第三話 接触
『さあ、始めましょうか』
随分と自信ありげだね。
ジュンのミュウに対する評価の一つが確定した。
即ち「自信家」と。
ミュウはエスパータイプ・・しかもどんな技でも覚えられる筈だ。
ここは様子見。
「ソル、仕事だ」
『・・了解!』
『アブソルですか。セオリー通りですね』
口元にだけ笑みを浮かべてミュウはふわりふわりと浮遊をしている。
“かかってこい”と挑発を前面に押し出しているのが見え見えである。
「ソル、悪の波動!」
ソルの口元から黒いエネルギー球が生成され、ミュウへと高速で撃ち出される。
『守る』
ミュウが手をかざすと透き通った壁のようなものが現れミュウを覆う。
基本的な防御技の一つ、『守る』だ。
悪の波動は透明な壁に防がれてしまう
「守る、か。厄介な。ソル、影分身だ」
『影分身ですか』
ミュウの周りをアブソルと幻影たちが取り囲む。
“影分身”は本体の動きと完全にシンクロする分身を作り出す技である。
最も、分身達には攻撃力は無い。
敵の目をくらます、勿論それも効力の一つだ。しかしそれだけではない。
ソルが最も得意とするのは『影分身』からの、全方位一斉攻撃。
攻撃している本体と全く同じ動きをする分身達を見分けるのは非常に難しい。
加えてそこから繰り出される物理技。
一気に勝負を突ける算段だ。
「辻斬り」
『ああ、分かってる』
右前脚の爪が闇のオーラを身にまとい、悪タイプ中高レベルの斬撃を繰り出す爪へと変貌する。
分身達が同時に『辻斬り』を発動し、ミュウへ飛びかかった。
『・・守る!』
再びミュウは守るを使い、飛びかかってくるアブソル達の中の一体からの攻撃を防御した。だが・・・。
どうやら先ほど防いだのは幻影からの攻撃だったようだ。
アブソルの辻斬りが決まり、ミュウは地面に落ちる。
「やったかな?」
悪タイプの攻撃だから、効果は抜群だ。
幻のポケモンと言っても相性は覆せない。
これはポケモンと言う種族に与えられている宿命なんだからね。
しかし・・。
ジュンの予想は大幅に外れる事になる。
『ふぅ。今のは少し効きました。ほんの少しですがね』
ミュウは何事もなかったように立ちあがった。
・・・これは驚いたね。
物理攻撃が得意なアブソルの辻斬りをエスパータイプがまともに受けて立てるはずがないんだけどね・・。
『・・私が立てるのが不思議に思っていますね。まあ、無理はいでしょう。普通に考えるとあり得ないことですから。悪タイプの一致技を受けて倒れないなんてね』
“普通は”を強調してミュウは言葉を続ける。
『しかし、一見不合理な事象に対する回答とは得てして簡潔である事が多いのですよ。。・・私が立てる理由。それは、私が強いからです。そこには、「私が強い」以外のいかなる理屈も存在しません』
どうやらこのミュウは回りくどい物言いを好むらしい。
「成程、流石に“幻”の名を冠するだけあるって訳か・・・」
『事実は時に予想だにしない姿を我々に見せるものです。さてと、今度は私から行かせてもらいます』
ミュウは口元にだけ笑みを浮かべ右手をソルへと向ける。
『波動弾!』
高エネルギーの球体が放たれる。
格闘タイプには珍しい特殊攻撃だ。面白い技を覚えているね。ますます欲しくなったよ・・。
「ソル、見切りで回避だ」
ソルは波動弾を『見切り』で回避する。
この『見切り』と言う技は、『守る』と同じく単発的な防御手段だが、あちらがエネルギー膜を作り出して攻撃を“防ぐ”のを目的とするならばこちらは“避ける”事に重点を置いた技だ。
・・ここから悪の波動に繋いで一気に畳み掛けようか。
「ソル、悪の波動」
『波動弾!』
“待ち”の態勢から互いに攻勢へと移った。同じタイミングで攻撃を仕掛ける事を関げていたようだ。
驚いたことに放たれた『悪の波動』を打ち破り、『波導弾』がソルの眼前にせまる。
「・・見切り!」
ソルは見切りを発動しようとした・・しかし、二回目の発動に運悪く失敗してしまったようだ。
『ぐぅ!?』
格闘タイプ特殊技をまともに喰らい、ソルの体が宙に舞いドサッと地面に叩きつけられる。
『まずは一体と言った所でしょうか』
・・・強い。
このミュウ自信過剰気味だけど、自負心に恥じない実力を持っている。
次はどうするかな・・。
僕は目を回しているソルをボールに戻す。
・・ソルとのバトルでミュウは体力を減らしているはずだ。
数の暴力で責めるのも作戦の内だ。
『次のポケモンは決まりましたか?』
ミュウがオボンの実を食べながら僕に話しかけてくる。
何処から出したかは知らないけど。
「・・木の実を食べて体力回復ね。野生のポケモンらしくない行為だ」
率直な意見に対しミュウは顔に鼻高々に語る。
『先入観を持つのはいけません。かの有名な哲学者のデカルトも言っていたではありませんか「先入観を徹底して疑う事が、より深い認識を得る上で不可欠」と。君は野生ポケモンが体力回復する木の実を食べないという考えに縛られていたのです。そんなことでは私には勝てません』
さて、どうする。ここは切り札のマンダで一気に攻めるか・・。
いや、まだミュウは波動弾と守るしか使っていない。ここは様子を見る必要がある。
しかし今回のターゲットは・・ただのポケモンじゃないぞ。
『さぁ、さっさと次なるポケモンを繰り出しなさい。私を倒せる手持ちが居るのなら、の話ですが』
****
エリカ・ヴァイスヴァルト。PHC技術開発研究所の責任者。
若干17歳にして大企業の研究所所長を任されているのも驚きだが、根本的に不可解な点がある。
「・・・この女、どうも表舞台には出てきてないようだな」
普通なら若き天才としてマスコミに取り上げられてもよさそうなものだ。
PHCとしてもエリカと言う一つの“モデル”を大々的にピックアップして、イメージ向上に乗り出してもおかしくない。
しかし、エリカの存在をPHCは世間に晒す事なく、彼女が“何を”研究しているのかさえ明らかになっていないのだ。
「陸軍との共同研究。それだけで済んでいればいいんだがな」
エリカの才能はユウタも認める所だ。
しかし、今現在彼女の研究内容についての資料が驚くほど少ないのだ。
勿論、企業秘密もあるだろうが、この資料の無さは異常だ。
ここまでエリカの研究内容の足取りが掴めないとなると・・・逆にその奥に隠された“秘密”に探りを入れる必要があるな。
秘密は隠せば隠すほど、その行為自体が露見した時に瓦解しやすくなる。
パタンと資料を閉じ元の棚に直す。
勿論、単にPHCが秘密主義傾向が強い会社で、裏でエリカが行っている研究が至極真っ当なものである可能性もある。
だが、それが反社会的でないのなら、ここまで研究の足跡を消す必要はないだろう。
ポケモン関連の研究である事は確かだが・・PHC関連の資料はあてに出来ないな。
こっちでも探ってみるか。
俺は資料室から廊下を抜け、自動ドアを潜り外へと出る。
ジュンは今頃ポケモン狩りに勤しんでいるはずだ。
まぁ、所謂『ポケモンハンター』自体が灰色の存在だからな。
金銭の流れが無ければポケモンハンターは、違法な存在ではない。
何故なら一般的なトレーナーの『ゲット』と、特殊な機材を用いてポケモンを『捕獲』する行為とを明確に分ける事は出来ないからだ。
現行法ではポケモンハンターとポケモントレーナー、つまり違法か合法かを分かつ境界線はその行為を行った人物が、直接金銭取引を行っているか否かに依っている。
まぁこの法律が出来てから一時期、各地域のならず者達がダミー会社を作って――個人間の取引では無く、業務として『ゲット』していると主張するための張りぼてだが――、各地でポケモンを乱獲していた訳だ。
今は『ゲット』と『捕獲』の区分にポケモンバトルによる勝利、加えてポケモンの同意も条件に加わってはいるものの・・・ポケモンが人の言葉で主張し、不服を裁判で訴える事が出来るはずも無く、自己申告は全て人間が行うように定められているこの悪法では、ポケモン関連の犯罪が減る訳がない。
・・・こんな馬鹿な法律が通った理由としては、やはりPHCが関係していると見て間違いないだろう。
証拠は無いが・・いいさ、じっくり探り出してやる。
俺はPHC本社を抜け、ヒウンシティのメイン・ストリートを直進する。
摩天楼が照りつける太陽光をミラーガラスで反射し、地面を熱している。
歩いているだけで汗が止まらない。
メイン・ストリートを右折し裏通りに入る。
ここは涼しいもんだ。
太陽が熱していたストリートとは違い、裏通りはひんやりと冷たい。
そんな裏通りの壁に寄りかかって目を瞑っている男が一人。
年は二十代前半から半ばだろうか。誰かを待っているようだった。
男、とは言っても人間ではない。
白い剛毛の髪にV字型の鶏冠、それと嘴。
男性的で凛々しい顔立ちは炎・格闘タイプのポケモン、バシャーモ特有ものである。
スーツ姿が格闘タイプの雄姿とは若干不似合いだが。
「ファオ」
一言呼びかける。
呼ばれたバシャーモは此方を振り向くと二カッと笑う。
ユウタはツカツカと歩み寄ると腕を組み、簡潔に尋ねる。
「どうだ、情報は掴めたか?」
その質問に、ファオと呼ばれたバシャーモは首を横に振った。
「駄目です。情報部の資料にも手がかりは殆ど残っていません。PHCは足跡を徹底的に消しているようです」
「やはりな」
情報部の資料からも足取りを掴めんとなると少々厄介だぞ・・。
「ファオ、PHCのポケモン搬入の量を調べろ。ポケモンの研究自体は一般的なものだが、裏で違法実験をしている場合、平均より必要量が大幅に増えているはずだ。間接的だが、正面からは攻めて尻尾を掴ませてくれる相手とは思えん。搦め手で行く」
PHCの調査と並行して、エリカの言っていた『時空の歪み』の件も調べる必要があるな。
勿論、事象自体に興味があるのではない。
エリカの言っていた“歪み”の調査は、本当にそれだけが目的なのか・・・それとも裏に何かが隠されているのか・・暴かなければならんな。
「PHCが各地に派遣している調査隊についても徹底的に調べ上げろ。“時空の歪み”の調査は単なる大義名分に過ぎん可能性がある」
「了解しました」
サッと敬礼をして立ち去ろうとするファオに、ユウタは最後後ろから声をかけた。
「気を付けろよ。今回の相手はもしかすると・・化け物かもしれねぇぜ」
「・・はい!」
力強く返事すると、ファオは裏通りを歩いて行った。
その姿を最後まで見送るが、彼自身は直立不動のまま動かない。
一人残ったユウタはジッと思考を巡らせ始める。
・・奴らが“裏”で動いている事を突きとめる為にPHCに潜り込んだが、未だに確証は得られず、か。
ヤバい事をしているのは確かなんだ。
・・尻尾を掴んで引きずり出してやる。
エリカはジュンに情報を提供し、ミュウを捕獲させるように誘導した――
ポケモンハンターなら誰でもよかったんだろうが、ミュウの動向を調べ上げていた事実を鑑みるに、エリカの研究と何らかの繋がりがあると見ていいだろう。
PHCの不穏な動きと彼女の研究がどこまでリンクしているのかは謎だ。
俺の見立てでは、エリカもPHCの暗部に一枚噛んでいる可能性が高いが・・・単に表舞台に姿を現していない“善良な”研究者であるとも考えられる。
ポケモンの医療福祉機器を開発してる会社がポケモン犯罪を犯しているとすれば、随分皮肉な話だ。
――その時、ユウタの脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「ミュウ・・そうか、奴らはミュウを追っている。“何故”追われているのかを探り出せば何か分かるかもしれんな」
ユウタは携帯を取り出すと、ある人物に連絡を入れる。
「――俺だ。頼みたい事がある」
肩と耳で携帯を挟み、会話しつつバッグを探り・・取り出したのはある資料だ。
それはPHCの調べたミュウの移動ルート追跡書類。
エリカの所長室で見せられたもののと似ているが、少し違う。
勿論、一般社員向けの資料室から拝借したものだ。
ミュウの今後の動向について推測できる程の情報は記載されていない。
本来ならば社外への持ち出しは厳禁なのだが、少なくとも彼には関係が無いことだ。
書類を両手に持ちつつ、肩と耳で携帯電話を器用に固定し続け、ユウタは電話相手に要件を述べる。
「ミュウだ。そう、その有名な幻のポケモン・・・そいつについてありったけの資料を情報部に送っておいて欲しい。・・必要ならこちらからも居つくかの情報を提示する。謝礼は弾むからな・・頼む。――ああ、期待しているぞ。じゃあな」
電話を切った彼の瞳には“仕事”を遂行する者が感じるある種の高揚感が宿っていた――