第一章 『策謀』編
第六話 読み合い
『ディードジャマ―』。

ポケモン捕獲の為のプロ用ツールだ。

簡単に言えば“技”の発動を阻害し無力化する事が出来る訳だね。

ポケモンの脳には“技”の使用を司る部位があるんだけど、そこに一定波長を当てる事で混乱させ、行動を阻害する事が可能――と、説明書には書いてあった。


ただ、僕達ポケモンハンターの仕事は出来る限り無傷でポケモンを捕獲する事が至上命題だ。

この『ディードジャマ―』はターゲットの技の使用を無理やり抑え込む訳で、発動しかけていた技が抑え込まれて暴発してしまう事もある。

何より手持ちポケモン達にも影響を及ぼすからあまり使いたくは無いんだけどね。

ジュンはマンダとレイシア、そしてボールの中で少しだけ体力を回復していたワーズとソルを出し一列に並ばせる。

手を背中の後ろで組みジュンは忙しなく歩き回りながら口を開いた。

「君達も分かっていると思うけど、この『ディードジャマ―』はポケモンの技の発動を無力化する、ある特殊な電波を発生させる事が出来る装置だ」

ひらひらと首輪を見せるジュン。

ポケモン用の『ディードジャマ―』は首輪型として支給されている。

ついでに人間用は腕輪型で、ジュンの左手に取り付けてある小型の機械がそれだ。

「この効力範囲内ではポケモンの技は等しく無力化される。勿論、それを装着している君達も例外ではない。技を無理やり発動させようとすれば暴発してしまうから留意しておくように」

鞄から小型の3Dマップデバイスを取り出すとスイッチを押す。

浮かび上がる立体映像。3Dで立体的に把握する事でより効率的に任務を遂行できると言う訳だ。

特に方向音痴のマンダにはペーパーの地図じゃ駄目だ。よりイメージしやすいように分かりやすく頭に刻ませないとね。

「君達には2組ずつに分かれて、この島の両サイドを監視していてもらう。技を発動させる時は『ディードジャマ―』を一旦停止させる事を忘れないようにね」

2組ずつ――


レイシアの耳がピクン、と動いた。


・・これってチャンスなんじゃないかしら。


横目でチラリとソルの姿を見る。

アブソルと言う種族上の凛々しい姿だけではない、寡黙な騎士とも言うべき男性的な魅力はレイシアの頬を薄桃色に染めるには十分な威力を持っていた。

『・・・俺の顔に何かついているか?』

気が付けば彼の顔が眼前に迫っている。

一瞬呼吸が止まったような気がした。

イケメン顔が・・私の目の前に・・・。

『どうした、レイシア?ずっと焦点が合ってないぞ』

ソルがそっと彼女の額に手を当てる。彼なりに心配しているようだが、ますます彼女の“熱”が増すばかり。

『いいのよ、大丈夫。ソル・・だからしばらくそのまま――』

「レイシアはマンダを組むんだ」

非情な一言にレイシアが凍りつく。

理想が瓦解する音が確かに彼女にはその時聞こえていた。ジュンの命令は合理的な考えに基づいている、基本的には従うべきなのだ。

『お、レイシアはオレと組むのか。よろしくな』

ソルの繊細な力強さに対してマンダのそれは大味で粗暴だ。

どちらもある意味“男らしさ”ではあるが、その風味は京風の野菜炊き合わせと名古屋の味噌カツ定食ぐらいに赴きの違うものなのだ。

ドスドスとマンダは近づき、レイシアの肩を叩く。石像化している今の彼女には触れらた感触すら感じられないが。

『俺はシャワーズとだな、よろしく頼むぞ』

『うん、ソル。よろしくね』

互いに顔を合わせソルとワーズは茂みの中へ消えていった。

『レイシア、オレ達も行こうぜ』

『・・えぇ』

既に心ここに有らずと言った風貌に成り果てたレイシアをマンダは愛おしげに抱き寄せ、背中に乗せる。

『お前の体、相変わらず冷たくて気持ちいいな』

『・・・・』

遂に黙り込んでしまったレイシアを乗せてボーマンダは飛び立ったのだった。

ただ一人その場に残ったジュンは手近な岩に腰を下ろしてそっと目を閉じる。

この島の東西二点に2体ずつ手持ちポケモンを配備した。

『ディードジャマ―』にはポケモンの索敵能力もついている。ミュウが探索圏内に入れば即座にマンダ達が駆けつけてくれるだろう。

だが、ミュウの捕獲以上に今ジュンの心は別の問題に囚われていた。

――世界各地で多発している怪奇現象と空間の神、パルキアの消失。

それにPHCが関わっていると。

「ここの事象を組み合わせただけの妄想か、それとも隠された真実なのか・・。何れにせよ何かあるのは確かだ。ミュウの言説通りかはともかくとしてね」

何にせよ興味をそそられるトピックだ。調べてみる価値は十分にある。




                       ****





『全く。私の調査を妨害し、真実を話してやった恩を仇で返してくるとはとんでもない方々だ』

ミュウは茂みからそっとジュン達を覗く。

何やらポケモン達に装備を渡している・・彼らも本気と言う事だろう。

『何やら小細工をしているようですね。無駄な事ですが』

しかし彼らの実力は中々のものだ。少なくともミュウが咄嗟に回復に手を出す位には、強力だろう。

・・特にあの少年が保有している“キャプチャー”と呼ばれる武器。あれには気を付けなければいけない。

一度目の奇襲は紙一重で『みがわり』を作って回避に成功できたものの、やはり一撃で身体の全ての自由を奪われるあの道具は厄介極まりないものだ。

それでも、ミュウにはポケモンハンター達に勝てる自信が確かにある。

彼の力はポケモンとしての“技”だけではない。

歴史の中に忘れられた宝・・・“魔法”をミュウは使えるのだ。

『さてさて、どんな魔法を使ってやりましょうかね』

一口に“魔法”と言っても漫画や映画で喧伝されているような派手な代物ではない。

地面に染み込む雨水のように、じわじわと効力を浸透させる――それがミュウの魔法だ。
ミュウは顎に手を当てしばし熟考する。

彼の魔法は変身するものから日常生活に花を添えるものまで様々だが、あまり戦闘向きではない。

そもそも彼はポケモンとして非常に高い実力を持っている。魔法をバトルに使う事など元からあまり無かったのだ。

『ん〜戦闘向けの魔法は・・何がありましたかね・・。確か120年程前に手に入れたあの文献に決闘用の魔法が記されていたはず・・・』

パチン

ミュウが指を鳴らすと、何処からともなく一冊の本が地面に落ちる。

古ぼけたみすぼらしい外見の分厚い専門書――年季が入っているとも言えるその本をミュウは手に取り、ゆっくりとページを捲る。

『相手の銃を不発にする魔法にナイフを錆びつかせる魔法・・いやいや、これじゃないですね。もっと積極性のある攻撃魔法は・・と』

昔の賢人達が書き残した魔法の中には、他者に危害を加える様なしろものはあまりない。
何故なら魔法とは、非日常的なものでは無く――寧ろ、日々の生活をサポートする為にこそ使われるべき術だからだ。


『傘で自由に飛び回る魔法・・違う、私が求めているものはこれじゃない。お、ありました』

見つけたのは古い魔法の呪文。

『・・いいものを見つけましたよ』

攻撃性こそ皆無だがそれでも不意を突ける手段には変わりない。

何よりも今ミュウにとって大切なのは彼らを退ける事では無く、自らの身を守る事にある。

パルキアの消失と怪奇現象の相互関係、その背後に隠された秘密を解き明かすまで彼は捕まる訳にはいかない。

真実を探り当てるまでは。

ミュウはそっと本から手を放す。

呪文書は地面には落ちず、重力などその場には存在しないかのようにふわふわと浮いている。

既にミュウの魔力が効力を及ぼしている証拠だ。

再び茂みから覗き相手側を確認すると、妙な首輪を付けたポケモン達が2匹1組になって散っていくではないか。

『成程、戦力を分散させて私を捕まえる作戦ですか・・』

【テレポート】を使ってさっさとここから退散する手もある。

だが、まだ『時空の歪み』の残存エネルギーが孤島に滞留しているはずだ。

この観測を逃せば今度は何時何処で発生するのか、完全には予測できない。現にミュウは過去のデータに照らし合わせて各地に赴いているものの、これまでに何度も観測に失敗している。

そして、それに何より――


『私が自ら敗北を選ぶなど・・!!』


そんな事はあり得ない、あってはならないと首を強く振った後、ミュウはそっと手をかざした。

ぶつぶつと呪文を口ずさむ。

彼の目の前に霧状の魔力が集まり、一枚の鏡を作り出した。

“鏡”と言っても全く反射などしていない、例えるなら“風呂場の曇った長鏡”が一番適切だろう。


やはり“記録係”は連れてくるべきだったのだ・・・。

“時空の歪み”の観測もポケモンハンターの強襲で満足に行えていない。第三者の邪魔に備えて“彼”も連れてくるべきだった・・・。

私が戦っている間に、記録する者が必要だ。

このままでは“時空の歪み”に関する残存情報が全て霧散してしまう。

『ルカ、聞こえていますか』

『・・なんですお師匠様・・・』

曇り鏡の向こうから眠そうな声が聞こえてくる。

恐らく今の今まで眠りこけていたのだろう。

・・私が居ないと一分も持たないのでしょうかね、あの馬鹿は・・・。

ミュウは苛立たしげに声を荒げた。と言ってもほんの少しだけ、脅すような口調で。

『愚か者!私が出かけている間にまたサボっていましたね!?そんな事だから何時までたっても魔法が上達しないのです!』

『そんなぁ・・。いきなり怒らないでくださいよう・・』

鏡の向こうの相手は――4つの房に犬のような顔立ち、青い体毛に黒い縁取りのポケモン。そして何より赤く光る瞳はそのポケモンの男性的な凛々しさと雄々しさを引き立たせている・・はずなのだ、本来ならば。

格闘・鋼タイプを併せ持つポケモン――ルカリオの『ルカ』は、波導ポケモンと言う肩書、格闘と鋼タイプの強靭さ、凛々しい容姿を併せ持っているにも関わらず、ミュウの評価は今も昔も変わず低い。

・・つまり、“間抜け”と言う事である。しかも、極度の。

ルカがぐずぐずと言い訳をし始める。

曰く

『別に寝てたわけじゃないんです、ただちょっと草原に横になって雲を眺めている内に瞼が閉じてきて、右目で飛んでるバタフリーを追いかけてると―あ、そのバタフリーは色違いだったんですよ、珍しかったんでお師匠様にも見せたかったんですけど・・あれ、どこまで話しましたっけ?えっと確か草原で――』


彼にとっては不幸な事に、ミュウは思考の混乱ぶりが切実に露呈している馬鹿弟子のとち狂った言い訳を最後まで聞ける程、気が長くは無かった。

『とにかくっ!今すぐ!私が居る孤島まで来なさい!!“歪み”の情報が霧散する前に!!今すぐ!今すぐ!!今すぐですよっ!!!』

怒鳴り散らすとミュウは拳を握り、通信用の魔法『曇り鏡』を解除した。

しばし肩で息をして荒げた気分を落ち着かせる。

どうやら今の怒鳴り声は幸いハンター達のポケモンには聞こえていなかったようだ。

この孤島の何処かで身を潜めて私を狙っているに違いない・・。

だが、その場で思い付いた作戦如きで私は捕まえられない。絶対に。

・・・ルカは腐っても波導ポケモンだ。

万が一、あり得ない事だが私が苦戦する事態が発生したとして、彼が居れば心強い。

頭は空っぽだが、体力と戦闘能力だけで言えば、ルカは私と比べても遜色は無い・・いや、将来的には私を抜くだろう。

しかし・・空間移動系の技も魔法も使えないあの間抜けがここに来るまでどれだけの時間がかかる事か。

パチン、とミュウは指を鳴らす。

先程の呪文書と同じく、何もない空中から金色に輝く懐中時計がミュウの手の中へと落下した。

精妙な金細工の蓋と合わせて背面と盤面は透明な素材が使われており、内部の精巧な機械仕掛けが鑑賞できるようになっている。

恐らくかなり高価な一品だろうが、ミュウはお気に入りの懐中時計の蓋を開け時間を確認した。

『ふん・・ルカ到着まで後1時間程と言った所でしょうかね。彼は波導使い。飛行能力を持ったポケモンと協力する事も私の位置を知る事も出来るでしょうし』


パチン、と懐中時計を閉じる。

『久々に、本気が出せそうですね』

何時以来だろう。

ここまで闘争心を燃えたぎらせてくれる相手と対峙したのは。

『さぁて、行きましょうか。今頃私を探しているであろう彼らの下に』

ミュウはそう呟くと今一度指を鳴らす。

目の前で浮遊していた呪文書と右手に納まっていた懐中時計が同時に消えた。

一度天を仰ぎ精神を落ち着かせてからミュウは茂みの中に消えていったのだった――









アブソル ( 2012/10/08(月) 23:23 )