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その晩、アサヒはモフの部屋で寝ることになった。
「せまっくるしい部屋だけど勘弁してな。」
そう言ってアサヒを自分の部屋に誘導するモフであるが、部屋はキレイに片付いていて、《あくタイプ》に似つかわしい。
「結構キレイな部屋で…だね。」
自分なりに家庭では敬語を使わない様にしてるんだろう。家族の一員になるための第一歩だ。
「あまり無理しなくていいからな。さしあたって家で[先生]だけはやめてくれれば。」
「うーん、じゃあ……モフ兄!」
「も、モフ兄!?」
「うん。エン先生のことをエン兄って呼ぶように、モフ先生もモフ兄。どう?」
そうか、家族の一員になるってことはアサヒが兄弟に、しかも弟になるってことか。モフは思った。
家族の中で一番年下の自分が兄貴として呼ばれるのも新鮮だったが、そんなことよりも自分に弟ができたことが嬉しかった。
「ねえモフ兄。今日だけ同じ寝床で寝ていい…かな?」
「ん?あ、ああ。良いぞ。こっち来いよ。」
モフの許可が降りると「ヤッタっ!」って表情をしてモフの寝床に潜り込む。
さっきからモフの中でアサヒのイメージが変わりまくってる。ここまで甘えん坊だとは思わなかったのだ。
「ああ、あったかい…。こんな感じすごく久しぶりだ…。お休みなさい、モフ兄…」
「お休み。」
かなり疲れてたんだろう。すぐに寝息を立てて眠った。教室で居眠りしている寝顔とは全く違う、素のアサヒを感じる寝顔。
「家族って存在ができてよっぽど安心したんだろうな。まあコイツならそうなるよな…」
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話は今から1時間前に遡る。
「アサヒ、ちょっといいか?」
風呂上がりのアサヒをエンが呼び出した。
「何ですか?」
「ああ、ちょっとな。」
そこにはエンだけでなく、ライ、モフもいた。
「答えたくなかったら答えなくていい。だけどまあ、担任って立場でもお前と一緒に暮らす家族って立場でも絶対に知ってなくちゃいけないことなんだ。」
エンが毅然とした態度でアサヒに話しかける。それを感じたのか、アサヒも自然と背筋をピンと伸ばす。
「何故お前はそんなコソ泥稼業をしてたんだ?」
…………………………。
勿論沈黙が生まれる。
「…悪いな、変なこと聞いて。」
「いえ…。ちゃんと話します。だから…笑わないで聞いてください。」
アサヒが真剣な顔で言う。
「ボク、学校を卒業したら旅をしようと思ってるんです。」
「「「旅?」」」
「はい。家族探しの旅を…」
「ちょっと待て。[家族探し]ってどういうことだ?」
3人の疑問の理由もわからないことはない。アサヒは震災孤児なはずである。兄弟がいたと言う話も聞いたことがない。
「ああ。実はボクの両親はボクが生まれてすぐ離婚してるんです。で、ボクのお母さんとボクは血が繋がってないんです。でも、お母さんは自分が生んだ子のように育ててくれた。それは嬉しかったなぁ…。
っと、話がそれましたね。そういう訳でボクは本当のお母さんを探すための旅費を稼ぎたかったんです。」
「でもさ。」
ここで話に割って入るのはライだ。
「お前確か新聞配達のバイトしてたよな?」
「それじゃ足りないんです。中学生だからこれ以上給料が増えなくて…」
こればかりは怪盗クロが国会に乗り込んでもどうしようもない話だ。ちゃんと義務教育を受けさせるという観点から中学生以下の子供は働いてはいけない――これは差別というより《政府の優しさ》だろう。
「特例で認められてもどうしても最低賃金でしか働けない。まあ、朝飯は所長の御好意で食べさせてもらえてるけど…。」
「だからコソ泥稼業するしかないのか…。」
いけないことだと分かってても同情してしまいそうになる。
「でもなアサヒ。」
モフが重い口を開いた。
「オレもさ、そっち側だから余り言えないんだけどさ。お前、やり方間違えてるよ。
家族に会いに行くのに、そんな汚れた金を使ってまで会いに行ってお前の母さんは嬉しいと思うか?
オレもさ、エン兄から依頼がきたときは実は内心スゲー嬉しかったんだ。でも《モフ》は一度この村とこの家族を捨てたヤツ。ノコノコと戻ってこれるわけないからあんときはずっと《怪盗クロ》として皆に接した。でも、やっぱり苦しかった。エン兄も苦しかったと思う。自分の知ってる人を、しかも家族をまるで[赤の他人]のフリをして接するんだもん。
だから…エン兄に『こっち来いよ!』って言われてスゲー安心したし、オレも《モフ》として皆に接せた。
話ぐちゃぐちゃだけど、お前は《怪盗シロ》としてお前の母さんに会いたいんじゃないだろ。《アサヒ》としてだろ?だったらちゃんとお金を稼いで旅に出ようよ!て、立派になった姿を見せようぜ!」
この言葉にはモフの希望も含まれていた。
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「コイツ…今までずっと我慢してたんだな。家族を知らないんだ…。オレたちがちゃんと支えてやんなきゃな。」
そうモフは誓った。