第四章
第29話

「やはり、烏龍茶はオールマイティな飲料ですね。このさっぱりとした後味は点心にも洋菓子にも好相性です 」

「あら、その肩書きは緑茶のものではなくて? 微かな渋みと未発酵ならではの甘みこそ、料理の味を引き出すには最適ですわ 」

「なるほど、確かに一理あります。………しかし、餃子等の油を多く使用した料理であっても、さっぱりと食べさせるのに長けているのは烏龍茶です 」

「それを言うのならば、懐石料理などの繊細な味わいを壊さずに引き立てる事では緑茶に軍配が上がりますわね? 」

「…………………」



中央に小さなテーブルが置かれた小さな部屋。その上には淡く光る赤褐色の茶海、年季の入った小さめの急須。それぞれ専用の茶器。胡麻団子や先程買ったシャラサブレが更に盛り付けられていた。周りに座るのは3人。その中の二人は当然、ヒュウガとマリーだ。

「はぁ…………………」

上の二人から険悪な雰囲気と二種類の香りが漂っている中、テーブルに突っ伏しているエリカ。全身から退屈をアピールしているのが分かる彼女の前には、二つの茶器。それぞれ透明な赤褐色の液体と濁りの入った薄緑の液体で満たされている。それらが、今では悪魔の飲み物にも感じられる。

そう、この空間はただのお茶会では無い。歴とした戦場だ。

お互いが推しを最初に飲ませんとするアピール合戦。情熱的に繰り広げる一種の選挙。最初に「私も飲みたい!」なんて言ったのが運の尽きだった。二人の表情は笑っているが、こちらは全く笑えない状況である。どちらかを選べば片方に潰される。勿論、精神的にではあるが。その葛藤が続いて凡そ10分。

ここでやっと、上手くこの場を切り抜ける妙案を何とかひねり出した。

(この手で行くしかない…………!)

エリカは震える右手で、烏龍茶の入った茶器を持つ。その瞬間のヒュウガは、表情は変わらないものの、してやったりと内心思っていた。が、それもすぐに失せる事となった。今度は、空いている左手で緑茶の入った茶器を持ち上げたのだ。その行為を見たお茶クラスタ×2は唖然としたまま動かない。いや、動けない。

そんな二人を尻目に、エリカは両手に持った液体を同時に口を付け、流し込み始めた。茶色と緑色。複数の色が口内で混じり合い、冒涜的な色彩を生み出す。香りも単純に足して割った様な別のものへと変化している。それを勢いに任せて全て飲み干してしまった。

「………二人ともこれでいいでしょ! だから静かにし、て……………!?」

途中で途切れたのは、わざとでは無い。今、エリカの前に居るのは口を閉ざしたままの中毒者とお嬢様。この異常な圧力は二人が発信源である。先程とはまるで比べ物にならない。

「「………………」」

周りから見たら、母親が子供に「お母さん、
あそこに変な人たちが居るよ?」 「見ちゃいけません!」と言ったお決まりのやり取りがなされるのは不可避だ。それを至近距離で受けているエリカの心臓はペースをどんどん上げている。

「幾ら、私達が語り合っていたと言っても」

「流石に、異なる茶を混ぜて飲むのは」

「………どうかと思いますが?」

「………ブレンド前提で配合するならばまだしも」

「別々に味わうべきものをわざわざ混ぜる行為は看過出来ませんね」

世の中は、理不尽の塊で出来ている。長々と続く説教の中で、エリカはそれを悟ったのだった。



「ごめんごめん! 遅くなっちゃって………!?」

「お、おかえりなさい………」

小さな箱を持って駆けてきたコルニの目に映ったのは、今も優雅にお茶会を続けているヒュウガとマリー。その間でテーブルに顔を突っ伏しているエリカの姿だった。大量の茶葉で囲まれた彼女はさながら王子を待つ眠り姫………なんて綺麗に言っても実際は呪われているようにしか見えない。魔法使いと魔女に実験台にされた少女だ。エリカが逆鱗に触れただけだが。

「おや、その箱は………もしや」

「えっ? ああ、これね! おそらくあなたの想像通りだと思うわ!」

いい加減に話を進めなければならない事を悟ったヒュウガが、コルニに話を促す。あの様なショッキングな光景の後に話を振られるのはかなりの精神力が必要だろう。しどろもどろになりながらも繋げられた若きジムリーダーに拍手を送りたい。

「じゃあ、はい! 受け取って!!」

「あ、ありがとうございます………」

早足で、その箱を慌てて立ち上がったエリカに手渡した。それを恐る恐る受け取り、姿勢を整える。そして、ひとまず深呼吸。

――――――――よし、落ち着いた。早速箱の中を見てみよう。

そんな軽い気持ちで、蓋を開けた彼女は驚愕の表情を隠せなかった。



「えっ!??」

「………まあ、予想通りですわ?」

「むしろ、この状況からして貰えるものはほぼ確定してるも同然でしょう」

入っているのは、二つの石。

一つは小さい虹色。もう一つは大きめなベージュ色。それぞれの中央にはまるでDNAのような模様が刻まれていた。光を反射し、静かに輝くそれには不思議な何かがこもっている気がした。

「それは、メガストーン、ピジョットナイトとキーストーン。使い方は………分かる?」

「わ、分かりません」

それもそうだ。今この場で初めて実物を見たばかり人間に使用方法なんて分からない。それぐらいは、いくら何でも……



「あれ、おかしいな? 私はとっくに、そこの人にやり方も実物も見せてもらってたと思ったんだけど………」

「いや、今日初めてそれを見ましたけど………って、え?」

最終的には、エリカとコルニの二人が同じ方向に顔を向けた。その先にいるのは、今も変わらず烏龍茶を涼しい顔で啜っている中毒者。

「――――――どうかしましたか?」

「いや、あなた。持っているんだよね? キーストーン」

「はい、持っていますが」

「えっっっ!?」

「………もしかして、見せた事ない?」

「そういえば、見せてなかったですね」



今の会話を(エリカなりに)簡単にまとめると、

『ヒュウガはメガシンカ使いだった!』

………うん、見せてくれてもいいじゃん。なんて思ったけれど、この人が烏龍茶以外の話を自分から振ること自体が奇跡だし、仕方ないかな?

なんて、諦めているエリカがそこにいた。



もっと他に追求するべき所は沢山あるのだが。





「最初にあった時、独特の雰囲気があったからもしかしたら………と思ったけど、どこで手に入れたの?」

「ああ、実はアローラにいた際にプラターヌ博士から贈られたものです。何でも、研究の対象になって欲しいという事で」

いつの間にか話し込んでいる二人の間に、入り込むことも出来ずに、エリカはポツンと立ち尽くしている。大体、どうしてこうなったのか。それを追求することもなく、時間が過ぎていった。





「訳が分からないよ……………」

「………緑茶でもいかが?」

「いただきます………」


織田秀吉 ( 2018/09/07(金) 00:14 )