第三章
第23話




「なるほど、実際に見てみるとかなり………」

場所は変わって、遥か昔の墓地を抜けたその先の小さな町。天然の柱に囲まれた美しい自然環境。道も整えられており、ポケモンセンターは勿論、民宿やフォトスポットと言った設備まできちんと揃えられていた。小規模ながら、ここまでの用意は滅多にお目にかかれない。安らぎを求めるには充分…………だったのだが、そうもいかない。

「でっかい穴だね〜」

「………ええ、そしてその穴に存在していた物こそが災禍の元凶ですよ」



町の中心に、ぽっかりと空いた半径1キロ位はあるであろう大規模な落とし穴。この場合は、地底に続く魔界の入口。全てのものを恐怖と絶望に陥れかねないパンドラの箱。それが開かれたのが、五年前。その中心が、こののどかな町『メイスイタウン』だった。

「ここには、かつてAZという男が作り出した生と死を操る人智を越えた兵器が咲いていた場所です。………知っていますか、エリカ?」

何とか、記憶の中から引きずり出した。
小さい頃、母親にそのような話を題材にした絵本を読んでもらったことがある。人間が愛していたポケモンの病気を直そうとしたが、結局死んでしまった、という悲しく救われようのないあらすじだった気がする。その度に、何度も何度も啜り泣きをした光景も浮かび上がった。そんな幼い時の自分を、母親によってさすりながら宥めてられた事も思い出し、耳まで真っ赤に染まる。頭から熱湯でも出そうな程だ。自慢のポニーテールを激しく空気に打ち付けながら邪念を払おうとヘッドバンギングするが、離れない。そんな様子を一部始終見ていたヒュウガは呆れ顔だ。

「………大丈夫ですか?」

流石に、年上の男性兼兄のような存在に哀れむような視線と言動を放たれてしまっては、強制的にフリーズせざるを得ない。熱くなったり冷たくなったりと、忙しく温度を上下させていたのが原因だろうか。急に強烈な喉の渇きが現れる。おまけに冷や汗もかいたせいで体も冷えかかっていた。

「とりあえず、続きはポケモンセンターにしましょうか」

その気配りが、どことなく心の一部にクリティカルヒットしたのはどうでもいいことかもしれない。彼女にとっては、その限りではないが。





「さて、話し始めてもいいですか?」

ポケモンセンター内の食堂にて、日当たりの良い席を確保したお陰で、何とかリラックス出来た。更に、温度を微妙に調整し、口当たりや香りを引き出した烏龍茶が、喉から五臓に染み渡る。今回入れたのは、甘みがあり、初心者にも飲みやすいとされているスタンダードな品種『水仙』。安らぎには甘味が一番という彼なりのおもてなしなのだろうか。せめてお菓子位は出して欲しかったが、文句は言えない。言えるはずがない。透明な赤褐色の水面に自分の顔が映ったが、すぐに見えなくなった。飲みきってしまったら映るものも映らないのは火を見るよりも明らかというもの。今の自身の顔面を見つめていたら気が狂いそうだ。勢い余ってコポクタウンに逆走しかねない。一日とかからずに退却できる自信がある。最も、そんなものは要らないが。

中毒者な研究者は、心境など一切気にせずに、解説を再開し始めた。

「その最終兵器は、生命を蘇らせることも奪うこともできるという恐ろしく残酷な物です。しかし、それを使うには莫大なエネルギーが必要でした。それこそ、気が遠くなるほどにです」

「でも、それって確か……………」

「その通りです。それを起動しかけた集団がいました。その名は、『フレア団』。あれは元々、慈善活動を中心としていましたが、ある日突然、世界を粛清しようと暴走したマッドサイエンティストな連中です。とても正気とは思えない行動ばかり取っていたそうですね」

その後も、解説は続いた。フレア団が、カロスの伝説、イベルタルとゼルネアスを捕らえた事。それらを最終兵器のエネルギー源として利用した事。普通伝説と謳われる存在は、その時点で世界を滅ぼしかねない程の能力を備えている。当然、今さっき挙げた2体も例外ではないが、それを生贄にしてでも使おうとしたほどに、その兵器が凶悪なものである事を裏付ける。起動直前で、とあるトレーナー達がそれを食い止め、伝説のポケモンを捕獲する事に成功したという武勇伝も有名な話だ。そして、最終兵器は自爆し、この世から消滅した。その痕跡が、あの大穴である事。

「_________と、ざっとこんな感じですかね」

「な、なるほど………」

スピードガールは脳のキャパシティを超えかけたが、土壇場で踏みとどまり、咀嚼した。崩壊寸前にまで追い詰められた筈なのに、考える事が苦手なエリカが記憶の箱に詰め込めた事にヒュウガは感心する。

「以下の事と、10番道路で調べたことを照らし合わせれば多少の資金にはなるかと思っています」

などと、語ってはいるが昔の時代に極微弱な生命エネルギーを感知する技術が 人間にあるはずもない。それ故に、今までずっと放置されていた謎を解明する手がかりを発見したということは、世界中の研究者達が唖然とするか、大いに騒がせる事間違いなしの第一歩になる。そんな最も有力な説をぶち上げようとしている本人は、烏龍茶にかかる費用にしか考えてないから凄い。飽くなき執念、これが彼のモチベーションの土台である。こうして今も、香りを楽しみ、色艶を鑑賞し、最後に風味を舌で転がすようにして味わっている。彼にとってまさに至高の1杯。この為に生きている、何て親父臭い台詞も彼にかかれば優雅な雰囲気を醸し出す一言へと変貌を遂げる。

そうして、ようやく茶器を空にしたヒュウガは茶海から二杯目を注いだ。最初と同じように、輝く液体の香りを再度味わおうとしたところで、突然固まる。香りが、突然掻き消えた。後ろで静かに流し込まれる水音。如何にも上品そうで可愛らしい声が聞こえた。

「ふぅん、なかなかの茶葉を使ってらっしゃるのね」

いつの間にか、ヒュウガの後ろには、茶器を口につけ傾けている一人の少女が仁王立ちしていた。年は、雰囲気などからしてエリカと同年代程だろう。白いカーディガンに赤いミニスカート、髪型は黒髪ロングと言ったそれなりに身分の高そうな出で立ちをしている。顔も整っており、エリカが嫉妬しそうなくらいである。実際はそんなことなど本人は気にしていない。中身を全て飲み干した美少女は、茶器をテーブルにゆっくりと置き、こう告げた。

「では、失礼しますわ」

そうして、そのまま立ち去ろうとして________

「いえ、少し待ちましょうか?」

すかさずヒュウガが止めに入る。折角の二杯目を横取りされたのだ。烏龍茶中毒者である彼がそのまま逃がす訳もない。既に冷たいオーラを放ちつつある彼に、一歩も引かずにさらりと相見える少女。

「あら、どうかしましたか?」

ここで、エリカは予想した。次に飛ぶ言葉は『普通横取りしますか!?』等の咎めかと考えていたのだ。家は勿論、旅にも大量の茶葉などを持ち歩き、隙あらば喉を潤しているあのヒュウガが楽しんでいる途中に奪われた。この事実は、彼の逆鱗に触れるも同然。最悪、手持ちを総動員させるかもしれない。しかし、彼の発言はエリカの想像の斜め上を軽く通り越した。

「………せめて、感想くらいは述べてから去るべきではないのですか?」

怒るでもなく、あくまで評価を求めてくる事など、考えつくわけがない。それ以前に、ヒュウガが口をつけた茶器で飲む、つまりは関節キス紛いの件にも触れる所だ。エリカは内心、ギャグ漫画さながらに頭からひっくり返ったような気分になっていた。これには、あの美少女も狼狽えるだろう。そう思っていたが、事実は小説より奇なり。

「そうですわね。温度もよし、香りもよし、風味も色合いもよし、更に予め茶器を湯につけて温めていたと見受けられますわ。専門家の出す物と遜色ないと言っても過言ではないでしょう」

平然と流れるように回答を連ねる少女を見て、エリカは確信した。

この子も、(ヒュウガと)同類だと。
世の中には、極度の本好きを本の虫と表現したりするが、この場合お茶の虫と言っておこう。現時点で見たことのある虫は、烏龍茶専門のヒュウガ、紅茶専門のプラターヌ博士の2人である。少々嫌な予感がした。ヒュウガが、感想を聞き終えた後に何かを指摘した。少女は何故か驚いた表情を浮かべている。

「どうしたの?」

「ああ、実は………」

「いえ、私が説明しますわ」

質問を投げかけた所で、回答者が代わった。そして、滑らかに紡ぐ。………あんまり聞きたくなかった事も全て。

「この人、私が感想を述べている僅かな時間で服に染み付いた茶葉の香りだけで私が推している種類を見事言い当てたのです。ここまでやる人は滅多に会えるものではありませんわ」

女の子の服の匂いを嗅いでいる時点で引きざるを得ないが、ヒュウガは平然と烏龍茶を味わっている。相変わらずと言えばそうなのだが、出来れば控えてほしい。いろんな意味合いで。

だが、彼女は一体何者なのだろうか。聞く前に、向こうから話してくれたのは有難い。あまりこちらからは聞きたくはない。何故なのかはコメントを差し控えておく、何ていう政治家っぽい理屈を付けておいて。

「紹介が遅れましたわ。私の名は、マリー。つい三ヶ月前にポケモントレーナーとして活動を開始した者です。私が推しているのは、美しいものと『緑茶』ですわ、どうぞよろしくお願いしますわね」



お嬢様タイプだ。

お嬢様系ですね。



二人の心境が一致したところで、今度こそ少女_______マリーは、「では、ご機嫌よう」と食堂を出ていった。とんだ迷惑にしかならなかったが、何故かまた遭遇しそうな気がしてならなかった二人が、気を紛らわそうとしてお茶会を再開した。

神出鬼没な緑茶推しリトルレディ、マリーとエリカ達は、案外すぐに再会する事になった。



おまけ



「………ここでの調査も一区切りついたので、映し身の洞窟を抜けて_______」

「そういえば、ヒュウガ、もう気づいていたんでしょ?」

「何にですか?」

「あのマリーって子が緑茶推しのお茶の虫だって事」

「それですか、二杯目を飲まれた数秒後に気づきましたよ。やはり日頃から嗜んでいるようです。もっとも彼女は、話している時に私が察したと思っていたようですがね」

「…………………」

「どうしましたか、エリカ。具合でも悪いですか?」

「……………変態」

「!?!?!?」






そう言われても、何も言い返せないよ。
だって(あの人は筋金入りの)烏龍茶中毒者だもの。
by エリカ




織田秀吉 ( 2017/12/01(金) 21:02 )