四章 オレと家族と故郷と
09
「オイ…嘘だろ…」

エンペルトは煤と化した契約書が舞い落ちるのを見てるだけだった。その姿はまるで虚無感の塊とでも言うのが相応しいだろうか。そんなエンペルトは膝から崩れた。

「さあ、立ち上がれよ。こんなところでへこたれてる暇なんて…」

エンがそんなエンペルトを支えようと近寄ったときだった。

「ふざけるな!![メタルクロー]!」
「!?グハッ!!!」

超至近距離から放った[メタルクロー]はエンの腹に突き刺さる。傷口からは血が流れ出る。

「エン!」

クロは思わず駆け寄る。持っていた救急箱でとりあえずの応急処置。

「貴様ら!人の心を踏みにじるのがそんなに楽しいか!!俺の…家族との約束を滅茶苦茶にしやがって![はがねのつばさ]!」

エンペルトが大きく右腕を振りかぶり、クロを襲う!

「…[アイアンテール]」

背後からの攻撃を受け止める。

「そこのブラッキー!お前は天涯孤独の身なんだろ?自分の身を案じてくれる家族なんてこの世にいないんだろ?だから…」
「あれは…オレが12歳の誕生日のことだった。」

突然、クロが話し始める。

「オレ…何故かわからないけどブラッキーに進化しちゃって。それでもオレの家族はオレにそれまでど通りに接してくれた。オレ自慢の優しい家族だ。でも、そんな家族がオレのせいで傷つけられて…オレ、そんなの見てるのがすごく辛くて家出しちまったんだ。多分皆のことだから、まだオレのこと探してくれてるのかな。
そんな家族不幸のオレだけど、これだけは皆に言いたい。ボクは皆のことが大好きだ!」
「モフ…お前…」

エンはやっとモフに会えたような気持ちになった。とにかく嬉しかった。

「だからオレはお前の気持ちが良く分かる。でも!自分の家族のためにほかの家族を犠牲にするお前を許すことはできない。
6丁目の一軒家では、家の中にいたイーブイが壊された建物の下敷きになって大ケガをした。2丁目では、抵抗したサンダースが作業員に殺されている。奥さんと子供を残してね。それに…」
「やかましい!!お前なんぞにわかってもらってたまるか!偉そうな口を叩きやがって!」

エンペルトは再びクロに[メタルクロー]を繰り出す。しかし、クロは迎え撃つように見せない。

「ダメだモフ!逃げろ!」

エンは持ってる力を全て振り絞って叫ぶ。それでもクロは動じない。
すぐそばまでエンペルトが襲ってきて、翼を振り上げたときだった。

「お前の家族がお前のそんな姿を見て喜ぶと思うか?」

ピタッとエンペルトの動きが止まる。その距離、約10センチ。まさに寸止めだ。
今のクロの一言は、エンペルトの心に深く突き刺さった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

エンペルトが気づくと、どこか見覚えのある光景が広がっていた。

「おとーさーん!!」
「アオ!!」

遠くから駆けてくるのは…

「エール…チャッピー…」
「おとーさんお仕事お疲れ様!」
「日曜日なのに仕事だなんて大変ね…」

今やいわゆる大富豪の1人として数えられるエンペルトだが、それは毎日の努力の賜物だった。その当時、エンペルトは豪華客船の船長として働いていた、

「今回はどこへ行ってきたの?ねえ、お話きかせてよ!」
「ほらチャッピー。お父さん疲れてるんだから。家に帰るよ。」
「よし!おんぶしてやるよ。」

職業柄、家族にはあまり会えない。だからエンペルトは家族との時間を一番に大切にしていた。エンペルトは家族がそれだけ大好きだったのだ。こうしてエールやチャッピーと一緒に過ごしているだけで疲れが吹っ飛ぶのだ。比喩ではなく。

「ねえおとーさん。今度はどこに行くの?」

何気ない一言かもしれない。でもその一言がエンペルトの心を揺さぶる。

「僕、おとーさんと一緒にいるのも好きだけど、お仕事してるおとーさんも大好き!」

まるで今の自分を見ているかのような、そんな気がした。

「私もよ。だから…いつまでもくよくよしてないで!」
「でもお前…星空が好きだって…」
「そうよ。あの子も遊園地に行きたがっている。でもね、私達の為じゃなくて、自分の為のことをしてほしいな!私達は空からあなたのことを見ているわ…」

そこでエンペルトはエールとチャッピーがちょっとずつ消えているのがわかった。

「2人とも待って!俺も…」
「精一杯生きて!私たちの分も…」
「おとーさんまたね!絶対おとーさんみたいな立派はエンペルトになるからね!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

気がつくと目の前の光景は自分の屋敷の中。

「2人とも…」

エンペルトはまた膝から崩れた。目からは涙がこぼれ落ちる。

「じゃ、あの時の契約は解除だ。バクフーン!」

クロが呼ぶと、アタッシュケースを持ったバクフーンがやって来た。

「お前は今朝のバクフーンか。」
「ああ。騙して済まなかったな。クロ、ちゃんと持ってきたぜ。」
「サンキュー。エンペルト、ここにあるのはお前があの村を買おうとして払ったお金だ。全額ちゃんとある。この金はお前に返す。
…っと思ったんだが…」

1回アタッシュケースの中身のお金を見せてから、クロはアタッシュケースを閉じる。

「お前に村に住み込みでやって欲しい仕事がある。」
「仕事?」
「ああ。村長! 」

フライゴンに連れられてやって来たのは村長のブルー。

「エンペルト。お前のことはとっちめて警察に突き出したいところだが、怪盗クロの方針にしたがってやろう。
で、お前には山向こうの街に繋がる船の船長として働いて欲しい。」
「!?」

突然の宣告にエンペルトは驚く。

「働いている姿を見せて、これまでの罪を償ってもらう。できるか?」
「…はい!喜んで!」

エンペルトは嬉しくて、また涙を一筋。

「よし。外へ行こう。皆に謝りに行こうぜ。」

屋敷の外に出ると、村の皆が外でエンペルトを出迎える。

「皆さん…この度はごめんなさい!俺…一生懸命働きます!それで許してもらえるとは思わないけど、ちょっとでも罪を償えるように頑張ります!」
「おう!」
「バリバリ働いてくれよ!」

皆、口々に「頑張れ」とエンペルトに声をかける。クロは改めて村の皆の優しさを感じる。

「…バクフーン、フライゴン、帰るぞ。」
「え?お…おう」

皆に見られないよう、こっそりと回れ右をしてその場から早く立ち去りたいクロ。その行動をエンは見逃さなかった。傷口の痛みに耐えながら、力の限り叫んだ。

「モフ!こっち来いよ!」

ちゃ ( 2013/11/15(金) 22:06 )