第一章 『胎動』編
第十八話 蠢く脅威
ジムの奥に招かれたライト達は、建物の最深部のある部屋に案内された。重苦しい扉の先には円卓を囲うように、既に数名のポケモン達が席についている。

皆、胸元や腕に金細工のジムの紋章をつけている。一目で分かった。彼らは全員、『フレイムジム』の幹部達――即ち、ゴールドランクの炎ポケモン達なのだと。

「なぁ、いったい何が始まるんだ?」

「……今にわかるさ」

炎タイプ以外で今この場にいるのは、ソウルとライトの二人だけ。周囲が皆最低でもゴールドランクという猛者達だからか、すさまじい緊張感でライトの体は硬直していた。

場違いも甚だしい。

そうこうしている内に円卓の席が埋まり周囲を沈黙が支配し始めた中、ゆっくりと威厳を含めて喋り始めたのは勿論、ジムリーダー、ヒートだ。

「いきなりの招集にも関わらず集まってくれたことに感謝する。まぁ、前置きしてる暇はねぇから単刀直入に言う――連中がソウルを見つけた」

その発言に周囲がざわめく。ソウルはただ下を向いたままじっと耐え忍ぶような表情を崩さない。

ある者は顔を青くし、またある者は隣りの者と相談を始める。たったの一瞬で会議室全体が無秩序と化していく中、ヒートは至って冷静にじっと目を瞑っている。

ざわめきが次第に大きなものへとなっていく、そんな時

「静まれっ!」

一括が飛んだ。決して声を荒げている訳ではないにも関わらず、一瞬で周囲がシン…と静まり返る。

これが真のリーダーなのだと、たった一言で場の秩序を戻したヒートにライトは内心敬意を抱いた。

「皆の言いたい事は分かる。が、今は雑談で時間をつぶしている場合じゃねぇ。俺達が為すべきは、奴らの一手先を読むことだ」

静まりかえる会議室。円卓に沿うようにライト達が座っている中、ヒートはゆっくりとその背後を歩く。

数歩してぴたりと彼の足音が止まった。その視線の先にはソウル。

ソウルは振り向くことなく、小さくため息をついた後、重い口を開いた。

「……状況の説明、ですか?」

「ああ。なるたけ事細かに頼む」

ぽつりぽつりと状況が細かく説明されていく。カタリナの服装、種族、性別、おおよその年齢から始まり、ライトと接触しており、攻撃を仕掛けたが失敗して取り逃がした、という所まで…さらに悪い事には、一撃で仕留めようとしてしまったせいで、ミコト一族の秘儀を見せてしまったという事実を含め、ほぼ全てをソウルが話し終えた頃には、何故か全ての視線がライトに向けられていた。

「まずい事になったな」

ゴールドランクの一人がぽつりと呟く。いったい何がまずい事なのか、ライトには分からない。だが、どうも深刻な事態であること、そして何より自分がこの件に関して何らかの関わりがあることは、何となく理解し始めていた。[

「…ライト、突然だが一つ頼みがある」

突如、ヒートが静かに口を開いた。「なんですか」と返すか返さないかの内に、補佐役と思わしきポケモン―種族はリザード、やはりというか金の紋章を首からぶら下げている――が、いそいそとヒートの下に馳せ参じた。

その手には、見慣れたカバンが。

「あ、俺のバッグ!?」

確かバトルをする前に外して地面においていたはずだ。いつの間に回収したのだろう。

差し出されたバッグを乱暴にひったくると、ヒートはなんと、その中に手を突っ込んだ。
これにはライトも唖然とするしかない。が、直ぐに自分の私物が無造作に探られている事実に気づき、慌てて抗議する。

「ちょ、何やってるんですか!?」

ライトの抗議の声も無視し、カバンの中から次々と物を引っ張り出してゆくヒート。

飴玉、何かの包み紙、ビニール袋、地図、怪しげな電気ポケモンの写真集、道端で拾ったであろう石ころ、花、ハンカチ、水筒、コイン……と卓上に並べられてゆくライトの私物。次第に赤くなるライトの頬。

思わぬところで喰らったプライバシーの公開処刑は、しかし、ヒートが目的のものを見つけた事によって終わりを迎えた。

「あった…」

取り出されたものは、中央に瞳がある十字架が彫られた薄い長方体のロケットペンダント―――それを見た場の全員が、持ち主であるライトを除いて、一斉に凍りつく。

当のライトはぶつぶつ文句を言いながら、卓上に並べられた私物をカバンに戻していたのだが、流石に空気が変わったのに気が付いたのだろう、写真集をバッグの奥の方に突っ込みつつ顔を上げた。

「……あの、何か問題でも…?」

恐る恐る聞くが、ヒートは何も答えずただ掌の中のペンダントを見つめるのみ。

ライトにはただの金細工が施された装飾品にしか見えないそれ――そもそも、自分の鞄に入れた記憶が無いものだ。恐らくトレノかシンティラが入れたのだろうが――をヒートは光にかざしてじっと観察してゆく。

まるまる一分の時間をかけ、まるで鑑定士のようにペンダントを観察し終えたヒートは卓上にそれを置くと、ため息をついた。

「ヒートさん、やはりこれがトレノさんの仰っていた……?」

「ああ、おそらくは。……だが」



先程のリザードに耳打ちするヒート。席が離れていてライトには何を言っているのが聞き取れないが、その直後にリザードがこちらを見て目を丸くしつつ、ちらりとこちらを見てくる。

先程から自分の肩越しに話が、しかも秘密裏に進んでいるのを肌で感じ取ったライトは思わず顔をしかめた。

(何なんだよ、さっきから……)

少し文句の一つでもいってやろうとかと思っていると、急にヒートがこちらに向き直る。
思わす背筋が伸びた。

「…ライト、お前に少し話したい事がある」

「ッ!?いいんですか、ヒートさん!」

目を剥いてヒートに詰め寄るリザード。彼だけではない、他のゴールドランク達も皆抗議の表情を浮かべていた。これまでのジム構成員のヒートへの尊敬ぶりを見てきたライトとしては、こうして真っ向からヒートの言動を否定しようとするその態度にただ驚きを隠せない。

「まだ早すぎます!彼はまだ子供…ッ」

「――そう思うか?」

冷え切った声。恐ろしいほどの威圧感にリザードが凍りついた。

いや、彼だけではない。ライトを含めた周囲のポケモンは皆身動きが取れなかった。ヒートから放たれる無言のプレッシャー、すさまじい威圧感のせいだ。

「―――ライトはまだ子供、確かにそうだ。じゃあ、“早すぎる”?……それは違う。遅すぎたんだ、何もかも」

そこまで言い切った後、ヒートは少し間を置くと「まァ、俺も全てを知っている訳じゃねぇが……」とつぶやいた後、再びライトへと向き合った。

「話してやるよ、真実の断片を」


                 ****

『フレイムジム』から少し離れた港に一隻のタンカーが停泊していた。本来荒波にもまれ薄汚れていてしかるべき船体は、しかし、何故か妙に真新しく見える。

その船内にある関係者専用通路を一匹のポケモンが歩いていた。茶色のふわふわとした毛皮に丸みを帯びた尻尾、その愛らしい姿の奥に底知れぬ進化の可能性を秘めるポケモン――イーブイだ。

イーブイ、ではあるが、本来ならばくりくりとした丸い目が種族上のチャームポイントであるはずだが、その捻じれた性格が表れているのか目つきは悪く、左目には布を巻いて眼帯としている。

彼の名はマルクト。宣教者カタリナ直属の上司であり、この『ガーデン・オブ・エデン』の10名の幹部が1人である。

「ダアトが持ち去られ、有機ボディの1体が紛失してから一週間、依然として消息は不明……全く何処にいるんだか」

カタリナと話していた時の穏やかな表情はどこへやら、すっかり本性が顔に出ている。

それでも可愛らしい外見のおかげか、そこまで嫌らしい表情にはなっていないのが唯一の救いか。

と、突如右足の巻いている通信用デバイスの着信ランプが点灯する。

「…カタリナからか」

発信源名にある彼女の名を一瞥すると、マルクトは不機嫌な表情のまま通信スイッチをオンにした。

『マルクト様ッ!』

立体ホログラムのカタリナの様子はいつになく興奮しており、これは何かあったなと直感したマルクトは両手で顔を少し揉んで表情を解す。

彼女の前では優しい上司、これがマルクトの自己ルールである。

何せ彼女は『ガーデン・オブ・エデン』の熱心な信者であり、同時に優秀な布教者でもあるのだ。

彼女自身に悪意やマイナスの感情が殆ど無い為、“布教活動”にこれほど適した人材はおらず、同時に宣教団のリーダーを務めるカタリナの信頼を確固たるものにしておく事は、幹部としての役割の一つなのだから。

「なんだい、カタリナ」

マルクトは出来うる限りの笑顔でホログラムに話しかける。カタリナは「それが…」と少し口ごもった後、心の準備が出来たのか一気にしゃべり始めた。

『私、目撃してしまったのです!…『フレイムジム』であるピカチュウが、“神の御業”を使用居ているのを!』

「……なんだって?」

“神の御業”とは、カタリナ流の表現であり、実際にはLE-フィールドを始めとする特殊な能力を示す事はマルクトも承知している。

つまり、今現在彼女を調査に赴かせているあのジムで失踪したダアトを見つけたと、彼女は報告しているのだ。

これには流石のマルクトも目を丸くする。“聖遺物”の探索をさせるつもりだったが、まさかそれ以上に発見が急務な存在を見つけてくるとは――カタリナは時々、本気で神がかっている時があるが、まさかこれほどとはマルクトも思ってはいなかった。

(やはり、彼女に行かせて正解だった。…それにしても、ジムに逃げ込んでいたとはねぇ……)

マルクトの口角が少し上がる。ダアトの発見が急務だった現状、もし彼を他の幹部に先駆けて取り戻せれば、彼の立場も上がるというもの。

そして、何よりも。

(これで順調に計画も進められるってものさ)

「よくやった、カタリナ。君はそこから離れるんだ。僕は同志を連れてそちらに急行するから」

『まだ布教が終わっていませんが、よろしいのですか?』

そんなことこの際どうでもいいんだ、と叫びたくなる気持ちを抑えて、マルクトは満面の笑みを浮かべた。どうも、心からの笑みというのが苦手な彼にとってこの演技はだいぶ苦痛なのだが、カタリナの信頼をつなぎる止める為だ、と自分に言い聞かせる。

「いいんだよ。後は僕らに任せて。いいね?」

『……了解しました』

カタリナは布教したりなさそうな顔をしたものの、了承し通信を切った。

完全に通信が切れ、立体映像が消えたその瞬間、マルクトは心の底からの笑みを――悪意に満ちたとても邪悪な笑みを――浮かべた。

そしてそのまま急ぎ足で船内の階段を駆け下りると最深部のある部屋の前で立ち止まる。
何物も寄せ付けない重い金属の扉。天井からは二台の監視カメラが取り付けられており、その病的なほどの警戒ぶりはこの組織の後ろ暗さをそのまま象徴しているかのようであった。


真っ黒な金属製の扉の前でマルクトは、認証コードを告げる。

「Pass code: Malchut」

『コードを認証しました』

機械音声と共に扉が開いてゆく。

コンピュータの青いLEDランプだけが点滅する暗い部屋の中を慣れた様子でマルクトは進んでいき、その部屋の一番の奥のある装置の前で立ち止まった。

円柱型のカプセルの中には一匹のピカチュウ。来訪者の気配に気づいたのが、少し瞼を開けた。

『……何の用だ』

まだ少年なのだろうか。青年というには幾分か声音が高い。

不機嫌そうな声に、しかしマルクトは構う事なくにこやかに告げる。

「お仕事だよ」

『戦闘か?』

若干声に感情が入った。期待という名の、歪んだ喜びの感情が。

そんなピカチュウに心の中で「戦闘狂が…」と罵りながらも、カタリナとの付き合いで培った笑顔演技でもって、微笑みを浮かべたままマルクトは続ける。

「そう。少し潰して欲しいジムがあってね」

『全員ぶっ潰していいのか?』

「まァ、そう逸らずに。目的はあくまでダアトの回収ね。それを終えたら皆殺しでもいいけど、あんまりやりすぎないように」

“皆殺し”と“やりすぎないように”という一見矛盾した命令を下しながら、マルクトはカプセルの下部にある制御パネルを操作すると、保護ケースが開き、中からピカチュウがヒタヒタと出てきた。

背中にある接続部分からコードを何本も引っこ抜くと、肩を回しつつ期待に胸を膨らませている様子でさらに問うてきた。

「とりあえずそのダアトとか言うやつを回収すりゃ、後は全部潰しちまえばいいわけだ。…久々にヤりあえそうだな」

「――というか、僕も同伴するからね。僕がダアトの回収を試みるから、キミはその補助に回りつつ邪魔者を随時排除してくれればそれでいいからさ。――頼んだよ、エデンの剣が一つ……“トニトルス”」

トニトルスと呼ばれたピカチュウは、全身から青白い電光を一瞬放ち不敵な笑みを浮かべた。

エデンの脅威が眼前まで迫っていることを、ライト達はまだ知らない――


■筆者メッセージ
新キャラ、トニトルスについてはおいおい明らかになります。

アブソル ( 2015/04/28(火) 15:41 )