第四話 疑惑
幻のポケモン、ミュウ。
世界各地の伝承にその名を連ねる存在。
余裕綽々で、とはまでは言わないけれど正直ここまで縺れ込むとは思わなかった。
しかも彼の強さは未知数。下手に手の内を全て晒す事も無い。
「それなら・・ワーズ、君の出番だ」
シャワーズの「ワーズ」。
イーブイの頃は単に“イーブイ”と呼んでいたけど、彼の性格から見て将来は“シャワーズ”に進化させようと決めていた
『シャワーズですか・・・』
「ワーズ。ハイドロポンプ!」
僕が指示した瞬間、シャワーズがミュウに激流を飛ばす。
水タイプ一致の高レベル技だ。
しかしこれで倒せるとは僕も思っていない。
“様子見”だ。
『高威力技の力押しでは私には勝てません。守る』
ミュウは守るで攻撃を防ぐ。彼もそうそう自分の技を見せる気はないらしい。
技を放つ、と言う事は即ち相手に手の内の一つを見せる事と同義だ。
・・何時までも互いに読みあっている訳にもいかない。
仕事は素早く的確に。
攻めに行こうか・・・。
「シャワーズ、シグナルビーム」
『弱点を突く戦術に切り替えですか。しかし、私には効きません。守る!』
シグナルビームは守るによって防がれてしまう。
ミュウの動きが緊張感を帯びてきた・・ソルの攻撃が効いている上に苦手な技を喰らいたくはないんだろうね。
『虫タイプの技で攻めますか。良いでしょう、それならば・・サイコキネシス』
念動力をそのまま相手にぶつける『サイコキネシス』。汎用性の高さでは他のエスパー技から抜きんでている。
『ジュ・・ジュン!体が動かないっ』
ワーズは体を中に浮かされ、足をばたつかせるものの脱出叶わずそのまま地面に叩きつけられる。
・・僕のポケモンがこうも簡単に倒されるとはね。
どうやらこのミュウのレベルは並みのポケモンを遥かに凌ぐらしい。
2体を圧倒して倒す実力は本物だ。
正当法で行くのは少々分が悪いな・・。
『ほらほらどうしました?先ほどまでの自信は何処へ言ったのでしょうねぇ?』
相変わらずの挑発的な口調。しかし、ここで熱くなる程ジュンは子供ではない。
「成程、君は強いね。ミュウ」
『やっと事実認識をしたようですね』
素直過ぎる発言は得てして皮肉と取られがちだ。
最もこのミュウは自信が無限に湧き上がる源泉でも持っているのか、不敵な笑みを浮かべ体全体から優越のオーラを放っている。
「随分自信満々だけど、僕は単独のポケモンハンターじゃない。PHCが君を欲しているんだ。理由は分からないけどね。だから、逃げられやしないんだよ」
負け惜しみにも聞こえる台詞。
だが、ジュンの言葉は決して悔し紛れから出たものでは無かった。
・・・コイツを使わせてもらうよ、ミュウ。
ポケモンハンターの制服は多機能だ。多数のポケットにはポケモン捕獲用のツールが収納されているのだが、ここでジュンが隙を狙って使おうとしている道具・・それは
捕獲ネット、である。
粘着性のネットを丸めた道具で、投げたポケモンに絡みつき捕縛する事が出来る。
ガムの様に軟質かつ高い粘着力を誇る新素材のネットを丸めてあるだけの・・ただのボールなので、相手に直撃させない事には意味は無い。
隙をついて一気に投げる。その為にはミュウの気を逸らす必要があり、適当に話題を振ったのはこれが目的だ。
――ミュウの気を逸らす為だけの話題だった。
少なくともジュンにとっては。
加えて万が一常に狙われている事に動揺してくれれば捕獲がしやすくなる・・まぁ、このミュウに限ってそんな事はないだろうが。
しかし・・ミュウの表情が先程とは違うオーラを放っている事にジュンは直ぐに気が付いた。
どうしたんだ・・?
『そうですか、成程PHC専属のポケモンハンター・・と言う訳ですね』
流暢な人間語は知的な青年と言った趣きだが、その声が一瞬だけ深い憂いを帯びる。
『成程その特殊な装備の数々、大きな組織に属しているとは思っていましたが・・PHCですか・・』
「だったら何?」
『・・・ポケモンハンター君。良いことを教えてあげましょう。なのでその左手に握っている捕獲用の道具を手放しなさい』
気が付かれている・・。
何時の間に勘付いたんだ?
「話を逸らして隙を伺う作戦?僕と同じ行動を取って、それで引っかけられるとでも?」
『無論、今から話す内容は真実です。“逸らす”のではありません“照らす”のですよ・・君の無知に光を、ね』
顔にこそ出さないが心ひそかに動揺するジュンを余所にミュウは続ける。
そして、何より彼が単に気を逸らす為の嘘を言っているとはジュンには思えなかったのだ。
『私がこの島に来ていた理由、それは最近世界中で多発している“時空の歪み”を調べる為です』
「時空の歪み・・?」
『その通りですよ』
「おかしな話だね。世界中でそんな怪現象が発生しているなら、何でニュースとして報道されてないの?」
身構えながらもジュンは最後までミュウの話は聞く事にした。
時間ならまだまだあるんだから、情報収集も悪くない。
対してミュウはクスりと笑う。
『簡単な事です。国際企業PHCが“時空の歪み”の存在を秘匿している為です』
PHCが・・?
そんな事が・・いや、PHCの秘密体質は雇われポケモンハンターである僕も知る所ではあるけど、それにしても信じがたい話だね。
『君が私を狩るように言われたのも、私が彼らにとって不都合な事実を探っているからです』
「成程ね。その“時空の歪み”の秘密を探っている君がPHCにとっては不都合な存在だから、僕を使って捕獲を目論んだ・・と」
まぁPHCがどんな理由でこっちに仕事を回してきたのかなんて僕にとってはどうでもいい事だ。
僕はただ仕事を遂行するだけ。それがポケモンハンターとしての務めだから。
「それだけ?僕がPHC専属ポケモンハンターである事実に対するさっきのリアクションとどういう関係があるのかな?」
『君はPHC関係者としては随分自社についての知識が無いようですね』
回答として皮肉を提示するのがミュウの趣味らしい。
回りくどい言い方と時折覗かせる自意識過剰ぶりは目の前の彼が話をしていてあまり心躍る存在ではない事を示していた。
『まぁいいでしょう。これも何かの縁です。私も全てを探りさせた訳ではありませんが――お教えいたしましょうか、PHCの暗部について』
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今の社会ではポケモンと人間は“ほぼ”同権を保有すると考えられている。
ポケモンは望むのならば人間社会で教育を受け、人の言葉を学び、人の技術を習得する事が出来るのだ。
勿論、それを良しとしないポケモン達も大勢いる。
文明を拒絶し“自然”の中で生きていく選択をしたポケモン――それもまた一つの道筋だ。
ファオ。
ドイツ語で“X”の単語を現すこの名は勿論本名ではない。
情報部員として与えられたコードネームであるが・・彼自身は結構気に入っているようだ。
ポケモン族は昔、人と交わる道か自然と共に歩む道かの選択を迫られたことがある。
その時ファオの一族は人間文明の中に溶け込む道を選んだのだ。
ファオは親の教育方針によって、人間の言葉も喋れ、文明の機器を扱う事も出来るようになった。
勿論“ポケモン”としての能力を忘れた訳ではない。
炎・格闘タイプのバシャーモ故、運動能力と体力は人間の非ではない・・最もこれは他のポケモンにでも言える事だが。
後、格闘タイプの性か時折無性にバトルがしたくなる事もしばしば。
情報部の仕事で発散しているので問題は無いが。
タイプ的に性欲が強いのはご愛嬌。
しかしファオは紳士である為持て余した欲求不満もまた仕事に転化させている。
話を元に戻そう。
ポケモンと人間は古来より互いに寄り添って生きてきた。
勿論常に二者の関係が順風満帆だった訳ではない。
時に他方が身勝手な理由による理不尽な重責を負わされた事も幾度となくあった・・いや、今もまだあると言った方が正しいだろう。
だが・・ファオは信じている。ポケモンと人は共に歩んでいけると。種の壁を越えて真の友人になれると。
だからこそ、その“進歩”を阻害する勢力―それが故意であれ意図せざる結果であれ―をファオは受け入れる事は出来なかった。
PHCの秘めたる犯罪――ファオはそれを暴き、阻止すると心に決めたのだ。その信念に誓って。
「ポケモンの搬入量を探れ、か」
自然公園のベンチに腰を下ろし、ファオは思考を巡らせていた。
「秘密主義のPHCってもどこかに隙があるはずなんだよな。輸送トラックを調べるか・・」
ポケモンを用いた実験は、その被験体の同意を得た上で出来る限り生命の危険を排除しなければならないと言う法的規定が成されている。
今回情報部はPHCが生体実験に関する大きな犯罪を犯していると言う内部証言を得て、調査に乗り出した。
今の所目ぼしい情報が何も見つかっていないが・・。
「ガセネタって事はないよなぁ」
しばらくぶらぶらと足を揺する。
基本的に情報部員の任務完遂は各自の手腕に任されている訳だが、秘密主義の壁はファオの予想以上に高かったのだ。
「どうすっかなぁ・・」
立ち上がると何気なく自動販売機に赴き、コインを入れてジュースを買う。
プルタブを開けて清涼感漂う炭酸飲料を口に含んだその瞬間。
ファオの脳裏にあるアイデアが浮かんだ。
――PHCの輸送経路を調べ上げ、倉庫を突きとめる。
どこかに隠し倉庫があるはずだ。誰にも知られてはならない秘密が詰まった“パンドラの箱”が。
ポケモン犯罪に実際手を染めているなら何か手がかりが得られるはずだ。
「さっそく調査に出るか」
ポスンと空のアルミ缶をゴミ箱に放り込むとファオは立ち上がり歩き出した。
まだ知らぬ秘匿された事実を求めて――