは余ってない。
…こいつらが、苦労した?
結構弱かった気がするんだが。俺は慣れなかったから、ミオは臆病ゆえに少し疲れたけど、つまり両者ともに精神的疲労しかない。
それを苦労。臆病者と初心者が苦労しないエリアを、結構苦労。
…こいつら、ひょっとすると弱い。
ゲームのチュートリアルだ。
なら、多少強気でも、いいかもしれない。
もしかしたら一戦もせずにすむかもしれない。余力を考えると、それがベストだ。
一戦交えるのがベター、逃げられて追い直すのがワースト。
考えているうちに、ミオが啖呵を切った。
「ともかく、あなたたちが取ったものを返して!」
うん、切り出し上々。俺が何か煽るまでもなかった。
交渉に大切なのは会話と情報提示。…さて、次は何と叫ぶか…
「それは、私にとって大切なものなの!」
だめじゃん。
ミオさん、ダメじゃん。
泥棒にそれは禁止ワードだ。
「…大切とわかって返すなら、あいつら泥棒すると思うか?」
指摘すると、慌ててイーブイは口を押さえた。
後の祭り過ぎる。
盗っていった宝物は、見た感じ妙な石みたいだった。となると、…どうにかして価値を揺るがせさえすれば、あいつらは置いて逃げるのでは。
…いや、俺が口出しすることじゃないな。二度目、三度目の機会があったら試そう。
「宝モン…おう、こいつァ思ったより値打ちもんか?」
「売るとこ選べば大金になりそうだな、こりゃウマい獲物だぁ…」
三下過ぎるだろ、セリフ。
もっと独創的なの用意しろ。金目ならいらない、とか、なら代わりを用意してくれとか、一周回ってよし渡すわ、って感じの。
挙句、風船と蝙蝠は声をそろえ、叫ぶ始末。
「「返してほしけりゃ力ずくでとってみな!!」」
見直した。そのまま逃げずチャンスをくれるとは。単なる馬鹿の可能性もあるが。
ただ、迂闊に突っ込むと罠かもしれない。少しだけ、煽ろう。
「…なあ、すまん。さっきなんつってた?苦労?ここで?…お前ら、控えめに言って大丈夫か。弱すぎるだろ。…あーいや訂正。正々堂々戦って奪わないから、弱いのは目に見えてたな。悪い悪い」
煽れ。出来る限り。
逆上させて、出来る限り吐かせて、向こうからかからせて、丁寧に返り討ちだ。
「ぁ゛…?」
「てめぇ、よくも…言ってくれるじゃねぇか…?」
よし、乗った。
「で、今度は迎え撃つふりして逃げるのかい?それとも毒か?」
正直、意地悪過ぎた。だが、これでいい。
「…お望みとあらば、くれてやる!」
「即死するくらいやべぇ毒をな!」
やべえ毒は望んでません。そんなサービス結構です。
ともあれ、かかってきた。
これで、向こう側が罠を用意していても、俺たちがかかることはない。
では。
倒して差し上げよう、お望みのようだし。
ノリと勢いに任せ、俺は叫んだ。
「おーけー三下、
対局開始だ!四十秒で支度しな、フルボッコにしてやる!」
場の勢いって凄い。思い返せば、初陣にしては格好つけすぎて恥ずか死ぬ。
「ミオ、ガス風船を!」
「わかった!ズバットをお願い!」
咄嗟に二人で叫びあい、二手に分かれる。
目の前に迫るは、目がない青い蝙蝠。
向こうから来てくれるから、照準に指を添えずとも…
頬から放って、当てられる!
閃光が奔る。しゅるしゅると鮮やかに、ズバットの顔面に。勢いよく飛んできたズバットは、勢いよく後ろに吹っ飛び、ぴくぴくと翼をけいれんさせた。
狙ったのは腹だけど、倒せたならいい。狙いはまた今度きっちり練習しよう。
振り向くと、ミオが風船相手に電光石火を繰り出している。
ふわふわと浮いている分、少しだけ分が悪そうだ。
砂をかけたり、霧を撒かれたり。
……………。
あれー。
どっちも攻撃じゃないんですが。ただただ視界ばかり悪くなって、技の使い続けで疲れてるだけで、両者ともに全然攻撃が入ってない。
命中率勝負か。そんなに目つぶししたいのか。
考えてる間にも視界はどんどん悪くなる。やめろ、この小さな隠れビーチを汚染する気か。
「このっ、まてっ!」
「てめ、しつこいんだよっ!」
ただ、ムラサキバルーンも別に決定打がある訳じゃなさそう。
おまけに背中ががら空きだった。ガスを撒く方向も、ミオにばかり注意を向けて後ろ側が丸裸。
なので、指を構えて、撃った。
「けきょっ」
奇妙な声を上げて、残り一人がダウンする。糸を失った風船のように、というよりは、支える糸を切られたマリオネットみたいだった。
砂浜に少しだけ埋もれて、身体をけいれんさせている。電撃、そんなにきついのだろうか。痛いのが嫌なのは基本全国共通だし、悲鳴とか聞きたくないし。
今後使用をどうしようか考えてると、砂を払い終わったミオが話しかけてきた。
「…その、…アビス、…ありがと、サポート…」
「そっちも引き付けお疲れ、…っと、これだよな、盗られモノ」
クエスト完了。適当にぽいっと石を返すと、相方は慌てて受け止め、大事そうにバッグに入れた。
一件落着。さて、帰ろうか。
「ところでミオ、ごめん質問」
「なに、アビス?」
「ダンジョンを引き返すのって、もう一度挑戦?」
「遠回しに言うとね、心地よい疲労感が心地悪くなると思う」
どうやら、若干クソゲーらしい。
ミオの答えは、現代風に要約するとこうだった。
『もう一回、遊べるドン!』
もう一回遊ばせるドン精神なダンジョンを引き返す。
その傍ら、ふと気になってミオに聞いてみた。
「その、…石?…どうして大切なんだ?」
とてつもなく曖昧な問いだと思う。けど、なんとなく聞きたくなった。
聞かれてミオは、少しだけ複雑そうな、でも嬉しそうな目で答えた。
口調は落ち着いている。なんだか、夢を目指してるけどうまくいかなくて、でも夢は目の前にある、みたいな…そんな声だ。
なんでわかるのかは、さっぱりだけど。
その手の類の能力も、オプションで持っていたりするのか。それとも人間の頃の名残か。
主人公補正か。
それだな。よし今後主人公補正(仮)と呼ぼう。
なんでわかるの!?と聞かれたら、キメ顔で「主人公補正(仮)の賜物さ」、…イタイからやめておこう。
「…私の、夢の出発点なんです」
「出発点?」
「はい。…私は、冒険家になるのが夢なの。冒険家になって、この欠片の正体を暴くのが、私の夢なんです。…どこで貰ったかは、忘れちゃったんですけど…」
表情は見えない。
けど、なんだか。
なんだか、輝いた夢だな、と思った。
歩く通路は狭かったけど、彼女の夢は大きかった。
帰り道は薄暗かったけど、彼女の道は明るい気がした。
なんだか、それがすごく不似合いで。
ツクリモノのように思えて。
ニセモノのように感じて。
作ったような言葉が、自分の唇からこぼれた。
「そっか、…叶うといいな、それ」
「それが、…探検家になるのには、少し手順が必要で…」
唐突に、声が曇った。
ひょっとしてこの少女、…その手順で勇気が持てずにいたのでは。
曖昧な表情で天井を見つつ頷く俺に、彼女は唐突に切り出した。
「…私と一緒に、冒険隊になりませんか…?」