第28話
「ええっ!?ジムリーダー!??」
一席のテラスから大きな驚愕の声があがる。その主は言うまでもなくエリカ。場所がどこであれ感情をそのまま出す所は相変わらずだ。空は青々としており、なかなかの天候。少し乾燥気味なのが残念だが、仕方がない。寧ろこんな時にこそ飲み物の存在がキラリと輝く。喉を潤すその聖水を嗜む安らぎの一時。生きる活力の源とも言い換えられる。それを、いきなり崩された時にどうなるだろうか。
「………お取り込み中申し訳ないですが、今私達はお茶を飲んでいるんです」
「ですのでもう少し、静かにして下さる?」
一見穏やかに見えるこの発言。その裏からはありありと殺気が滲み出ているのが容易に伺えた。それ以上騒がしくすれば、命の保証とは言わずとも強制的に黙らせるぞ。そんな威圧を平然としてジムリーダーにまで掛けている時点でどうかしている。いや、元々螺子がどこかへと飛んでしまっていたのだろう。まあ、とばっちりを受けているコルニもブルブルと震えている事なので、そろそろ落ち着いてもらうとする。
「………ねぇ」
場の空気が一変した。お茶クラスタ共が今まさに液体を流しこもうとして金縛りにあったかのように動きを止める。心なしか皮膚からは汗が出ているようにも見えたが、続けた。
「………そういえば白衣の裏ポケットに最高級『文山包種茶』って書かれてたティーパックが」
「コルニさん、申し訳ありませんでした」
まずは一人。ヒュウガに関しては扱いが分かってきたのでこの位は余裕で黙らせることが出来た。次は緑茶お嬢様のマリー。烏龍中毒者には脅しを、女の子にはもので釣る。
「もし静かにしてくれたらヒュウガがサンプルとして持っている抹茶の粉末(真空保存)をあげるけど………?」
「しっ、仕方がありませんわね。静かにしてればいいのでしょう?」
無事陥落したところで、脱線しきった話を元に戻す。自分の前には、由緒あるシャラシティのジムリーダー。そして、絆という土台から更なる飛躍を可能とする『メガシンカ』の継承者である一人の女性。あまり頭が良いとは言えない自分でも分かった。自分がそれを会得する絶好の機会が、目の前にある事実を。
「……コルニさん、でしたっけ」
「ふぇっ!? ______ええ、そうよ!」
彼女もやっと震えが止まり、フリーズも解除された。少しばかりやり過ぎた。そこと音量調節については反省。だがそれよりも言わなくてはならないことがある。それこそが現時点での最重要点。
当然、その内容は決まっている。高ぶる興奮を何とか抑えて、言葉を放つ。二度も同じ場で同じ目に遭うのは御免だ。
「_________私に、メガシンカを教えてください!」
静まり返る。長いようで短い沈黙が過ぎて、門番は口元を綻ばせた。そのままプルプルと震えている。
「〜〜〜〜〜!」
「ど、どうかしたんですか………?」
あまりに不審な挙動に思わずエリカが尋ねた。本人は本気で心配している。しかしその様子は、蚊帳の外となっているヒュウガとマリーの笑いのツボを突くには充分なものだった。密かに上戸を堪えている二人をみて、エリカは制裁を決意した。
エリカの日頃の行いがその原因と知らぬは本人ばかり。
「________エリカ」
そんな中で、コルニは挙動不審から立ち直った。慌てているエリカの顔をまっすぐと見据える。落ち着いたエリカも合わせて見つめ返した。その瞳からは、目標と熱意とひたむきな勝負に対しての気質が、ありありと示されている。最終確認を終えて、零れ落ちる音。
「………もちろん!」
その了承を聞いた時、花が咲くように笑顔を灯した少女は、新たな決意の生まれた胸に手を当てる。
自分も、近づけている。着実に、遠く大きな背中に向かって歩んでいる。そして自分の世界をより大きく広げられる。その為の助走をより速く。より力強く。
「ありがとうございますっ!!!」
声の大きさなんてもう関係ない。ただ自身の思いをありったけ乗せる。周りの目が痛いが、それよりも遥かに上回る情熱が彼女を満たしていた。継承者は微笑み、新しい弟子を見守る。
………彼女に昔の自分を重ねているかのような暖かい眼差しはエリカには気づかれていない。その目はすぐに引っ込み、最初に見た熱い闘志を灯し直した。サポーターに包まれた拳と拳を乾いた音を鳴らして合わせる。
「そうと決まれば、特訓………の前にまずは理解! ________着いて来て!」
キレよく方向転換したその先に、長い長い歴史が佇む。流麗かつ神秘的なその場に、伝承は眠る。陽光が差し、厳かに散りばめられる海の鏡は波打ちながらも塔を更に輝かせていた。行く手を阻む潮が引き、一本の道すじが姿を見せる。
マスタータワー。
神秘によって構築された戦闘術の末裔がその使い手を選別する神聖な建築物。
「凄い………!」
「これが、かのマスタータワーですか………」
「相変わらず高いですわね。首が疲れてしまいますわ 」
今も、新たな来人たちが招かれようとしている。彼らの姿は、海の向こうへと、歴史の場へと吸い込まれて行った。
「くくくっ、相変わらずうるせぇなァ………」
ガヤガヤと騒がしく、活気あるシャラの市場は今も昔も古き良い仕入れ場所。海沿いだけに幸あり。更に海風をどうにかすれば土も良いため野菜も上手い。目移りする程の圧倒的品揃え。そして、鮮度の良さ。並ぶ素材はどれも収穫したて。特に木の実などは絞れば果汁が溢れ出す。そんな道のど真ん中を堂々と歩く黒い服を着た一人の男は、ふらりと数ある店の一つに立ち寄った。
「……おお! あんちゃん、また来てくれたのかい?」
年季の入った木の看板には『シャラ青果店』と刻まれており、その店主と思われる年配の女性がその目を男へと向ける。と、間髪入れずにすぐに男は注文を出した。
「とりあえず、いつものを一セット頼むぜェ。………例のは、入っているかァ?」
「ええ、もちろんだとも。この袋に、入っているよ」
明らかにこの店の常連である男の前に差し出された小さな袋。中からは甘くみずみずしい香りがほのかに広がる。それを感じて、意味ありげに口角を上げた。
「じゃあ、貰って行くぜィ? ………ほらよ、お代だぜぇ」
皺だらけの手に金を握らせて、男はその場を立ち去っていった。
「………また、行ってしまったわ」
実は、男が払った金額は特注を含めてもお釣りがある程度来るのだが、返す前に消えてしまっている。その為に、この市場ではちょっとした噂にすらなっていた。
名前すら明かさないその男は、とある場所に移動していた。
エリカ達が、コルニに連れられてマスタータワーへと向かったその少し経った後。男はテラスに腰掛けた。取り出すのは先程買った木の実。そして小型の器具________ジュースミキサー。
まずは、爽やかな酸味が特徴的なパイルの実を数個。若干物足りない気もするが、この位がちょうど良い。スイッチを入れて細かく、細かく刻み込んでゆく。香りも引き立ち、色合いもより鮮明に。数分後には黄金色の聖水がミキサーを予想以上の量で満たされていた。
コップへ移して、まずは一口。喉に流し込まれると同時に駆け巡る酸味。そのあとにやって来る爽快感。飲むだけで南国にいるかのように思える。あっという間に飲み干し、静かにテーブルに置いた。
空を見上げて、ふと呟く。
ジュースとは、悪魔だ。
狂気に満ちたネオフレア幹部、ディアーブルは木の実ジュース片手に暫しの休息を愉しんでいた。