鉄壁ガードの女の子
「さてと、ミカンそろそろいい時間だし行こうか?」
「うん……、おいでコイル!」
「ムドー! 灯台行くぞ!!」
太陽の光がさんさんと照りつけ、海から多くの物資と人と共に潮風が香り、人とポケモンが一緒に楽しそうに暮らす港町。そんなアサギシティの外れにある砂浜で今年で六歳を迎えるユズキとミカンは手持ちのポケモン達と簡単なトレーニングをしていた。
子供のトレーニングと侮るなかれ、初めてのポケモンを手にしてから一年が過ぎた今、この二人の子供はアサギシティの双星と呼ばれ有名なのだ。有名の所以はその卓越したポケモンの扱い、すなわちトレーナーの素養だった。例えエアームドが鋼鉄の翼を故意に傷つけ、その硬度を高めるために行う森の木の合間を縫う飛行であっても。コイルが磁力の操作の訓練の為、大きめの鉄くずを百メートル程磁力で引っ張る訓練であっても。この二人は現アサギシティジムリーダーを驚嘆させるレベルの実力を有していた。
まずはアサギの市場の方へユズキとミカンは走る、そしてその足取りを辿るようににエアームドはゆっくりと飛行し、コイルはふよふよと浮遊して付いていく。市場では町の人とすれ違う度に声をかけられ、二人はそれに元気よく挨拶を返しつつ人の波をくぐり抜けていく。時には大通り、時には子供ならではの秘密の抜け道など……そうしてたどり着いた一つの店、そこにはこの町一番の有名人がカウンターの奥でたくさんの木の実に囲まれていた。
「シャクナのじっちゃん! こんにちわー!」
「シャクナさん、こんにちわ」
「ん? ああ、お前さん達かい。午前中の特訓は終わったんじゃな?」
穏やかな笑顔の中にしっかりとした威厳も持った白髪で顔中にシワが刻まれた老人、シャクナは木の実の山の中から顔をのぞかせた。
「うん! 俺のムドー、この間羽が生え変わってから益々体が綺麗に輝くようになってさ! 毎日磨いてやると嬉しそうに鳴いてくれるんだ!! それにもうすぐ技のみだれづきも覚えられそうだし、そのうちきっとシャクナのじっちゃんのエアームドにも勝ってみせるよ!!!」
きらきらした顔で自分のポケモンへの愛情を全力でぶちまけるユズキ、興奮のあまり話しながらピョンピョン飛び跳ねるので来ている青色のパーカーのフードもそれに合わせてピョンピョンと上下するのが、シャクナにはおかしかった。そんなユズキを見て隣で木の実を見ていたミカンも負けじと自分のコイルを褒めちぎり始める。
「わ、私のコイルも段々と発生させる磁力が強くなってきました! それに……えっと、下敷きで静電気起こしてあげると凄く嬉しそうに電気食べてくれるし……えっと、えっとそれから……!」
このまま行くと六歳にして親バカトレーナーの自慢大会が始まりそうなので、シャクナは朗らかに笑いながら話題を転換する。
「そうかいそうかい、儂の渡したタマゴから孵ったポケモン達を大切にしてくれとるようで結構結構!」
シャクナはそう言ってユズキとミカンの頭を撫でた。ゴツゴツとした手には確かな温かみがあった。二人が照れくさそうに笑うと、可愛らしいえくぼが出来る。それを見ていたエアームドとコイルも嬉しそうに鳴き声をあげた。
「それで? 今日はいつものセットでいいんじゃな?」
「は、はい! おねがいします!」
「えーっと、お金お金っと……」
はっとした様に返事をするミカンとポケットから硬貨を取り出すユズキ。その硬貨を受け取ったシャクナは屋台の両側に大きく積まれた木の実の山からいくつかの木の実を手に取り、慣れた手つきで袋に入れた。
「ほいよ、ユズキの親父さんとあのこによろしくなぁ」
「はい……?」
「りょーかい!」
シャクナから差し出された木の実の入った袋をミカンが受け取ろうとすると、それよりも早くユズキが横から袋を掴み取った。
「え? ユズキくん……?」
キョトンとした表情のミカンが小首をかしげると、ユズキは木の実の入った袋ともう一つ小さな包みを手にしながら二ッと笑い、
「女の子に荷物持たせるなんて、カッコ悪いじゃん? さ、木の実と父さんの弁当早く灯台に持っていこう!」
「……うん、ありがと」
ユズキの言葉にミカンは嬉しそうに頷くと、少しだけ赤い頬のまま灯台に向けて走っていくユズキの後につづいた。
「シャクナのじっちゃーーん! また来るからーーー!!」
「あ、ありがとうございましたーー!」
父の弁当を少し心配になるほど振り回しながら走る元気っ子ユズキとポケモンについて語る時以外は余り大声を出さないミカン、二人は声を張り上げてシャクナに礼を言った。いきなりの大声に後をついて行ったポケモン二匹は驚いていたが。
そして、そんなアサギシティ期待の双星を見ながら、木の実に囲まれたアサギシティ現ジムリーダー、『はがねの意志を持つじーさん』ことシャクナ(通称シャクナのじっちゃん)は感心したように呟く。
「あの坊主……色々な意味でやりおるわい……」
潮風が白のワンピースと腰まで伸びたロングの髪をたなびかせ、日差しはむき出しのおでこをキラキラ照らしている。エアームドの嘴で突っつく様にじゃれつかれ続けたお気に入りのパーカーのフードには目立たないが穴が空き、近くに浮遊しているミカンのコイルの影響で耳元が隠れる位の長さの黒髪は若干帯電している。
そんなアサギシティによく似合う少女とポケモンになつかれているのがよく分かる少年はアサギシティの生命線と言っても過言ではない、アサギの灯台に来ていた。
感じる潮風は心地よく、アサギシティに生まれてよかったと心から実感できる場所だ。
「ここから一望するアサギシティが、私大好き」
「俺も。でもいつか大きくなったら、ムドーに乗って空からこの街を眺めてみたいな……」
ユズキはエアームドを撫で、少し空を見上げてからそう言った。
「それ、凄く素敵。私も一緒に乗せてくれる?」
任せておけ! とでも宣言するようにエアームドの鳴き声が響く。
「大丈夫だってさ。でも、食べ過ぎで重量オーバーになるなよ〜?」
からかい気味のユズキの言葉にミカンの目線が泳ぐ。一応、自分が人より多く食べられるタイプなのは自覚済みだった。
「あう……えっと、……頑張ります」
「あははっ! ごめんごめん、冗談だよ冗談! さぁ、そろそろ入ろう。父さんもアカリちゃんもお腹空かせてるよ」
「ええっ!? ひどいよユズキくん! って、置いてかないでよー!」
二人はポケモン達と一緒に騒がしくも仲良く、アサギの灯台に入っていった。