第四話
「ほほう、お二人さん今日もお熱いねぇ!ヒューヒュー!」
相も変わらず調子よく、声を飛ばす某商人。まるで成り立てホヤホヤなカップルを茶化すかのようなその文言に、通行人も思わずその方角を振りむいた。一部のポケモンはいい酒の肴を見つけたとばかりにニヤついているのが、ヒナノを苛立たせる。
「ねえヒナノ、どういう事なの?」
この空気を全く理解していないのは、精神年齢もまだ幼さが抜けないアオハだけ。その隣で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたヒナノは、深いため息を一つ。
「アオハは気にしなくていいわ。……冗談は顔だけにしてちょうだい」
これくらいの返答は予想通り。むしろ軽いくらいだと言わんばかりのニヤニヤ顔で返球するカートル。遊び道具を見つけたニャースのようだが、今回は展開が少し、違った。
「相変わらずの辛辣さだなあ、っと。でも傍から見ればなかなかの―――――」
「―――――貴方は傍から見れば、なかなか”まともな商人”ですね?」
彼が飛ばすお茶目ないじりを遮って、投げかけられたナイフの如き鋭い言葉。さらりと辛辣な一言を投函されたカートルは思わず顔をしかめる。なぜなら、その発信源に心当たりがあるから。
「子どもをからかう暇があるなら、リンゴのひとつでも売りなさいな」
そう言いながら、ツルで器用にリンゴ一個分のお代を手渡したのは…長く取手のように曲がった二本の角を持つ、緑の羊―――ライドポケモン、ゴーゴート。角に触れた者の心を感じ取れる種族として知られるが、どうやらカートルを読みとる気はサラサラない様だ。
「あのヒトって、たしか村の倉庫で…」
「ええ、そうよ。彼女はパーン、この村の倉庫番ね」
ひとしきり、買い物を済ませたその当人がアオハ達の方へ向きなおる。その瞳には、先程の言動をしたのが別人に感じられるほど…暖かなものがチラついていた。
「あら、ヒナノちゃん。依頼前の買い物でしたか」
「最近、貯蓄がなくなってきたからね…」
「もし張り切って買いすぎても大丈夫ですよ。私の倉庫は一時預かりも、受け付けています」
物腰が柔らかく、それでいて仕事も真面目にこなす姿はまさに、”出来る大人”であった。
ヒナノに言わせれば、『どこかのお調子者とは大違い』だそうで。その冷徹な目線にも臆せずにおちゃらける商人とは、まさしく”対”というイメージをアオハは持った。
「あいっ変わらずの優等生っぷり!お元気そうでなによりだ!」
「……私は私の仕事をこなすまで。ところで、貴方の仕事は子どもに茶々を入れることでしたか?」
売り言葉に買い言葉とはこの事。対ヒナノの時よりも激しさを増した応酬はさらにヒートアップして行く。すっかり蚊帳の外となったアオハはオロオロしっぱなしであった。
「え、あの、ふぇ……?」
「放っておいても収まるから大丈夫よ。次の買い物に行きましょ」
「う、うん……」
「どうぞ、ご注文の品です」
「どうもありがと!」
「いえいえ、坊ちゃんもすっかり常連さんですねぇ」
あの後、二匹は大広間に構えていた別の店で買い物を続けていた。といいつつ、そろそろアオハも村に慣れてきたところ。そんな訳で、ここ最近は二手に別れて物資調達を行っていた。
時間も短く、効率的に。
依頼の時間をできるだけ確保したいと考えた結論がこれである。
いかにも子供らしい可愛げを持ったアオハは、村の中において”弟”もしくは”孫”のような立場を確立していた。親がいないということも、可愛がられることが多くなった要因である。
時折、買い物の際に木の実のオマケや割引きのサービスが付いてくる事もしばしば。
「えへへ……」
『常連』と言う言葉の響きに頬をほんのりと紅く染めて、はにかんだ。
「よぅし、これもおまけしときますねっ!」
そして、店主は買い物袋の中に追加の木の実を上乗せしていく。
もちろん、ヒナノがこの状況になるまでを見越していたのは言うまでもない。
「今日はどの依頼にするの?」
「そうね……うん、これなんてどうかしら」
掲示板に貼りつけられた依頼の数々。その羅列に目を走らせる。アオハ自身の実力は急上昇……とはいかないものの、それなりにはついてきている現状。受けられる依頼の難易度も少しずつ上がってきていた。
子ども二匹で生活している事情から、周りよりも作物などのおすそ分けを受ける頻度は多い。だが、彼らは仮にもチームを結成しているのだ。特にヒナノのやる気がこれでもかと盛り上がっているのが、アオハには目に見えて分かった。
ソムニ村周辺も含めて、この世界にはチームランク制度が存在する。世界は幾つもの大陸に別れていているが、世界共通である探検隊や救助隊のサポートなどを行う”探検協会”によって、チームの実績を可視化する制度が作られた。
それはノーマル、ブロンズ、シルバー、ゴールド……と言った具合に、依頼の達成状況に応じて昇格していくシンプルな仕組みになっている。
ランクが上がる事によって、より難易度の高い依頼の実行が許可される……などの恩恵が得られるのだ。不思議のダンジョンが各地で乱立しているこの世界では、場所によってその環境や野生ポケモンの強さなどに差が生じる。
万が一、探検するチームの実力との差があまりに大きいなどの事態に陥れば………。
そのような状況を未然に防ぐために、探検協会は『チームランクに応じて、受けられる依頼の制限』を設定した。
世界一の冒険家を志しているヒナノとしては、ランクを上げる事でより難度の高いダンジョンに挑戦したいと考えていた。なにせ、未だ”チームフォール”のランクはノーマル。依頼も簡単なものしか受けることの出来ない状況にあるわけで。
「さあ、今日の依頼は……っと」
「――――あうっ!」
そんな彼女がまさに依頼を受けようとしたその背後で、何かが地面の砂利を滑る音がした。
「イテテ……」
二匹が振り返ると、痛みをこらえながらも起き上がっている小さなポケモンの姿があった。水色と黒色の体毛に星型の尻尾。人間に言わせればオオヤマネコのような体型をしたポケモン―――コリンクの少年だった。首につけられたカラーリングのそっくりなスカーフの土を落としている彼に、アオハは若干おどおどしつつも声をかけた。
「……大丈夫?」
「おう!だいじょうぶだ!」
実際気にかければ、さっきまで半泣きだったのが嘘のように活力溢れていた。立ち直りが早い辺り、かなり活発な性格であることがうかがえた。
「誰かと思えば、ルクスじゃないの」
「あっ、ヒナノ姉ちゃんか! ……じゃあ、こっちが」
どうやら、ヒナノの知り合いだったらしい。そのルクスと呼ばれたコリンクが、なぜかアオハを見つめ始めた。穴があくほどじっと見られている本人は、何がなにやらと言った具合でハテナ顔である。そして、十秒ほどたった後に先程のはつらつさからは想像出来ない神妙な面立ちでこう聞いてきた。
「な、なに?」
「―――ヒナノ姉ちゃんの、コイビト?」
これを爆弾発言と言わずして、何に例えられようか。少なくとも二匹からすれば、ビリリダマの方がまだ可愛く思えるくらいにそう感じた瞬間であった。事実、アオハに至っては白い顔がオクタンのように真っ赤に茹だって言葉が出てこない。比較的耐性のついていたヒナノは、いつもよりも少しだけ震えた声である事を問いただした。
「どうして、そう思うのかしら?」
「え、違うのか?」
不思議そうに首をかしげたルクスの二の句は、既に加熱されていたヒナノの感情を沸騰させるには充分すぎた。
「さっき、カートルおじさんがそれっぽい事を言ってたけど」
「……教えてくれてありがとう。だけど、この子は彼氏じゃなくてチームメイトよ」
この時、彼女の脳内では『次にカートルと出会ったらどうしてくれようか』という思考がなされていたのは誰も知る由もない。流石に年下からもイジられるのは、余程こたえた様だ。下手すればこめかみに血管が浮き出てきそうである。
「いわれてみれば、ヒナノ姉ちゃんがコイビト作るなんて考えられないよな……」
「そんな時間があったら依頼をどんどん受けてるわ、もちろん」
妙に納得した感じでそう述べたルクスに、しっかりと同調している。
この発言から、今のヒナノに男っ気など微塵もない事が火を見るよりも明らかという訳だった。
「それに、どちらかというとアオハは弟ポジションだわ!」
「なるほど」
「ええっ!?」
「ところで、確か今日はルクスのお母さんの――」
「はぁ……」
そろそろ話を変えようと、ヒナノは無理やり話題転換を試みた。そこまではいい。だが、ふと思い出したそれを出した時のルクスの反応が大きく変わった。目に見えて落ち込み、さっきまでの元気が何処へやら。ここまで単純だと、第三者が察したくなくても察してしまう。
「プレゼントが、決まってないのね?」
「べ、別に決まっていないわけじゃ……」
とにかく話を聞いてみると、プレゼントを思いついたのは今日の朝ギリギリ。普段、彼が遊ぶ際に食べているおおきなリンゴをプレゼントにしようと思い至り、急いで取りに行く途中だったらしい。事情をそこまで話し終えたところで、やっと本来の目的を明確に思い出したようだ。
「って、ここで話している場合じゃなかった! そ、それじゃ、またなっ!」
そう言い残して、また全力疾走で去っていくルクスの背中を二匹は見送っていた。
「また転ばないといいけど……」
「まあ、あの子はタフだから大丈夫。それより、今日の依頼に行くわよ!」
改めて気合を入れ直したヒナノの後を、アオハはその平べったい足でついて行く。今日はどうなるのだろう。まだ見ぬ発見に、思い馳せながら。
「はぁぁ……」
とぼとぼと、村に向かう帰り道を歩くコリンク、ルクス。
アオハ、ヒナノと別れてから、少年は普段の遊び場へと向かった。いつもならば、かなりの頻度でおおきなリンゴなどが落ちていたりするのだが、今日は運が悪かったようだ。おおきいのは勿論、普通のリンゴでさえ状態のいいものが何一つ見つからなかったのだ。『子供の自分でも用意できて、喜んでくれそうなもの』を連想した時、真っ先にこのアイデアが浮かんだのだが、そう簡単にはいかなかった。全体をくまなく探したが、健闘むなしく、収穫ゼロ。現在の時刻はお昼前、夕ご飯前には用意しておく必要があった。
何か、良いものがないだろうか。
あれこれ考えてみたが、焦るばかりで一向に考えがまとまらない。それでも、諦めるという言葉は存在しなかった。どうしても、自分を育ててくれている母親に感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
「どうしたらいいんだよ……」
考え込んでいる内に村の入口にまでたどり着いていた。立ち止まって首にまかれたスカーフを見つめ、あれこれ模索する少年。その後ろから、不意に声がかけられた。
「――おや、お困りですかな?」
「! だ、だれだよっ!」
ついさっきまで、気配がなかったはずの真後ろから現れたのは……
「ピ、ピカチュウ……なのか……?」
「いえいえ、私はこんなナリをしていますが、ピカチュウではありません」
よく見ると、そのポケモンは上辺だけピカチュウに似せた布を被っているだけであった。おまけにサイズも小さければ尻尾も黒く、明らかに電気ネズミのそれではない。そう、このポケモンは、
「ミミッキュ。それが私の種族としての名前ですよ、少年」
「ミミ……って、そんな事よりなんの用だよ。おれは今すぐ」
関係ない、そう突き放そうとしたところで彼の言葉は最後まで続かなかった。
「”今すぐ母親の誕生日プレゼントを探さなければ”、ですかな?」
「っ!?」
初対面であるはずのポケモンに、話してもいない自身の目的を看破されたルクスの驚愕は、言葉がつっかえてしまう程に大きかった。そして、ミミッキュはなお驚いている少年にある事を提案する。
「もし、よろしければその用事をお手伝いしましょう。この近くには、リンゴ以上に素敵なものがあるという噂を聞きました」
それは、切羽つまっていたルクスにとってこの上なく魅力的な提案であった。
「すてきな、もの?」
「ええ、私も詳細はよく知りませんが……親御さんへのプレゼントとしても最適な品だそうですよ」
そこまで言われては、行くしかない。
一刻も早く、母親のためにプレゼントを確保したかった彼は……受け入れた。
「分かった。よろしく頼むぜ!」
「――では、それは貴方の遊び場よりも奥にあるという情報があります。そこを目指してみましょう」
「おう!」
そうして、少年とミミッキュは元来た道をUターンしていく。どんどん、奥へと進んでいく。
「そういえば、あんたの名前は?」
「そうですね……私は、ハイルという者です。お見知り置きを」
「そっか。おれはルクス! よろしくな、ハイル!」
少年らしい元気な挨拶に、笑って返すミミッキュ……ハイル。
ルクスが前に向き直った途端、彼の顔には、先までの紳士的な面立ちなど―――――微塵もない。
いつの間にか、空は曇っていたようだ。