10
「モフ!こっち来いよ!」
エンのこの声を聞いて思わずクロは足を止めた。
「えっ?モフ?」
「アイツ帰ってきたのか?」
ザワザワ……
来ていた村の皆がざわつく。クロはまだ足を止めたままだった。
「俺は絶対にお前が帰ってくると信じていた!」
エンが続ける。それでもクロは立ちすくむ。
「そうだよ!私たちモフとまた一緒に暮らせる日を待ってた。」
「なあ、帰ってこいよ!」
アクアとライも群衆の中から前に出てきた。
(やっぱり皆は皆だなぁ…もう観念しようかな。)
心を皆に向かって開こうとしたとき。
「怪盗クロ…モフがやってた事って要は体の良いコソ泥だろ?」「モフ君がモフ君であっても、所詮あくタイプだし…」「治安が悪くなりそうだな…」群衆からこんなヒソヒソ声が聞こえる。
やっぱり…。とクロは思った。結局、こうして村を守っても所詮あくタイプはあくタイプ。ただの嫌われ者なのだ。こうしてまた一緒に暮らしても、皆がどうなるかなんて目に見えてる。
(ごめんね…)
再びクロは反対方向に歩き出そうとした。しかし、その足はまた止まることになる。
「誰だ!そんなこと言った奴は!!」
エンの怒鳴り声を聞いたのは初めてだった。
「いいか?耳の穴かっぽじってよーく聞け!モフは俺の弟だ。それはモフがイーブイだろうがブラッキーだろうが、ノーマルタイプだろうがあくタイプだろうが関係無い!どんな姿であれモフはモフ。俺の弟だ。
今後、モフのことを『あくタイプだから』って扱いをしたら俺俺たちが許さねぇから!」
エンは皆に向かって力いっぱい叫んだ。それがエンのクロに対する思いなのだ。
エンは再びクロの方を向いてこう話しかける。
「だからモフ。安心して戻って来い。この村にはお前の居場所はちゃんとあるからさ!」
「そうだよ!お願い!戻ってきて!」
「皆お前とまた暮らしたいんだ!」
エン、アクア、ライはどうにかしてクロを呼び止める。
「モフ!オレ、モフにスゲー悪い事した。また一緒に遊ぼうよ!」
「モフちゃん!」
「モフ!」
群衆からも、モフのクラスメイトや近所の皆がクロを呼び止める。
(皆…でも…)
クロは躊躇した。どうしても目に浮かんでくるのはボロボロになった家族の姿。さっきああ言ってたけど、本当に安心して戻れるのか保証はない。
(オレはどうしたら…)
「あーもういまいましい!クロ!お前はもっと自分の心に素直になれよ!お前はどうしたいんだよ!」
しびれを切らしたバクフーンがクロに問い詰める。
「オレは…できる事ならまた一緒に暮らしたい。」
「だろ?村の皆を信用してさ、戻りゃいいじゃねえか!」
「僕たちは大丈夫だよ!もうクロがいなくたって、少ない収入だけどちゃんと暮らしていけるさ!」
バクフーンとフライゴンは胸をドンと叩いてみせる。2人とも、クロと離れたくないが、こうしてクロがまた家族と暮らせるようになるのが嬉しいのだ。
そんな2人に支えられたクロは、気持ちが楽になった。
「2人ともありがとう。」
そう声をかけて、皆に背を向けたままこう叫んだ。
「2つ条件がある。
1つ。誰に対してだろうとも、今後一切の差別をしないこと。オレだけじゃない。全ての罪のないあくタイプのポケモン、こいつらみたいに身分の低いポケモン…この世には色んなポケモンがいる。そんな奴らを卑下することなく、対等に扱え。
2つ。こいつらみたいな貧乏人にも仕事と教育の機会を与えること。
バクフーンとフライゴンの出身地、クラウンビレッジは、識字率は0パーセントに等しい。就業率も低い。こいつら、今後生きていけねぇよ。そんな奴らを助けてやってくれよ。
この2つの条件を飲み込んでくれるか?」
「…わかった。全部認めよう。」
エンのこの一言が、クロをモフに戻した。
身につけていた仮面やら帽子やらを全て外すと…
「お父さん!エン兄!アクア姉!」
目に涙を浮かべて3人がいる方に向かって駆け寄った!
そのまま駆け寄って3人の胸に顔を埋める。
「迷惑かけてごめんなさい…でも、皆に会えてボクすごく嬉しいよ!」
「この家族不幸なバカ息子め…」
「俺たちどれだけ心配したと思ってんだ!」
「でも、やっぱりモフに会えて嬉しいよ!」
3人は、優しくモフのことを包み込んだ。
「「「お帰りなさい。モフ。」」」