サイバネティック・パートナー - 第一章 『胎動』編
第十三話 内在せし恐怖
「ヒートさん、大丈夫ですか!?」

バトル終了後、審判をしていたイグニスがすぐに駆けつけてくる。彼も衝撃波に吹き飛ばされる被害を受けて様だが、離れた場所でジャッジをしていた為軽い打撲で済んだようだ。

「・・ああ、俺は心配ない。ちィと死にかけたが」

心配ないとは言うが、ヒートはイグニスがこれまで見てきた中で最も弱り切った姿を晒していた。

フレイムジムを統括する偉大なリーダーがここまで手酷くやられたのはイグニスの記憶にある限り一度もない。
「俺よりも、やっこさんの方が危ねぇだろうな。さっきの攻撃で体力を使い果たみてぇだし・・救護班を呼んで来い」

「はいっ」

ヒートの見立てに狂いはない。

雷神(インドラ)』の常軌を逸した攻撃力。そのエネルギー源はライトの生命そのもの――表面的な傷を負ったヒートよりも命が今にも枯れかねないライトの方が救命処置に急を要する状態だった。

しかし、イグニスが救護班を呼びにバトルフィールドからジム内へ戻ろうと踵を返した瞬間、一匹のポケモンが出入り口から出てくるのが見えた。

ライトと同じ種族のポケモン、ピカチュウである。

背格好と年齢もライトと同じぐらい、尻尾の形状から判断して雄だろうか。

と同時にそのピカチュウの背後から彼を追いかけてリオルが走ってきた。イグニスの親友でフレイムジムの居候、ソウルだ。

「ちょっと、トゥエンティ!どこに行くのさ」

「おいおい、ソウル・・誰だそいつ。つーかフィールドに入ってくるんじゃねぇ!」

バトル開始時と終了時の間は関係者以外のポケモンの出入りは禁じられている。具体的に言えば、バトル開催中にフィールドには挑戦者とジム側のポケモン、及び審判しかこの場に居ることを許されないのだ。

特にバトル終了時は挑戦者もジム側の対戦相手も双方ダメージを受け、医療処置が必要な状態になっている事も少なくない。

そうした時にジム内に待機している救護班が速やかにフィールドへ移動し回復措置を行えるように関係者以外の立ち入りは原則禁止されているのだ。

それが分かっているからこそソウルは後を追いかけ止めようとしてるし、イグニスは審判として警告を発したのだが・・トゥエンティからはそう言った規則や常識を超越した妙な雰囲気が漂っており、その気迫ともいうべきオーラに気おされイグニス達は強く引き止めることが出来なかった。

衰弱し浅い呼吸をしているライトの傍にしゃがむと、トゥエンティはいきなり、誰もが予想だにしなかった行動にでた。

ライトに正面から覆いかぶさると、顔を近づけそのまま深々と接吻をし始めたのだ。

イグニスもソウルも、他のジム員に軽い手当を受けていたヒートさえも突然の奇行にただただ唖然とするばかりだ。

突如フィールドに入り込んできたピカチュウが、バトルで倒れたライトに全力で口づけを行っている――しかも目の前で行われている接吻行為は、例えば彼女が戦い倒れた彼氏に贈る甘いキスのようなロマンチックな代物ではなく、寧ろ何らかの目的の為に黙々と遂行される“処理プロセス”ともいうべき無機質なものであった。

本来キスとは私的なものというか、公の場で、しかもそう言った愛情行為の為の場以外で剥き付けに行うものではないというのが、『フレイムジム』のポケモン達に共通した価値観なのだが、あまりにも淡々としたその接吻行為に誰も口を挟めなかったし、彼ら2匹のピカチュウに近寄りも出来なかった。

故にライトとトゥエンティの口の隙間から時折漏れ出していた“赤い光”の存在にその場の誰も気がつかなかったのも無理もない。


30秒ほど経過した辺りから、次第にライトの衰弱ぶりと浅い呼吸に変化が起き始めた。体中の傷や火傷が回復し始め、呼吸は深く安定しだす。

真っ青な顔色も血色が次第に良くなっていき、最終的には両頬の電気袋から微かな放電現象が起こり始めた。体力が完全に回復した証拠だ。

トゥエンティの口からライトの口へ流し込まれた“赤い光”は、ライトの体力を取り戻し、受けたダメージ分を補完したのである。

ん・・俺は・・

回復処置でライトに意識が少しずつ戻ってきた。

そうだ、確かヒートさんの大技を喰らって・・すっげぇ熱くて、意識が飛んだんだ。じゃあ俺は負けたのか・・
意識が少しずつ明瞭になっていく。と同時に口元に何か違和感を感じた。ひんやりとした冷たい何かが触れている。

嫌な予感がした。全身に何かが密着している。

抱きついているといった方が正確か。冷たい吐息が頬を撫でる。悪寒がしたのは気のせいではないだろう。

まさか、な。

恐る恐る目を開けると、そこにはやはりトゥエンティの顔があった。

「もごっ」

言葉がうまく発せない。その理由は明らかだ。

彼の口が自分の口を塞いでいるからで、つまりそれは今現在、自分がキスをされているという事に――

「う、うわあああっ」

トゥエンティを押しのけ振り払うと、ライトは尻餅をついたまま全力で後ずさった。

気がついたら同性で同年代と思わしき顔見知り程度の関係のピカチュウから口づけを受けていた・・その事実にライトは完璧に取り乱していた。

一体なんなんだ、なんでこいつが俺にキッ・・キスを・・・!?意味分かんねぇ!変わった奴だとは思ってたけど、まさかっ・・

「おっおおお、お前、何のつもりだ!は、破廉恥だぞっ!」

トレノ達に拾われ、彼らの家が『ライトニングジム』でもあったことからバトル一筋で育ってきた。

従ってキスなどしたことも無く、いつか大人として彼女と口づけを・・等と妄想した事も無かったが、いざ大事な“初めて”をこんな理不尽な形で奪われてしまったことにライトは内心ショックを受けていた。

しかも相手は男。何を考えているか分からない無表情なピカチュウなのだ。

ロマンチックな要素など微塵もない。

ライトは口元をグイッと拭うと文句を言ってやろうと立ち上がり、トゥエンティに詰め寄ろうとする。が、その途中である事に気がついた。

――体が動く。全く痛みが感じられない。

バトル中、ヒートの炎技のダメージであれ程体全体が悲鳴を上げていたのに。

今は痛みが完全に無くなっている。体が軽い。

「・・トゥエンティ、お前」

「ライトさん、貴方は『雷神(インドラ)』の使用で体力を使い果たし生命活動の維持に支障をきたす程衰弱していました。そこで生命エネルギーを貴方に経口摂取させ、体力の回復を図りました」

雷神(インドラ)

その言葉に触発され、無意識での先ほどの言動が脳裏に蘇る。

到底自らが発したとは思えない言葉、行ったとは思えない行動。

そして今まで一度も使った事が無い、習得した記憶さえない技『雷神』の無意識下での使用――なによりも意識を失う前に見た過去のヴィジョン。あれは一体なんだったのだろう。

失われた記憶の断片なのだろうが、今まで自分が見たことも無い世界の映像だった。

俺の過去の一片。なんなんだあの場所は、あの“声”は、俺と対峙していたあのバシャーモは・・

背筋に悪寒が走る。あの記憶に触れただけで全身に嫌悪感が駆け巡るのだ。

何よりも記憶の断片で謎の“声”が言っていた技を、俺は無意識の内にヒートさんに対して使ったのだ・・記憶の中であれだけ心が、魂が禁忌していた『雷神』を。

下手をしたらヒートを殺していたかもしれない。そう思うとライトの背筋が凍りついた。


・・止めよう。考えても仕方のない事だ。

「ありがとうな、トゥエンティ」

トゥエンティに礼を言うとライトはヒートに歩み寄る。
「あの、ヒートさん」

何と言えばいいのか分からない。周囲にちらっと視線を移すと、自らが放った『雷神』の威力を嫌でも感じさせる光景が広がっていた。

視線を戻し見上げると、ヒートと目があった。

バトルを始める前に対峙した威厳は勿論あったが、その裏に自分に対する恐怖の念が渦巻いている事に彼の瞳を見た瞬間、ライトは直感した。自分は怖れられているのだと。

イグニスや他のジムのポケモン達も皆口にこそ出さないがライトへの恐怖を感じている。

ポケモンが持ちえない殺戮的な力の一端にこの場のほぼ全ての者が怯えていた。

そんなものが何故自分の中に潜んでいるのか、ライトには分からない。分からないからこそ、自分自身の力に一番恐れおののいてたし、制御しえない力かもしれないという疑念に加え、周囲の視線がライトをより不安の闇に突き落とす。

ライトはぺこっとお辞儀をすると無言を貫くヒートに背を向け、駆けだした。

一瞬でも早くこの場から離れたかった。

逃げ出したかったのだ、恐怖の籠った視線から、自分に内在する化け物から――

              ****

ライトの後を追ってアクアが居なくなった後、フィールドに佇むのはヒートとイグニス、ソウルにトゥエンティだ。

「・・何か一言フォローしてやるべきだったな」

自らの力に怯えるライトに何か声をかけてやるべきだった。
だが、ライトに声をかけるより先に恐怖がヒートの心に浮かんでしまった――過去の忌むべき戦慄の記憶にライトの姿を重ねてしまったと言うべきか。

戦歴を重ね何事にも動じない精神を手に入れたと思っていたが、こんなことでガキに悟られる程動揺しちまうとは・・情けねぇ。

静かに自らの弱さを恥じるヒートの心を読み取り気を利かせたのか、それともライトへの同情心からかは定かではないがソウルがふと口を開く。

「ボクらも追いかけよう。ライトの波導が不安定だ。流石にこのまま放置するのは可哀想だよ」

“波導”と言う形で感情を読み取るソウルには、ライトの不安や恐怖が直に伝わってくる。このまま見過ごす事など出来なかった。

しかし、トゥエンティはこの場から動こうとしない。

「トゥエンティ?」

「私には現在優先すべき試みがあります。即ち、ポケモンとの戦闘データの入手と消費したエネルギー回収の二つです」

トゥエンティの回りくどい話し方にはソウルも慣れてきていたものの、まさかここにきてこんな発言が飛び出してくるとは思わなかった。

詰まる所、彼はポケモンバトルを望んでいるのだ。

「バトルか。構わないが、まずはシルバーランクと戦ってもらおうか」

ジムリーダーへの挑戦権を獲得するにはまずはシルバーランクのポケモンを撃破する必要がある。

相変わらず無表情のまま「分かりました」と一言だけ呟くトゥエンティ。ヒートは頷くと人差し指をクイクイと動かし、イグニスを呼びつける。

「お前、体力はどうだ?」

言外にバトルが出来るか否かが問われている事を直ぐに察したイグニスは少し笑ってみせた後答えた。

「大丈夫です。いけますよ」

ヒートの判断でイグニスがトゥエンティの対戦相手と決まった。イグニスとしてもライト戦での敗北はやはり悔しく、ここで最年少のシルバーランクとしての意地を見せておきたい所だろう。

敗北したものが決して責められず、敗北も一つの経験であり未来への一歩であると考えるこのジムにあっても、負けた自分自身に悔し涙を流すポケモンは大勢いる。ヒートはそんなポケモン達の悔しさを察し、再び機会を与えるという形で気遣ってきた。

決して口にこそ出さないが、それでもこのジムのポケモン達はヒートのそんな優しさを知っているし、だからこそ尊敬するジムリーダーの為にも全力を尽くすのだ。

「じゃ、よろしく頼むぜ」

「それではテストを開始しましょう」

フィールドの両端にイグニスとトゥエンティの両者が立つ。恐怖の色に包まれていたフィールドに再び活気が戻り始めてきたのだった――


■筆者メッセージ
次回はイグニスVSトゥエンティです。
アブソル ( 2014/03/16(日) 00:10 )