サイバネティック・パートナー - 第一章 『胎動』編
第十話 激戦 ライトVSジムリーダー、ヒート〜試される実力と怪しげな影〜
『フレイムジム』の巨大バトルフィールド、この場所に1度挑戦者達は全員立つことになる。だが、二度目にこの場所で立っていられる者は少ない。

そして試練を乗り越えたポケモンはこのジム最強の猛者に挑戦する権利が与えられる。ジムの他の炎ポケモン達が喉から手が出る程欲しい機会だ。

そのチャンスをライトはシルバーランク、イグニスを破りものにした。自ずと観客達の興奮度も上がるというもの。

ライトの目の前には、古傷だらけのバクフーン、ジムリーダーのヒートが仁王立ちしている。つい顔面を斜め横に横断する大きな傷に目がいきそうになるものの、凝視しては失礼にあたるかと思いライトは視線を泳がせ地面に落とした。

「・・お前がライトか」

いきなり名を呼ばれ慌てて顔を上げる。彼が投げかけていたのは鋭く攻撃的な感情というよりも、寧ろ何かを探っているかのような視線だった。

無言で握手を求めてくるヒート。ライトも応じ握手を済ませた後、バトル前の挨拶を言うべきだろうかとライトが思案していると突然、ヒートが口を開いた。

「トレノの奴は元気にしてるか?」

「え、えぇ。元気ですけど・・ヒートさん、父さんとお知り合いなんですか・・?」

育ての父、トレノも『ライトニングジム』のジムリーダー。ジムの指導者同士親交があっても不思議ではないが、それにしても唐突な質問だ。

ライトの質問に彼は少し視線を泳がせる。頭を少し掻きながら、少し迷ったような表情で答えた。何を言うべきか思案しているようでもあったが、ライトには何か自分に思うところがあるのだろうかとその反応が不思議でたまらない。

「まぁ知り合いつーか、腐れ縁だな。あいつは疫病神だからな。いつも厄介事を持ち込んできやがる」

「なんか父さんがご迷惑をかけているようで――」

「そんな顔すんな。確かに野郎は迷惑この上ないが、真実を見据える力は本物だ。俺もそこは評価してる。お前が思ってる以上に、奴はでかい器を持った男だぜ。最も傍迷惑なのは本当だがな。・・・今度会ったときに一発殴っておくか」

最後ヒートが何か物騒な事を呟いたような気がしたが、気のせいだろう。ただの空耳、ライトはそう思うことにした。

一通り自己紹介を終えた2匹はバトルフィールドの定位置につく。若干話が噛み合っていなかったが、何かにつけて雑なヒートと緊張でそれどころではないライトにとってはどうでもいいことだ。

審判には尊敬する父の活躍を直で見る為にデフェールが――とはいかず、そもそも毒に犯され悪寒と震えが止まらない彼に審判など出来るはずもなく、本人の希望は敢え無く却下、代わりに第一戦のダメージからすでに立ち直っているイグニスがその役を務めることとなった。

「・・それではッ、バトル開始!」

畏怖の念すら抱くジムリーダーのバトルの審判という重役からくるプレッシャーに若干上ずった声でイグニスが試合開始の合図を告げる。

「それじゃ行くぜ。『火炎放射』!」

炎タイプ御用達の技、『火炎放射』。

第一試合の時にイグニスが、そしてアクア戦の時にはデフェールが、と愛用される基本的な技でありながら威力と応用範囲が大きいのが特徴だ。電気タイプで言えば『十万ボルト』に当たるだろうか。

しかしヒートのそれはレベルが違った。“火炎”どころか“劫火”と形容すべき威力と攻撃範囲の広さ。

「なッ!?」

まだヒートとの距離が十分に離れているにも関わらず、炎がライトを襲う。慌てて回避行動を取るライト。

頬を炎の熱気が撫でる。少し反応が遅れていたら今頃は瞬殺されゲームセットだっただろう。

「この距離を炎が越えてきた・・!」

現在ヒートもライトも試合開始から一歩も動いておらず、従って彼らの距離はかなり離れている。にもかかわらず、彼の『火炎放射』はフィールドの端から端を横断する程の射程を持っていた。

それは暗にヒートの持つパワーが底知れぬものであることを暗示している。

(駄目だ。この距離を跨いでこの威力――ヒートさんの領域に踏み込んだ瞬間やられる!)

元々自分は遠距離戦を中心としたバトルスタイル。あれ程の射程を『火炎放射』に持たせられるヒートの力にライトは臆しそうになるも、首を振り恐れを振り払った。
射程の長さなら自分の技の方が一枚上だ。しかも、元々中近距離用の技の『火炎放射』とは異なり、『雷撃弾』はそもそも遠距離用の技。距離を保っている限り、此方が有利だと言える。

「今度はこっちから行かせてもらいますよ」

右腕を伸ばし、掌をヒートに向ける。人差し指と中指を照準器の代わりとしジムリーダーに狙いをつけた。

「『電撃弾』!」

雷速の弾丸がヒートを貫く。イグニス戦の時のように『身代わり』を使われることは無かったようで姿が崩れたりはしなかった。直撃を受けたヒートは紛れもない本物だという事だ。

「よし、ヒット・・ん?」

『雷撃弾』は確かにヒートを貫いた。にもかかわらず彼は膝をつくどころか平然と仁王立ちしている。

痛がる様子さえ見せないその態度にライトの心に焦りが生じだした。

まさか、俺の技が利かないのか?いや、それとも『守る』でも使って攻撃を防いだのか・・?

もう一度掌に電気を溜める。その様子をじっと凝視しているヒートはそれでも、その場を動かない。

その瞳に迷いはない。まるでライトを試しているかのような態度に内心少し苛立つも、それ以上に自分の技が全く利いていないのかと不安が頭をよぎる。

「成程な。なかなかの威力だ」

目を瞑ったままヒートは首を回し筋肉をほぐす。わざと技を喰らったとしか思えない反応だ、そうライトは直感したのだが、まさにその通りだった。

彼はライトの実力を測る為にこの場に立っている。シルバーランクを打ち破ったチャレンジャーと戦う事はジムリーダーの務めだが、それ以上に今のライトが万が一にでも『ガーデン・オブ・エデン』と対峙することになった時にどれだけ戦えるか――その見極めをヒートはしようとしているのだ。

(射程も威力も上々。野郎の下で育てられただけはある。だが・・まだ足りねぇ。威力もスピードも・・あいつらとヤりあうにはまだ・・)

『ガーデン・オブ・エデン』との戦闘をヒートは過去に経験している。忘れもしない、忌々しい記憶。無意識に顔面に走る古傷を触る。体の傷は癒えても、心に刻まれた絶望と憎悪は消えることはない。

ヒートはぐっと拳を握る。ライトは現時点でも同年代のポケモン達より遥かに強い。だが、それではだめだ。相対的な強さなどエデンの使者の前には何の意味も持たない。ポケモン同士のバトルではお互いに命のやり取りなど滅多な事では起こらない・・しかし、エデンとの戦闘において敗北は“死”と同義だ。――負けることは許されない、理不尽な戦い。

だからこそヒートは誰よりも強くなろうと修行を重ねてきた。チャレンジャーやジムのメンバーに“強さ”を求めるのも、いざエデンと戦うときに中途半端な実力など何の役にも立たない事を彼は身をもって経験したが故だった。

「だが、まだまだ駄目だ。これじゃあいつらには勝てねぇ」

「・・“あいつら”?」

話が呑み込めないライトは戸惑う。“あいつら”とは誰の事だろうか。ライトの知る範囲でいえば、バトルリーグ協会を取り仕切る四天王とチャンピオンだろうか?

しかしそれにしては顔が険しい。憤怒の炎が瞳にちらついている。という事は四天王やチャンピオン、他のジムリーダーを指した言葉ではなさそうだ。

「今に嫌でも知ることになるさ――さて、続けようか、チャレンジャー」

ヒートはぐっと足を踏み出す。来るか、とライトが身構えた次の瞬間ヒートの姿がその場から消えた。

「消えたッ!?」

驚くべきことにフィールドに次々と炎の筋が発生していく。その不可解な現象にライトは呆然とするばかりだ。しかも、炎の筋はどんどんとこちらに近づいてきている。背筋に悪寒が走る。

「く、『雷撃弾』!」

焦って、雷の弾丸を放つものの命中した気配はない。恐らくは目にも止まらぬスピードで移動し、相手を撹乱する『電光石火』を応用したものだろうが、炎の足取りだけがこちらに迫りくる光景にライトは確かな恐怖を覚える。

近づかれすぎた、そう直感し『雷撃弾』の構えを解く。
近接戦では『雷撃弾』は大振りすぎる。攻撃と電気の再補充までのタイムラグに攻撃をたたきこまれるのがオチだ。先ほどの『火炎放射』の射程の長さと威力を鑑みれば、直撃を受ければどうなるかはあまりにも明白。ここは少しでも距離を取る必要がある。

「『十万ボルト』!」

頬の電気袋から電撃を周囲に放つ。一点集中で無い分、拡散させヒートを牽制するのが目的だ。

その時、炎の筋が消えた。まだ残り火が地面で明滅しているが、それは『電光石火』が解除されたことを意味している。

肩を風が触る。嫌な予感がした。思わず振り向いたライトの瞳に炎を纏った拳を振りかぶるヒートの姿が見えた。
次の瞬間頬に大きな衝撃が走る。視界がぶれ骨が軋む音が耳の奥に響いた。気がついた時には既にライトは何メートルも吹っ飛ばされていた。

ドサリと地面に大の字で倒れるライト。ヒートの繰り出したパンチの威力があまりにも高すぎて殴られた瞬間、痛みを感じなかった。ただ衝撃だけが走ったという不思議な感覚だ。

時間経過と共に口の中に血の味と激痛が広がっていく。しかし不思議な事にライトは意識が透き通っていくのを感じ始めていた。

ヒートの圧倒的な“力”を見せつけられ、何かが吹っ切れたのだろう。自分の中で集中力が高まり、闘志が研ぎ澄まされていくのが分かる。

ライトは無言で立ち上がり、口内に溜まった血混じりの唾をペッと吐き出すと・・微かな笑みを浮かべた。

「いい面構えになって来たじゃねぇか・・。聞こえるか、チャレンジャー。この歓声が!」

ライトとヒートのバトルに会場中の熱気は頂点に達していた。大音量の歓声が鼓膜を、肌を震わせる。改めて音とはエネルギーなのだと実感していると、ヒートは口角を上げ不敵な笑いを浮かべてみせた。

「さぁ戦おうぜ。全身全霊を賭けて、血潮を滾らせてよぉ・・!!」

会場中の熱気を浴びて、ヒートの瞳に炎が宿る。予行演習は終わった。そう直感したライトは掌に電流を走らせる。本気を出すに相応しい相手だとヒートが判断したという事は、彼の“本気”が自分に向けられるという事を意味していた。

そして自分が『フレイムジム』のジムリーダーの本気を受けるに相応しいと評価された――この事実にライトは喜びよりも寧ろ緊張感を覚えずにはいられなかった。

期待されているのだ。相応のバトルをすることを要求されている。

(応えてやるよ、ヒートさん。あんたの期待に)

「『炎操者』の二つ名の意味・・たっぷりその身に刻んでやるよ、チャレンジャー!」






                ****

ライト達が激戦を繰り広げ、『フレイムジム』が熱狂の嵐に包まれていた丁度その時、ジムがある山の麓にすらりとした影がゆったりと山を登っていた。

白を基調とした祭服に身を包み、優しげな瞳と彼女自身の純粋さから来るであろう美しさを湛えるポケモン――サーナイトだ。

名をカタリナと言う。

首元からは中央に赤い瞳が彫られた十字架をかけている。
そのシンボルはある者にとっては忌むべき“印”だが、ある者には祝福の証だ――少なくとも彼女にとっては自分が神の道を歩んでいる事を示す確かな証拠なのだから。
彼女がライト達でさえ苦心した山道を息を切らす事も、嫌気がさすことも無く黙々と上っていると山に住んでいるであろう一匹のブースターとすれ違った。

「そこのお方、少しよろしいでしょうか」

「ん?姉ちゃん見慣れない顔だな。何か用か?」

カタリナに突然と呼び止められたブースターは顔を上げ彼女をまじまじと見つめている。カタリナの服装が物珍しいのか好奇心と若干の警戒心が混雑した表情だ。

「『フレイムジム』はこの山道を真っ直ぐ上った先にあるのでしょうか?」

「ああ、この道を真っ直ぐ行きゃあジムに着くぜ。つーか、姉ちゃんチャレンジャーか?」

わざわざこんな険しい山道を登ってジムを目指すなど、チャレンジャーか関係者以外考えられない。それがこの山での常識だ。何せこの山道は『フレイムジム』のメンバーが鍛錬の為の往復に遣う程傾斜がきつい。

炎タイプで無い所を見ると、ジムの関係者でもない。つまりこんな所までわざわざ来るのはチャレンジャーしかありえない、という判断だ。全く分かりやすい判断だと言わざる負えない。が・・・

しかし彼女に対しては、その判断は間違っていた。

「私はジムに挑戦する為この地を訪れた訳ではありません」

「じゃあこんな場所まで何の為に・・」

ブースターの問いにカタリナは懐から小冊子を取り出すと屈んでその冊子をブースターに差し出した。

困惑するブースターにカタリナは慈愛に満ちた笑みを零す。

「“教え”を普及し、皆様方を神の道へお導きするためです。その冊子には我々『ガーデン・オブ・エデン』教会の教えと理念が記されています。是非お読みください」

「あ、ああ・・」

半ば押し付けられる形で小冊子を手にしたブースターは一礼した後去りゆくカタリナと冊子の表紙を戸惑った表情で見つめた後、少し時間をおいてからある事に気がついた。

「ん。『ガーデン・オブ・エデン』って確か何処かで聞いたような気が」

一瞬嫌な予感がブースターの脳裏に過ったが、彼はあくまでそれを単なる気のせいだと思う事にした。

見知らぬポケモンから宗教の勧誘を受けて少し困惑しただけだと、そう思い直したブースターはカタリナの事直ぐになど忘れ森に帰っていったのだった。














アブソル ( 2014/02/26(水) 21:25 )