第四章
第26話



人は誰しも、何かしらの理由を持ってその行動を起こす。他人には理解出来ずとも、自身には明確な目的が見えている。一見猪突猛進しているが、実はその裏に緻密な計算が張り巡らされていることも……………。

なんて、スピードガールはそんな事とは無縁の存在なのだが。考える事は苦手、動くことの方がピッタリと似合っている。特に走ることに関しては大人をも凌駕するほど。とある少年大会に、五歳で出てみた時にはその他の選手をあっさりごぼう抜きにした。その結果、観客たちを見事に黙らせた上にその大会の優勝最年少記録、歴代最高記録二つを塗り替えた事は現在の陸上界でも語られている。

それでも、彼女の真の目標はそこには無かった。彼女が追いかけるのは、段違いに厳しい世界。独り善がりでは、到底上り詰める事は出来ない。それどころか、すぐさま転落する事も有りうる。そんな美しく、勇ましく、知的で、恐ろしい界隅。ポケモントレーナーへの道のり。彼女の父も、その広い世界を奔放に歩き続けている。そんな背中を追い掛けたくて、追いつかなくて、少しでも足掻こうとして走り出す。今、十歳という世界への切符の条件を満たし、大きな世界へと飛び出した。着実に、近づいている。出会いも別れも、全て自分を強く成長させる為の通過点。そして、このバトルもその一部。

この脚で、世界を走り尽くせ。

全ては、自由だ。







…………しかし今回のバトルは、常識知らずの緑茶お嬢様を謝らせるためのものだが。













「………私が勝ったら、謝ってよね!!!」

「そちらこそ、謝罪する用意はしておくことですわ?」

真っ平なフィールドの左右で向かい合う二人の少女。その右手に一つずつ、自らのパートナーが握られている。天気は良好、少し強めの風、そして今から行われる戦闘の標的。全ては整った。

場所は街中にある公用のバトルフィールド。土に覆われた見栄えのしない所ではあるが、だからこそシンプルな実力を引き出しやすいところでもある。カロス民の憩いの場であるテラス付近で勝負事はご法度。その為に、ここまで移動してきたが、その間両者ともに言葉を交わさなかった。

そもそも、そのような事は元から必要ない。

………トレーナーはバトルで語り合う者なのだから。

「お互い一体ずつ、いいね?」

エリカの方から戦闘形式を提案してきた。なかなか見ることの出来ない珍しい場面だが、ここは特に関係ない。緑茶お嬢様、マリーの方も了承の意を込めた挑発を返す。

「ええ、その方がより早く終わりますものね。________私の勝利で 」

お世辞にも少女二人が発しているものとは思えない緊張感が迸る。双方共にボルテージが急上昇し、研ぎ澄まされた。
いざ、勝負。

「お願い、ピジョン!」

二つのカプセルから二つの影が飛び出した。方や勇ましい大空を翔る鳥。勇猛な鶏冠をたなびかせ、悠々と青空の下を旋回するピジョンは一度甲高い宣戦布告を告げる。その中で少しも動揺せずに、マリーは自身の得物を繰り出した。

「……舞いなさい、ロゼリア」

両手に花、という諺がある。それは主に男性が複数の異性を連れている時に使うものだ。しかし、少女が出した可憐なポケモンは文字通り両手に花が付いている。赤と青のツートンカラー、惚れ惚れする位に美しい色合い。だが、草と毒を併せ持つロゼリアには棘がある。寄ってきた者を容赦なく地に堕とす凶器が。



ここでそんなことを気にするようなエリカはエリカではない。彼女は、普段通りに走るだけ。初手から遠慮なく自慢の特攻を仕掛ける。

「『でんこうせっか』!」

書いて文字の通り、電光石火の勢いで貫かんとする勇敢なる鳥は空中から突進攻撃を試みた。最初と比べて段違いに上がった速度は、威力にも直結している。これをまともに受ければ相当な損傷を得る事は想像に難くない。その間、一向に身動き一つ取らないロゼリア。動かない的程当てやすいものは無い。そのまま勢いに任せて細い胸を狙う。

優雅なる者達が、動き出す。

「……踊りなさい」

微かに聞き取れた小さな言葉。それがもたらした影響は、すぐに表れた。いつの間にかロゼリアの後ろに向かっているピジョン。攻撃を受ける直前だったはずの美しき花は、かすり傷一つ負っていない。

「ふふっ、そんな単調な攻撃では捉えられなくてよ? 」

こちらの攻撃が直撃する寸前で、その小さな体を躱した。………無駄な動きをすべて省き、踊るようにして。

「ここですわ、『どくばり』!」

空に向かっている鳥を撃ち落とすようにして、両手の花から無数の細かい針を連射する。紫色に光る毒の雨は、少しの隙間すら無くして迫る。拡散された針たちはフィールド上空を埋め尽くさん規模でピジョンを撃墜しようと降り注いだ。

「『かぜおこし』で打ち消して!」

その大きな翼を精一杯開き、胸を張る。鳥ポケモンの胸筋は、とてつもなく頑丈かつしなやかな筋肉だ。それは羽ばたき、自身の体重を支えるためにある。そんな強力な力が、空気に伝わればどうなるのか。突然に空気の流れが大きく変わり、それは突風となってついそこまで近づいていた毒針の弾幕を呆気なく散らせた。

「あら、当たると信じて疑わなかったですわ」

「調子に乗ってると、転んじゃうよ!」

売り言葉に買い言葉。挑発に挑発で返したエリカはすぐさま反撃に出る。が、先程のように闇雲に突撃しても意味はない。あのロゼリアは、相当体捌きに長けているようだ。当たる前に躱されるのは火を見るよりも明らか。余程の集中力が無ければまず上手くいかない回避方法。あの余裕が、それに対する感覚神経を増強している。

________それなら、直前で見切られる前にその余裕を削いでしまえばいい。振り子の如く方向を転換し、再度向かう。

「もう一度『でんこうせっか』!」

「何度来ても同じことですわ、ロゼリア!」

ピジョンが触れる瞬間に合わせ、体を小さく捌く前動作を取り始める。今回は地面に激突する勢いと角度で迫っている為、この攻撃がいなされればこちらに大きなダメージが入る。だが、同じ手に連続では引っかからない。

「そのまま『にらみつける』だよ!」

スピードの乗った状態での精神攻撃は、通常よりも迫力も凄みも肩上がりする。たった今躱そうとしたロゼリアは、その場で一瞬静止してしまった。その隙に、半端なく重い一撃が炸裂する。余りの威力に、周りの砂が舞い上がり、二匹を包み込んだ。それどころかトレーナーボックスにまでそれが漂い、視界を大きく遮る。手探りの中、先に出てきたのはピジョン。大きく飛び上がった今なら、一方的に攻めることが出来る。この機をすかさず利用していく。

「フィールド全体に『かぜおこし』!」

毒針を吹き飛ばした突風が、戦場を余す所なく吹き流していく。砂塵を空に舞い上がらせて、その次にロゼリアをも強襲している。両手の花を、散らせるかのように出力を強めていくが、美しさの裏腹にとても力強いのが花というものだ。

「ロゼリア、『マジカルリーフ』よ!」

背中から幾つもの三日月状の光が放出され、風の範囲外から左右に飛ぶ。ピジョンは突然の攻撃に技を中断してしまった。それと同時に全ての光が全身に打ち付けられる。そこから地面へと落下していく。そこで追撃を掛けに行くマリーとロゼリア。スレスレでコントロールを取り戻し、迎え撃つエリカとピジョン。二人はほぼ同時に技名を叫んだ。

「『いあいぎり』ですわ!」

「『はがねのつばさ』だよ!」

二つの線を描く二つの光。硬化した翼と花から出ている光の刃による鍔迫り合い。しかし、そこで小さな笑みを浮かべるマリー。
その表情に、エリカの背筋を一瞬嫌な感覚が過ぎる。

「……ッ!? そこから離れて!!」

その後退の指示は、少し遅かった。ロゼリアの刃を出していない片方の花から、大量の花粉がばら蒔かれる。それがピジョンの体に付着するや否や、その動きが目に見えて鈍っていった。相手を麻痺させる草タイプの技『しびれごな』。相手は、これが目的だった様だ。マリーはその策が成功した上で更に挑発を重ねていく。







「………ここから、どのような戦術を見せてくれるのかしら?」







まだ、駆けるその道は険しい。





織田秀吉 ( 2017/12/01(金) 21:06 )