第八話 突入
名も無き孤島のほぼ中央。
幻のポケモン―ミュウの捕獲任務の為にこの島に赴いたジュンだが、自身の想像以上に厄介な獲物だと痛感し始めていた。
姿を消す能力に高レベルの技。他にもまだ隠している能力があるに違いない。
「ソルとワーズ、マンダとレイシアがこの島に包囲網を敷いている。技を不発にし無力化する『ディードジャマー』も持たせている。だけど、油断は出来ない」
何か仕出かしそうな気がする。
あの高慢ちきなポケモン・・今まで対峙してきたポケモン達とは何かが違う。
腕時計をチラリと覗き込む。配置についてから10分が経過している。
「まだ動かないか」
随分と慎重な事だ。
足を組み直してデバイスの画面表示に目をやる。
丁度その時だ。
画面にメッセージ送信を知らせる文字が表示された。
スクロールして確認すると『戦闘突入』の4文字が。
「個体識別コードは01・・マンダとレイシアのコンビと当たったのか」
デバイスにはミュウの現在地データも送信されている。勿論、ソル達にも。
戦力を一点に集中させて捕獲にかかった方がいいかな・・。
いや、万が一の為にワーズ達は待機させておこう。
『現在地で待機』の命令をソル達の『ディードジャマ―』に送る。
“彼”は油断ならない相手だ。策は幾重に重ねて初めて効果を持つ。
ミュウを2匹で捕まえきれないようなら、ワーズ達の待機場所に誘導させる必要があるし・・まだ予備の戦力を動かす時じゃない。
マンダの攻撃力は禿筆すべきものがある。でも、彼の欠点はその好戦的な性格だ。
敵に喰らいつく姿勢は評価できるけれど、頭に血が上りやすいのはバトルでは致命的だ。
だからこそ、攻守に長けている“優等生”タイプのレイシアと組ませた訳だけど・・。
果たして彼らの組み合わせで良かったのかどうか・・。
今更ながらマンダはワーズと組ませるべきだったかな?いや、直ぐに熱くなるマンダにはレイシアのサポートは必須だろう。
間違いはないはずだ。
「さてと・・行くか」
ジュンは立ち上がるとパッパと数回埃を払い、歩き出した。
****
『これはこれは・・』
私を取り囲む二匹のポケモン。ボーマンダとグレイシア。恐らく、先ほどの少年ハンターの手持ちだろう。
妙な首輪を付けている・・恐らく対ポケモン用の“小細工”と言った所でしょうかね。無駄な事ですが。
いや、あの首輪は――。
『見つけたぜぇ・・ナルシスト野郎。よくも俺の弟分をぶっ飛ばしてくれたな!』
『ふん。成程、君がリーダー格と言う訳ですか。見た限り腕っぷしには自信があるようですが――』
侮蔑するような眼差しでサッとマンダを眺めると、ミュウは嫌味ったらしい笑みを浮かべた。
『頭は少々粗雑な造りのようですね』
ミュウの一言にマンダの顔色が青から紅色、そして深紅へと見事なグラデーションを描きながら変化する。
ふるふると肩を震わすマンダ。屈辱の余り声も出ないようだ。
この怒りの沸点の低さを見抜いてミュウは『粗雑』と評したのだろうが、正にその言葉通りに誘導されている事を彼は知らない。
『ぶっ潰す!流星群!』
『待って!技は――』
レイシアが止める暇も無く、激昂したマンダがドライゴンタイプ最強の技“流星群”を放つ。
いや、正確には放とうとした。
だが彼は忘れていたのだ。
そう、ジュンの言葉・・『ディードジャマ―』の存在を。
マンダの前で渦巻いていたエネルギー・・“技”の種は膨れ上がると“流星群”へと完成するハズであった――本来なら。
しかしマンダの首輪に埋まっている妨害装置『ディードジャマ―』がそれを許さなかった。
技のエネルギーは捻じ曲げられ、抑圧され、“流星群”としての形を成す事なく――
『あ』
事ここに至ってマンダは自分の過ちを悟った。
押しつぶされたエネルギーは正常な形を取らずに、当然の帰結として“暴発”した。
“流星群”はドラゴンタイプの中でも最大級の威力を持つ。当然それが目の前で爆発したのだから堪らない。
『ふごぉぉお!?』
奇声を発し地面に激突するマンダ。バキッと鈍い音がする。
同時にミュウの足元に吹き飛ばされる『ディードジャマ―』の残骸。
『大丈夫!?』
駆け寄るレイシアに全身が黒焦げになったマンダが苦しげに頷く。
彼にとっては幸運な事に今のは骨を損傷した音では無く、どうやら首に装着していた『ディードジャマー』が衝撃で故障して投げ出された音だったようだ。
そんな自滅劇に目を瞬かせていたミュウだったが足元に転がっている妨害装置の残骸を見下げ、納得したように頷いた。
『・・成程、君達が首に巻いているこの機械。これが小細工の正体ですか』
如何にも詰まらなさそうに『ディードジャマ―』を拾い上げるとしげしげと観察を始める。
『ふむ、先ほどの技の暴発から察するにこの機械はポケモンの“力”を封じ込める効力がある。そして、その効果範囲が自分にも及ぶと、そう考えてよろしいでしょうかね』
ミュウの指摘にレイシアは驚きを隠せない。
確かに今の暴発はマンダの完全なミスだ。
だが傍から見れば単に技の発動に失敗しただけにしか見えないハズなのに、何故彼は“これ”の能力まで察する事が出来るのか・・?
疑わしげな表情のレイシアに、ミュウは穏やかな笑みを向けた。
『そこの馬鹿と違って、君は中々聡明なようだ。私がなぜこの機械について深い言及を出来たのか、疑問なのですね』
ポンポンと掌で残骸を弄ぶ。疑問を抱いた生徒に語りかけるが如く、ミュウは口を開いた。
『簡単な事です。少し前にある青年ポケモンハンターが私を狙って攻撃してきた事がありましてね。その時、その装置を使ってきたのですよ』
『・・知ってたのね!?』
レイシアはキッとミュウを睨む。
彼女は悟った。血の気の多いマンダをわざわざミュウが煽った理由も含めて、全てを。
『あんた最初っから知ってたのね!?『ディードジャマ―』の事も、煽ればあの馬鹿が技を撃とうとして自滅する事も!?』
思い出し笑いをしているのかクスクスと笑っていたミュウは彼女の指摘に指を横に2、3回振る。
『勿論、ここまで簡単に引っかかってくれるとは思ってませんでしたがね』
最初から――自分達はミュウの掌の上で踊らされていたのだ。
言葉一つでマンダを自滅させるとは・・・・。
レイシアは改めて目の前の敵に脅威を感じ始めていた。
『君達の――特にそこの脳筋の単純さは酷いモノですねぇ。私と最初に対峙したポケモンハンターの青年もそこまで抜けては居ませんでしたよ。尤も、私を襲った罰に来ていた衣服を下着も含めて全て焼却してやりましたがね。全裸の人間程無力なものも無いと私も学びました』
『・・ナルシストで変態って濃すぎるでしょ』
『私は襲われた被害者なのですよ?当然の権利です。ま、彼はその状態でも私を捕獲しようと努力していましたし、ポケモンハンターの鑑と言うべき“立派な”青年でしたがね』
嫌味を込めて最後だけ擁護を入れるとミュウの顔から表情が抜けた
。
いきなりの無表情にレイシアは戸惑うが、顔に出す事なく構え続ける。
『――しかし、それはどうでもよろしい。問題なのはこの私をこんなガラクタで抑え込めると踏んだ愚かさなのです。“この”私、を!』
ミュウの手にエネルギーの渦が発生していく。当然レイシアの保有している『ディードジャマ―』が技の発生を阻害し始めるが――
バチ・・バチ・・。
『なっ・・!?力づくで妨害を抑え込んでる!?』
驚いたことにミュウは『ディードジャマ―』からの妨害圧力を自身の“力”で以って逆に抑え込もうとしているのだ。
だが、その表情は先ほどまでのすまし顔とは違い苦悶に満ちたものになっていた。
口にこそ出さないものの、流石のミュウも顔を歪ませずにはおられない。
妨害電波が技の発生を司る脳の一部を攻めたて頭が割れるような、内側から湧き出る激痛がミュウを襲う。
『成程っ・・!脳に直接圧力をかける機械と言う訳ですねっ・・。しかし、この程度の妨害で・・・私を束縛することなど・・出来ないのですよ!!』
自身に対する“誇り”がミュウに屈服させることを許さなかった。
彼は自由を愛し、束縛を憎む。それが彼の生き方なのだ。
『ちょっと、なにこれ・・?』
電気系統がショートする音がレイシアの首元から聞こえる。同時に仄かに立ち上る焦げ臭い異臭。
彼女の脳裏に推測が駆け巡る。
そして、察した。
ミュウが逆に『ディードジャマー』を抑え込み、破壊しようとしている事に。
『信じらんない・・』
レイシアは慌てて前脚で首輪を外すと力いっぱい放り投げる。
結果的に彼女の直感は正しかった。
次の瞬間には空中で放物線を描いていた首輪が爆発したのだ。
先程からこのミュウには驚かされてきたが、それにしても常識外れな存在であるとレイシアは悟った。
確かに実力は高い。恐らく自分達の誰よりも。
でも、それだけじゃなさそうなのよね。彼女の直感は囁いている。このポケモンは何処か“特殊”だと。
しかしそれが何なのか、或いは単なる自分の思い過ごしか・・どちらかは分からない。
ただ一つ明らかななのはミュウがこの時点でジュンの作戦を上回る技量を保有している事だけだ。
・・私達だけで抑え込める相手じゃないわね。
レイシアは後ずさりをして、後ろ足で地面で伸びているマンダを突く。
『ちょっと何時まで寝てるのよ!起きなさい!』
小声で一喝するとマンダがムクリ、と起き上がった。
『あれ・・俺は一体・・・』
『何寝ぼけてんの!あんた、アイツの口車に乗せられて自滅したんでしょーが!』
ぼうっとした眼が次第に覚醒していく。蘇るは自分の失態。特にレイシアの前での恥――。
怒りと屈辱がふつふつと煮えたぎり始める。
『そうだ・・俺はあのナルシスト野郎にっ・・!!』
空中で薄笑いを浮かべているミュウを睨みつけるマンダ。だが、その姿もミュウにとっては余興の一つでしかない。
『落ち着きなさいよ。さっきの二の舞踏んだら、本当に軽蔑しちゃうわ』
既に怒りの臨界点を超えかけているマンダにレイシアから鋭い静止の声が上がる。
『でもよぉ・・』
『とにかく!あのナルシストは私達だけの力じゃ倒せないの!そこを踏まえた上で皆が来るまでアイツを抑え込まないといけないワケ!分かる!?』
その気迫にマンダは身を縮めてたじろいでしまう。
ボーマンダと言う種族故の巨体が小型ポケモンに言葉一つで圧倒されている様子は何処か滑稽だった――少なくともミュウを楽しませてくれる一つの余興程度にはなる。
『・・具体的にどうするんだよ?』
怒りの矛先を逸らそうとマンダが少しだけ話の軌道を変える。
ふぅとレイシアは大きく息をつくと、マンダにだけ聞こえるように小さな声で囁いた。
『私に考えがあるわ。――アイツを倒せるとは思えないけど、効果はあると思う』
****
シッポウシティ。都会の喧騒とは打って変わってゆったりとした時間が流れる街だ。
そんな人々とポケモンが静かに暮らすシッポウのメインストリートに一台のトラックが走っている。
ファオが追跡しているPHCの輸送トラックであるが、何故か会社のロゴマークが入っていない。
「シッポウシティまで来たか・・」
アイツら一体この町に何の用なんだ・・?
ここは確か大都市ヒウンの言わばベッドタウン。こんな静かな街に来たってことはやっぱり隠し倉庫があるのか・・?
その時、追跡していたトラックが右折した。横には古ぼけた倉庫。どうやら目的地に到着したらしい。
ファオは車を道路脇に止めると車外に出て後を追う。
車が右折した角まで来ると壁に貼りつき、そっと様子を伺った。
丁度、先程の輸送トラックが一番端の倉庫へと入っていく所だ。周囲には警備員が3名。ただの輸送にしては随分物々しい雰囲気と言わざるを得ない。
「やっぱ怪しいぜ。アイツら・・」
あの警戒ぶり。相当ヤバいもんをあの倉庫の中に隠してやがるな。
そっと頭を引っ込めると小型端末を取り出し、シッポウシティ周辺の地理情報を確認する。
「奴らが入っていったのは第4倉庫か。・・情報部のデータじゃあそこは現在ポケニック社の倉庫のはず。なんで他社の倉庫に行ってるんだ・・・?」
商取引があるのか?いや、それにしてもあの警戒ぶりはハンパねぇぜ。
今一度様子を確認してみる。
輸送トラックが倉庫の中に完全に収まった所だ。
と同時に警備員が先程の倍の6名に増員されたのがファオからも確認出来た。
・・ポケニック社とPHC、この企業間にも何かあると見ていいな。
「ポケニック社についても洗い出す必要がありそうだな・・」
俺の任務はここまでだ。内部の確認までは俺の責任で負える範囲じゃねぇ。
ファオはそっとその場を離れる。
車まで戻ると携帯電話をかけた。
『・・情報は掴めたのか?』
「はい。ターゲットの目的地を突きとめました。シッポウシティの第四倉庫・・ポケニック社の大型倉庫です」
『ポケニック社・・?』
一瞬沈黙が下りる。流石に予想外の情報だったようだ。
ポケニック・・正式名称「Pokenic International」。現在躍進中の製薬会社だ。
『成程な。ここでポケニックの名が出てくるか。ファオ、倉庫内を調べられるか?』
「いえ、警備員が6名見張っていてとても現時点で侵入できる状態では・・」
正直に告げると電話のあちら側が再び沈黙する。考えを巡らせているのだ。
『ふん、随分慎重な事だ。よし、ファオ。内部調査は後日行う。お前も引き揚げろ』
「了解しました」
電話を切ると、ファオはハンドルにもたれ掛かりため息を付いた。
PHCにポケニック・・バイオ関連の企業2つをこれから洗い出すのか・・これから寝れねぇぞ・・・。
鞄から手鏡を取り出して覗き込んでみる。
最近激務が祟ってか目の下には黒いクマが出来ている――心なしかV字の鶏冠にもハリが無い。
「羽毛の艶も褪せてきてる・・この所、忙しくって手入れしてないからなぁ・・」
自慢の燃える様な赤の毛並も任務に次ぐ任務ですっかりくたびれている。
疲労と寝不足が主な原因だ。
――今日ぐらいは保湿クリーム縫って羽毛を整えよう。
それから、モモンの栄養パックを付けて・・そうだ、ついでに美容オイルで体をほぐしてから早寝すれば俺の毛並も元通りになるはずだ。
ボディケアとフェイスケアだけじゃ駄目だな。後はネイルケアもやっとかないとな。
寝るときはラベンダーアロマを焚いてリラックスしてぐっすり・・よし、完璧だ。
ファオは一人ニマっと笑うと車を走らせたのだった――