第24話
キラキラと光る鏡の国に、一組の男女が紛れ込む。見渡す限り、自分達の姿が映し出される。気を抜いていたら一瞬でさまようことになりそうなこの場所で、実際に迷った奴らが今も歩く。
「ねぇ〜、ここさっきも通らなかった〜?」
「おかしいですね、きちんとまっすぐ通った筈なのですが………」
烏龍茶中毒者ヒュウガとスピードガールのエリカが同じ道を無限ループしている。周りに鏡があるという事がここまで恐ろしいとは、残念ながら後から気づいたエリカ。ヒュウガの方は、予め心構えは作ってきた。それでも、アクシデントはつきもので。
「人の話を聞かずに、そのまま飛び出していった貴方に、殆どの責任があると思うのですが」
「すみませんでした」
謝罪に費やした時間は僅か二秒。なら、最初から落ち着いて行動しろと言いたくもなる場面だ。悲しい事にヒュウガは既に気づいていた。脳に到達する前に脊椎で考えてしまうぶっ飛び少女のエリカに、冷静な対応が出来るはずもない。自分がきちんとリードしなければならないと、自身の義務を改めて噛み締める。だが、それでもある程度は気をつけて貰わねば、こちらの身が持たない。
「良いですか、まずは動く前に大雑把でも物事を脳で理解してくださ_______」
お小言が始まろうとした時、エリカの目の前を何かが横切った。
「あっ! 見てよヒュウガ!」
よく通る大声に見事に遮られた。空気を読む能力にも乏しいのは、昔から知っていた事だ。気にすることもなく、今述べた事を繰り返す。
「………動く前に脳で考えてくだ_______」
今度こそ、始めようとした時にまたもや、彼女の面前に小さく愛らしいゴツゴツが現れた。透き通った目に兎のような耳、それでいて下半身が石で出来ている不思議なポケモン。
「あの宝石みたいなポケモンは何!?」
「メレシーでしょう? 岩、フェアリータイプで防御力に長けているポケモンですよ。女性に人気がある事でも有名です。なのでまずは話を聞いて______」
「よーっし! ハリマロンお願い!!」
ポニータの耳にも念仏。むしろポニータの方が話を聞きそうなくらいだ。ヒュウガの健闘虚しく、水色の宝石を点々と散りばめた小石ほうせきポケモン『メレシー』を見定めているエリカ。その前で臨戦態勢を取っているパートナーハリマロンが、背中のトゲを硬化させることで戦意を表した。それが皮切りと言わんばかりに、お馴染みの速度で急接近を仕掛ける。鏡の中で走り抜けるハリネズミは、一瞬でメレシーの目前へと辿り着いた。
「『たいあたり』!」
勢いを乗せたタックルは、小柄な体を平然と吹き飛ばす。だが、相手もすぐに起き上がった。先ほどヒュウガが言っていたように、岩タイプであり、耐久性に優れたポケモン。ダメージそのものは雀の涙。攻撃力はそこまでではないが、だからこそ長期戦は免れない。手っ取り早くおわらせるべく、一気にラッシュを掛けた。
「『タネばくだん』だよ!」
背中から周囲に何十個もの種子をばら撒き始める。それは地面に落ちたが、その配置はメレシーを囲むようにしていた。まだ、爆発はしない。自発的には。小さな宝石は、その場から離れようとしたが、叶わなかった。動いた刹那、タネの一つが黄色の爆発を起こす。それは周りのタネ全体を巻き込んで色鮮やかな花を描く。赤、青、黄色、緑、紫その他色々な色が混ざり合って、一つの芸術を生み出した。纏まりこそ無いものの、実に綺麗な光景であろう。鏡が反射、連鎖して洞窟全体を明るく染めた。視界はほぼ塞がれたが、相手の場所は直前で確認済みだ。ハリマロンは二本の蔓を伸ばし、メレシーへと迫る。が、突然その動きが止まった。
「っ!?」
ダメージこそは先程の何倍も受けてはいるが、まだまだ戦えそうなメレシーが、小さな目を妖しく光らせてハリマロンを見つめていた。エスパータイプの代名詞『サイコキネシス』。念動力で物体を操る強力な技の一つ。それによって、攻撃は防がれる。そして主導権を握った状態で、ハリマロンを宙に浮かせた。その場でグルグルと旋回させる。勢いがついた頃に、地面に向かって投げ飛ばした。
何とか立ち上がったが、思った以上のダメージに顔をしかめる。それでも、止まるわけにはいかない。次の攻撃へと移る。
「近づいて『つるのムチ』!」
またもダッシュで距離を詰める。今度は到達する前に、緑色の体が弾き飛ばされた。まるで見えない壁に阻まれたかのように。
「………『リフレクター』ですか。物理攻撃の威力を弱める技ですね」
透明な障壁によって、元の位置に押し戻されてしまった。しかも、先程の攻防で体力も大幅に減少しているようだ。肩で息をしている所からも伺える。相手は追い打ちに、とある行動を起こしてきた。小さな体の周りで、生成されていく石の礫。それをハリマロンの『タネばくだん』と同じようにばらまいた。二体の間にびっしりと敷き詰められたでこぼこ道。岩タイプの技『ステルスロック』。これには触れたポケモンは、その爆発を受けるというトラップ。ベテラントレーナーも好んでいるというその技は、相手がポケモンを入れ替えた時に効力を発揮するものだ。しかし、それだけに留まるわけがない。
次は、少し大きめの石を十数個、メレシーの周りに等間隔で配備された。その次にエリカの度肝を抜いたのが、突如ハリマロンを囲んだ岩の剣の数々。檻の中に閉じ込められ、地面には地雷。相手の周りには守護兵が多数。一つの技でここまで活用してくるのはジム戦でもそうそう見れるものではないだろう。そんな中でも、エリカのやる事はただ一つ。
どんな道でも走破するだけ。
「ハリマロン、『ころがる』攻撃!」
体を丸めて、エンジンをかけた球体は、すぐに剣に跳ね返される。その回転を止めずに勢いに任せて対角の剣に激突し、別の剣へと飛ばされる。これを繰り返していく内に、スピードは飛躍的に上昇する。ピンボールとなったハリマロンは、やがて岩の檻をもヒビ入れ、粉々に砕いた。次に攻略するのは、地雷原。攻略と言っても、速度が高まった今の状態では、トラップの反応速度が追いつかずに誤爆していった。難なく抜けた後に、待ち構えるは幾つかの岩の守護兵。これは、恐らく目標に向かってホーミングするタイプのものだが、ここまで来てしまっては関係ない。一点にそれらが集中する。それと弾丸がぶつかりあったが、呆気なく破砕。メレシー本体へと突き刺さった。ぶつかった反動で空中に飛び上がる。
「そこで『タネばくだん』!」
宙からばら蒔かれた爆弾は、その爆発でメレシーを巻き込み、地面に叩きつけた。そこに、自由落下を味方につけた『つるのムチ』の渾身の一撃を胴体に受ける。一瞬、地面が揺れた。既に宝石は、可愛い目をグルグルと回している。今がチャンスと、空のボールを投げつけた。
瞬時にその体がデータ化され、吸い込まれる。スイッチを赤く点滅させて、揺れる。
一回、二回、そして………三回。
その振動が、止まった。捕獲成功の合図。
それをゆっくりと拾い上げて、高らかに宣言。大きな声で、反響させながら。
「メレシー、ゲットだよ!」
「おめでとうございます、エリカ」
ヒュウガの方も、賞賛を表す。振り向いてにかっと笑いかけるその姿は、太陽のように眩しく輝いて見える。ここで、ある程度区切りがついた。では、やる事は一つ。
「………盛り上がっている所で申し訳ないですが、貴方はまず考えてから行動する癖をつけるべきだと_______」
「ねぇ、メレシー。この洞窟の出口って分かる?」
ボールから出した新たなパーティメンバー兼この迷路の元住民に助けを求めているエリカ。メレシーの方もこくんと頷いて肯定を示した。この調子だと、この件は永遠に迷宮入りになってしまう。何時もの二割増で冷たい怒気を発し、神として崇められていたウルガモス直伝の「言霊」なるものを使って、話しかける。
自分とは思えない程、威圧の篭ったその音は、ゆっくりとエリカの耳に吸い込まれていく。染み込んだそれは、彼女の顔を紅潮から青ざめさせた。
「 人 の 話 を 聞 き ま し ょ う か 」
黙って頷く他、エリカに残された道は無かった。
青々とした空に、青々とした草原は新鮮な空気と共に気分を入れ替えさせる。洞窟を抜けた先には、海に面した街、そして海上に浮かぶ大きな塔。壮大な景色に圧倒された。
「あれが、シャラシティです。海に浮かんで見えるのはマスタータワーと呼ばれる神聖視されているスポット。あそこには、古くから伝わるとある術が眠っています」
メレシーの道案内のお陰で、ようやく脱出できた頃には、エリカの青い顔も元に戻った。彼女もこれで、ある程度は慎重になってくれるだろう。そう思っていた。横を向けば、姿は見えず、前を向けば10m程離れたところでソワソワと待っている彼女の姿。ある程度足を止めて待っていたのは評価したい。が、人の話もしっかりと聞いてほしい。
恒例となった溜息をついて、次の街へと歩き始める。この街では何が待っているのか。
それは、まだ誰も知らない。