第一章 『胎動』編
第五話 激突!ライトVSイグニス(前編)
『フレイムジム』のバトルフィールド上にライトとイグニスは対峙している。

今から旅の最初の難関――ジムバッジ『炎の紋章』を獲得する為の第一歩が始まるのだ。
「ライト、頑張ってね」

アクアは二戦目に割り振られている。

彼らは二人一組のチームとして処理されたらしく、ライトかアクアの内誰か一人でも勝ち抜きジムリーダー、ヒートに勝利できれば『炎の紋章』を手に入れられると説明を受けた。

此方側に有利な条件が提示されてはいるが、内心はあまり自信がある訳では無い。

俺達に一見有利な様な条件だけど、裏を返せばチャレンジャーに分があるシステムにする程自信があるって事だ・・。

肝心のジムリーダーはまだ姿を見せていない。

「まさか初戦でお前と当たるとはな・・」

イグニスは既に戦闘態勢に入っているようだ。

腰を落とし右手を胸の近くまであげ、左手を腰の部分で構えている。

「お互い良いバトルをしようぜ、チャレンジャー」

「・・ああ」

緊張感が張りつめ始めるなか、審判が声を張り上げる。

「これより、チャレンジャーとジムメンバーとのバトルを開始する!・・・初めっ!!」
「先手必勝!」

先に飛び出したのはイグニス。拳に炎を纏わせ、ライトに迫る。

炎タイプの物理技『炎のパンチ』だ。

「喰らうかよっ」

ライトは体を低くし、フィールドの端まで移動しイグニスの攻撃を回避する。

地面を抉る拳。

巻き上がる砂埃がフィールド全体を包み込む。

成程な。一発であの威力・・流石に最年少のシルバーランクって所か。

そっとライトは握り拳を開く。パチッと指と指の間に一瞬、電流が走った。

普通ピカチュウは“電気袋”と呼ばれる電気エネルギー生成器官から電撃を発するのだが、ライトは物心ついた時から掌からも電気を生成できる特殊な体質だった。

ゆっくりとライトは右腕を目一杯のばし、手を大きく開く。

この指と指の間――言わば照準器の役割を果たすその間を凝視する。

まるでターゲットに狙いを付けるスナイパーのようだ。

砂埃の向こうに見えた影。

炎のパンチを今度こそ当てる気でいるイグニスをライトの瞳が捉える。

「そこだ!雷撃弾(サンダーストローク・バレット)!」

掌から放たれる電気の弾丸。

それは煙で姿を隠していると油断していたイグニスの胸を貫いた。

「ぐぅ・・!」

着弾した瞬間全身を駆け巡る雷の衝撃。

完全に不意を突かれたイグニスは思わず、その場に跪く。

「くそ、やってくれるじゃねぇの・・。チャレンジャーさんよ・・」

雷撃弾を用いた遠距離攻撃。

ライトの十八番だ。


(この距離を保っている限り俺は負けない・・)

再び掌にエネルギーを溜め“弾丸”を充填する。

(もう一発・・。今度は頭にぶち込む。それで気絶させて終了だ)

この砂埃が遠距離スタイルの自分にアドバンテージをもたらしている事は疑いようのない事実だ。

俺が有利なうちに、次で決める!

砂煙の向こうに薄らと見えるヒトカゲの像目掛けて、ライトは二発目を放った。

「フィニッシュだ!」

放たれるサンダーストローク・バレット――雷撃の弾丸。

二発目は完全に頭を貫いた。その場にヒトカゲ像が倒れ込むのが砂煙を介してでも確認できる。

「よし、仕留めた」

ライトは腕を降ろし、勝利を確信した・・・が。

それは間違いだった。


「誰を仕留めたって?」

「!?」

不意に後ろから声がした。

驚きの余り声も出せず、瞬発的に振り返ったライトの顔に『炎のパンチ』が一発直撃する。

「がっ・・」

そのまま2メートル近く吹っ飛ばされ、ライトは成す術なく地面に激突してしまった。

「な・・なんで・・」

確実に攻撃はイグニスを貫いたはずだった。

手ごたえは十分あった・・なのに、何故?

じんじんと痛む頬を抑え、何とか立ち上がる。

と目に飛び込んだのはイグニスの後ろにある“穴”。

「まさか――!」

ハッと振り返り、砂煙が晴れクリアに見えるようになった先ほどの場所に目をやる。

そこには確かに雷撃弾に貫かれて倒れているヒトカゲの姿があった――最も、一目見ただけで分かるような偽物だったが。

そのヒトカゲの分身人形の近くにも同様に“穴”が開いている。つまり・・・。

「『身代わり』からの『穴を掘る』って訳か・・」

「そうさ。お前が二発目で決めようとしてくる事は分かってたからな。『身代わり』で囮を作って、『穴を掘る』から奇襲を仕掛けるなんざ簡単な事だ。・・・あの砂煙だ。囮をオレと間違えても無理ないぜ。なんせ、“この奇襲を成功させる為”に砂の煙幕をフィールドに展開させたんだからな」

ライトは歯をギリッと食いしばる。

全ては彼の、イグニスの計算通りだったのだ。

最初の攻撃が大振りだったのは、恐らくライトを油断させるため。

そしてそれ以上にこのバトルフィールド全体を砂煙で覆う事が目的だったのだろう。

視界を遮り相手の油断を誘い、その隙に自分は『身代わり』で分身を作り『穴を掘る』で潜み好機を伺う。

相手が『身代わり』によって生成された囮に気を取られている隙をついて、一気に攻撃をぶち込む――これがイグニスの作戦だったのだろう。

勿論全てがイグニスの思い通りだった訳では無い。

一発目の『雷撃弾』による狙撃は彼にとっても不測の事態だったようで、未だにイグニスの体には軽い痺れが残っている。

だが、それを差し引いてもイグニスの戦略がライトの実力を凌駕しているのは事実だろう。

「く・・」

何とか立ち上がるライト。

イグニス渾身の『炎のパンチ』の威力は凄まじいもので、体全体にダメージが響いてる。

「お、まだ立ち上がれるのか。普通なら一発でK.Oなんだけどよ・・根性あるなぁ」

・・・一発で沈められなかっただけましだな。

ライトはイグニスに『十万ボルト』を放つ。

無論、当たるとは思っていない。

少しでも彼との距離を開ける為だ。

予想通りイグニスは後ろに跳躍し、『十万ボルト』を回避した。

「なーる。如何やらお前、接近戦向きじゃねえのな。さっきの雷の弾丸といい。遠距離のバトルスタイルって事か」

「本当は見抜かれる前にケリを付けたかったんだけどな・・」

スッと右腕を上げ、右手をイグニスに向ける。先ほどと同じように。

だが、勿論放つ技は同じでは無い。

「――雷撃散弾(サンダーストローク・ショットシェル)!」

放たれた雷の弾丸・・先ほどより1.5倍ほど大きめの弾はライトの手から高速で撃ち出された直前に“弾けた”

「なっ!?」

驚いたのはイグニスだ。

回避出来ると踏んでいた雷の弾丸が分裂し、無数の電撃として自分を襲ったのだから無理も無い。

「ぐぉぉぉ!」

イグニスは堪らず体を大きく揺らしフィールドの端まで逃げる。

・・そうだ。それでいい。そこなら俺の射程内だ・・。

『雷撃散弾』は中距離用の技だ。

射程が短い代わりに近づいてきた相手に無数の電撃をお見舞いする事が出来る。

逆に遠距離用の『雷撃弾』は威力が高い代わりに隙が大きく、大味な技だ。

だからこそ一発当てるかどうかが重要になってくる。

「今度こそ仕留める!雷撃弾!」

「同じ技を喰らうかよ!『火炎放射』!」

流石に二発目を喰らうのはまずいと感じたイグニスは火炎放射で『雷撃弾』を迎え撃つ。
自分の“弾丸”が相殺されたのが少なからずショックだったのか、ライトは少し顔を顰める。

「くそ、さっきから俺のスナイピングを避けやがって・・・」

「ま、そう苛立つなって。バトルの醍醐味はこれからだ」

イグニスはニヤッと笑い、指を横に振る。

「見た事の無いオリジナリティ溢れる技の数々、見事だぜ。特に電気タイプの技を“弾丸”にするたぁ中々センス良いじゃねえの。――チャレンジャーさんよ、このまま技を披露されっぱなしじゃオレとしても詰まらねぇ。こっちも見せてやるよ。・・・とびっきりの“技”ってヤツを!


                    ****

「あ、イグニス。あれを使うつもりだな」

ライト達がバトルフィールドで熱戦を繰り広げる中、観客席でジムから無料支給されるチャイを啜りながらソウルは呟く。

横には先程保護したピカチュウも座っている。

ジムにそのまま預けても良かったのだが、やはりソウルの数少ない友がチャレンジャーとバトルを行うのだ・・ここは見ておくべきだろうと、保護したピカチュウと共に今バトル観戦をしている所なのだ。

一方の彼は自分にも配られたチャイにじっと目を落とし続けている。

一向に飲む気配を見せないピカチュウが気になるのか、ソウルはバトルフィールドに目を向けたまま喋りかける。

「そのチャイは安全だよ。ボクが保証する」

ソウルがそう言って自分のを啜って見せると、そのピカチュウも少し間を置いてからチャイを飲み始めた。

「・・美味しい?」

「判断がつきかねます」

その珍妙な答えにソウルは吹き出してしまった。

「あはははっ!随分と変わった答えだね!」

美味しいかと聞かれて、美味いとも不味いとも答えずに『判断がつかない』と答えられた事など今まで無かったからだ。

思わず笑ってしまった後に全く表情を変えずに無表情のまま此方を見つめ続けているピカチュウの視線に気が付き、ソウルは笑うのを止めた。

「・・ごめん。気に障った・・?」

「いえ、全く」

こちらをじっと凝視し続ける視線には何の感情も籠っていない。

まるで自動返答をする人形と話しているようだ。

吸い込まれそうな黒い瞳から目を逸らすと、ソウルは視線をバトルフィールドに移す。

再び視線をチャイに写し、1ミリも微動だにしなくなったピカチュウにソウルはため息を付いた。


「ま、チャイの観察もいいんだけど、折角目の前でポケモンバトルが繰り広げられているんだから・・その、バトル観戦も楽しんだらいいんじゃないかな?」

ね?と念を押すようにピカチュウの方を見ると、体を全く動かさず顔だけが此方を向いていた。

驚いてビクッと飛び上がるソウル。

両手にチャイを抱え体を固定したまま45度近く首だけ動かし、此方を凝視されていたら誰でも驚くだろう。

「―――いや、別にバトルを観戦しろって言っている訳じゃないんだよ?あの・・ただ、いい機会だから・・いや、君がチャイ観察を続けたいなら強制はしないけどさ・・・」

まずい・・このピカチュウ苦手だ・・。

コミュニケーションが続かないよ・・。

ピカチュウはゆっくりと首を前方に動かし今度はバトルフィールドを凝視し始めた。

ソウルのアドバイスを受けたのか、それとも自発的にその気になったのかは定かではないが、とにかくチャイから目を離した事だけは確かだ。

「――――あなたが先程“イグニス”と呼称したポケモンは只今現在バトルを行っている個体のどちらかなのでしょうが、その名はあのヒトカゲの事を指しているのですか?それと相手側のピカチュウの事なのでしょうか?Ignisとはラテン語で“炎”を意味している事実を鑑みるに、炎タイプのヒトカゲの名称だと推測するのが妥当ではありますが、あのピカチュウにIgnisの名が与えられている可能性も十分に考えられ、またこれらの推測に対して私は十分な確証を持っているとは言い難く、ソウル、あなたに対して情報の提示、及び私の疑問に対する回答を求めている次第です」


先程まで完全な沈黙を保っていたピカチュウの長文質問に面食らったソウルはしばし目を瞬かしていたが、やがて少しだけ微笑む。


「いや、君の想像通り、イグニスはあのヒトカゲの名前さ。ボクの友達でね・・それでこのバトルは見ておきたかったんだ」

ソウルにとってイグニスは親友以上の存在だ。家族、と呼んだ方が適切かもしれない。

いや、イグニスだけではない。ここ『フレイムジム』自体が彼にとっては家と言える場所だ。


あの忌まわしい事件でボクは全てを失った・・・。

愛する家族、大切な仲間、慣れ親しんだ故郷。

掛け替えの無い“宝”をある存在に踏みにじられ、自らもまた死の淵をさまよっていた時・・ここのジムリーダー、ヒートにソウルは助けられたのだ。

全てを失い絶望の底にいたソウルをイグニス達は快く受け入れてくれた。

惜しみない絆と愛情を体いっぱいに受け続けたソウルは絶望に呑まれる事なく、今まで生きてこられたのだ。

再び沈黙したピカチュウを見ながら、ソウルの心に同情心が湧いてきていた。

ちょっと変わってるけど、彼もまたボクと同じ境遇なんだろうな・・。

どうにも彼には感情が欠落しているようだけど、恐らく過去に受けた傷で感情が封印されているんだろう・・だから、ボクにも波導が読めなかったんだ。

波導は心の波。

閉ざされた心はその波導を内に閉じ込めてしまっているから・・。

「・・心を閉ざす事はないよ。記憶を失って辛いと思うけど、過去を取り戻すその日までボクが傍にいてやるから」

ソウルはそっとピカチュウの右手を握る。

冷たい手。

まるで陶磁器を触っているかのような・・本当に生きているのか分からない程ひんやりとしている。

彼もまた自分の同じ、大切なものを失う体験をしたのならば、その心が癒え過去を取り戻すまでボクは彼に寄り添おう。

かつてイグニス達がボクにしてくれたように、今度はボクが誰かを癒す番だ。

じっとこちらを見つめるピカチュウの手をぎゅっと握り、ソウルは心に誓ったのだった。
                   





















アブソル ( 2012/10/29(月) 18:49 )