第十一話 激戦 ライトVSジムリーダー、ヒート〜蘇る記憶の断片〜
『フレイムジム』は全国の炎タイプが腕を磨くため集う場所だ。
自らの炎技を更なる高みへと昇華する事のみを追い求め、競い己を研磨するポケモン達がひしめくこのジムで賞賛を、『炎操者』の異名をとる事の真の意味をライトはまだ知らない。
(『炎操者』か・・そういえば父さんには『雷操者』の二つ名があったな・・)
『バトルリーグ』協会に属す8つのジムをそれぞれ統べるリーダー達。彼らを単純に『ジムリーダー』と呼ぶこともあれば、ジムの課す試練を突破した挑戦者にその証である『紋章(クレスト)』授与されるのだが、授与を受ける者の実力を測り、紋章を授ける役目を担う事から敬意を持って『クレストマスター』と呼ばれることもある。
さらにジム内の格付けで最高位に位置するゴールドランクを導くという事は、即ち彼らジムリーダーはそのジムのタイプの技を極めた存在であるという事も暗示されているのだ。
正式な立場名ではないものの、ジムリーダーの座に就く者はは己のタイプを極めている事実から、『操者』の二つ名で呼ばれることも多い。
『フレイムジム』なら『炎操者』、『ライトニングジム』なら『雷操者』、『ブロッサムジム』なら『草操者』『フリーズジム』なら『氷操者』と言う具合に慣例に倣い敬意と畏怖を込めて囁かれる。
「さぁいくぜ、――今こそ深淵に投げ込まれし怒りを解き放ち、傲慢なる神軍共を喰らい尽くせ!『ドラコ・ルーベル』!」
ヒートの背中の炎が一瞬爆発的に燃え上がったかと思うと、数メートルにも及ぶ炎の柱へと成長し周囲を煌々と照らし出す。
ライトが驚きに目を見開き、そしてたった一度瞬いた刹那、炎の柱は空中である姿に変化してく。
人間社会に疎いライトでも知っている、ある有名な幻獣の姿に。
「ドラゴン・・」
大きな翼と巨体を持つ、想像上の存在。ポケモンのタイプとしても『ドラゴン』は使用されているが、元々は人間社会の神話において脈々と伝わってきた怪物の名だ。
ヒートが作り出した炎のドラゴンは翼をはばたかせ天空へと駆け上がり、上からライトを見下ろしている。
(こいつにも、イグニスの技と同じ感じがする・・)
その威圧感に身が竦む。竜から感じられる溢れんばかりの力の奔流は、今のヒートの感情を反映しているのだろう。
イグニスの技と同じ類のものならば、この竜もヒートの分身体。魂を燃料に燃え盛る生きた炎。
“魂炎”とイグニスが形容していたその意味を、ライトは今はっきりと体で実感していた。イグニスの時には炎に触れるまで感じなかった、魂が揺さぶられるような感覚。
距離が離れているのに、ヒートのまさに炎が如き熱情が直に伝わってくる。
「さぁ、俺の“魂炎”に耐えられるかな」
パチンという軽快な指のなる音を皮切りに、炎の竜が此方に向かって突進してきた。
速度は巨体な分遅めだが、ライトは竦んで動けない。怯えて動けないのではない。動いても避けれないと本能的に悟っているからだ。ドラコ・ルーベルの巨体はこのバトルフィールドと“同じ”かそれ以上の大きさ。どこにも逃げ場など無い。
ならば、今の自分に取れる最善の手は一つだけ。
「――『守る』!」
来たるべき攻撃に備え、透明の防御壁を展開する。見上げると空が熱気で歪み視界が炎の塊で覆われていく。
・・・来る!
身構えた次の瞬間、焼けつくような熱風が『守る』の防壁越しに伝わってくる。思わずその場にしゃがみ込む。
「なんなんだ、この熱さ・・『守る』の中に俺いるんだよな・・?」
不安になりしゃがんだまま目を開けると、自らが作ったバリアー越しにバトルフィールド全体が炎の海と化している光景が飛び込んでくる。
いや、このフィールド全てが今『ドラコ・ルーベル』の体の“中”にあると言った方が正確だろう。竜がその巨体でこの場全体を覆っているのだ。
ライトの技『守る』は確かに外界と内界を隔てる機能を果たしていた。だから今ライトはまだ意識を保っていられている。
もし技の発動が遅れて炎が直撃していたらと、考えると背筋が凍る思いがした。
「ウソだろ、フィールド全体が炎の海に包まれてやがる・・これじゃ出るに出られない・・」
しかしこの防壁の外に出なければヒートに攻撃を当てる事すら叶わない。勝利を掴むためには、危険を冒さなければいけない――これはヒートが課す試練とも言える。今動かなければ、いずれ炎は『守る』の防御を超えこの体を焼き尽くすだろう。
動くなら、今しかない。
掌に電気を溜めていく。
イグニス戦で既にこの炎が、技の使用者の魂を燃焼させ発生している特別なものであることが分かっている。
普通に攻撃しても炎の壁に阻まれてヒートまでは届かない。
『穴を掘る』が使えたら地中から攻められるんだがな。
『守る』を解除した瞬間、俺は真っ黒焦げだ。どうにかしてヒートさんの居る場所にまで近づけさえすれば・・最大出力の『雷撃弾』を叩き込めさえすれば――
勝機はあるのに。
ふと『守る』の防壁が端から炎に犯され消滅していくのが目に留まる。わずかな隙間から吹き込んだ熱気が頬を撫でる。もう攻めあぐねている時間など無い。
早く決めなければ。このまま手も足も出せずに負けるなんてごめんだ。
焦りがライトの心を揺らす。
その時であった。あるアイデアが頭をよぎった。この状況にあってその思いつきは天の助言にさえ思える。
「・・やるか」
炎の向うに揺らぐヒートの姿。此方をじっと見つめている。実力を見定めているのだ。
応えてみせますよ。その期待に。
決意に連動し、放電が掌を駆け巡る。
ライトは走り出した――バリアに守られたまま。
「そう来るか」
驚いたのはヒートである。バリアから出れば即ゲームセット出ずともいずれ炎に飲まれるこの“詰み”の状況でどう動くかと観察していたのだが、まさか『守る』のバリアごと距離を縮めてくるとは思わなかった。
「だが、『守る』は元々“静止状態”で防壁を展開し攻撃を防ぐ技。そんなことをすればバリアの消滅が早まるぜ」
ヒートの言葉通り、防壁のあちこちが“魂炎”に焼かれ消滅していく。明らかに炎の浸食速度が速い。移動することでバリア全体のバランスが崩れ始めているのだ。
そんなことはお構いなしにライトは駆ける。対するヒートは動かない。
案の定、炎が防壁内に侵入してくる。それはまるで意志を持った生き物のようだった。獲物を狙うが如くライトの体を焼かんと探る捕食動物――
しかしライトもここまで来て退くわけはいかない。距離を十分に詰める事が出来た。
ヒートとの距離は僅か数メートル。
この距離ならば“魂炎”の壁を突き破り命中させることが出来る。そう確信したライトは地面を蹴り跳躍した。
そして『守る』のバリアを解除し、腕を伸ばし掌をヒートに向けた。既に“弾丸”の充填は完了している。が、狙いが定まらない。原因は明らかだ。
外せば負けるという迷いからくる“焦り”
予想通り、燃え盛る“魂炎”が防壁を失ったライトに牙をむかんと襲い掛かってきた。あの炎に飲まれる前に、弾丸を撃ち込まなければ――
焦るな、焦るな俺。俺の『雷撃弾』は雷速の弾丸。放ちさえすれば防ぐ手段なんてねぇんだ。
「来い、チャレンジャー」
「ッ・・今だ!『雷撃弾』!」
敢えて攻撃を受ける気でいるヒートに対し、ライト渾身の『雷撃弾』が放たれる。
イグニスを打倒した時の何倍もの威力を持った雷撃の弾丸がヒートを貫いた。
やった・・・!!
スタッと地面に着地する。炎が弱まっている所を見るに、流石に効いたのだろう。
顔を上げてヒートを見やると、仁王立ちのまま目を瞑っていた。
気を失っているのか、それとも・・
その瞬間、作戦が功を奏し技が命中した高揚感が吹き飛び、不安がライトの胸を過った。
まさか、あれで倒れないのか・・?
イグニスを倒した2発分を遥かに超えたエネルギー充填した一発なんだぞ。
と、次の瞬間、ヒートはよろめき――このまま倒れてほしいとライトの願いも虚しく――“膝をついた”。
観戦席がざわめく。これまで『フレイムジム』最強の炎使い、ヒートがバトル中“膝をついた”事など無かったからだ。
だが、ライトはヒートが倒れなかった事に動揺を隠せない。
「流石にこの一撃を直接受けるのはキツかったな。だが、俺を沈めるには威力が少し足りなかったようだなァ、チャレンジャー。これじゃ“アイツ等”には勝てねえよ」
「・・・俺の全力が・・・通じないなんて・・」
いつの間にか弱まっていた炎が再燃し始める。それは竜の首と顔を形作った。
対峙する相手を飲み込み焼き尽くす炎のドラゴンが目の前で大口を開けている。
「技の威力を上げて出直す事だ。俺程度なら一撃で倒せるぐらいになってな。――これでフィニッシュだ、チャレンジャー」
パチン、とヒートが指を鳴らす。
次の瞬間、力を使い果たし何も出来ないライトを炎の竜が呑み込んだのだった。
“魂炎”に焼かれ意識を失う直前に、ライトの脳裏に見慣れぬ光景がフラッシュバックした。
―――傷つき倒れている2匹のポケモン。白いタイルの床には鮮血が飛び散っている。
一匹は・・ああ、俺か。そしてもう一匹は人型のポケモン、バシャーモだ。
――両被験体、立ち上がりなさい。
無機質で中性的なアナウンスと共に2匹のポケモンはよろよろと立ち上がる。お互いの瞳に精気は既にない。
何なんだ、この光景は・・おいおい、俺よ。なんで立ち上がってるんだよ。そんな体で・・
――PPW“ライト”コード00。被験体“アクイラ”コード00に攻撃準備して下さい。
何処からともなく聞こえるアナウンスに従い、俺は腕を上げ攻撃の態勢をとった――おいおい、何やってんだ・・相手はもうボロボロじゃねえか・・
――“ライト”コード00、『雷神』の発射準備をして下さい。
俺の掌に莫大な量のエネルギーが充填されていく。俺は直感した。コイツを放ってはいけない。放てば、目の前のバシャーモを殺してしまうと。
だが体が勝手に動きバシャーモの心臓に狙いを定める。まるで無機質なアナウンスに体全体が、毛の一本まで支配されているような不愉快な感覚だ。
駄目だ、放つな。放つんじゃない・・・力を解放するんじゃない・・俺よ、お前は命を消したいのか・・・!!
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ
拒絶が心を埋め尽くす。だが、その抗えぬ無慈悲な指令はいともあっさりと下った。
――“ライト”コード00、対象サブジェクトを破壊しなさい。
「止めろ、止めろぉぉぉ!!!」
ライトが叫んだ次の瞬間、記憶が光に包まれた。
「