第22話
………い、今起こったことをありのままに話すよ!
『ついさっきまで野生のポケモン達を眺めていた後ろで、いつの間にかウルガモスが居てその前で十字架を切っていたヒュウガの姿があった』
な、何が起こったかってのは分からないよ。決して信仰乗り換えとか烏龍茶滅亡という小さなものじゃなくて、もっと大きな何かを感じ取ったんだ………
前にお母さんがテレビの前でそんな感じで呟いていたのを真似してみたけれど、やっぱり良く分からない。そんな事はどうでもいいとして、ヒュウガは一体何をしているのだろうか? 普段は『烏龍茶を崇めよ』と言いそうなぐらいに過ごしているのに、今の場合は、何かに助けを求めているか、祈りを捧げている様に見える。
……………ちょっと驚かしてみようか。
「………安らかに、眠ってください」
研究者は、調査現場での振る舞いに非常に気を遣う。それは敬意であり、畏怖でもある。未だ目撃、発覚していない神秘と負の遺産を掘り起こし、凝視し、調べ尽くす。その時点で充分業が深い。ならば、最低限マナーを重んじ、慎重に事を運ぶことが不可欠である。
………と、言うのは建前と言うよりも心の割合20パーセント。残りは単純に好奇心とその裏100パーセント、茶葉や新しい茶器の購入費用の入手だ。
この期に及んでこれとは、もはや匙を投げるレベル。通り越して創造神も脱帽する。それ以前に創造神が帽子を持っているかどうかすら判明していないが。
閑話休題、として置いて。
現在、ヒュウガが十字架を切っていた理由として二つの事例から基づく仮説が関係している。一つ目は、最近に起きたカロス史上最悪の事件、いや災害。三千年前、とある男が愛する者を取り戻し、憎んだ者達を粛清しようとしたことが全ての始まりだった。
その為だけに創造された美しく、残酷な硝子の大輪。『根から栄養を吸い取り』、『最高の一瞬花開く』。それは生かすも殺すも思うがまま。それどころか帰らぬ者を逆送還させることも容易い。夢のような現実、心優しき悪魔のような神。そうして、男は愛する者を死の淵から蘇らせ、世界を粛清した。
その代償は、数多くの生命。
装置を稼働させるには、莫大なエネルギーを必要とした。それも、泥の中で必死にもがきつつも輝きを放つような種類。
そう、生命エネルギーである。
一つでは足りない。二つでも足りない。三つ、四つ、五つ………………………
何千もの命がこの時点で失われた。
終わることのない永遠の苦痛を伴って。
そう、殺すというのではない。半殺し、極限まで殺害に近づいた生かさず殺さずの状態。
ここで、二つ目の事例が関連する。
カロスには生と死を司る存在がいる。その片割れ、『死の化身』は生命を食らいつくし、眠りにつき、また目を覚ます。このサイクルを千年周期で行う。放たれる黒の死線を浴びた者は生命力を吸い尽くされる。そうした後は、肉体は口もきかぬ置物と化し、極々僅かばかりの意識は負の連鎖に縛られ、傷つけられていく。
つまり、装置と化身の共通点はここにある。
どちらも生命を貪って糧とすること。その犠牲になるということは、永久の苦しみを味わうと同義。形は違っても、本質はほぼ等しいと解釈したのだ。
これまで、何度か世界中から調査団が訪れたが一向に手がかりを見つけることも出来ずに断念していった。同じような例で『乙女の伝説』があるが、これと兵器を関連付けるのはそうそう出来ることではない。何しろ、片方は姿形が彫刻のようにクッキリだが、もう片方はそんじょそこらの岩石と同化しているのだから。それを、長い間信仰されていたウルガモスによって、岩の羅列からエネルギーの残り香を検知したことで確信を得た。
『この岩達は、太古の礎となった敬うべき肉体と意志が眠る墓である』
墓参りの際に、手を合わせ冥福を祈るのは常識であり、流石に普段の態度で行うわけにも行かない。そんな真面目にやっている際に………
「………何ですぐ後ろに迫っているのですか、エリカ?」
「ギクッ!?」
振り返ってみれば、忍び足で自分の背後に立ち尽くしている少女の姿。更にその横にはケラケラと笑っている太陽の化身。お気づきだろうが、これでもヒュウガは真面目モードのつもりだった。おふざけ等一切抜き。にも関わらず彼女と来たら、などと思っている。
はっきりと切り捨てると、普段彼の方がよっぽどふざけているように見えるのは気の所為ではない。烏龍茶中毒者が何を言っているんだと、突っ込まれても何も言い返せない。
そんなメタな地の文など知るはずも無く、滑らかな流れでお説教モードに移行したヒュウガを止められるとしたら、烏龍茶しかないだろう。
「そもそも、人にちょっかいを出す時点で________」
「ごめんごめん! ………所で、今日のお茶は?」
「今日ですか? ………そうですね、久々に鉄観音を入れてみましょうか。気分転換としてですが」
………最早何も言うまい。チョロすぎる残念な研究者は、かの有名な無制限収納ポケットではないかと問い詰めたくなる規模の本格的な茶器セットを草のシートに並べ、準備を進めていた。
この時、エリカは『してやったり』と思っていた。飲み終わった後に、お説教が再開されたのはありがちな結末だろう。
敬意とは何だったのか、それを知るものはこの場には居ない。なお、無事に調査レポートが形となり、世界中の学会を騒がせたのはそう遠くない話だ。
薄暗い無機質な一室に存在するデスクの上に、小さなノートが開かれていた。それは、座っている何者かによって綴られている途中だった。黒のボールペンで綺麗に刻まれていく記号がピタリと止まり、小さく大きな芯が離れる。
「さあ、我々が、代表が求める世界を………!」
不気味で、意思の鋭く硬い通りの良い囁きが、部静かに部屋で木霊した。その手は強く握られているが、顔は見えない。黒いオーブで身を纏うその人物は一体、何者なのか。
暗闇が、蠢く。
『●月●日 下準備は完了した。まず、集めるべきは部品。走りに例えればシューズに当たる物。機械に例えれば土台に当たる物。これが無ければ、我々の目的は果たされぬ。一切の妥協は赦されぬ。それが、今は亡き代表への償い………』