第一章 『胎動』編
第十四話 LE-フィールド
ライトの無意識下での攻撃『雷神』によりジムの施設の一部が大きな損害を受けてしまったが、バトルの開催の障害になる程の損傷ではなかったため今日一杯この場で行われるバトルについては実施を行う決定が下された。
ヒートはフィールド外で治療を受けている。もしトゥエンティがイグニスを打ち破った場合に、ジムリーダーとして挑戦者と戦う義務が発生するからだ。

イグニスはトゥエンティと向かい合うと、軽く握手を交わした後軽く笑ってみせた。

「さっきはライトの奴に負けちまったが、今回はそうはいかねぇ。お前を倒して名誉挽回してやるぜ」

「あなたが、私を倒すと?You are kidding me.」

相変わらずの抑揚のないトゥエンティの喋り方の中に小さなトゲを感じ、イグニスはムスッと黙り込んだ。イグニスの聞き慣れない言葉の意味は分からなかったが、少なくとも嫌味であることは何となく感じ取れる。

全くの無表情な分余計に腹が立つがそこはぐっと押さえ、イグニスはフィールドの端まで移動した。トゥエンティが反対側に移り終えたのを見て審判がバトル開始の宣言を下す。

「これより、チャレンジャー・トゥエンティとシルバーランク、イグニスのバトルを行う。バトル、開始!!」

「先手必勝!火炎放射!」

先攻をとったのはイグニスだ。腹に力を溜め一気に炎を噴きだした。ライト戦の時に見せた炎より何故か威力が上がっている。恐らく腹のむかつきを炎に乗せたのだろう。

イグニスの先制攻撃にトゥエンティは全く動かない。防御する素振りさえ見せず、もろに火炎放射の直撃を受けた。

ニヤッと笑うイグニスだが、しだいにその顔から笑いが引いていく。代わりに驚愕が彼の顔を覆っていった。

炎がトゥエンティの体に吸収され無効化されていく。その現象をイグニスは以前に何度か見たことがあった。

炎ポケモンにとって天敵ともいえる特性“貰い火”だ。
ゴールドランク同士の公開バトルは度のジムでも年に数回行われるが、ここ『フレイムジム』でもヒートとゴールドランク、キュウコンのフェゴとのバトルにおいては特性“貰い火”による防御アドバンテージを利用したフェゴがヒートを追い詰めた過去がある。

『フレイムジム』にもこの特性を持つポケモンは多く、その他の炎タイプのジム員は“貰い火”という課題を克服すべく日々鍛錬に励んでいるのだ。

“貰い火”・・炎技のダメージと追加効果を無効化し、自らの炎技を強化する強力な特性――だが、“貰い火”を持つポケモンは限られており、しかもその全てが炎タイプのポケモンのはずだ。

それを何故電気タイプのピカチュウであるトゥエンティが持っているのか、イグニスには理解できなかった。

「お前、その特性・・“貰い火”か」

「その通りです」

トゥエンティは平然と自分の特性が“貰い火”だと公言した。その発言に会場中が騒然とし始める。

確かに同種族のポケモンでも持っている特性の種類が違う事があるのは事実だ。

同じポケモンであっても異なる特性に生まれつく事はごく一般的で、大体1〜2種類の特性のバリエーション、或いは極稀に“夢特性”と呼ばれる3種類目の特性で生まれるポケモンもいる。

しかし夢特性を含めたとしても、ある種のポケモンがどのような特性に生まれつくかは、そのポケモンがどの種族であるのか、という条件に大幅に制限されるのだ。

通常ピカチュウの特性において、夢特性を含めても絶対に“貰い火”である事などありえない。

「なんでお前がその特性を・・」

「先程このジム内に居たキュウコンから獲得した特性です。『特性吸収(アビリティドレイン)(アビリティドレイン)』と呼称される能力であると、私のデータベースに記録されていますが、それにより私の現在の特性は“貰い火”に書き換わっています」

妙な言い回しに少々戸惑いつつものイグニスはある事に気がつく。キュウコンから、とトゥエンティは言った。
このジムにキュウコンは一匹しかいない。

最高位のゴールドランクに属し、実力ではヒートに次ぐと噂される存在、フェゴだ。

まさか、とイグニスを始め場内の誰もが疑惑の目をトゥエンティへと向ける。

と同時にバトルフィールド外部で腕を組んで観戦していたヒートは嫌な予感を感じ、急ぎ足でジム内へと駆けて行った。

「トゥエンティ、お前フェゴさんに何をした!?」

今がバトル中だという事を一瞬忘れ、イグニスは声を荒げる。

フェゴは彼にバトルのイロハを叩き込んでくれた恩師である。ヒート直伝の「サラマンドラ」以外の技やバトルの基礎は全てフェゴが指導してくれた。

イグニスはフェゴを尊敬し、彼に恩を感じている。問い詰める様な強い口調になってしまうのは、フェゴに対する恩義の裏返しだ。

「『生命吸収(アニマドレイン)』によるエネルギー補充の為に活用させていただきました。『特性吸収(アビリティドレイン)』による特性“貰い火”の獲得についても同様です」

説明するトゥエンティの態度はあくまで淡々としており、そこには一切の感情が感じられなかった。

言い訳するでも悪びれるでも無くただただ事実だけを述べるその姿にイグニスは怒りよりも先に恐怖を覚える。
トゥエンティの言う『アニマドレイン』なる技はイグニスは聞いたことが無かったが、彼の本能の中に危険信号のランプが灯った。フェゴが危ない、と。


「活用だって・・フェゴさんは無事なんだろうな!?」

「エネルギー補充後の彼の状態については私の管轄外です」

今すぐにでもジム内に戻ってフェゴを探したい衝動に駆られるイグニスであったが、荒ぶる心を宥め自らの怒りを落ち着けようと1、2度深く深呼吸をした。

落ち着け、今はバトルに集中するんだ。フェゴさんから教えられたじゃないか。

“思い煩うな 今を生きろ”ってさ。

ここでバトルを放棄してその場の衝動に身を任されば、俺はヒートさんから貰ったチャンスをドブに捨てる事になる。

ヒートさん、いやジムの皆の期待を裏切ることになるんだ。

退くわけには行かない。そう決心するとイグニスはキッとトゥエンティに闘志の宿った瞳を向けた。

(炎技が無効なら・・)

「『穴を掘る』!」

バトルフィールドの地面に穿孔し地中深くに潜った。地面タイプの『穴を掘る』ならば電気タイプのピカチュウに対しダメージが増加する。本来ならば特異な炎技で攻めたい所だが特性が貰い火に書き換わっている以上、炎技は封じられている。苦肉の策だった。

対してトゥエンティは動かない。回避しようという意志が全く感じられないその姿に会場のポケモン達も動揺を隠せない。

「捕えたッ」

地中からイグニスが飛び出しトゥエンティを攻撃する。
しかし、『穴を掘る』による攻撃はトゥエンティには届かなかった。

突如発生した障壁がイグニスの攻撃を阻んだのだ。

発生源のトゥエンティを中心に展開している球形のバリア。それはまるで赤いガラスで出来ているようだった。
透き通ったワインレッドのバリアは日の光に照らされ、より一層怪しげな美しさを湛えている。

クリアレッドの防御壁の内側からトゥエンティの冷たい視線がイグニスに投げかけられている。

「なんなんだよ、この技。『守る』、じゃねえよな』

バックステップで距離を取るイグニスに対し、トゥエンティはその場を動かずゆっくりと口を開いた。

「『LE-フィールド』を展開しました。君の攻撃は無効です」

「ならッ『切り裂く』だ!」

今度は物理技『切り裂く』による強襲を仕掛ける。技の発動により一時的に硬化した爪でLE-フィールドを引き裂こうとするも、防御壁には傷一つつかない。

嘘だろ、この障壁ハンパ無く硬ぇぞ!?

LE-フィールド、とトゥエンティが呼ぶバリアはイグニスが経験した事が無いレベルの強度だった。

同じような技に『守る』があるが、あの技が仮に『穴を掘る』と『切り裂く』の2連続攻撃を受ければ間違いなく崩壊するだろう。

だが、この妙なバリアは高威力の技を連続で受けてもなお崩壊の兆しを全く見せない。

信じられない耐久性だ。

フェゴから奪った特性“貰い火”で炎技を封じられ、主に対地面タイプや奇襲用に習得した『穴を掘る』や『切り裂く』を無力化されイグニスにはもう成す術がない――最後の切り札『サラマンドラ』を除いては。

魂炎は通常の炎技ではない。自らの精神を燃料とする思念の炎だ。

炎技としてのダメージが“貰い火”に吸収されたとしても、相手を自らの魂の一部に触れさせ精神的衝撃を与えるという特性までは無効化されないはずだ。そうイグニスは考え、トゥエンティに何かされる前に再び距離を取った。

対するトゥエンティはと言うと、全く動かずじっとイグニスを見つめている。

無言のトゥエンティが一体何を求めているのか、イグニスも本能的にそれを悟る。

彼がこのバトルに臨んだ最大の理由。それはイグニスの切り札『サラマンドラ』を観測する事に他ならない。

(本当なら一日に何度も使うのはキツいんだが・・)

自らの精神を燃やし炎とする大技『サラマンドラ』はその特殊な使用条件により、使用後イグニスは極度に疲弊してしまうのだ。

だが、今はそうも言っていられない。トゥエンティを倒すにはこのバリアを突破する必要があり、その為には出し惜しみなどしている暇など無いのだ。

「――行くぞ、『サラマンドラ』!」

イグニスの咆哮と共に炎で構成されたトカゲがフィールドに現れた。フィールドを覆わんばかりの巨体を召喚する事は、ヒートとは違い出来ないものの、それでも並みのポケモンよりも遥かに大きな巨体を震わせ行ける炎はトェウンティを見据えている。

最も、ライト戦の時よりも規模が小さいのはイグニスに疲れが出ている証拠だ。

「精神をエネルギー変換する技ですか。興味深い、非常に興味深い」

トゥエンティは相変わらず無表情で平淡な喋り方は相変わらずではあったが、どことなく知的好奇心の籠った声音でぼそぼそと何度も「興味深い」と呟いている。

だが、“観測”に興じるトゥエンティに密かに視線を投げかけている者もいた。

フレイムジムの倉庫で“聖遺物”を探していたサーナイト、カタリナもまたトゥエンティ達のバトルを窓から眺めていたのだ。

マルクトから指示された探索は難航しており、ここには“聖遺物”は無いのではないか、そう思い始めていた頃外が急に騒がしくなり何かと思い倉庫の小窓から外を見やると、ポケモンバトルの光景が目に飛び込んできた。
ここはジム。それだけならばカタリナは気にも止めずに(十字を切りはするだろうが)、探索を続けていただろうが、問題はジム構成員と思わしきヒトカゲの対戦相手のピカチュウが使った技だ。

透き通った美しく揺らめく紅きバリア。

カタリナはその技に見覚えがあった。マルクトとの連絡に使用していた小型デバイスをポケットから取り出し急いでそのバリアをスキャンする。

「・・・やっぱり、思った通りだわ」

今現在ヒトカゲの攻撃の全てをシャットアウトしているバリア解析させると、デバイス内のコンピュータは内部情報に該当する能力を探し当てた。

“LE-Field”の表示をカタリナは驚きに満ちた目でしばし見つめていた。

『LE-フィールド』―生命エネルギーを使用した自己修復機能を持つ半流体防御防壁―は『ガーデン・オブ・エデン』に所属する一部のポケモンしか所有していない技で、ガラス細工のような美しくも強靭な絶対防御であると、カタリナは認識している。

「前にマルクト様に見せてもらったのとよく似ていたから、もしかしたらと思ったのだけれど・・あの方もエデンの所属かしら」

もしかしたら布教を手伝ってくれるかもしれない。そう思い、カタリナは少し微笑むと早速上司のマルクトに連絡を入れた。

『ん、カタリナかい?君から僕に連絡を入れるとは珍しいな。何かあったの?』

浮かび上がるマルクトのホログラム。カタリナから連絡を入れることはあまりないため、やや驚いた表情をしている。

どうやらマルクトは食事中であったようだ。口の周りに白いクリームがついている。ケーキでも食べていたのだろう。

イーブイ特有のふわふわとした茶色の毛並みはこういうくっつきやすい食事をする時汚れやすいが、人によっては口の周りに食べかすをつけているイーブイの姿に大きな愛情を感じるのであろう。

生憎カタリナはマルクトのそんな姿を全く気にも止めず、興奮気味に喋り始めた。

「マルクト様。私とても興味深い出会いをしましたの」
『出会い?』

話の筋が掴めないといった風に首を傾けるマルクトにカタリナは自分が見たポケモン――LE-フィールドを使用するピカチュウの話を喋る。

かつてマルクトが使用していた特殊な技を使っていて、彼もエデンの関係者なのではないか、もしそうなら共に布教する仲間に出来ないか、とここまでカタリナが捲し立てた辺りで黙って聞いていたマルクトが突然口を開いた。

『へぇ・・彼が其処にいるのか』

『彼?お知り合いですか?マルクト様』

カタリナの問いにマルクトは口の周りの汚れを右前脚で拭うと、少し笑みを湛えて静かに首を縦に振った。

『ああ。彼は僕らの同志だ。大事な、大事な、ね。カタリナ、君はそこでしばらく様子を見守っていてくれ。僕も同志を連れて直ぐにそちらへ向かう。くれぐれも他のポケモン達に見つからないようにね。彼は――僕らの大切な同志であり、仲間だ。家へ連れて帰らせてあげないとね』

マルクトの優しい温和な笑みにカタリナは何度か頷き返すと通信を切った。

窓の外を見やると、バトルはいよいよ終盤に差し掛かったようであった。見た事もない技が繰り出されているが、カタリナは生憎バトル等と言うものに興味はない。

今はマルクトの言いつけを守り、“彼”を見守り、学びの園、神の家へとマルクトと共に導く事が彼女の喜びとなる、そう思いカタリナは胸の十字架をそっと手で包み込むのだった――

アブソル ( 2014/05/11(日) 22:54 )