第一章 『策謀』編
第五話 進展
『Pokemon Healing Company』通称PHC。

世界に名だたるこの大企業がポケモン犯罪に手を染めている事は、その暗部の象徴たる“ポケモンハンター”達と一部の幹部ぐらいしか知らない事実だ。

勿論“ポケモンハンター”が違法と合法の狭間の存在である事を利用してPHCは秘密裏に活動させているのだが。

しかし、ジュンの目の前でふわふわと浮遊しているこの小さなポケモンはPHCの暗部を明かすと言った。

世界各地で多発している怪奇現象――“時空の歪み”の存在はPHCにとって知られざるべき事実であり、それを封殺していると。

そしてその裏には大きな陰謀が隠されているって事?

「突飛な話だね。PHCがポケモン売買業に手を染めているのは僕ら雇われハンターが一番よく知ってるけどね・・だからと言って・・」

『PHCは君が思っている以上に“化け物”に変貌しつつあると言う事ですよ。利潤を貪るモンスターにね・・・』

僕が思っている以上に、PHCはヤバい存在だとでも言うつもりだろうか。

ミュウは顎を摩りながら話を進める。

随分と様になっている様子だけどもしかして彼は各地の伝説通り『小さな賢者』の様な気がしてきた・・あくまで個人の感想に過ぎないし、このナルシストが“賢者”だなんて信じられないけど。

『私は“時空の歪み”の出現を数年前から調査していました。同時多発的に発生していた怪現象を。そして一つの結論にたどり着いたのです』

好奇心を瞳に輝かせながらミュウは指を鳴らした。

何事かと訝しむジュン。と、次の瞬間どこからともなく手帳がミュウの掌に落下した。

長年使い込んでいると一目で分かる皮張りの手帳は、古ぼけてはいるものの大事にされてきた事が遠目からでも感じ取れる。

ミュウが数年がかりで調査をしていた、と言う事自体が驚きだが、今は彼の言う“結論”の方にジュンの興味は注がれ始めていた。

『空間を司る“神”、パルキア。神と呼ばれしポケモンの力が今急速に衰えています。そして、その原因は・・・PHCにある!』

PHCに世界的変動の原因があるだって?

ジュンの目が少しだけ驚きで見開かれる。

ミュウから聞かされた衝撃の事実。世界中で“時空の歪み”が発生しているという言説自体が信じがたい上に、PHCが関わっているとは流石に直ぐには受けれられない。

「・・その“時空の歪み”が発生しているとして、それとPHCとの因果関係は証明できるわけ?」

『今その証拠を探している所なのですよ。そこに君がのこのことやってきた訳です、ポケモンハンター君』

成程、だから“調査中”って言っていたのか。

僕は手ごろな岩に腰かける。

このミュウは勿論最終的に捕獲するつもりだけど、最後まで一応話は聞いておきたくなったのさ。

「じゃあ何でPHCとの関連性に思い至ったのか説明してくれるかな」

その問いにミュウは顔を少しだけ険しくした。

『・・・数年前から空間の神、パルキアがその姿を消しました。そして、それと並行するようにポケモン犯罪が活発化し始めた。君達のような“ポケモンハンター”は無論、昔から居ましたが、今日の彼らは強力な“後ろ盾”得て、特殊な装備を用いてポケモン捕獲に望んでいます。数年前より明らかに規模を増しているのですよ・・』

・・つまり、ミュウはPHCがポケモンハンターを雇ってパルキアを捕まえたと、そう言いたいわけ?

随分突拍子もない事を言うもんだ・・神と呼ばれしポケモンが、凡百のそれとは格が違う事を知っているのは他ならぬミュウ達ポケモンだと言うのに。

「僕達人間の力でパルキアを捕獲できると思うの?もし仮に捕まえられたとして、パルキアの力を抑え込んでおく事が可能だとは思えないけどね。第一、PHCがポケモンハンターを大量に雇った時期とパルキアが蒸発した時期が重なったからと言ってさ・・そんな事が・・」

『私にも信じられませんでしたがね、そうとしか考えられないのですよ。“時空の歪み”の発生はパルキアの長期にわたる拘束、それに起因する弱体化の産物。そしてPHCが“時空の歪み”をひた隠しにしているのはパルキアを捕獲し拘束している事を世間に知られない為。――そう考えれば全てが合点が行きます』

「そして、君が狙われているのはPHCにとっての不都合な真実を探り出そうとしているからって言いたい訳か」

『つまり、そういう事ですね』

・・・随分と込み入った“陰謀論”だね。でも、彼の言説にも一理ある。

怪現象が発生し始めた時期とパルキアが消失した時期が重なり、そこにPHCが密かにポケモンハンターを使ってポケモン集めに勤しみ始めたとなれば・・考えられない事じゃないね。

パルキアと怪現象の繋がりは調べてみたら面白そうだ。

もしかしたらミュウの言う通りPHCと何か関係があるのかも知れない・・・。

『まぁ、目ぼしい証拠は見つかっていませんがね。あくまで仮説ですよ、仮設』

そう言うミュウの表情には、自身の言説を“仮説”等とは1ミクロンも思っていないのがありありと現れていた。

「・・君の言いたい事はよく分かった。ミュウ、君がその因果関係の証拠集めに奮闘していたと言うのも。でも、僕はポケモンハンター。君はターゲット。仕事は仕事だ」

厳かに告げるとジュンはスッと立ち上がる。

『おやおや、私が君の無知に真実と言う名の光を当てて差し上げた恩を仇で返す気ですか?』

「君の御高説は檻の外から聞いて上げるよ」

ジュンはボーマンダの『マンダ』を横に控えさせ、その上に飛び乗る。

『全く・・。まぁ良いでしょう。最近バトルもしていませんでしたし、相手になってあげますよ。少々本気で、ね』

睨み合う二者。ジュンはキャプチャーを構え、ミュウは手にエネルギーを溜めている。

沈黙が場を覆う。

どちらが先に攻勢に出るか。ここが正念場だ―両者にとって。


そして・・・。

『波導弾!』

先に攻撃に転じたのは・・ミュウだった。

『マンダ、守る!』

マンダが発生させた『守る』のバリアがミュウの技を防ぐ。

キャプチャーの照準を合わせ引き金を引く・・・直前でミュウが一気に下降した。

素早く動き回ってこちらの出方を伺っている。どうやら石化光が当たる事を一番警戒しているようだ。

下からも追いつめようか。

「出てくるんだ、レイシア」

腰のモンスターボールホルダーを開け、4体目のポケモン・・・グレイシアの『レイシア』を繰り出す。

「君は地上に降りて下からミュウを責めてくれ。冷凍ビームでも吹雪でも、兎に角遠距離攻撃が出来る技で徹底的にね」

『了解よ、ジュン!』

レイシアは彼の腕から飛び降り、そのまま軽やかに地面に着地する。

対してミュウは地面に配置されたレイシアの存在を気にかけつつも、その不遜な表情を全く崩さない。

彼は常に自信を保っている。

永き時を生き、様々な経験を積んできたと言う自負とそれに裏打ちされた確かな実力・・もあるのだろうが、一番の理由は単に自信家であると言う事だけだろう。

その自信を打ち崩すさんとする事にジュンの主眼が移動し始めていた。勿論無意識に、だが。

『一体戦力を増量した所で私に勝てるとでも?舐められたものですね!!』

突如ミュウの周囲に浮かび上がる数多の球体。

『波導弾』ではない、いや少なくとも正規の“技”とは思えない。

『――本来ポケモンは一度に最高4つまでの技しか記憶できない存在です。私もその例に漏れません。しかし、私は4つの技を自由に組み合わせ作り出す“複合技”を使用する事が出来るのですよ!』

あの球体・・恐らくはエスパー技『サイコキネシス』を球状にしたもの。

それをどうしようって言うんだ・・?

ゆらゆらと揺れる透明な球。内部にポッと炎が点火したのは、その時だった。

エスパー技の中に炎タイプの技を流し込んだのか。

炎を内に秘めた球体は分裂を繰り返し、ミュウを中心とした円を作りジュン達をも含めた環状に整然と並び、浮遊している。

「これはマズいかもね」

本能的にこの“複合技”の危険性を察知するジュン。だが、逃走する隙などミュウは与える気は無かった。

『爆ぜよ、念導火炎球(キネシスファイア)!』

閉じ込められていた炎が解放され、火の玉が膨れ上がり大爆発を起こした。



                 ****




渦巻く熱風、遮られる視界。

「随分高威力の技を持ってるじゃないか・・!」

マンダの『守る』が間に合わなかったら僕も怪我をしていた所だ。

『あのミュウの力、オレ達の実力よりも遥か上を行ってる・・どうするんだ、ジュン』

勝気のマンダが力の差を認めるとはね。

僅差なら勝気を出して努力できる。でも、圧倒的な実力差の前にそんなモノは何の役にも立ちはしない。



これはもう僕の今のパーティではミュウに打ち勝つ事は無理だな。

・・勿論、“真っ向”から立ち向かえばの話だけど。



次第に巻き上がった砂煙が晴れていく。



外の様子を『守る』のバリアから確認できた時、ジュンは声を失った。


――大地が抉れている。

上空で爆発したはずの『念導火炎球』はジュン達だけでは無く、森と大地の一部を巻き込んでいたのだ。

一発でこの威力。ミュウの言う“複合技”が単に複数の技を組み合わせただけではない事が暗示されている。

「・・凄いよ、ミュウ。君は。希少性に加えてこの実力。最高だね・・!ますます狩りたくなった」

もう一対一に拘るのは無しだ。

あの爆発に乗じてミュウも一旦身を隠している。流石に連戦はキツいみたいだ。・・此方にとっても好都合。



「レイシア、まだ行ける?」


『大丈夫よ!心配しないで!』

レイシアが木陰から出てくる。どうやら『念導火炎球』の爆発範囲の外に避難出来ていたようだ。安心したよ。


マンダが地上に降り立つとレイシアが駆け寄ってきた。

『あのナルシスト、技を使った後どこかに消えちゃったわよ』

『・・野郎、ソルとの戦いでのダメージ回復を狙ってやがるんだ』

「好都合だ。僕達もこの間に作戦を立てよう」

ボールからソルとワーズを出す。時間経過で少しは回復しているから、補助的な戦力にはなるはずだ。

マンダ、レイシア、ワーズ、ソルが正面に並ぶ。ジュンは手を後ろで組みながら、手持ちポケモン達に次の指示を出す。

「君達も分かっているとは思うけど、ミュウの実力は本物だ。このままでは勝ち目は薄い。だから、これを使ってもらう」

トランクから取り出したのはポケモン専用のイヤホンマイク。そして・・。

ポケモンハンター専用道具の一つ。

これは“商品”のポケモンにも手持ちにも負担をかけるからあまり使いたくは無かったけど。

任務遂行が第一だ。





「『ディードジャマー』。こいつを使ってミュウを追いつめる」




              ****



PHC技術開発研究所、地下3階。

照明が人工的な光を注ぎ、白く清潔な――そしてどこか無機質な室内を照らす。

地下施設特有の閉塞感が漂う被験者室の中に、一人の青年が手持無沙汰を前面に押し出した表情で椅子に腰かけている。


「暇やなぁ」


よく日焼けした浅黒い肌に素のままの短髪。

傍から見ればほぼ全員がスポーツマンとの印象を受ける事請け合いのこの青年、名を火野輝と言う。

贅肉の無い、よく引き締まった色黒の体は筋肉質で若さに溢れているが、上半身裸なのは裸体姿が彼の趣味だから、と言う訳では決してない。

電極が胸と腕、そして首元につけられている。

如何やら何かの実験に参加している様子だ。

「ったく散々俺の体弄くり回した挙句にこれは無いでぇ・・・」

電極を貼る為に体に塗られた糊のべたべたとした感触がアキラは嫌いだった。

しかも、だ。10分15分なら我慢が出来るが、1時間近く同じ場所で同じ姿勢を保つのは流石に厳しいものがある。

「・・・小便したいわ」

実験前にがぶ飲みした飲料水が今なって激しい尿意となってアキラを責め苛む。

圧迫する不快感にもじもじと体を動かし、アキラは顔を歪ませ机の上のマイクに喋りかけた。

「なぁエリカ。俺ちょっと用足したいんやけど・・」

『駄目よ』

部屋の天井に埋め込まれたスピーカーから、冷たい拒絶の返答が返ってくる。

『今電極を外したら計測に誤差が出るわ』

「せやけど俺もう我慢の限界やねんって。ここで漏らしてもええんか!?」

アキラの語尾が脅しつけるような強いものになる。何をどう脅すつもりなのかは定かではないが。

『ハァ』あからさまな溜息がスピーカー越しに聞こえる。

溜息をつきたいのは俺やで・・。

『いいわ。研究員を向かわせるから。待ってなさい。自分で電極を外したら駄目よ。後、こっそり部屋を出ようとしても無駄よ。監視カメラがついているから』


放送がブツンと切れる。


・・研究員?俺はトイレ行きたいだけやのに・・。

一夫的に放送を切ってしまったエリカに文句を言う事も出来ず、アキラに出来るのはただ待つ事のみ。

しばらくするとアキラの待つ部屋に一人の女性が入ってきた。

眼鏡をかけた二十代前半ぐらいの若い研究員だ。

「お待たせしました、火野さん」

「アキラでええ。それよりもこれ取ってぇな。俺、早く用を足したいねん」

「それでは、アキラさん。まずは本実験に協力していただいた事に心より感謝を申し上げますわ。我々PHC技術開発研究所は被験者の生理的・心理的ストレス軽減を第一に考えております。ですので、これをお使いくださいませ」


女性研究員は仕事用の笑顔を顔に貼りつかせ、事務的な挨拶を済ませた後、床にもってきた瓶を置く。

アキラは床に置かれた瓶をジッと凝視した後、そのまま視線を事務用笑顔を保ったままの研究員に向け、さらに瓶へと戻す。

「それでは、私はこれで」

「ちょ・・ちょい待ち!」

出ていこうとする研究員をアキラは呼び止めた。

右眉をヒクヒクと痙攣させながら、アキラは震える指で瓶を指さす。

「まさか・・俺にこれ使こうて用を足せっちゅうんやないやろな!?第一この部屋監視されてるんやで!?何のプレイやねん!俺にそんな趣味ないわ!」

そんなアキラに、研究員は微笑みを絶やさずに優しく、業務的に告げる。

「勿論、その瓶の用途はアキラさん次第です。被験者のストレスを軽減する事も我々研究員の務めですから。――ああ、それから。瓶を使用した場合は、使用後の瓶は回収させて頂きます。排泄物から生体内のデータを取る必要がありますので。それでは、失礼します」

反論する隙を与えず一気に喋りきった後、研究員はさっさと出て行ってしまった。

バタン、と閉まる扉。

引き留めようとしたアキラの手が空しく虚空を掴む。

「俺にどないせぇっちゅうねん・・・」

本日何度目かの大きな溜息をつくアキラ。

「エリカに頼まれて参加したったのに・・これやもんなぁ・・・」

散々体を弄られ、注射を何本も受け、電極をペタペタと貼られた挙句がこの有様では、大海より寛容な心を持つアキラも不満を溜めるのは、仕方がない。

「ま、ええわ。何とかなるやろ」

厳しい決断の時を迫られている彼の足元では、瓶が少しだけ輝いていたのだった。



アブソル ( 2012/10/08(月) 23:22 )