第三章
第21話

ザクロとの一戦から一日が経った。岩壁の町中を朝日が彩っていく。徐々に昇っていく太陽は、青いキャンパスに浮かぶ白い絵の具全て引っ括めて鮮やかに際立たせる。気温も暑すぎず、涼しすぎずの調和を見事に保っていた。人々は目を覚まし、一日を過ごす為のエネルギーを補給する。そして、今日というこの日を義務などをこなしながら乗り越えていくのだ。朝の日差しはボケた体内時計をリセットし、朝食は生活する上での重要な役割を担う。起きて真っ先に、コーヒーか紅茶、加えてクロワッサンを嗜むなんかは良い例だ。ぱっちりと頭が冴える_________かどうかは分からないが。ともあれ、この西洋の文化が根付いたこのカロス地方ではこの組み合わせが定番となっている。実際美味しそうだ。
バターが贅沢に使用されたブレッドを齧り、紅茶で流し込みつつ、香りと後味を楽しむ…………。
誰もが一度は連想したことのある優雅な一日の始まり。

と言いつつも、例外もいる訳で。



「エリカ、朝食の用意が出来ましたから起きてください」

「………うぅ〜、後、五分だけ〜」

ここはショウヨウシティのポケモンセンター内部。トレーナーに格安で提供されている宿の一室で、ふかっふかの掛け布団にくるまっている鉄火巻き状態のエリカ。そして、普段の白衣の上に実用的で茶目っ気等微塵も感じられない白生地エプロンを着けたヒュウガが、学校前のお決まりパターン『「早く起きないと遅刻するわよ!」「まだ寝ていたい………」』などと言う漫才を続けている。

彼は例によって、ポケモンセンターのキッチンの使用許可を勝ち取ってきた後に、手早く調理を始め、準備を整えた。まだ寝ているエリカを起こそうと、部屋を訪ねてみた所から、この状態になってしまった次第である。

早くしなければ、冷めてしまう。当然、ヒュウガは料理を作りつつも烏龍茶をいれていたが、やはりいれたてが一番風味が良い事は百も承知だった。こんな所で足止めされる訳にもいかない。そこで使った手段が、少々強引だった。

「………出てきてください」

ポケットから取り出したボールの開閉ボタンを押す。その中からは、頭部に大きな葉っぱを生やした小さなポケモン、チコリータ。この個体は、ミアレシティにてプラターヌ博士から受け取った一匹だ。

今までで殆ど、全く登場していないがきっちりと実践慣れも烏龍茶布教も済ませている。ヒュウガは、新たな仲間が美味しそうに飲んでいるのを見てガッツポーズを取っていたとか取っていないとか。

軽くメタが入った所で、本日最初の指示を出した。

「チコリータ、『つるのムチ』」

首の小さな突起から、左右一本ずつの細いムチを長く伸ばした。そこからは早業と表現できる程の速度で、勢いよく布団を剥ぐ。更にそれを取り返そうとするエリカ本体にも素早く巻き付け、捕獲した。この間、十秒も掛かっていない。

「おはようございます、エリカ」

あまりに作られたのがバレバレなその笑顔(般若顔)に、彼女の寝ぼけ眼が瞬時に覚めたのは
当然の結末であると述べておく。










「もう少し、早く起きられるようにした方がいいですよ?」

食堂の一角にある席で、向かい合わせで食事を進めていた。今日の献立は、白米に焼き魚に味噌汁。和食の中に紛れている烏龍茶が透明なコップの中で反射光を放っている。周りのトレーナーがパン等の一般的なメニューなのに対して、わざわざ作るのに手間のかかる和食を作ったのも烏龍茶の為だったりする。焼き魚の程よい脂に合わせると中々の相性だった。それ以前に、烏龍茶はどんな料理にも合う。逆に合わない物があるならば是非お目にかかりたいほどである。

そんな事を自身の脳で思考していた時に、目の前に現れたのは、ほっぺたがクッションの如く中身の詰まったエリカの顔だった。その状態で話しかけてきたが、流石にみっともない。

「ふぉうひへば」

「飲み込んでから話しましょう」

口に頬張っていた米を喉に通す。今度はゴンベのように膨らんだ頬が元のサイズに戻った所で、話を再開した。

「………そういえば、この町の先に行きたい所があるって言ってたよね? それはどこにあるの?」

「意外と近くにありますよ。………ショウヨウの中から、いくつもの巨大な岩の先端がが規則正しく並んでいたのを見ましたか?」

言われてみればあった気がしたりしなかったりと曖昧だが、必死で思い出した結果やっぱり見たような気がした。自然物にしてはやけにラインが綺麗で武具の槍を連想させるシルエットが頭に浮かんではすぐに消える。よく分かってなかったが、話が進まないので一応頷いておく。ヒュウガはその事も見透かしていたが、時間も無限ではない。説明を連ねた。

「今回私が行きたいのはそこです。彼処には、私の分野にも関連する重大な調査箇所があるのですよ」

ヒュウガの専門と言ったら、烏龍茶だった様な気がするが、一応彼は研究者の端くれである。昔から今までの人間とポケモンの関係性を得意分野として活動していた。彼の両親が死去した後に、その処理に追われ仕事に手をつけられないでいた。やっと終わった所で、自身の出身地であるカロスを調査するべくこの旅の第一歩を踏み出したはいいが、ろくにこれと言ったことが出来ていない。そこで、この絶好の目的地で思う存分調査しようという訳だった。

話している内にも、箸は進んでいき皿とお椀が一気に真っ白になった。実は、その横でいつの間にかボールから脱走していたヒュウガのミジュマルがふらつきそうになりつつも茶海からコップに烏龍茶を注いでいたのは誰も気づいていない。何とか八分目までいれたのは良かった。しかし、ヒュウガによって、風味が出来るだけ損なわれないように耐熱加工を施されていた。その為に、コップの中にあるその液体は湯気を発している。早速喉に流し込もうとした所で、小さな舌が真っ赤になった。

「っ………、っ…………!」

息を吹きかけ冷まそうとするが、簡単にはいかない。口に含んでは休み、含んでは休みを何度かリピートしてようやく中身が空っぽになった。

「さて、そろそろ行きましょうかね」

「よーっし、じゃあ行こっか!」

一体の挑戦者が行った密かな戦闘を認知すること無く、トレーナー二人は席を立った。その後を必死に追いかけるラッコポケモンの愛らしい姿が、その場にいたトレーナーの殆どを魅了したそうな。











背丈のある草むらの間で存在感を放つ岩の羅列。規則正しく配置されたそれは統制の取れた軍隊にも見える。野花の花弁が風によって散り、リズムに合わせて舞い踊る。そんな中に、白衣姿で少し大きめの装飾を付けた鉛筆とメモ帳を持って観察に励んでいる若き研究者。その近くでノズパスやラクライ等の野生ポケモンを近くで眺めている少女。彼らの立っているその大地の名前は、極ありきたりな物だ。『10番道路』という、所詮一般道みたいな草原だ。それと同時に、曰く付きの土地とも言われている。

そんな場所で気づいたことその他ectを書き留めていたヒュウガの脳にある声が響く。

『ヒュウガ』

「………どうしましたか」

研究者の後ろには、赤い六枚の羽を羽ばたかせ、炎の鱗粉を撒き散らしている蝶のようなポケモン。『太陽の化身』ウルガモス。イッシュを調査していた時に、リゾートデザート内の古代遺跡にて一戦を交え、仲間となった。戦闘力は、当時のドデカバシやミジュマルを一体で戦闘不能に追い込む程。かなり強い部類に入る。一応、太古の文明で神として崇められていた事もあり、ある程度の能力は有していた。

『コノイワカラ カスカダガ ポケモン ノ セイメイエネルギー ヲ カンジル』

「生命エネルギー、ですか………」

『オソラク コノイワ ハ………』



風がやけに冷たく感じた。気のせいかもしれないが、何故か背筋が凍るような冷たいものも駆け巡る。

密かに手のひらを合わせ、祈る。







……………犠牲者たちの冥福を。











『10番道路』

かつて、生と死の古代の最終兵器のエネルギー装置として利用された土地。








織田秀吉 ( 2017/12/01(金) 20:58 )